防食概論塗装・塗料

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 ここでは,塗料の品質(形成塗膜の衝撃に耐える性質)について, 【耐衝撃性とは】, 【耐おもり落下性】, 【塗料製品規格例】に項目を分けて紹介する。

 塗料の評価(耐衝撃性)

 耐衝撃性

 JIS K5500「塗料用語」

 耐衝撃性(impact-resistant)
 塗膜が物体の衝撃を受けても破壊されにくい性質。衝撃試験では,試験片の塗面におもりを落下して,割れ・はがれの有無を 調べる。
 塗料・塗膜では,実用で想定される衝撃,例えば,構造物の防食塗装で,施工時に受ける工具などによる意図しない打撃等を受けても,容易には補修が必要なほどの破壊に至らない品質が期待される。
 
 衝撃とは
 一般的には,衝撃(shock, impact)は,“瞬間的に大きな力を物体に加えること。また,その力。”と解釈されている。
 衝突や打撃などのきわめて短時間だけ作用する力を,物理学では,激力(impulsive force)」という。撃力では,力の大きさと力が作用している時間も測れないので,物体の運動の状態変化から(力×働いた時間)のベクトル量(力積)を直接求めて表すことになる。
 なお,力積(impulse)とは,力 Fが働く時間⊿ tとの積(積分)で与えられるベクトル量 I = F・⊿ t (単位:N・s )をいい,時間内に力を受ける物体の運動量(mν)に等しく,打撃や衝撃などの物体間の接触で作用する短時間の大きな力(撃力)の評価などに用いられる。
 
 一方,実用的な試験では,衝撃を受けた瞬間の物体の速度を正確に計測することは困難なため,運動量の計測よりエネルギー保存の法則を用いて,位置エネルギーの差から運動エネルギー(1/2・mν2求めることの方が容易である。
 そこで,材料分野では,衝撃的な荷重で材料を破壊するために要するエネルギーの値を衝撃強さ(impact strength)と定義し,耐衝撃性および靱性(じんせい)の指標として使用している。
 靱性(toughness)とは,粘り強くて,衝撃破壊を起こしにくいかどうかの程度をいい,硬くてもろく,変形能の小さい性質を脆性(ぜいせい;brittleness)という(JIS G 0203「鉄鋼用語(製品及び品質)」)。

 耐衝撃性の試験

 衝撃試験(impact testing, impact test, chip test)
 試験片に物体が激突したときの衝撃及びそれによって生じる試験板の変形に対する塗膜の抵抗性を調べる試験。先端が球状のおもりを塗面に落として,塗膜に割れ・はがれができるかどう かで判定する。【JIS K5500「塗料用語」】
 材料の靭性又は脆性を調べるため,試験片に衝撃荷重を加えて破断し,要したエネルギーの大小,破断の様相,変形挙動,き裂の進展挙動などによって評価する試験。衝撃荷重を加える方法によって,衝撃引張,衝撃圧縮,衝撃曲げ,衝撃ねじりなどの各種試験方法がある。また,用いる試験機によって,シャルピー衝撃試験,Iゾット衝撃試験などと区別される。【JIS G0202「鉄鋼用語(試験)」】
 
 衝撃試験では,1/100 ~ 1/10000 秒程度の短時間の衝撃的な荷重を用いている。すなわち,引張速度がきわめて大きい引張試験での応力―ひずみ曲線の面積(破断エネルギー)と対応して考えるのが妥当である。
 一般的に,塗膜のガラス転移温度(Tg)が雰囲気温度より高い場合は,剛性の高いガラス状態で,応力緩和に時間を要するため,柔軟性に乏しく,耐衝撃性が悪い場合が多い。逆の場合は,剛性の低いゴム状態のため,耐衝撃性が良い場合が多い。
 ガラス転移温度とは,非晶質の固体(有機高分子材料など)が,剛性が高いガラス状態から剛性の低いゴム状態に急激に変化する温度(狭い温度範囲を持つ)をいう。
 この種の性質に関し,自動車塗装の分野では,より実用性を考慮し,一定サイズの砕石を吹き当てる試験を行い,耐チッピング性と呼んでいる。
 なお,試験結果は,塗膜の破壊エネルギーや Tgに加えて,下地の物性,下地との付着性の影響を受けるので,これらを考慮して評価する必要がある。
 
 耐衝撃性の試験では,位置エネルギー差が容易に求められる試験機を用いた試験法が種々提案されている。例えば,プラスチックの耐衝撃性評価には,アイゾット衝撃試験シャルピー衝撃試験落錘衝撃試験などが用いられている。
 厚みの小さい塗膜を扱う塗料分野では,耐衝撃性の評価に耐おもり落下性を評価する落錘衝撃試験(らくすいしょうげきしけん)が用いられる。
 シャルピー衝撃試験(Charpy pendulum impact)
 シャルピー衝撃試験機を用い,試験片を規定寸法に隔たっている二つの試験片支持台で支え,かつ,試験片の中央をハンマで,1 回の衝撃によって試験片を破断し,シャルピー衝撃値を測定する試験。シャルピー衝撃値は,試験片を破断するのに要した吸収エネルギー (J) {kgf・cm}を試験片の中央部の元の断面積で除した値 (kJ/m2){kgf・cm/cm2}。【JIS K7077「炭素繊維強化プラスチックのシャルピー衝撃試験方法」】
 金属材料に衝撃を与えて,吸収されるエネルギーを決めるシャルピー衝撃(Vノッチ及び Uノッチ)試験方法である。【JIS Z 2242「金属材料のシャルピー衝撃試験方法】
 アイゾット衝撃試験(Izod impact strength test)
 試験片の一端を試験片中央部で試験片支持台に垂直に固定し,他端は試験片の固定端から 22mm 隔たっている位置を衝撃試験機のハンマで,1 回の衝撃によって試験片を破断し,アイゾット衝撃値を測定する試験。 アイゾット衝撃値は,試験片を破断するのに要した吸収エネルギー (J) {kgf・cm}。を試験片の中央部の元の断面積で除した値 (kJ/m2){kgf・cm/cm2}。【JIS K7062「ガラス繊維強化プラスチックのアイゾット衝撃試験方法」】
 落錘衝撃試験(falling weight impact test, drop weight test)
 試料におもり(錘)を自由落下(落錘)させ,耐衝撃性を評価する試験。
 試験方法は,例えば,JIS K 5600-5-3「塗料一般試験方法−第5部:塗膜の機械的性質−第3節:耐おもり落下性」,JIS K 7124-1「プラスチックフィルム及びシート−自由落下のダート法による衝撃試験方法−第1部:ステアケース法」,JIS K 7211-1「プラスチック−硬質プラスチックのパンクチャー衝撃試験方法−第1部:非計装化衝撃試験」などが参考になる。
 耐おもり落下性(impact resistance)
 落錘衝撃試験の一種である耐おもり落下性は,比較的狭い範囲に,おもりの落下時の瞬間的な衝撃(急激な変形)を与え,塗膜に生じた割れはがれの程度を評価する試験である。 試験方法については,JIS K 5600-5-3「塗料一般試験方法−第5部:塗膜の機械的性質−第3節:耐おもり落下性」に規定されている。

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 耐おもり落下性

 JIS K 5600-5-3「塗料一般試験方法−第 5 部:塗膜の機械的性質−第 3 節:耐おもり落下性」

 この JIS 規格には,先端が丸い円柱形のおもりを外筒に沿って落下させ,受け台の隙間に応じて変形する素地の曲げ及び伸びに対する塗膜の抵抗性を評価する落体式(falling-weight method),素地の変形が極めて少ない場合に用いられ,塗膜の表面に球体を激突させ,そのときの塗膜の衝撃抵抗性で,割れ・はがれの有無を評価する落球式(falling ball method) ,撃ち型と受け台が落球式と異なり,撃ち型の先端と受け台のくぼみのすき間がないので,エッジ部の衝撃と変形を同時に受ける抵抗性を評価するデュポン式(DuPont method)の 3 種の試験方法が規定されている。
 
 落体式(falling-weight method)
 装置(抜粋)
 b) 落下おもり:直径 20±3mmの球状の頭部をもち,全質量は 1000±1gで1000±1gの追加質量を頂部に載せることができる。
 c) 垂直外筒:試験片の面の上方 1mからは,mm単位で目盛りを付ける。余分な摩擦を避け,正確な方向付けをするために,外筒の内径と落下おもりの外径の差は 0.7±0.1mmとし,外筒の下端と試験片上面との距離は 45mm以下とする。
 d) 受け台:内径 27±0.3mmのリング状とする。リングの内部上端は曲率半径 0.9±0.2mmで丸めて,リングの最小高さは 20mmとする。
 試験片の作製(抜粋)
 試験板:最低厚さは 0.25mmの鋼板。
 調整及び塗装:試験板はJIS K 5600-1-4「試験用標準試験板」に従って調整し,試験される製品又は塗装系に規定する方法で塗装する。
 乾燥:各試験片は,規定条件下で規定時間乾燥(又は焼付け乾燥)し,必要なら養生する。
 塗膜の厚さ:乾燥塗膜の厚さは,JIS K 5600-1-7「塗料一般試験方法-第1部:通則-第7節:膜厚」に規定する手順の一つを用いてマイクロメートル単位で測定する。測定は試験される位置にできるだけ近い位置で行う。
 手順・合否試験(抜粋)
  温度 23±2℃,相対湿度 50±5%で試験する。試験片は,試験の直前まで少なくとも16時間,温度 23±2℃,相対湿度 50±5%の環境下に置く。
 試験板を塗面を上向き,又は下向きに支持台の上に置き,固定器を用いて規定の位置に取り付ける。試験片におもりを落下させる。
 観察用レンズで塗膜を検査する。試験片の塗膜に割れ・はがれがないかどうか,及び試験板が割れていないかどうかを報告する。
 さらに 4回異なった位置で試験を繰り返す。少なくとも4か所で割れ,はがれが認められなければ,この塗膜は合格と報告する。
 手順・等級付け試験(割れ,はがれを生じる最低の落下高さ・おもりの質量の測定)
 a) 欠陥が生じないと思われる高さまでおもり( 1000g)を持ち上げて,試験片の上に落下させる。
 b) 観察用レンズで塗膜の割れがないかどうかを検分する。割れがない場合は,割れが観察されるまで,25mm又は 25mmの倍数で増やした高さで,この操作を繰り返す。最初に割れが観察された高さを記録する。なお,装置の最大高さで割れが観察されない場合は,おもりを 2000gにしてこの操作を繰り返す。
 c) 最初に割れが観察された高さ,これより 25mm高い高さ,及びこれより 25mm低い高さから,それぞれ適切なおもりを 5回落下させる。
 d) 試験箇所の割れ,はがれを観察用レンズで検査し,15箇所すべての結果の合格,不合格を一覧表にする。試験の終点として,大部分が合格から不合格に変化するおもりの質量/落下高さの組合せを報告する。

 落球式(falling ball method)

 装置(抜粋)
 おもりは,先端に JIS B 1501「五軸受用鋼球」に規定する玉軸受用鋼球で,質量は 300.0±0.5g及び直径が 25.40mm,等級 60のものを付けたもの。
 受け台:縦 300mm,横 200mm,厚さ 30mmよりも小さくなく,上面は平らな鋼製台とする。
 試験片の作製(抜粋)
 試験板は,大きさ 200×100×4mmの鋼板
 試験板 3枚の片面に,試料の製品規格に規定する方法によって試料を塗装して乾燥した後,標準状態に 1時間放置したものを試験片とする。
 手順・合否試験(抜粋)
 おもりを球状の先端を下にして,塗料の製品規格に規定する高さからこの塗面に落とす。衝撃を受けた試験片を室内に 1時間置いた後,塗面の損傷を調べる。
 評価は,3枚の試験片のうちの 2枚以上について,おもりの先端の衝撃による塗膜の割れ・はがれを認めないときは,“おもりの衝撃で割れ及びはがれができない”とする。
 
 デュポン式(DuPont method)
 装置(抜粋)
 先端に一定の丸みをもつ型と,その丸みに合うくぼみをもつ受け台及びおもりを一定の高さから落下させる装置から構成する衝撃変形試験器。
 試験片の作製(抜粋)
 試験板は,大きさ 200×100×0.6mmの鋼板
 試験板 3枚の片面に,試料の製品規格に規定する方法によって試料を塗装して乾燥した後,標準状態に 1時間放置したものを試験片とする。
 手順・合否試験(抜粋)
 半径 6.35±0.03mmの撃ち型と受け台とを取り付け,試験片の塗面を上向きにしてその間に挟む。
 質量 500±1gのおもりを,試料の製品規格に規定した高さから撃ち型の上に落とす。試験片を取り出し,そのまま室内に 1時間放置後,目視によって塗面の損傷を調べる。
 判定
 試験片 2枚について,試験片の衝撃変形による塗膜の割れ・はがれを認めないときは,“衝撃による変形で割れ・はがれができない”とする。

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 塗料製品規格例

 鉄鋼構造物防食用途で,耐衝撃性を規定する塗料には,JIS K 5633 「エッチングプライマー」,JIS K 5552 「ジンクリッチプライマー」,JIS K 5553 「厚膜形ジンクリッチペイント」,JIS K 5551 「構造物用さび止めペイント」,JIS K 5659 「鋼構造物用耐候性塗料」がある。なお,これらの塗料は,すべてデュポン式の装置を用いているが,採用する試験板により,本来のデュポン式近似の方式と落球式近似の方式に分けられる。
 このように,耐衝撃性を規定する塗料は,比較的短い期間で硬化が進む重合乾燥形塗料であり,硬化が完了するまで長期間要する酸化重合乾燥形のJIS K 5674 「鉛・クロムフリーさび止めペイント」,及びJIS K 5516 「合成樹脂調合ペイント」には耐衝撃性の品質規定がない。,

 試験法概要

 本来のデュポン式類似の方法を採用する塗料
 JIS K 5633 「エッチングプライマー」
 a) 試験板 ;耐水研磨紙によって調整した鋼板 (150×70×0.8mm)
 b) 塗り方;はけ塗りで,塗り付け量は 1回ごとに塗り面積 100cm2 当たり, 1種では 0.6g 以下で流れない程度になるべく多く,2種では 0.80±0.08g とする。試料を塗ってから 3時間おいたものを試験片とする。
 c) 評価・判定: 判定は,300mmの高さから 500gのおもりを落としたとき,試験板の衝撃的変形による塗膜の割れ・はがれを認めないとき, 衝撃によって割れ・はがれができない。とする。
 JIS K 5551 「構造物用さび止めペイント」
 a) 試験板 ;大きさ 150mm×70mm×0.8mmの鋼板 2枚。
 b) 塗り方;エアスプレー塗りし,7日間置いて試験片とする。
 c) 評価・判定: 500mmの高さから 300±1g のおもりを水平に置いた試験片上に落とし,塗膜の外観を目視によって観察したとき,試験片 2枚のいずれにも,塗膜の割れ及び剝がれを認めないときは,“割れ及び剝がれがない”とする。 塗面の試験位置を変えてこの操作を 2回繰り返し,割れ・はがれのないときは“衝撃によって割れ・はがれができない。”とする。
 JIS K 5659 「鋼構造物用耐候性塗料」
 a) 試験板 ;大きさ 150mm×70mm×0.8mmの鋼板 2枚。
 b) 塗り方;A種上塗り塗料は,スプレー塗りしたものを試験片とする。B種上塗り塗料は,B種中塗り塗料をスプレー塗りし,標準状態で1日放置後,上塗り塗料を スプレー塗りしたものを試験片とする。
 c) 評価・判定: 500mmの高さから 300±1g のおもりを水平に置いた試験片上に落とし,塗膜の外観を目視によって観察したとき,試験片 2枚に衝撃的変形による塗膜の割れ及び剝がれを認めないときは,“塗膜に割れ及び剝がれが生じない”とする。
 
 デュポン式衝撃試験器を用いて落球式近似の方法を採用する塗料
 ジンクリッチ系塗料は,柔軟性が乏しく,素地の変形に追従できないため,デュポン式衝撃試験器を用いているが,試験板には衝撃で変形しない鋼板を採用し,落球式衝撃試験に近似した方法になっている。
 JIS K 5552 「ジンクリッチプライマー」
 a) 試験板 ;大きさ 200×100×3.2mm のブラスト処理をした鋼板。
 b) 塗り方;エアスプレーによって 1回塗る。48 時間置いたポットライフの試験に用いたものを更に 5日間置いて試験片とする。
 c) 評価・判定:質量が 500±1gのおもりを高さ 500mm から撃ち型の上に落とす。塗面の試験位置を変えてこの操作を 2回繰り返し,割れ・はがれのないときは“衝撃によって割れ・はがれができない。”とする。
 JIS K 5553 「厚膜形ジンクリッチペイント」
 a) 試験板 ;大きさ 150×70×3.2mm のブラスト処理をした鋼板。
 b) 塗り方;エアスプレーによって 1回塗る。48 時間置いたポットライフの試験に用いたものを更に 5日間置いて試験片とする。
 c) 評価・判定:質量が 500±1gのおもりを高さ 500mm から撃ち型の上に落とす。塗面の試験位置を変えてこの操作を 2回繰り返し,割れ・はがれのないときは“衝撃によって割れ・はがれができない。”とする。
 
 【参考】
 デュポン式衝撃試験器では,試験片の受け台にくぼみがあり,おもり落下の衝撃により試験片が変形し,塗膜の衝撃と変形に耐える性能を評価している。このため,試験片には,0.8mmと薄い鋼板を使用している。
 一方,鋼橋などの鋼構造物などでは,9mmを超える厚い鋼板が用いられている。従って,試験片変形による衝撃力吸収を受けず,衝撃力の塗膜への影響が大きくなる。
 そこで,実用を想定し,衝撃で変形しない厚み 3.2mmの鋼板を試験板とした試験規格にする団体規格もある。例えば,鉄道分野で使用する「鋼構造物塗装設計施工指針」の(附属書 A :塗料規格,及び試験方法)では,ジンクリッチ系塗料の他にエポキシ樹脂系下塗り塗料でも耐衝撃性試験に厚み 3.2mmの鋼板を用いている。
 備考:日本の塗料分野では,古くからデュポン式が用いられていた。国際的に広く用いられている落体式と落球式が,塗料の JIS試験規格に採用されたのは比較的新しく,日本の塗料製品規格に採用されるまでには至たらず,いまだにデュポン式が主流である。

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