防食概論塗装・塗料

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 ここでは,鉄道の鋼橋塗装に適用される塗替え時防食塗装系について, 【塗替え塗装の課題】, 【早期の塗膜はがれ・割れ】, 【局部腐食の繰り返し(断面欠損)】 を紹介する。

 鉄道橋の防食塗装(塗替え塗装)

 塗替え塗装の課題

 塗替え塗装

 塗装目的に適した塗膜機能(環境遮断性,光沢,色彩など)が低下した場合に,塗膜の機能回復を目的に実施される。例えば,情報伝達が目的の看板などは,塗膜劣化で文字や文様が不明瞭になり伝達したい情報が明瞭に伝わらなくなった場合に,美装が目的の自動車,電車などでは光沢の低下や変色により美観が損なわれた場合に,金属防食が目的の塗装では,塗膜はがれ,割れなどの塗膜劣化で放置すると金属の腐食に至る状態に至った場合に塗替え塗装が計画される。
 
 鋼構造物では,ある程度の腐食を想定した設計になっているため,腐食性の低い環境の構造物では,さび(腐食)が進行してから塗替え塗装に至っても構造物の寿命に大きくは影響しない。
 しかしながら,腐食性の高い環境の構造物では,一旦腐食発生に至ると,腐食面積は小さくとも,比較的短い期間で深さ方向に腐食が進み,塗替え塗装を行っても同一箇所での腐食の繰り返しで,鋼板の断面欠損に至ることもある。
 このため,塗膜劣化度の調査結果に基づき,個々の構造物の置かれる環境を考慮して,適切な塗替え塗装時期の判定が求められる。
 
 塗替え塗装時期の判定は,事業者ごとに考え方が異なるので,それぞれの構造物の維持管理の考え方に従う。鉄道の鋼橋では,国土交通省令「鉄道に関する技術上の基準を定める省令」の解釈基準の一つである鉄道構造物等維持管理標準に準拠して実施される。

 塗替え塗装の基本工程

 鉄道における鋼構造物の塗替え塗装は,長年にわたり,次の手順で実施されてきた。
 塗膜劣化度の調査
 2年毎に実施される鋼構造物の全般検査と同時に,塗膜劣化程度の調査が行われる。この結果を用いて,塗替え塗装の要否を判定法 P 又は判定法 Q を用いて判定する。
 塗装系の選択
 塗膜調査結果を踏まえて,旧塗膜をすべて除去する塗膜更新,健全な旧塗膜(活膜)を残して行う塗替え塗装など,採用する工事方法を検討する。
 ・ 塗膜更新の場合は,構造物の架設環境,供用年数,維持管理計画,その他の制約などを勘案して塗装系を選択する。
 ・ 活膜を残して行う塗替え塗装では,塗装系は,架設環境,維持管理計画などの基本的な条件の他に,残存する旧塗膜との相互作用も検討しなければならない。すなわち,旧塗膜と塗り重ねる塗料との間で,層間付着性低下やリフティング(旧塗膜が新しく塗る塗料の溶剤で膨潤する現象)などの可能性の有無である。
 素地調整作業
 ・ 塗膜更新の場合は,腐食個所のさび除去の他に,旧塗膜が残存しないように入念な素地調整が求められる。要求性能を満足するためには,ブラスト処理の採用が理想である。なお,ブラスト処理を採用したとしても,架設現場での作業であることから,新設時の工場塗装のような施工管理が望めないため,新設時塗膜と同等の品質を求めるのは,不可能と言って過言が無いほど困難である。
 ・ 活膜を残して行う塗替え塗装では,腐食個所のさび除去,塗膜劣化部(割れ,はがれ)の素地までの除去が不可欠である。塗膜劣化に至っていない活膜については,塗り重ねる塗料との付着性確保を目的とした面粗し程度で十分である。
 塗装作業
 ・ 塗膜更新の場合は,下塗りから上塗りまで,定められた施工条件を順守して施工する。新設時の工場塗装との違いは,架設環境で懸念される汚染物(塩分,油分等)に対する監視と対策が求められることである。
 ・ 活膜を残して行う塗替え塗装では,塗膜層が素地の露出した部分にのみ塗り付ける補修塗り,活膜を含めて全面に塗付ける全面塗りに分けられること以外は,塗膜更新と同様に,架設現場の環境条件・気象条件に配慮しながら行う。

 塗替え塗装の課題

 鋼鉄道橋には,100年を超える鋼橋も数多く,平均使用年数で 70年を越える状況と言われている。すなわち,鉄道には維持管理上の参考とすべき古い構造物に固有の課題が少なくない。
 塗装指針 2013;Ⅲ編 既設構造物 第 A1章 塗替え塗装の判定, 第 D章 解説(塗替え時の素地調整), 第 D章 解説(塗装系), 参考資料(施工管理方法)などを参考に,経年の多い鉄道構造物の塗替え塗装の課題を抽出した。
 
 例えば,塗替え塗装の基本とされる活膜を残す塗替え塗装方法」は,古い構造物が少なかった 1950年代の研究により,旧塗膜を全てはく離する塗装(塗膜更新)より,塗膜全体の平均的耐久性の向上に寄与するとの結果を受けて,活膜を残す塗装方法がその後の標準的な塗替え塗装方法となっていた。
 しかしながら,経年の多い構造物が増加した 1990年代から,これまでの塗替え塗装方法を複数回実施した経年 50年以上の鋼鉄道橋において,それまでは経験されることが少なかった異常な塗膜劣化現象が多数観察されるようになった。
 問題とされた塗膜劣化現象には,塗替え塗装後に活膜として残した塗膜箇所で観察される早期の塗膜はがれ・割れ,塗り替えた腐食個所と同じ個所における早期の塗膜下腐食から鋼材断面欠損にいたる局部腐食の繰り返しがある。

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 早期の塗膜はがれ・割れ

 塗装指針 2013;Ⅲ編 既設構造物 第 A1章 塗替え塗装の判定, 第 D章 解説(塗替え時の素地調整), 第 D章 解説(塗装系), 参考資料(施工管理方法)などを参考に,経年の多い鉄道構造物の塗替え塗装の課題を抽出した。

 早期の塗膜変状とは

 塗膜更新をせずに複数回の塗替え塗装を繰り返えした架設後 50年を超える古い構造物では,塗替えた塗膜が劣化する前の早い時期に,活膜として除去せずに残した旧塗膜を原因とする塗膜はがれ割れに至る事例が増えている。事例の代表例を次に紹介する。
 ● 1960年代以前の構造物では,新設時の素地調整でブラスト処理が採用されていない。すなわち,鋼板表面に密着するミルスケール(黒皮)の上に直接鉛丹さび止めペイントが塗装されている。経年により,最下層の旧塗膜(鉛丹さび止ペイント層)ミルスケールとの界面の付着性が低下し,塗膜はがれに至る。
 ● 1960年代以前の構造物では,新設時に鉛丹さび止めペイントを吹付け塗りで 2回重ね塗りしている。一部の構造物では,経年により,塗り重ねたさび止めペイント塗膜の層間の塗膜はがれに至る。
 ● 塗替えし塗装の度に活膜として残された旧塗膜(油性系塗膜,塩化ゴム系塗膜など)が,50年以上の時間をかけて老化(脆化し,その上に塗り重ねることで,塗装後比較的早い時点で。活膜として残した旧塗膜全体に1960年代以前塗膜割れ(カラス足状割れや深割れなど)が発生する。
 ミルスケール(mill scale)とは,黒皮ともいい,鋼材の熱間加工(熱間圧延)で高温に加熱されるとき,空気中の酸素と反応して生成し付着している緻密な酸化物被膜をいう。1960年代以前の構造物では,ミルスケールは緻密で鋼素地及び鉛丹さび止めペイントとの付着性が高いため,除去せずに塗装されていた。

 変状原因の推定

 塗装系の変遷
 1985年までの構造物では,旧塗装系 A(鉛丹さび止めペイント+長油性フタル酸樹脂塗料),その後 2005年頃までの多くの構造物では,旧塗装系 B (鉛系さび止めペイント+長油性フタル酸樹脂塗料)などの油性系塗料を用いた塗装系が採用されていた。
 その後は,下塗り塗料に変性エポキシ樹脂を用いた塗装系による塗替え塗装が主流になった。すなわち,経年の多い構造物の旧塗膜の大多数は,油性系塗料を用いたものと考えてよい。
 活膜として残した塗膜の構造
 塗替え塗装周期を平均で 15年と仮定(国鉄時代の全国平均)すると,経年 70年( 50年)の構造物(黒皮鋼板のままで製作)は,過去に/strong> 4回( 3回)以上の塗装を経験していると考えられる。
 この段階で,最下層の塗膜(新設時鉛丹さび止めペイント塗膜)は,70年( 50年)以上経過した段階で 5回( 4回)目の塗装(変性エポキシ樹脂系の塗替え塗装)を受けることになる。
 最下層の旧塗膜は,活膜であったとしても,塗膜を通じて拡散した水,酸素,その他成分により,長い年月をかけて徐々にではあるが,樹脂の老化による体積収縮と柔軟性の低下(脆化が進んでいると考えられる。さらに,複数回の塗替え塗装で,活膜として残した旧塗膜の厚み( 500μm以上)が増大する。
 すなわち,活膜として残した塗膜の下層塗膜の老化(体積収縮・脆化)が進むとともに,繰り返しの塗替え塗装で厚みが増大することで,塗膜内部に応力が蓄積している。
 原因の推定
 活膜として残した旧塗膜は,長い年月による下層塗膜の老化(体積収縮・脆化),繰り返しの塗替えによる塗膜厚み増大で生じた内部応力の蓄積が進んでいる。
 目視観察で,外観に異常がないことを理由に,このような旧塗膜を残して塗替え塗装した場合に,塗装した塗料の溶剤の旧塗膜内部への浸透,塗料の乾燥(溶剤揮発,硬化反応)で発生する体積収縮・応力発生が引き金となり,塗替え塗装後の早期に,旧塗膜の弱点部(層間付着性低下,塗膜破断応力低下)からの“塗膜割れ”や大面積での“塗膜はがれ”に至ると推察される。

 対策案

 経年の多い構造物が少なかった過去の研究で,活膜を残す塗装方法は,旧塗膜を全てはく離する塗装(塗膜更新)より,塗膜全体の平均的耐久性の向上に寄与するとの結果を受けて,その後の標準的な塗替え塗装方法となっていた。
 しかしながら,経年の多い構造物が増えてたことにより,活膜として残した旧塗膜が必ずしも塗膜全体の耐久性向上に寄与しない場合があること,これまでの判定方法で活膜と評価された塗膜が必ずしも活膜ではないことが認識されるようになった。
 
 対策としては,塗膜の老化程度を評価できる活膜判定方法の採用,又は,塗膜更新の選択が考えられる。
 活膜か否かの判定は,目視観察では困難で,塗膜の付着性と脆性を直接的に評価できる方法の採用が必要である。しかし,塗替え塗装の要否を判断するための塗膜調査は,近接できる足場が無いため,目視観察が中心となり,塗膜の状態観察に限界がある。従って,この段階で,目視で変状が認められない旧塗膜を活膜として残せるか否かの適切な判定は困難である。
 対策の一つとして,塗替え塗装経費の出来高払いが可能であるなら,活膜の判定足場架設後に実施し,その後に適用する素地調整方法,塗装系などの工事計画を策定する方法が考えられる。
 塗替え塗装工事の発注時に,工事方法の選定と予算措置が必要な場合は,活膜の判定を素地調整作業中に適宜実施し,素地調整程度や塗装仕様を変更する方法も考えられるが,この場合には予算変更・設計変更に対する柔軟な対応が必要となる。
 一方,活膜か否かを適切に判定し難い場合などは,安易に活膜を残す塗装方法を採用せずに,例えば 50年以上など一定期間経過した旧塗膜を全て除去する塗膜更新を選択するのも一つ対策と考えられる。
 
 【参考】
 老化(塗膜の)(ageing, aging)
 塗膜の性質が経時的に不可逆な変化をする現象。この経時的な変化には,劣化を意味する老化と品質向上を意味する熟成とがある。【JIS K5500「塗料用語」】
 脆化(塗膜の)(brittleness, embrittlement)
 脆化(ぜいか)とは,膜がたわみ性を損なう現象。【JIS K5500「塗料用語」】

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 局部腐食の繰り返し(断面欠損)

 塗装指針 2013;Ⅲ編 既設構造物 第 A1章 塗替え塗装の判定, 第 D章 解説(塗替え時の素地調整), 第 D章 解説(塗装系), 参考資料(施工管理方法)などを参考に,経年の多い鉄道構造物の塗替え塗装の課題を抽出した。

 局部腐食原因の推定

 飛来海塩粒子の多い海岸地区など腐食性環境では,その環境で腐食した腐食生成物中には塩を包含しているのみならず,鋼素地との界面付近に塩化物イオン(塩化鉄など,水溶解で強酸性を示す)として多量に存在(濃縮している。
 この鋼/腐食生成物界面に濃縮する塩化物イオンの除去が不完全な場合には,塗替え塗装を実施しても,著しく短い期間(場合によっては数年以内)で塗膜下腐食による塗膜破壊に至る。
 塗膜調査で塗替え塗装が必要と判定された段階では,当該腐食個所では鋼板の厚み減少に至っている場合が少なくない。この繰り返しにより,鋼板に孔があくほどの腐食に至る古い構造物も少なくない。

 対策案

 塗替え塗装のタイミング
 長期防錆型(重防食)塗装系を用いた場合は,腐食が生じてもその面積率が非常に小さいため,塗替え塗装まで長期間放置され,さび面積の拡大に比べて,鋼板の深さ方向への腐食がより早く進むため,著しい鋼板の厚み減少に至る。このため,腐食性の高い環境の構造物では,腐食程度が大きくなる前の塗替え塗装が望まれる。
 具体的には,塗膜検査で “さび” が観察された時点で,早期の部分補修を実施できる体制が必要である。その一例として,鋼構造物塗装設計施工指針に規定される判定法 Qによる塗替え塗装が参考になる。
 素地調整について
 腐食性の高い環境で,既に局部的な腐食進行に至っている古い構造物の塗替え塗装では,従来の素地調整方法を用いたのでは,塗装系の種別を変えても塗装周期延伸にほとんど効果が認められない。実際に,海岸付近の道路橋の塗替えで塗装系 Rc-Ⅰを採用したが,数年でさび発生に至る例が観察されている。
 これを避けるためには,入念な素地調整,できれば除塩が可能な手法の適用が望まれる。
 除塩方法について
 鋼素地との界面付近に存在する塩化物イオンは,単純な水洗では除去できない。また,「塗装概論」の“ブラスト処理”で解説したように,乾式ブラスト法でも塩類の十分な除去は期待できない。
 十分に除塩するためには,水洗と乾式ブラスト法を組み合わせた方法,あるいは水可溶性塩類の除去がある程度期待できる湿式ブラスト法の採用などが望まれる。
 
 【参考】
 ブラスト処理(abrasive blast-cleaning, blasting)
 金属製品に防せい防食を目的として塗料などを被覆する場合に,素地調整のために行われる。研削材に大きな運動エネルギーを与えて金属表面に衝突させ,金属表面を細かく切削及び打撃することによってさび,スケールなどの付着物を除去して金属表面を清浄化又は粗面化させる方法。【JIS Z0103「防せい防食用語」】
 処理される表面に高運動量のブラスト研削材を衝突させる方法。金属製品の防せい防食を目的として塗料などを被覆する場合に,素地調整のために行われる。研削材に大きな運動エネルギーを与えて金属表面に衝突させ,金属表面を細かく切削及び打撃することによってさび,スケールなどを除去して金属表面を清浄化又は粗面化させる方法(JIS Z 0311「ブラスト処理用金属系研削材」参照)。【JIS K5500「塗料用語」】
 乾式ブラスト(dry blasting)
 水を用いないブラスト処理の総称。乾式ブラストに共通する特性として,鋼材表面の塩類,油分などの汚染物質を,完全に除去することはできないので,適切な除去方法を別途講じなければならない。
 湿式ブラスト(wet blasting)
 水を活用したブラスト処理の総称。湿式ブラストに共通する特性は,ブラスト処理中の粉じんの発生を抑制できること,ブラスト処理後に,さび再発の危険があることである。さび発生の防止に腐食抑制剤を添加してもよいが,その抑制剤を含む廃棄物の処理,ブラスト処理後の処理(塗装など)への影響に配慮する必要がある。

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