防食概論:塗装・塗料
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ここでは,鋼構造物などで用いられる防せい塗料(さび止めペイント)に関し, 【ジンクリッチ系塗料とは】 ,
薄膜タイプの 【ジンクリッチプライマー】 , 厚膜タイプの 【ジンクリッチペイント】 , JIS規格のジンクリッチ系塗料の 【特性比較と基本用語】
に項目を分けて紹介する。
なお,鉛系さび止めペイント,及び非鉛系さび止めペイントについては既に紹介した。
塗料各論(さび止めペイント)
ジンクリッチ系塗料とは
ジンクリッチ系塗料は,さび止め顔料(防せい顔料;rust preventive pigment, rust inhibitive pigment)として高濃度の亜鉛末(zinc dust)を用い,鋼の防食を目的としたプライマー(地肌塗り)や下塗り塗料として用いられている。
同種の塗料は,溶融亜鉛めっき鋼の不めっき部の補修用としても活用されている。なお,JIS H 8641「溶融亜鉛めっき」では,この塗料を“高濃度亜鉛末塗料(cold galvanizing coating)”と称している。
屋外大気環境で長期防せいが期待できる塗装系には,ジンクリッチ系塗料を下塗り塗料として用いるのが一般的になっている。
ジンクリッチ系塗料には,一次防せい目的(次の製作工程までの間の防食)や薄膜仕様を目的に用いられる薄膜タイプのジンクリッチプライマー(zinc rich primer),長期防せい型の塗装系や添接部摩擦接合面に用いられる厚膜タイプのジンクリッチペイント(zinc rich paint)がある。
いずれも,塗膜形成要素(film former, film forming material)である展色材(vihicle)として,アルキルシリケート(alkyl silicate)を用いた無機系,エポキシ樹脂(epoxy resin)などを用いた有機系に分けられる。
ここでは,鋼構造物用として JISに規格されるジンクリッチ系塗料を紹介するが,同じ材料に対し,採用機関により呼称が異なる。例として,下表に JIS,鉄道,及び道路での名称を示す。
J I S | 鉄 道 (SPS:鉄道総研規格) |
道 路 (鋼道路橋塗装用塗料標準) |
---|---|---|
JIS K 5552 2010 ジンクリッチプライマー 1種 |
無機ジンクリッチプライマー | 無機ジンクリッチプライマー |
JIS K 5552 2010 ジンクリッチプライマー 2種 |
採用なし | 採用なし |
JIS K 5553 2010 厚膜形ジンクリッチペイント 1種 |
厚膜型無機ジンクリッチペイント | 無機ジンクリッチペイント |
JIS K 5553 2010 厚膜形ジンクリッチペイント 2種 |
厚膜型エポキシ樹脂ジンクリッチペイント | 有機ジンクリッチペイント |
その他のジンクリッチ系塗料
高濃度亜鉛末塗料(cold galvanizing coating)
ジンクリッチペイントの一種であるが,めっき業界で用いられる塗料名称で,亜鉛末含有量 90%以上の物が多い。バインダーの含有量が少なく,塗膜の強度が不足するため,広い面積の防せい塗膜より,溶融亜鉛めっきの不めっき部の補修(JIS H 8641「溶融亜鉛めっき」)など局部の防食に用いられることが多い。このため,cold gaivanizing (compound) coating (常温亜鉛めっき塗料)などとも呼ばれている。
ジンクダストペイント(zinc dust paint)
亜鉛末の含有量を問わず亜鉛末(zinc dust)を顔料として用いた塗料(亜鉛末さび止めペイント)を指す一般名称であるが,通常は,ジンクリッチペイント,ジンクリッチプライマーに比較して亜鉛末含有量の低い塗料を指す。
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ジンクリッチプライマー
電気化学的防食作用を与えるのに十分な量の亜鉛末を配合した鉄鋼用のさび止め塗料。それによって,乾燥塗膜は導電性となり,金属亜鉛が素地より先に腐食して鉄部を保護する。塗膜形成要素として,アルキルシリケート系ビヒクルを用いた無機系ジンクリッチプライマーとエポキシ樹脂系ビヒクルを用いた有機系ジンクリッチプライマーとがある。【JIS K5500「塗料用語」】
一般的な鋼橋の製作において,鋼材メーカーで実施される鋼板のブラスト処理(原板ブラストという)に続き直ちにプライマー(ショッププライマー)が塗装される。ジンクリッチプライマーは,乾燥膜厚 15~20μm となるように塗装される。
ショッププライマーを塗装した鋼板はショップ鋼板と呼ばれる。この塗装の目的は,その後に実施される橋梁製作メーカーでの塗装系の本塗装までの間の一次防せいである。なお,橋梁製作メーカーで実施する本塗装に先立って行われる橋梁ブロックのブラスト処理は,製品ブラストといわれる。
【参考】
ショッププライマ―(shop primer)
鋼材をブラスト処理し,本塗装に先立って,ブラスト直後に塗装する塗料。【JIS Z0103「防せい防食用語」】
一般的な鋼橋の製作では,鋼板のブラスト処理(原板ブラストという)とショッププライマー塗装は,鋼材メーカーで実施される。ショッププライマーを塗装した鋼板はショップ鋼板と呼ばれる。この塗装の目的は,その後に実施される橋梁製作メーカーでの塗装系の本塗装までの間の一次防せいである。なお,橋梁製作メーカーで実施する本塗装に先立って行われる橋梁ブロックのブラスト処理は,製品ブラストといわれる。
一次防せい(錆)(temporary rust prevention)
作業工程,保管,輸送中などにおける短期間の防せい。【JIS Z0103「防せい防食用語」】
JIS K 5552 2010 「ジンクリッチプライマー」
亜鉛末及びアルキルシリケート又はエポキシ樹脂及び硬化剤,顔料及び溶剤を主な原料としたもので,次の 2種が規定されている。1種 無機ジンクリッチプライマー: アルキルシリケートをビヒクルとした,1液 1粉末形のもの。
2種 有機ジンクリッチプライマー: エポキシ樹脂をビヒクルとした,2液 1粉末形,又は 2液形(亜鉛末を含む液と硬化剤)のもの。
項 目 | 1種(無機ジンクリッチプライマー) | 2種(有機ジンクリッチプライマー) |
---|---|---|
容器の中での状態 | 粉は微小で一様な粉末であるものとする。液はかき混ぜたとき堅い塊がなくて一様になるものとする。 | |
塗装作業性 | 塗装作業に支障があってはならない。 | |
乾燥時間 h | 1 以下 | |
塗膜の外観 | 塗膜の外観が正常であるものとする。 | |
ポットライフ | 5 時間で使用できるものとする。 | |
耐衝撃性 | 衝撃によって割れ及びはがれが生じてはならない。(500g,500mm) | |
耐塩水噴霧性 | 塩水噴霧に耐えるものとする。 | |
混合塗料中の加熱残分 % | 70以上 | |
加熱残分中の金属亜鉛 % | 80以上 | 70以上 |
エポキシ樹脂の定性 | ― | エポキシ樹脂を含むこと |
屋外暴露耐候性 | 6か月間の試験でさび,割れ,はがれ及び膨れがあってはならない。 |
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ジンクリッチペイント
乾燥塗膜の大部分が金属亜鉛末から成り,わずかの無機質と有機質のバインダーで結合された塗料で鋼材のさび止めに用いる塗料。【JIS Z0103「防せい防食用語」】
展色材をできるだけ少なくし,合成樹脂ワニス,又はアルキルシリケート,アルカリシリケートなどシリケート系ビヒクルに亜鉛末をできるだけ多く配合して作ったさび止めペイント。
塗膜が水分に触れると,鉄よりもイオン化傾向の大きい亜鉛が陽極となって,亜鉛から鉄に向って防食電流が流れ,鉄は腐食から守られる。塗膜中に亜鉛末が 85~95%含まれているとき,防食効果が大きい。
各種鋼構造物の防食塗装に用いられる。被塗鉄面は,サンドブラストなどで十分にさびを除き,適度の粗さにしてから塗らないと効果が薄い。【JIS K5500「塗料用語」】
乾燥膜厚 15~20μm で塗装されるジンクリッチプライマーに比較し,乾燥膜厚 75μm を期待して塗装される厚膜形ジンクリッチペイントは,樹脂成分が多い設計となっている。
用語の定義にあるように,ジンクリッチ系塗料の防食原理は,素地の露出する塗膜欠陥が発生した場合に, 異種金属接触腐食で解説した原理により,鋼がカソード(cathode)となり,亜鉛末が犠牲アノードとして作用することで,鋼を防食する機能である。これは,亜鉛めっき鋼における欠陥部の防食機構と同等である。これを 流電陽極方式(galvanic anode system)や犠牲防食ともいう。
【参考】
異種金属接触腐食(bimetallic corrosion, galvanic corrosion)
異種金属が直接接続されて,両者間に電池が構成された時に生じる腐食。ガルバニック腐食ともいう。【JIS Z0103「防せい防食用語」】
異種金属接触腐食は,マクロ腐食電池(macro-galvanic cell)による腐食一種である。ガルバニック腐食(galvanic corrosion)という場合には,異種金属接触電池(galvanic cell)による腐食を指すのが一般的である。なお,電解質を介して電気回路が形成し腐食する場合を接触腐食ともいわれる。
犠牲アノード(犠牲陽極)(sacrificial anode)
流電陽極(galvanic anode)ともいい,外部電源を用いない陰極防食(カソード防食)の流電陽極方式で用いられる防食対象の金属より電位が卑な金属をいう。
鋼などの母材を,使用環境で母材より腐食電位が卑な金属で被覆したもの。この場合には,ピンホールや傷つきなどの素地に達する損傷があっても,露出した素地金属がカソードとなり,被覆金属が広いアノード(陽極)として作用するため,被覆金属が犠牲的に腐食し,素地金属の腐食を抑制できる。これを犠牲陽極作用,犠牲的保護作用や犠牲防食作用などともいう。
JIS K 5553 2010 「厚膜形ジンクリッチペイント」
亜鉛末,及びアルキルシリケート又はエポキシ樹脂,及び硬化剤,顔料,及び溶剤を主な原料としたもので,次の 2種が規定されている。1種 厚膜形無機ジンクリッチペイント: アルキルシリケートをビヒクルとした,1液 1粉末形のもの。
2種 厚膜形有機ジンクリッチペイント: エポキシ樹脂をビヒクルとした,2液 1粉末形,又は 2液形(亜鉛末を含む液と硬化剤)のもので,硬化剤にはポリアミド,アミンアダクトなどを用いる。
項 目 | 1種(厚膜形無機ジンクリッチペイント) | 2種(厚膜形有機ジンクリッチペイント) |
---|---|---|
容器の中での状態 | 粉は微小で一様な粉末であるものとする。液はかき混ぜたとき堅い塊がなくて一様になるものとする。 | |
乾燥時間 h | 5以下 | 6以下 |
塗膜の外観 | 塗膜の外観が正常であるものとする。 | |
ポットライフ | 5 時間で使用できるものとする。 | |
耐衝撃性(デュポン式) | 衝撃によって割れ及びはがれが生じてはならない。(500g,500mm) | |
厚塗り性 | 厚塗りに支障があってはならない。 | |
耐塩水噴霧性 | 塩水噴霧に耐えるものとする。 | |
耐水性 | ― | 水に浸したとき異常がないものとする。 |
混合塗料中の加熱残分 % | 70以上 | 75以上 |
加熱残分中の金属亜鉛 % | 75以上 | 70以上 |
屋外暴露耐候性 | 2年間の試験でさび,割れ,はがれ及び膨れがあってはならない。 |
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ジンクリッチ系塗料の特性比較と関連用語
JIS製品規格として挙げられるジンクリッチ系塗料について,特性の異なる点をまとめて次に紹介する。
項 目 | ジンクリッチプライマー 1種(無機)JIS K5552 |
厚膜形ジンクリッチペイント 1種(無機)JIS K5553 |
ジンクリッチプライマー 2種(有機)JIS K5552 |
厚膜形ジンクリッチペイント 2種(有機)JIS K5553 |
---|---|---|---|---|
ビヒクル | アクリルシリケート | エポキシ樹脂 | ||
亜鉛含有量 | 80%以上 | 75%以上 | 70%以上 | |
標準膜厚 | 15~20μm | 75μm | 15~20μm | 75μm |
硬化機構 | 大気中の水(湿気)によるアルキルシリケートの加水分解縮合 | エポキシ樹脂と硬化剤の混合による反応硬化 | ||
犠牲防食性能 | 良好 | 良 | やや劣る | |
付着性 | やや良好(薄膜のため) | 低い(凝集破壊) | 良好 | |
耐衝撃性 | 良好(薄膜のため) | 低い | 良好 | |
施工時の制約 | 気温 2℃以上, 相対湿度 50%以上,80%以下 | 気温 5℃以上,相対湿度 80%以下 | ||
塗り重ね | ミストコート不要 | ミストコート必須 | ミストコート不要 |
関連用語
アルキルシリケート(alkyl silicate)金属ケイ素とアルコールの反応で合成されるアルコキシシランの一種で,水と容易に加水分解,縮重合する。例えば,エチルシリケート{Si(OC2H5)4 ;IUPAC名 テトラエトキシシラン(Tetraethoxysilane)は,大気中の水蒸気により縮重合する。
エポキシ樹脂(epoxy resin)
エポキシ樹脂は,分子中にエポキシ基を 2個以上含む化合物を重合して得た樹脂状物質。エピクロヒドリンとビスフェノールとを重合して作ったものなどがある。【JIS K5500「塗料用語」】
プレポリマーのエポキシ基(エポキシド,epoxide)で架橋ネットワーク化させることで硬化させることが可能な熱硬化性樹脂。プレポリマーも製品化した樹脂ともエポキシ樹脂と呼ばれる。プレポリマーの組成は種々あるが,ビスフェノール Aとエピクロルヒドリンの共重合体(ビスフェノール A型エポキシ樹脂)が多用されている。
硬化剤にはポリアミンや酸無水物が使用される。プレポリマーの組成と硬化剤の種類との組み合わせで多様な物性の実現が可能であること,寸法安定性,耐水性・耐薬品性及び電気絶縁性が高いことから電子回路の基板,封入剤,接着剤,塗料,FRPの積層剤として利用されている。
電気防食(electrolytic protection)
電流の作用を用いて人為的に金属の電位を制御し,腐食を制御する方法。
水溶液環境に接している金属の電極電位を操作する方法により,電極電位を基準値(防食電位)以下に下げる陰極防食(cathodic protection ,カソード防食法ともいう),電極電位を上げて不働態領域に保つ陽極防食(anodic protection ,アノード防食法ともいう)の二種に大別される。
陰極防食法(cathodic protection)
カソード防食ともいい,電極電位を基準値(防食電位)以下に下げることで目的を達成する電気化学的防食法。
外部からの電流付与方法には,電源装置を用いて電流を与える外部電源方式,異種金属接触電池を利用した流電陽極方式の 2種ある。
流電陽極方式(galvanic anode system)
被防食金属に,これより卑な金属を接続して防食電流を供給するカソード防食法。【JIS Z0103「防せい防食用語」】
外部電源を用いない陰極防食(カソード防食)の流電陽極方式は,防食対象の金属(例えば鋼)より電位が卑な金属(例えば,亜鉛,アルミニウム,マグネシウム,及びそれらの合金)を外部のアノード電極として接続し,金属間の電位差に起因し自然に発生する電流で防食する方法である。
この場合には,ピンホールや傷つきなどの素地に達する損傷があっても,露出した素地金属がカソードとなり,被覆金属が広いアノード(陽極)として作用するため,被覆金属が犠牲的に腐食し,素地金属の腐食を抑制できる。これを犠牲陽極作用,犠牲的保護作用や犠牲防食作用などともいう。
接続される電位が卑な金属は,流電陽極(galvanic anode),又は犠牲陽極(sacrificial anode)などと呼ばれる。
アノード(anode)
電流が電極から電解質に向かって流れ,酸化反応が行われる電極。陽極ともいう。【JIS Z0103「防せい防食用語」】
カソード(cathode)
電流が電解質から電極に向かって流れ,還元反応が行われる電極。陰極ともいう。【JIS Z0103「防せい防食用語」】
電極(electrode)
電気化学では,広義には金属などの電子伝導体の相と電解質溶液などのイオン伝導体の相とを含む少なくとも二つの相が直列に接触している系(電極系ともいう)。狭義にはイオン伝導体に接触している電子伝導体の相。【JIS K 0213「分析化学用語(電気化学部門)」】
電極を示す名称には,カソード・アノード,正極(+極)・負極(-極),陰極・陽極などの名称が使われている。特に,陰極・陽極の用語は,技術分野で示す意味が異なり,混乱した使用例が見られるので,注意が必要である。
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