防食概論塗装・塗料

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 ここでは,塗膜として残らない塗膜形成助要素【溶剤とは】, 【石油系溶剤】, 【石油系以外の溶剤】, 【溶剤関連の分類例】 を紹介する。

 塗料概論(塗料の構成要素)

 溶剤とは

 溶剤(solvent)
 バインダー(binder)展色材(vehicle)ともいわれる塗膜形成要素(film former)を十分に溶解し,所定の乾燥条件で揮散する単一又は混合された液体をいう。狭義では,バインダーを溶解できる溶媒,すなわち真溶剤(true solvent)を意味するが,一般的には,助溶剤希釈剤を含めて溶剤という場合が多い。【JIS K5500「塗料用語」】
 
 助溶剤(co-solvent)とは,それ自体はバインダーを溶解する性質はないが,溶剤に加えると溶剤単独のときより溶解力が大きくなる性質のある蒸発性の液体である。
 希釈剤(diluent)とは,それ自体溶解力のある溶剤ではないが,溶剤と併用して悪影響なく使用できる,単一又は混合された揮発性液体である。
 特殊な例としては,塗膜主要素の硬化反応の成分で構成される反応性希釈剤(例えば,フェノール樹脂塗料におけるスチレン)も溶剤として扱われることもある。
 
 塗料で使用される真溶剤には,(water),石油系溶剤(petroleum solvent),アルコール系溶剤(alcohols solvent),エーテル系溶剤(ethers solvent),エステル系溶剤(esters solvent),ケトン系溶剤(ketones solvent)などがある。
 これらを単独で用いる場合もあるが,多くの場合は,期待する特性を得るため,性質の異なる複数の溶剤を混合した混合溶剤(mixed solvent)として用いることが多い。
 
 塗料・塗装分野に限らず,溶剤の選択では,溶解性能と経済性を優先して行われてきた。しかし,有機系の溶剤は,塗膜形成時に蒸発し大気に排出されるため,揮発性有機化合物(volatile organic compound, VOCとして,次節で紹介する「環境への影響」に配慮した選択が求められるようになっている。

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 石油系溶剤

 石油系溶剤(petroleum solvent)
 石油又は天然ガスから誘導・製造される炭化水素系溶剤(hydrocarbons solvent)で,塗料用溶剤として使用実績の多い溶剤である。
 石油系溶剤は,多種多様であり,分子構造の違いから,パラフィン系オレフィン系(olefin,アルケン,alkene)ナフテン系(naphthene,シクロパラフィン,シクロアルカン,cycloalkane),及び芳香族系(芳香族化合物,aromatic compounds)に分類される。
 
 パラフィン系溶剤
 パラフィン(paraffin)とは,鎖式の飽和脂肪族炭化水素で,一般式 CnH2n+2 で表される鎖式飽和炭化水素で,メタン系炭化水素,パラフィン系炭化水素や脂肪族化合物などとも呼ばれるアルカン(alkane)の一種である。なお,単にパラフィンといった場合は,炭素原子の数 20 以上のアルカンを指すのが一般的である。
 パラフィン系溶剤とは,原油を蒸留して得られるパラフィンを主成分とするが,オレフィン(olefin)やアルケン(alkene)と呼ばれる鎖式不飽和炭化水素との混合物で,少量の芳香族炭化水素を含む。パラフィン系溶剤は,ナフサや工業ガソリン(gasoline for industrial purpose)に分類される。
 なお,JIS K 2201「工業ガソリン」では,“無色透明で異臭がなく,水及び沈殿物を含まず,洗浄,溶解,希釈,抽出などの用途に適当な品質の精製鉱油。”と定義され,用途によって次の 5 種類に分けられる。
 1号は,洗浄用途の“ベンジン”と称され,引火点-,初留温度 30℃以上,蒸留試験で 50%留出温度 100℃以下,終点 150℃以下
 2号は,ゴム用溶剤,塗料用途の“ゴム揮発油”と称され,引火点 -,初留温度 80℃以上,蒸留試験で 50%留出温度 120℃以下,終点 160℃以下
 3号は,抽出用途の“大豆揮発油”と称され,引火点 -,初留温度 60℃以上,蒸留試験で 50%留出温度 -,終点 90℃以下
 4号は,塗料用途の“ミネラルスピリット”と称され,引火点 30℃以上,初留温度 -,蒸留試験で 50%留出温度 180℃以下,終点 205℃以下
 5号は,ドライクリーニング,塗料用途の“クリーニングソルベント”と称され,引火点 -,初留温度 38℃以上,蒸留試験で 50%留出温度 150℃以下,終点 210℃以下。
 ミネラルスピリット(mineral spirits, petroleum spirits)は,ミネラルターペン(mineral turpentine)ともいい,油性塗料や合成樹脂調合ペイント,弱溶剤形塗料などの希釈溶剤として広く用いられている。
 
 ナフテン系溶剤
 ナフテン系溶剤は,低芳香族含有ミネラルスピリットなどともいわれ,芳香族分の少ないナフテン基原油を蒸留精製して製造される。
 光化学反応性の少ない溶剤で,主要成分は 40~80%のパラフィン(paraffin)20~50%のナフテン(naphthene)で構成される。また,8%以下の芳香族炭化水素(aromatic hydrocarbons)を含むため,樹脂の溶解性がミネラルスピリットより高い。油性系塗料,アルキド樹脂塗料やフェノール樹脂塗料などで用いられる。
 
 芳香族系溶剤
 一般に石油系溶剤という場合には,芳香族系溶剤を指すことが多い。芳香族系溶剤とは,芳香族炭化水素(aromatic hydrocarbons)を多量に含む溶剤で,原油を蒸留して得た沸点 35~180℃のガソリンのうち,沸点の高いもの(重質ナフサ)を熱や触媒を用いてリフォーミング(改質)し,精密蒸留で蒸発範囲ごとに分取したものを指す。下表には,中沸点溶剤に分類されるものの蒸留範囲別の特徴を示す。
 ラッカーの希釈剤や合成樹脂塗料などに用いるトルエンを主成分とする溶剤,合成樹脂塗料やさび止めペイントに用いるキシレンなどを主成分とする溶剤など塗料毎の専用シンナーとして広く用いられている。
 トルエン(toluene)
 IUPAC名 トルエン(toluene),ベンゼンの水素原子の 1つをメチル基で置換した構造の芳香族炭化水素で,示性式 C6H5CH3 ,沸点 110.63℃の芳香がある無色の液体。
 キシレン(xylene)
 IUPAC名 ジメチルベンゼン(dimethylbenzene),ベンゼンの水素原子の 2つをメチル基で置換した構造の芳香族炭化水素で,示性式 C6H4(CH3)2 の無色の液体。 3種類の異性体{沸点 144℃の o -キシレン(1,2-ジメチルベンゼン),沸点 139℃の m-キシレン(1,3-ジメチルベンゼン),沸点 138℃の p -キシレン(1,4-ジメチルベンゼン)が存在する。

中沸点溶剤の特徴
  蒸留範囲(℃)    特徴 
  90~120    トルエンを主成分とする芳香族含有量 70~80%のもの 
  130~160    キシレンを主成分とするもの 
  140~190    キシレンより重質の芳香族を 45~55%含有するもの 

 【参考】
 脂肪族炭化水素(aliphatic hydrocarbon)
 非芳香族性の炭素と水素のみで構成される脂肪族化合物で,多重結合の有無により飽和と不飽和に,形状により鎖式と環式に分けられる。なお,環式の脂肪族炭化水素は,飽和,不飽和を問わず脂環式炭化水素(alicyclic compound)といわれる。
 パラフィン(paraffin)
 鎖式の飽和脂肪族炭化水素のアルカン(alkane)に分類され,一般式 CnH2n+2 で表される。炭素鎖の形状で,直鎖状のノルマルパラフィン系と側鎖を持つイソパラフィン系に分けられる。
 ナフテン(naphthene)
 一般式 CnH2n ,5員環や 6員環の環状構造をもつ飽和炭化水素(シクロアルカン,cycloalkane),およびそれらにアルキル側鎖のついた誘導体に対する総称。シクロパラフィンともいう。多環式の飽和炭化水素を含める場合もある。
 オレフィン(olefin)
 鎖式の不飽和脂肪族炭化水素の中で,分子内に二重結合を一つも一般式 CnH2n で表される鎖式不飽和炭化水素で,アルケン(alkene),エチレン系炭化水素とも呼ばれる。環状の構造のアルケンをシクロアルケン(cycloalkene)という。
 芳香族炭化水素(aromatic hydrocarbons)
 炭化水素のみで構成された芳香族化合物,アレーン( arene )ともいわれる。ベンゼン環に置換基が一つの一置換化合物,置換基が二つの二置換化合物,複数のベンゼン環が結合している芳香族多環化合物,ベンゼン環の 1辺を共有した構造を持つ縮合環化合物(ヘテロ原子や置換基を含まないものを多環芳香族炭化水素という)に分けられる。
 芳香族化合物(aromatic compounds)
 脂肪族化合物に対し,ベンゼン環に代表される環状不飽和構造(芳香族性)を持つ化合物。なお,環状不飽和構造は,芳香環(aromatic ring)ともいわれる。
 炭化水素のみで構成された芳香族化合物は,芳香族炭化水素(aromatic hydrocarbons),アレーン( arene )といわれる。
 なお,過去には芳香(良いにおい,香り)性を有する化合物を称していたが,現在は「芳香族性」を有する化合物を呼ぶようになった。
 原油(crude oil)
 原油は,組成の違いによる次のように分類される。
 パラフィン基原油:パラフィン系炭化水素を多量に含んだ原油をいう。
 ナフテン基原油:アスファルト基原油ともいい,ナフテン系炭化水素を多量に含んだ原油をいう。
 混合基原油:パラフィン基原油とナフテン基原油の中間の原油をいう。
 特殊原油:一般に芳香族炭化水素を多量に含む原油をいい,種類が少ないので特殊原油と呼ばれている。
 原油の組成や性質はきわめて多種多様で,油田によって,あるいは同じ油田でも油層によって異なる。日本に輸入されている主要な中東原油は,混合基原油である。

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 石油系以外の溶剤

 実用の溶剤は,化合物単独で用いられることは少なく,混合物として使用されている。次には塗料で用いられる石油系以外の溶剤の例を紹介する。

 アルコール系溶剤
 メチルアルコール,イソブチルアルコール,ブタノールなどが用いられる。
 イソブチルアルコール(isobutyl alcohol)
 IUPAC名 2-メチルプロパン-1-オール(2-Methylpropan-1-ol),示性式 (CH32CHCH2OH ,沸点 108℃の刺激臭がある無色の液体。

 エーテル系溶剤
 メチルセロソルブ(エチレングリコールモノメチルエーテル),ブチルセロソルブ(エチレングリコールモノブチルエーテル),プロピルセロソルブ(エチレングリコールモノプロピルエーテル)などが用いられる。
 メチルセロソルブ(methyl cellosolve)
 IUPAC名 エチレングリコールモノメチルエーテル(2-Ethyleneglycol monomethyl ether),示性式 CH3OCH2CH2OH ,沸点 124.5℃の芳香臭の無色液体。
 ブチルセロソルブ(butyl cellosolve)
 IUPAC名 エチレングリコールモノブチルエーテル(ethyleneglycol monobutyl ether),2-ブトキシエタノール(2-butoxyethanol),示性式 CH3CH2CH2CH2OCH2CH2OH ,沸点 171℃の無色液体。

 エステル系溶剤
 酢酸エチル,酢酸イソプロピル,酢酸イソブチル,酢酸メチルセロソルブなどが用いられる。
 酢酸エチル(ethyl acetate)
 IUPAC名 酢酸エチル(ethyl acetate),示性式 CH3COOCH2CH3 ,沸点 77.1℃の果実臭がある無色の液体。

 ケトン系溶剤
 メチルエチルケトン(2-ブタノン ,MEK),メチル‐n‐へキシルケトン(2-オクタノン),メチルアミルケトン(2-ヘプタノン)などが用いられる。
 メチルエチルケトン(ethyl methyl ketone)
 メチルエチルケトンは MEK と略称されるケトン系溶媒の一種,IUPAC名 2-ブタノン(2-butanone),エチルメチルケトン(ethyl methyl ketone),示性式 CH3COC2H5 ,引火点 −9℃,沸点 79.5℃,発火点 404℃の無色の液体。

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 溶剤関連の分類例

 弱溶剤と強溶剤
 弱溶剤(weak solvent)
 明確な定義はないが,一般的には,油性塗料や油変性合成樹脂塗料を希釈するために使用されるミネラルスピリット(塗料用シンナー,脂肪族炭化水素系溶剤)などを指す場合が多い。
 強溶剤(strong solvent)
 明確な定義はないが,一般的には,脂肪族炭化水素系溶剤では希釈できない合成樹脂塗料に使用される芳香族炭化水素系溶剤,ケトン系溶剤,エーテル系溶剤などを多く含む溶剤を指す。これらの溶剤は,対象となる合成樹脂塗料それぞれに適した配合が用いられるので専用シンナーとも呼ばれる。
 
 シンナーとは
 シンナー(thinner)
 主にコンシステンシー(※1)を小さくする目的で,塗装の際に塗料に加える単一又は混合された所定の乾燥条件で蒸発する液体。うすめ液ともいう。【JIS K5500「塗料用語」】
 ※1 ;コンシステンシーとは,液体を変形するときに起こる力学的抵抗のこと。液体の流動には,粘性流動,塑性流動,チキソトロピー,ダイラタンシーなどがあって,抵抗の状態に違いがある。定量的には,応力-ずり速度曲線を用いて粘度,粘度変化,降伏値などで表すことができる。
 シンナーには,ミネラルスピリット,ミネラルターペンなどともいわれる弱溶剤に分類される塗料用シンナーと,ラッカーシンナー,ウレタンシンナー,エポキシシンナー,アクリルシンナー,メラミンシンナーなどの強溶剤に分類される合成樹脂シンナーがある。
 ラッカーシンナー(lacquer thinner)
 ラッカー類の希釈に適する透明・揮発性の液体で,硝酸セルロース・樹脂の溶剤に希釈剤(※1)を混合して作る。【JIS K5500「塗料用語」】
 ※1 ;希釈剤とは,それ自体溶解力のある溶剤ではないが,溶剤と併用して悪影響なく使用できる,単一又は混合された揮発性液体のこと。
 ラッカーシンナーは,溶解力が高く,乾燥性が早い芳香族炭化水素系(トルエン,キシレンなど),エステル(酢酸エチル,酢酸ブチルなど),ケトン(アセトン,MEKなど)を主成分とし,いわゆる強溶剤に分類される。
 塗料用シンナー(paint thinner)
 ミネラルターペン,ミネラルスピリットとも呼ばれる脂肪族炭化水素系溶剤を主成分とする工業ガソリンの一種で,油性系塗料や油変性合成樹脂塗料を希釈するために使用され,トシン,ペイントシンナー,ペイントうすめ液ともいわれる。なお,ラッカー類の希釈に用いられるラッカーシンナーとは成分が異なる。
 
 脂肪族炭化水素系溶剤の一般名称など
 脂肪族炭化水素系溶剤(aliphatic hydrocarbons solvent)
 溶剤として用いる脂肪族炭化水素の総称。ミネラルスピリット,灯油など。【JIS K5500「塗料用語」】
 ミネラルスピリット(mineral spirits, petroleum spirits)
 原油を分留して得た溶剤の一種。引火点30℃以上,蒸留試験で 50%留出温度 180℃以下,終点 205℃以下。【JIS K5500「塗料用語」】
 JIS K 2201「工業ガソリン」 に規定される種類 4号をに当たる。ミネラルスピリットは,塗料用シンナー(paint thinner),ミネラルターペン(mineral turpentine),トシンターペンともいわれる。
 ターペン(turpentine)
 ターペンタイン(テレピン油)の省略形,本来は天然油のテレピン油を指していたが,塗料・塗装分野では石油系のミネラルターペン(ミネラルスピリット,塗料用シンナーと同義語)を指す。
 テレピン油(turpentine)
 マツ科の樹木のチップ,あるいはそれらの樹木から得られた松脂を水蒸気蒸留することによって得られる精油。松精油,テレピン油,ターペンタインともいう。
 油絵具の薄め液,塗料やワニスなどの溶剤,医薬品の成分として用いられる。

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