防食概論塗装・塗料

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 ここでは,鋼構造物などの防食に用いられる 【防食用エポキシ樹脂塗料】 について, 【ピュアエポキシ樹脂塗料の名称】, 【ピュアエポキシ樹脂塗料の概要】 に項目を分けて紹介する。

 塗料各論(構造物用塗料)

 防食用エポキシ樹脂塗料

 エポキシ樹脂塗料(epoxy resin coating)は,取り扱いが容易,塗料の変性が容易,種類が豊富,硬化温度の選択幅が広い,硬化時の体積収縮が少ない,各種母材(金属,ガラス,コンクリートなど)との密着力が大きい,塗膜の耐熱性,耐薬品性に優れるなどの理由から多くの分野で用いられている。
 
 JIS K 5500「塗料用語」では,エポキシ樹脂塗料の定義はないが,一般的には「塗膜形成要素(展色材,ビヒクル)にエポキシ樹脂を含む塗料」と理解されている。
 エポキシ樹脂(epoxy resin)は,一般には,本来の架橋しうるエポキシ基(epoxy group)を含む樹脂に加えてエポキシ樹脂を主成分として作った製品に対してもいう。
 
 鋼構造物などの防食目的に採用されるエポキシ樹脂塗料は,材料特性の違いから基本となるエポキシ樹脂を用いたピュアエポキシ樹脂塗料,改質目的で石油系・石炭系樹脂(変性樹脂という)を用いて変性(modification)したエポキシ樹脂を用いたタールエポキシ樹脂塗料を含む変性エポキシ樹脂塗料に大別される。
 なお,1990年代にタール成分の健康被害への懸念からタールエポキシ樹脂塗料の採用が減少するとともに,2009年 4月に JIS製品規格が廃止されている。

 鋼構造物などの防食用途以外では,エポキシ樹脂製品を用いたエポキシエステル樹脂塗料( 1液形エポキシ樹脂塗料)などもある。エポキシエステル樹脂塗料は,大気中の酸素により酸化重合する塗料で,アルキド樹脂を用いた合成樹脂調合ペイント(長油性フタル酸樹脂塗料)などと同様に施工性に優れるが,防食に影響する諸性質は, 2液形の反応硬化形エポキシ樹脂塗料に比較して劣る。

 鋼橋等の鋼構造物防食塗装(anticorrosion coating)では,構造物新設時の外面にピュアエポキシ樹脂塗料(pure epoxy resin coating)を用い,新設時の箱桁内面や塗替え塗装には変性エポキシ樹脂塗料を用いるのが一般的である。
 ここでは,ピュアエポキシ樹脂塗料の特徴を紹介し,変性エポキシ樹脂塗料については次項で紹介する。

 【参考】
 変性エポキシ樹脂塗料(modified epoxy resin coating)
 エポキシ樹脂に,改質目的で石油系・石炭系樹脂(変性樹脂という)を用いて変性した塗料。変性樹脂自体に防食性はないが,内部応力の緩和,水蒸気透過性の低減などにより,タールエポキシ樹脂塗料と同様の防食性を発揮する。
 変性エポキシ樹脂塗料は,発がん性が認められない変性樹脂を用いることで,JIS 製品規格が廃止されたタールエポキシ樹脂塗料の代替塗料として用いられる。さらに,ある程度の着色が可能なことから高い防食性を期待する塗替え塗装などでの利用が拡大している。
 タールエポキシ樹脂塗料(coaltar epoxy resin coating, tar epoxy resin coating)
 2009年 4月に廃止された旧 JIS K5664「タールエポキシ樹脂塗料」では,エポキシ樹脂・コールタール・ビチューメン・顔料・硬化剤及び溶剤を主な原料とする塗料と規定されている。すなわち,改質剤としてコールタールやビチューメンを用いた変性エポキシ樹脂塗料で,ピュアエポキシ樹脂塗料より水蒸気透過率や内部応力が小さく,防食性に優れた黒褐色の塗料で,美観を重視しない場合の腐食の激しい環境などで広く用いられていた。
 エポキシエステル樹脂(epoxy ester resin)
 エポキシエステルは,エポキシ樹脂とメタクリル酸(CH2=C(CH3)COOH),又はアクリル酸(CH2=CHCOOH)を反応(エステル化)させたオリゴマーである。模式的に示すと,エポキシ樹脂の両端に脂肪酸やアクリル樹脂を連結し,その基本となる分子構造が油変性アルキド樹脂に似た分子量の大きいオリゴマーとなる。

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 ピュアエポキシ樹脂塗料の名称

 鋼の防食塗装エポキシ樹脂を含む塗料が広く採用されている。塗装仕様の開発・採用の経緯の違いから,塗料の名称は採用機関ごとに異なるのが通例である。
 下表には,JIS,鉄道,及び道路で採用する有機溶剤を用いる反応硬化形のピュアエポキシ樹脂塗料の名称を示す。
 なお,鉄道や道路では,次の【防食用変性エポキシ樹脂塗料】で紹介するように,プレポリマーに変性エポキシ樹脂を用いることを原則とする塗料は,塗料名称変性エポキシ樹脂と明記している。従って,下表では,鉄道,道路分野で,プレポリマーに変性樹脂を含まないピュアエポキシ樹脂塗料を用いるのを原則とする塗料名称を紹介する。


主な反応硬化形のピュアエポキシ樹脂塗料の名称比較
  鉄 道  
  (SPS:鉄道総研規格) 
  JIS製品規格     道 路 
  (鋼道路橋塗装用塗料標準) 
  採用なし    JIS K 5552 有機ジンクリッチプライマー    採用なし 
  厚膜型エポキシ樹脂ジンクリッチペイント    JIS K5553 厚膜形有機ジンクリッチペイント    有機ジンクリッチペイント 
  厚膜型エポキシ樹脂系塗料下塗    JIS K5551 構造物用さび止めペイント B種    弱溶剤形エポキシ樹脂塗料 下塗 A 
  ポリウレタン樹脂塗料用中塗    JIS K5659 鋼構造物用耐候性塗料中塗り塗料 A種    弱溶剤形ふっ素樹脂塗料用中塗 
  超厚膜型エポキシ樹脂塗料    該当規格なし    超厚膜形エポキシ樹脂塗料 
  水系エポキシ樹脂塗料    JIS K5659 鋼構造物用耐候性塗料中塗り塗料 B種    塗料規定なし 

 【備考】
 JIS K55522010「ジンクリッチプライマー:Zinc rich primer」
 1種 無機ジンクリッチプライマー;アルキルシリケートをビヒクルとした,1液 1粉末形のもの。
 2種 有機ジンクリッチプライマー;エポキシ樹脂をビヒクルとした,2液 1粉末形又は 2液形(亜鉛末を含む液と硬化剤)のもの。
 
 JIS K55532010「厚膜形ジンクリッチペイント:High build type Zinc rich paint」
 1種 厚陣形無機ジンクリッチペイント;アルキルシリケートをビヒクルとした,1液 1粉末形のもの。
 2種 厚膜形有機ジンクリッチペイント;エポキシ樹脂をビヒクルとした,2液 1粉末形又は 2液形(亜鉛末を含む液と硬化剤)のもので,硬化剤にはポリアミド,アミンアダクトなどを用いる。
 
 JIS K55512018「構造物用さび止めペイント:Heavy-duty anticorrosive paints for metal structures」
 A種 有機溶剤,反応硬化形エポキシ樹脂系塗料;膜厚約 30μmの標準形塗料,常温用。
 B種 有機溶剤,反応硬化形エポキシ樹脂系塗料;膜厚約 60μmの厚膜形塗料,常温用。
 C種 1号 有機溶剤,反応硬化形変性エポキシ樹脂系塗料又は反応硬化形変性ウレタン樹脂系塗料;膜厚約 60μmの厚膜形塗料,常温用。
 C種 2号 有機溶剤,反応硬化形変性エポキシ樹脂系塗料又は反応硬化形変性ウレタン樹脂系塗料;膜厚約 60μmの厚膜形塗料,低温環境用
 D種 反応硬化形エポキシ樹脂系塗料;膜厚約 30μmの標準形塗料,常温用。
 E種 反応硬化形エポキシ樹脂系塗料;膜厚約 60μmの厚膜形塗料,常温用。
 
 JIS K56592018「鋼構造物用耐候性塗料:Long durable paints for steel structures」
 A種 溶剤形塗料;有機溶剤を主要な揮発成分とし,主剤,硬化剤などを混合し反応硬化させて用いる(多液形)塗料。
 B種 水性塗料;水を主要な揮発成分とし,主剤,硬化剤などを混合し反応硬化させて用いる(多液形)塗料と,1液で反応硬化させて用いる(1液形)塗料とがある。
 規格の注意書きに,上塗り塗料の原料は,ふっ素系樹脂,シリコン系樹脂又はポリウレタン系樹脂と記載あり。なお,ここでいう「ふっ素系樹脂」は,いわゆるふっ素樹脂とは異なり,ふっ素含有ポリウレタン樹脂を意味する。
 中塗り塗料の原料に関する記載はないが,反応硬化形エポキシ樹脂系塗料を用いる例が多い。
 
 【参考】
 弱溶剤形塗料(weak solvent-based paint)
 希釈剤として弱溶剤を用いた塗料を指す。なお,弱溶剤に対して明確な定義はなく,一般的には,油性塗料や油変性合成樹脂塗料を希釈するために使用されるミネラルスピリット(塗料用シンナー,脂肪族炭化水素系溶剤溶剤)などを指す場合が多い。
 従って,弱溶剤に容易に溶解・分散しない従来型のエポキシ樹脂やポリウレタン樹脂とは異なるプレポリマーを用いた塗料でと弱溶剤形は種別が異なる塗料といえる。
 低温用塗料について
 名称に“エポキシ樹脂”と称する物で,気温が 10℃を下回る場合に適用する塗料(低温用)に,鉄道分野には「厚膜型エポキシ樹脂系塗料下塗同低温用」,「厚膜型変性エポキシ樹脂系塗料下塗同低温用が,道路分野では「弱溶剤形エポキシ樹脂塗料 下塗 B 」,「弱溶剤形変性エポキシ樹脂塗料 下塗 B 」がある。
 これらの塗料は,ピュアエポキシ樹脂塗料が適用できる気温( 10℃以上)を下回る場合の塗料(低温用)で,10℃以下の低温でエポキシ反応する硬化剤(変性脂肪族ポリアミン,ポリメルカプタン,イミダゾール類など)を用いた反応硬化形変性エポキシ樹脂系塗料,又は低温でも反応が進むウレタン反応を用いた反応硬化形変性ウレタン樹脂系塗料が用いられる。
 従って,名称とは異なり厳密な意味,すなわちエポキシ基を含むエポキシプレポリマーのみを用いた塗料とは限らない。このため,鉄道分野では,当初から低温用の種別を有する塗料の名称には「○○エポキシ樹脂塗料」などを付け加えた名称を用いていた。なお,JIS規格のとは意味合いが異なる。

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 ピュアエポキシ樹脂塗料の概要

 ピュアエポキシ樹脂塗料とは,塗料中の樹脂組成が,主剤のエポキシ樹脂プレポリマーとその硬化剤からのみで構成され,改質用の樹脂を含まない塗料をいう。
 これに分類される防食用途の塗料には,上表で紹介した塗料が該当する。
 なお,一般的に,ポリウレタン樹脂塗料上塗やふっ素樹脂塗料上塗を用いる場合に,ポリウレタン樹脂塗料用中塗,及びふっ素樹脂塗料用中塗には,ピュアエポキシ樹脂塗料を採用する場合が多い。
 
 下塗り塗料
 防せい顔料による防食に加えて素地との高い付着性により優れた防食性能を発揮する。さらに,中塗との付着性も考慮した材料設計がなされている。
 これに相当する JIS規格には,JIS K 5551「エポキシ樹脂塗料」に規定されていたピュアエポキシ樹脂塗料を用いた 1種(標準形 30μm),及び 2種(厚膜形 60μm)があった。
 この規格は,2008年に全面改訂・名称変更され JIS K 55512008「構造物用さび止めペイント」となり,ピュアエポキシ樹脂塗料を用いた A種(30μm:反応硬化形エポキシ樹脂系塗料),及び B種(60μm:反応硬化形エポキシ樹脂系塗料厚膜形)に変更された。なお,この規格に規定される C種(1号;常温環境用,2号;低温環境用)は,次項で紹介する反応硬化形変性エポキシ樹脂系塗料又は反応硬化形変性ウレタン樹脂系塗料を用いた厚膜形塗料である。
 2018年に JIS K 55512018「構造物用さび止めペイント」が改訂され,ピュアエポキシ樹脂塗料を用いた塗料として,A種(30μm:反応硬化形エポキシ樹脂系塗料),及び B種(60μm:反応硬化形エポキシ樹脂系塗料厚膜形)に加えて,水性エポキシ樹脂を採用したを主要な揮発成分とする D種(30μm:反応硬化形エポキシ樹脂系塗料),及び E種(60μm:反応硬化形エポキシ樹脂系塗料厚膜形)が追加された。
 
 中塗り塗料
 下塗り塗膜,及び上塗り塗膜との付着性を優先した材料設計で,下塗り塗料とは異なり,防せい顔料は配合されていない。
 一般的に,ポリウレタン樹脂塗料用中塗やふっ素樹脂塗料用中塗と称される塗料の多くはエポキシ樹脂塗料中塗を用いることが多い。
 実際に,旧 JIS K 5657「鋼構造物用ポリウレタン樹脂塗料」,及び旧 JIS K 5659「鋼構造物用ふっ素樹脂塗料」では,専用中塗り塗料を“気温 10℃以上ではエポキシ樹脂・顔料・溶剤などを原料とする主剤,ポリアミド樹脂を主な原料とする硬化剤からなる常温硬化形の 2液形エポキシ樹脂塗料”と規定していた。
 
 超厚膜形塗料
 明確な定義はないが,ハイビルド塗料(high-build, high-build coating)の一種で,一度の塗付けで非常に厚い膜(一般的には 300μm以上)を得るため,低粘度の液状エポキシ樹脂やそれらの変性誘導体プレポリマーとし,ポリアミン,ポリアミドなどの硬化剤を使用した塗料である。
 なお,上表で紹介した鉄道分野や道路分野で用いる超厚膜形エポキシ樹脂塗料は,ピュアエポキシ樹脂塗料である。
 この種の塗料は,景観性や作業性を犠牲にした設計が取られ,他のエポキシ樹脂塗料に比較して外観が悪い,可使時間が短いなどの欠点を有する。
 また,低分子量の液状エポキシ樹脂を用いているので,一般的な溶剤形エポキシ樹脂塗料に比較して感作性(作業者がアレルギーになり易い)が高い場合が多い。従って,これらの塗料を用いた塗装作業では,適切な防護措置が求められる。

 【参考】
 プレポリマー(prepolymer)
 プリポリマーともいい,単量体(モノマー)又は単量体類の重合又は縮合反応を適当な所で止めた中間生成物で,最終の重合体との中間の重合度を持ち,硬化剤を用いた重合や架橋反応により最終製品を得るために用いられる。
 なお,単量体の重合でできたポリマー(重合体)のうち,比較的低い重合度のものをオリゴマーというが,プレポリマーとは意味合いが異なる。
 オリゴマー(oligomer)
 モノマー(単量体)が重合してできたポリマー(重合体)のうち,比較的低い重合度のものをいう。重合度に明確な範囲はないが,一般的には分子量 1000程度のポリマーで,低分子と高分子の中間の性質をもつ。
 ハイビルド塗料(high-build, high-build coating)
 1回の塗装で,通常よりも厚い塗膜が得られる塗料の総称。ハイビルドは,チキソトロピー,低揮発分又は低粘度成分の化学反応による硬化によって達成される。【JIS K5500「塗料用語」】
 欧米では,「 High-build coating 」の用語は,コテ塗りする塗装材(塗覆材)より薄いが,一般的な塗料より厚く塗れる塗料,すなわち 1回塗りや 2回塗りで膜厚 5 mils から約 30 mils(1mil=25.4μm)得られる塗料を意味する場合が多い。例えば“ Typically, high-build film coating thickness, which ranges from 5 mils to about 30 mils, are thicker than those of common paints but thinner than coatings applied using trowels. ・・・ A high-build coatings’ formulation allows it to create 5 to 30 mil-thick films with just one or two coatings with superior surface protection properties compared to ordinary paints or coating materials that average from 3 mils to 5 mils thick. ”と紹介されている。

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