防食概論:塗料・塗装

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         日本の油性塗料

塗装の記念碑

塗装の記念碑

 油性塗料を日本人が初めて使用したのは,1854年(安政元年)に来航したペリーと幕府の役人とが会見した談判所(横浜 本覚寺境内)に,ペリーが持参した油性塗料を漆塗り職人の町田辰五郎が塗装した時とされている。この史実を元に,1958年(昭和33年)に,神奈川県が“塗装発祥の記念碑”を横浜市元町公園内に建立している。
 油性塗料そのものは,既に長崎出島のオランダ人屋敷に使用されていたともいわれており,1980年(昭和55年)に日本塗装工業会・九州支部が塗装伝来を記念して長崎市湊公園内に“近代塗装伝来之碑”を建立している。
 1866年(慶応2年)には,横浜外国商館によって塗料(西洋ペイントと称されていた)の販売が開始されている。
 
 日本における塗料工業は,1874年(明治7年)頃の東京開成学校(現東京大学)で,ドイツ人ワグネル博士,助手の茂木春太,及び彼の弟茂木重次郎の研究で始まったといわれている。彼らの研究は,輸入にのみ依存している西洋ペイントの国産化を目的に,顔料(亜鉛華)および塗料(鉛丹や亜鉛華といった顔料にボイル油を混ぜて作る堅練りペイント)の製造技術の研究である。
 茂木春太は中途で他界したが,弟の茂木重次郎は研究を完成し,海軍塗工長中川平吉氏の尽力を得て,1881年(明治14年)に光明社(明治31年に日本ペイントと改称)を設立し,光明丹鉛丹:四酸化三鉛,Pb3O4),亜鉛華(酸化亜鉛,ZnO),堅練りペイント(ボイル油と亜鉛華を練り混ぜたペイント)の製造・販売をはじめた。鉛丹さび止め塗料は「日の丸印溶解光明丹」の名称で日本ペイント製品として現在も販売している。

 他方,1885年(明治18年)には,漆工芸の権威であった堀田瑞松(ほったずいしょう)が,油性さび止め塗料に対抗して,漆を利用した日本の特許第1号「堀田錆止塗料及ビ其塗法」(日本初の特許)を出願している。同年に,堀田は,漆特殊塗料工場(現 日本化工塗料(株))を創業し錆止め塗料の販売を開始している。

 用語解説
 堅練りペイントとは,塗料会社が顔料を油で練ったペースト状態で供給し,現場で施工に適する状態に亜麻仁油でうすめて塗装する塗料をいう。
 一方,塗料会社が現場で直接塗装できる状態に調整した状態で供給する塗料を調合ペイントという。現場では,溶剤希釈による粘度調整で済む。

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