防食概論:塗装・塗料
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ここでは,防せい塗料に用いられるさび止め(防錆)顔料について, 【さび止め顔料の分類】, 【塩基性さび止め顔料】 に項目を分けて紹介する。なお,他に分類される不動態化顔料,皮膜形成顔料,還元系顔料については,次項で紹介する。
塗料各論(さび止め顔料)
さび止め顔料の分類
塗装による防食(corrosion prevention)は,めっきなどの金属被覆やホウロウなどの無機被覆と同様に,対象物表面を外部環境から遮断する環境遮断が基本である。
有機高分子材料の塗膜の場合は,数百μm 程度の厚みを持っていても,塗膜の外部から金属腐食を進める酸素や水分子の透過を十分に遮断することはできない。
加えて,一般的な施工(塗装作業)では,品質試験で用いる試験片のような均質な塗膜を形成することが困難で,少なからずの塗膜欠陥部(不均質部位)を含むのが通例である。
このように,有機高分子材料で構成される実用塗膜の弱点を補うため,多くの防食塗装系では,さび止め顔料(防せい顔料)を用いたさび止めペイントを下塗り塗料(undercoat, priming coat)として用いる。
さび止めペイント(anticorrosive paint,rust inhibiting paint)
金属素地を腐食から守るために用いる塗料。さび止め顔料と塗膜形成要素との相互作用で,さび止め効果を表すものと,塗膜形成要素自体のさび止め効果によるものとがある。前者には,用いるさび止め顔料の名称を付けて呼ぶのが通例である。【JIS K5500「塗料用語」】
さび止め顔料(rust preventive pigment, rust inhibitive pigment)
金属にさびが発生するのを防止する機能をもつ顔料。
備考:単なる遮断機能の作用ではなく,化学的及び/又は電気化学的に金属の腐食を制御又は防止する機能をもつ顔料をいう。【JIS K5500「塗料用語」】
JIS規格の用語に防せい(錆)顔料の定義はないが,一般的にはさび止め顔料と同義の用語として防せい顔料を用いる例が少なからずある。
さび止め顔料には,安価で性能が高いため,長い使用実績はあるが,健康影響への懸念から近年の使用量が減少している鉛(Pb)やクロム(Cr)を含む化合物も多い。ここでは,さび止め顔料の防せい原理の理解に資するため,それらを含めて紹介する。
主要な防せい原理
塩基性雰囲気による防せい外部から水の浸入で塗膜と鋼の界面が塩基性雰囲気となり,不動態化(passivity)すると共に,脂肪酸との反応で形成された鉛石鹸(lead (metal) soap)皮膜で防せいする。
この機能を持つさび止め顔料として,例えば,鉛丹(Pb3O4),塩基性クロム酸鉛(PbO・mPbCrO4),シアナミド鉛(PbCN2),鉛酸カルシウム(2CaO・PbO2),亜酸化鉛(Pb2O),塩基性硫酸鉛(mPbO・nPbSO4)などが実用されていた。
不動態化を主とする防せい
外部から水が浸入すると,僅かに溶解し,酸化力の強いクロム酸イオンなどによる鋼の不動態化と皮膜形成などで防せいする。
この機能を持つさび止め顔料として,例えば,ジンククロメート(ZPC型:K2CrO4・3ZnCrO4・ZnO・3H2O,ZTO型:ZnCrO4・4Zn(OH) 2),ストロンチウムクロメート(SrCrO4)などが実用されていた。
皮膜形成による防せい
外部から水が浸入すると,僅かに溶解し,緻密な化成皮膜(chemical conversion coating, conversion coating)の形成で防せいする。
この機能を持つさび止め顔料として,例えば,りん酸亜鉛系さび止め顔料(Zn3 (PO4)2・nH2Oなど),りん酸アルミニウム系さび止め顔料(PaH2P3O10・2H2Oなど),モリブデン酸塩系さび止め顔料(ZnMoO4/ZnOなど),亜りん酸亜鉛系さび止め顔料(ZnPHO3/ZnOなど)などが実用されている。
犠牲アノード(陽極)作用による防せい
塗膜に素地に達する傷が発生した場合に,母材に電気的に接続された電極電位の卑な金属が犠牲アノード(sacrificial anode)となり,母材がカソード(cathode,陰極)になることで,母材の腐食を抑制する。この種の顔料は,還元系顔料ともいわれる。
この機能は,例えば,母材が鋼の場合に,亜鉛(Zn)やアルミニウム(Al),及びそれらの合金などが塗装,めっき,溶射された場合に発揮される。
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塩基性さび止め顔料
塩基性さび止め(防せい)顔料とは,外部から水が浸入すると,僅かに溶解し,塗膜と鋼の界面が,鋼の不動態化を可能とする程度の塩基性雰囲気となり,鋼の腐食を抑制する顔料である。
この種の顔料として,鉛丹,亜酸化鉛,シアナミド鉛などの鉛系化合物を用いた顔料が古くから広く用いられていた。特に,鉛丹は明治初期(1880年代)から 2000年代まで 100年以上用いられたさび止め顔料である。他の鉛系さび止め顔料も昭和初期に開発され,2000年代まで標準的な塗装仕様に採用されてきた。
このように,鉛系さび止め顔料は,安価で防食性能が高い材料として長い期間使用されてきた。しかし,1990年代に入ると,鉛化合物・クロム化合物の健康影響への懸念が増し,鉛系さび止めペイント(lead-based anticorrosive paint)に変わるさび止めペイントの検討が進み,遂には JIS製品規格として鉛丹さび止めペイント(red lead anticorrosive paint),塩基性クロム酸鉛さび止めペイント(badic lead chromate anticorrosive paint)が 2010年(平成 22年) 5月に,シアナミド鉛さび止めペイント(lead cyanamide anticorosive paint),亜酸化鉛さび止めペイント(lead suboxide anticorrosive paint)が 2014年(平成 26年) 4月に ,鉛酸カルシウムさび止めペイント(calcium plumbate anticorrosive paint)は 2016年(平成 28年) 12月に廃止された。
鉛丹(red lead, minium)
鉛丹は,四酸化三鉛(2PbO・PbO2)を主成分とし,黄色みかかった鮮やかな赤色で,密度 8,800~9,100 kg/m3と重い顔料である。塩基性化合物で,空気中の二酸化炭素と反応し,炭酸鉛が表面に生成して白くなる。なお,塗料には,粒子径 0.5~24μmのものが用いられる。
防せい原理
鉛丹さび止めペイントは,ボイル油をビヒクルとし,鉛丹を 80%程度混合した塗料である。
鉛丹に含まれる一酸化鉛(PbO:リサージ)とビヒクル中の脂肪酸成分,及び外部から浸透した水とが反応し,金属石鹸(鉛石鹸)を生成する。塗膜内部で形成した金属石鹸により,緻密で耐湿・耐水性の良い塗膜を形成する。
外部からさらに水分が浸透すると,鉛石鹸の加水分解生成物,PbO,Pb(OH) 2 による鋼表面の塩基性化,及び鉛酸イオンによる表面被覆などで鋼が不動態化する。
塩基性クロム酸鉛(PbO・mPbCrO4)は,着色顔料として知られる黄鉛(chrome yellow)の一種で,密度 5,500~6,200 kg/m3の橙色の顔料である。水に対する溶解度は低いが,接触した水は pH 9~11 と弱塩基性を示し,のこ雰囲気を長時間継続できるため,鋼構造物のさび止めペイントとしての実績が多い。
防せい原理
塩基性雰囲気の維持による不動態化。脂肪酸と反応し鉛石鹸を生成することによる塗膜の緻密化にも寄与する。
シアナミド鉛(lead cyanamide)
鉛丹の有効成分である一酸化鉛(リサージ)は,風邪をひくなどと揶揄されるように,容易に空気中の二酸化炭素と反応し易い,密度が大きく塗料中で沈降し易いなど,製品として不安定な特性を有する。シアナミド鉛(PbCN2)は,鉛丹の不安定さの改良,および顔料沈降性の改良を目的に開発されたさび止め顔料である。
シアナミド鉛は,黄色の結晶で,密度は約 6,600 kg/m3と鉛丹より軽い。また,活性で空気中の酸素や水と反応(分解)し易いので既調合ペイントとして使用されていた。
防せい原理
鉛丹同様にビヒクル中の脂肪酸成分と反応し鉛石鹸を作る。また,外部から侵入した水で分解し,生成したアンモニア性アルカリで酸性成分の中和,遊離の H2CN2 により鋼表面を不動態化する。
鉛酸カルシウム(calcium plumbate)
鉛酸カルシウム(2CaO・PbO2)は,淡いクリーム色のため,白色仕上げの塗装仕様に有利である。密度 5,200~6,200 kg/m3で,結晶系の違いでオルト型とメタ型がある。防せい顔料にはオルト型が用いられていた。
防せい原理
鉛丹の PbOを CaOで置き換えたもの。水の存在によって 2CaO・PbO2+4H20 → 2Ca(OH) 2+H4PbO4 (又はPbO2) のような加水分解を起こし,Ca2+のアルカリによる防せい,鉛酸による中和反応による防せいが期待できるといわれている。
また,ビヒクル中の脂肪酸と反応し,水可溶性のみならず水不溶性の鉛化合物も生成し,アノードに吸着して防せい作用を示す。さらに,金属イオンと反応しカルシウム塩としてアノードに沈着,炭酸カルシウムとしてカソードに沈着し腐食を抑制する。特に亜鉛めっき鋼など非鉄金属(主に亜鉛)の防せい顔料として用いられていた。
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