防食概論:塗装・塗料
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ここでは,鋼構造物などで広く用いられていたアルキド樹脂を用いた汎用塗料として, 【長油性フタル酸樹脂塗料とは】, 【原材料について】, 【フタル酸樹脂の構造】, 【塗料の乾燥(硬化)機構】 に項目を分けて紹介する。
塗料各論(構造物用塗料)
長油性フタル酸樹脂塗料
ここでは,アルキド樹脂塗料の中でも,1960年代から 2000年代までの鋼構造物防食塗装における中心的材料であった酸化形長油性フタル酸樹脂塗料を紹介する。
【参考】
アルキド樹脂(alkyd resin, alkyds)
アルキド樹脂とは,ポリエステル樹脂(polyester resin)の一種で,多塩基酸及び脂肪酸(又は脂肪油)と多価アルコール類との縮重合によって作られる合成樹脂。
多価アルコールとしてグリセリン,ペンタエリトリトールなど,多塩基酸として無水フタル酸,無水マレイン酸など,脂肪酸としてあまに油,大豆油,ひまし油などの脂肪酸が使われる。樹脂中に結合する脂肪酸の割合が大きいものから小さいものへの順に,長油アルキド・中油アルキド・短油アルキドという。【JIS K 5500「塗料用語」】
アルキド樹脂は,アルコール(alcohol)と酸(acid)又は酸無水物(acid anhydride)反応の反応によるエステル化合物である。アルキドは,アルキッドとも呼ばれ,ポリエステルに属する樹脂である。塗料や印刷インキの業界で使用されるものを特にアルキドと称することが多い。
フタル酸樹脂塗料(phthalic resin coating,alkyd resin coating)
無水フタル酸を原料とするアルキド樹脂を塗膜形成要素とする塗料。耐候性が優れているフタル酸樹脂エナメル。【JIS K 5500「塗料用語」】
塗膜形成要素(film former, film forming material)
塗膜を形成するための主成分。
例:油性塗料の乾性油,ニトロセルロース塗料のニトロセルロース,セラニックニスのセラックなど。【JIS K 5500「塗料用語」】
一般的には,展色材を指す。
展色材(vehicle)
塗膜形成(構成)要素の一つで,塗膜の主体となる樹脂で,バインダー(binder)ともいう。また,液相の構成成分についてはビヒクル(vehicle, medium)ともいう。
由来により油類,天然油脂,合成樹脂,繊維素誘導体,架橋剤・硬化剤などに分類される。
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原材料について
長油性フタル酸樹脂塗料に用いられるフタル酸樹脂は,アルキド樹脂の一種で,グリセリンなどの多価アルコール,多塩基酸として無水フタル酸の共縮重合(copolycondensation)による結合物を骨格として,脂肪油(脂肪酸)で変性(modification)した樹脂である。フタル酸樹脂を狭義のアルキド樹脂,又は純アルキド樹脂などとも称する。
フタル酸樹脂の特性は,変性に用いた脂肪油の種類と量に影響され,塗料としての乾燥性は,使用する脂肪油の種類,すなわちよう素価(iodine value, iodine number)(二重結合の数を比較するための指標となる)に左右される。
よう素価の低い不乾性油(やし油,オリーブ油など)を用いたものは,常温では乾燥しないため,メラミン樹脂やイソシアネート化合物などの架橋剤を用いる。
よう素価の高い乾性油(あまに油,きり油など)を用いたものは常温でも酸化重合(oxidation polymerization)が進み塗膜が乾燥する。
無水フタル酸(phthalic anhydride)
芳香族カルボン酸の一種のフタル酸を硫酸で分子内脱水して得られる無水物(示性式 C6H4(CO)2O )。
グリセリン(glycerin, glycerine)
学術的にはグリセロール(glycerol)と呼ばれる 3価のアルコール(プロパン-1,2,3-トリオール:propane-1,2,3-triol )であるが,一般的にはグリセリンの呼称が広く用いられている。
よう素価(iodine value, iodine number)
油脂・樹脂に化学的に結合する酸素の量に比例し,不飽和度を推定するために用いる。試料100gと結合するハロゲンの量を換算して得るよう素のg数で表す。ウィス法とハンス法とがある。【JIS K5500「塗料用語」】
乾性油(drying oil)
薄膜にし空気中に置くと,酸素を吸収して酸化し,これに伴って重合が起こって固化し,塗膜を形成する脂肪油。高度不飽和脂肪酸を含む。【JIS K5500「塗料用語」】
乾性油の主成分である不飽和脂肪酸(二重結合を持つ)の二重結合が空気中の酸素と反応し,過酸化物やラジカルが生じる。これらが開始剤となり,二重結合間の重合反応が進行することで分子量の大きな網目状の高分子となる。不飽和脂肪酸の量が多いもの,すなわちヨウ素価の高い油ほど固まるのが早い。
乾性油は,空気中で徐々に酸化して固まる脂肪油で,油絵具やワニスに利用される。ヨウ素価(成分中の不飽和脂肪酸の量を示す指標)で分類され,ヨウ素価 130以上を乾性油,100~130を半乾性油,100以下を不乾性油という。
不乾性油(nondrying oil)
液状の脂肪油で,空気中で乾燥しないもの。よう素価 100以下の脂肪油。【JIS K5500「塗料用語」】
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フタル酸樹脂の構造
長油性フタル酸樹脂塗料に用いられる樹脂の分子構造は,模式的に示すと,下図のように,グリセリンとフタル酸が交互にエステル結合した長い鎖構造を基本骨格として持ち,それぞれのグリセリンの一部に脂肪酸がエステル結合(変性)し,多数の脂肪酸の側鎖を有する構造(油変性アルキド樹脂)である。
共重縮合(copolycondensation)
それぞれ 2個の同一の反応基を含む 2種類の成分(又は“単量体”)の縮合重合によって製造される重合体は容易に 1:1 の比で反応して“暗黙の単量体”を作り,その単独重合で現実の製品ができるとみなすことができる。
このような重合体は単一の構成繰返し単位をもつものとして示すことができ,したがって単独重合体と命名できる。この規則は最初の成分の比が 1:1 の場合にだけ適用できることに注意すべきである。ポリエチレンテレフタラート(ペット)及びポリアミド 66 (ナイロン)がこのような重合体の例である。【JIS K6900「プラスチック―用語」】
酸化重合(oxidation polymerization)
不飽和脂肪酸の二重結合は化学的に反応しやすく,空気中の酸素と徐々に結びつき過酸化物やラジカルを生じる。これらを開始剤として,二重結合間の重合反応が進むことを酸化重合と呼ぶ。
分子中に複数の二重結合を持つ不飽和脂肪酸を主成分とする乾性油(drying oil)は,自動酸化されやすく,室温の大気中で容易に高分子化(乾燥)する。自動酸化(autoxidation)とは,酸素,紫外線の存在下で起こる酸化をいう。
変性(modification)
合成樹脂の骨格の一部を重縮合に際して添加剤で置き換えて,その性質を変えることをいう。変性樹脂塗料とは,変性樹脂を加えたり樹脂骨格を変えたりした樹脂を用いた塗料をいう。
なお,デンプンを化学薬品,酵素などで処理するのも変性(modification)といい,タンパク質の立体構造変化,エチルアルコールに容易に分離できない不快な味や悪臭を与えて工業アルコールにすることも日本語で同じ変性(denaturation)という。
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塗料の乾燥(硬化)機構
この触媒をドライヤー(drier, siccative)と称し,一般には,ナフテン酸鉛,ナフテン酸コバルト,ナフテン酸ジルコニウムなどの金属石鹸(metallic soap)が用いられる。
酸化重合は,模式図に示すように,ドライヤーの金属イオンによるα位の水素引き抜き
酸素による酸化での過酸化物生成
過酸化物分解とラジカル発生
ラジカル生成の連鎖反応と重合
といった過程を経て 3次元網目構造を持つ塗膜に成長する。
3次元網目構造が完成すると,耐溶剤性,耐水性に優れる強固な塗膜となる。
しかし,硬化反応完了までは,ドライヤーの助けを借りているとはいえ,1年程度の期間を要する。硬化反応が完了するまでは,溶解性の強い溶剤で塗膜の膨潤や溶解が起きる。
従って,塗装後 2年を経過する前に,エポキシ樹脂塗料など強溶剤形塗料での塗替えが必要になった場合は,長油性フタル酸樹脂塗膜の完全除去が求められる。
【参考】
ドライヤー(drier, siccative)
塗料の添加剤として用いられるものは,通常,有機金属化合物で有機溶剤及びバインダーに可溶,酸化乾燥する塗料の乾燥過程を促進するために添加する化合物。主成分は鉛,マンガン,コバルトなどの金属石けん。液状ドライヤー,のり状ドライヤーなどがある。備考 水可溶性の乾燥剤も存在する。【JIS K5500「塗料用語」】
金属石けん(鹸)(metallic soap)
アルカリ塩(ナトリウム,カリウム)以外の金属塩と脂肪酸から成る石鹸をいう。代表的脂肪酸には,ステアリン酸(CH3(CH2)16CO2H),ラウリン酸(CH3(CH2)10CO2H),リシノール酸(CH3(CH2)5CH(OH)CH2CH=CH(CH2)7CO2H),オクチル酸(CH3(CH2)3CH(CH2CH3)CO2H)などが,代表的な金属塩には,鉛(Pb),カルシウム(Ca),アルミニウム(Al),亜鉛(Zn),マグネシウム(Mg),バリウム(Ba)などがある。
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