防食概論:塗装・塗料
☆ “ホーム” ⇒ “腐食・防食とは“ ⇒ “防食概論(塗料・塗装)” ⇒
ここでは,鋼橋の新設時に適用される塗装について, 【鋼橋の製作(新設時塗装)】, 【塗装の種類と管理】, 【全工場塗装の工程】 に項目を分けて紹介する。
防食塗装系(鋼橋維持管理の背景)
鋼橋の制作(新設時塗装)
鋼橋新設時の塗装は,鋼板を切断,溶接し,ブロックとして組み立てた後の最後の工程で実施される。
橋梁製作の詳細は,【鋼橋の製作と構造】の「橋梁の製作」で紹介した。
ここでは,製作工程別に,塗装の品質に影響する要因を紹介する。
鋼橋の塗装品質に影響する製作工程
罫書(けがき)(marking-off, laying out, scribing)工作物の表面に,設計図面に従って,切断加工の基準となる線や穴あけ位置などを描く作業をいう。罫書作業では,マーキングの際に油性ペイントの使用を極力避ける。やむを得ず油性ペイントを使用した場合は,塗料の付着障害となるので,切断作業後に残存しないように,有機溶剤を用いて除去する。
孔あけ作業
塗料の表面張力により,鋭角な部分(エッジ部)の塗膜厚みが極端に薄くなるので,孔あけ後の,孔周辺のカエリやバリをグラインダーで除去し,適切な範囲で面取り(角を丸く加工)する。
溶断(melt-cutting)
金属の融点以上に加熱し,金属材料を切断する技術。溶断は,熱源の違いで,ガス切断(酸素-アセチレン炎),アーク切断(アーク放電),レーザー加工に分けられる。
溶断面は,凹凸が大きくなるので,必要な平滑さまで仕上げる。エッジ部は面取りする。
溶接(welding)
溶接ビード部は,そのまま放置すると,塗装に悪影響を与えやすいので,適切に処理する。
溶接には融接,圧接,ろう接がある。単に溶接といった場合は,一般には融接のことをいう。融接とは,ガスまたはアークなどで接合部を溶融して接合させる。鋼構造など一般的に使われる。なお,圧接とは,接合部を加熱して柔軟にし,圧力を加えて接合させる。ろう接とは,融点の低い金属を溶融添加して接合させる。
保管・輸送
塗装後の吊りあげ時,移動時,保管時に塗膜を傷つけないように,細心の注意を払うとともに,適切な養生を行う。特に,ばん木を用いて仮置きや保管する場合は,ばん木の当たり面で長時間の濡れが発生し易いので,雨水が回らないように注意する。
架設(construction)
架設期間が長くなる場合は,架設時の機材等からのさび汁汚れ,油汚れ,コンクリート汚れなどの汚損に注意する。架設時には,機器や部材の衝突による塗膜損傷に留意する。
ページのトップへ
塗装の種類と管理
鋼橋製作時に実施される新設時塗装の概要を紹介する。なお,詳細な塗装工程については,【塗装概論】の「新設塗装工程」で紹介する。
新設時塗装は,塗装工程の違いで,全工場塗装と現場塗装の 2種に分けられる。
全工場塗装
橋梁ブロック毎に,下塗り塗料から上塗り塗料までを橋梁製作工場内で塗装し,架設後は現場作業となる添接部のみを現地で塗装する方法である。全工場塗装のメリットは,塗装環境や塗装姿勢による塗膜品質のばらつきを小さくできることにある。
ディメリットとしては,橋梁架設までの運搬,保管,及び架設工事で生じた塗膜損傷の影響を強く受けるので,損傷個所の入念な検査と適切な補修塗装が必要になる。
現場塗装
橋梁製作工場で下塗り塗料まで行い,現場に架設後に中・上塗り塗料を塗装する方法である。この塗装方法では,工場塗装(下塗り塗料)のあと架設までの期間が長くなるため,下塗り塗膜には,数か月以上の塗装間隔となっても中塗り塗膜との付着性が確保できる塗料(油性系さび止めペイントや MIO塗料など)が用いられる。
現場塗装のメリットは,全工場塗装のディメリットである橋梁の運搬,保管,及び架設工事で生じた塗膜損傷の影響を小さくできることにある。
ディメリットは,中塗り,及び上塗り塗料が現場塗装となるので,降雨,湿度,日射,飛来物などの作業環境を制御できないことにある。例えば,飛来海塩粒子の多い環境では,塗装作業中に付着した塩の影響で塗膜はがれに至る例もある。
塗装管理項目
塗膜品質に対する影響度が大きく,適切で入念な管理が必要な項目を次に示す。
素地調整状態(除せい度,表面粗さなど),気象因子(気温,湿度など),塗料の状態(品質確認),塗料の調合(配合量,可使時間,粘度,希釈状態など),塗料使用量,塗り重ね間隔,塗膜厚み,環境因子(現場施工での付着塩分量など)
【参考】
環境因子(environmental factor)
環境因子とは,一般的には,生物の生存,生活に影響する環境の条件をいう。腐食工学では,鋼などの金属の腐食に影響する環境条件(environmental conditions)をいう。例えば,大気腐食(屋外)では,気温,湿度,降水,海塩粒子,二酸化硫黄などが環境因子として取り上げられる。
JIS Z 2381 「大気暴露試験方法通則」では,環境因子を“暴露試験場における気象因子及び大気汚染因子の総称。”,気象因子を“気象観測の対象となる気温,湿度,太陽放射エネルギー量,降水量,風向,風速などの因子。”,大気汚染因子を“人為的・自然的に発生する硫黄酸化物,窒素酸化物,硫化水素,海塩粒子などの暴露試験に影響を及ぼす因子。”と定義している。
ページのトップへ
全工場塗装の工程
鋼橋の全工場塗装を時系列で示すと,① 素地調整 ⇒ ② 下塗り塗装 ⇒ ③ 中塗り塗装 ⇒ ④ 上塗り塗装 ⇒ (現地搬入・保管,架設工事) ⇒ ⑤ 現場添接部,及び塗膜欠陥部の塗装となる。ここでは,鋼鉄道橋及び鋼道路橋で実施されている各工程の要点を紹介する。
橋梁製作工場
① 素地調整橋梁ブロック製作後,一次防せい(製造工程中の防せい)目的で用いたプライマー,表面の汚れ,さびなどの汚損物除去,塗装に適した表面清浄度(除せい度: ISO 8501-1 の B Sa2 1/2 以上),表面粗さ(10 点平均粗さ 70μmRZJIS 以下)を得ることを目的に実施される。
一般的には,グリットブラストを用いた処理(二次素地調整,製品ブラスト(blasting after make-up)という)を行う。
参考
ブラスト処理(abrasive blast-cleaning, blasting)
金属製品に防せい防食を目的として塗料などを被覆する場合に,素地調整のために行われる。研削材に大きな運動エネルギーを与えて金属表面に衝突させ,金属表面を細かく切削及び打撃することによってさび,スケールなどの付着物を除去して金属表面を清浄化又は粗面化させる方法。【JIS Z0103「防せい防食用語」】
使用する研削材などの種類によって,アブレシブブラスト(abrasive blasting),ビードブラスト(bead blasting),ガラスビードブラスト(glass bead blasting),カットワイヤブラスト(cut wire blasting),グリットブラスト(grit blasting),サンドブラスト(sand blasting),ショットブラスト(shot blasting),ウエットブラスト(wet blasting)ともいわれる。
研削材(grinding, abrasive)
ブラスト処理に用いる,鋼材表面を細かく切削及び打撃する効果をもつ固体の粒子。【 JIS Z 0310「素地調整用ブラスト処理方法通則」】
研削材の多くは研磨剤としても広く用いられている。けい砂,ガーネット,鋳鋼ショット・グリットなどの主な研削材は,JIS Z 0311「ブラスト処理用金属系研削材」,JIS Z 0312「ブラスト処理用非金属系研削材」に規定されている。
② 下塗り塗装
下塗り塗料は,塗装系の防食性能を特徴づける塗料である。素地調整後,3~ 4 時間以内に塗装系の第 1 層目である下塗り塗料を塗装する。塗装系によっては複数の下塗り塗料を用いる。
例えば,道路の C-5 塗装系では無機ジンクリッチペイント 1 層,ミストコート 1 層,エポキシ樹脂塗料下塗 1 層,鉄道の L-2 塗装系では,無機ジンクリッチプライマー 1 層,厚膜形変性エポキシ樹脂塗料 2 層などである。
下塗り塗装では,塗料の防食性能の一つである環境遮断性を十分に発揮するため,塗膜欠陥が少なく,規定の塗膜厚みを確保できる施工が求められる。
特に,中・上塗り塗装後には,下塗り塗膜の状態を確認し難いので,適切な施工管理が求められる。
参考
下塗り塗料(undercoat, priming coat)
塗料を塗り重ねて塗装仕上げするときの下塗に用いる塗料。塗装系に対する素地の影響を防止し,付着性を増加させるために用いる。
備考:1.ISO(国際標準化機構)用語規格では,“undercoat”と“intermediate coat”とは同じ定義で,“地肌塗り(priming coat)”と“上塗り(finishing coat)”との間の塗料(coat)をいう。また,“priming coat”は,素地に塗る塗装系の最初の塗料(coat)をいう。
備考:2.BS(英国規格)用語規格及びCED(Coatings Encyclopedic Dictionary)では“undercoat”は,上塗り塗料を塗る前に,目止め,肌直し,地肌塗りなどを行った素地面,又は素地調整を行った旧塗膜面に塗装される塗料をいう。【JIS K5500「塗料用語」】
③ 中塗り塗装
下塗り塗料は防食性能に特化した塗料で,上塗り塗料は景観性能に特化した塗料である。防食塗装に用いられる中塗り塗料は,特性の大きく異なる下塗り塗料と上塗り塗料との接着剤としての役割を持つ。
このため,一般的には,中塗り塗料は上塗り塗料とセットで規定されている。
参考
中塗り塗料(intermediate coat, undercoat)
塗料を塗り重ねて塗装仕上げをするときの,中塗りに用いる塗料。下塗り塗膜と上塗り塗膜との中間にあって,両者に対する付着性をもち,塗装系の耐久性を向上させる目的に用いるもの,下塗り塗面の平滑さの不足を補うために用いるものなどがある。後者では,塗膜が厚くて研磨しやすいことが特徴である。
備考:1.ISO(国際標準化機構)用語規格では,“intermediate coat”と“undercoat”とは同義で,“地肌塗り(priming coat)と上塗り(finishing coat)の間のコート(coat)”をいう。
備考:2.BS(英国規格)用語規格及びCED(Coatings Encyclopedic Dictionary)では,“undercoat”は,上塗り塗料を塗り前に,目止め,肌直し,地肌塗りなどを行った素地面,又は素地調整を行った旧塗膜面に塗装される塗料をいう。【JIS K5500「塗料用語」】
④ 上塗り塗装
上塗り塗膜は,最外層のため,直接的に日射や大気の影響を受ける。このため,上塗り塗料には,耐紫外線性の高い樹脂が用いられる。
上塗り塗装は最終塗装工程のため,塗装状態確認に余裕がある。このため,過剰な塗膜管理になりがちである。
例えば,鋼構造物の塗装では,自動車や家電ほどの景観性能を要求されないにもかかわらず,防食塗装としての性能に影響しない程度の外観(光沢)の変化まで過剰に管理してしまうなどである。
一般的に,上塗り塗膜の外観特性は,下塗り塗膜や中塗り塗膜の品質(仕上がり)の影響を強く受ける。このため,家電品,建築物,自動車の塗装では,中塗り塗装前や上塗り塗装前に研磨紙による“とぎ”の工程が入る。
しかし,防食塗装では,そこまでの外観特性を要求していないので,研磨紙による“とぎ”の工程は採用していない。
防食塗装で厳密な管理が必要な塗装は,下塗り塗装であることを確認し,発注者及び管理者は,上塗り塗装の過剰な管理にならないよう注意が必要である。
参考
上塗り塗料(top coat, topcoat, finishing coat)
塗料を塗り重ねて塗装仕上げをするとき,上塗りに用いる塗料。
備考:1.ISO(国際標準化機構)用語規格では,“top coat”と“finishing coat”とは同義語で,“塗装系の最終の塗料(coat)”をいう。
備考:2.CED(Coatings Encyclopedic Dictionary)では,“topcoat”は“通常プライマー,アンダーコート,又は素地に直接塗装される塗装系の最終塗膜に用いる塗料”をいう。
備考:3.上塗りは,1回又はそれ以上塗られることもある。また,ある種の系では,上塗りが素地に直接1回又はそれ以上塗装されることもある。【JIS K5500「塗料用語」】
現地搬入・保管
塗装が終了した橋梁ブロックは,塗膜を傷つけないように,適切な方法で養生し,細心の注意を払って輸送しなければならない。現地到着後は,架設工事まで保管することになる。移動時のロープかけや保管時のばん木との当たり部などに塗膜損傷が生じないように細心の注意が必要になる。
特に,保管場所が飛来海塩粒子の影響を受ける場合には,塩の付着を防止する対策が必要になる。
架設工事
時間制約のある架設工事で,塗膜に傷をつけないことは困難であるが,塗膜損傷を最小限にするよう細心の注意が求められる。⑤ 現場添接部の塗装
橋梁ブロックを現場で連結しながら橋梁を架設する。このため,連結部(添接部)は現場での塗装となる。
工場に比較して作業上の制約は多いが,塗膜品質を確保できる管理を心がける。特に,ブラスト処理による素地調整やスプレー塗装が採用できない場合が多いので,素地調整程度の確認と塗膜厚不足にならないよう注意しなければならない。
腐食性環境では,十分に注意しても,早期に添接部,高力ボルトの塗膜劣化に至る場合がある。防食設計時にボルトキャップの採用など架設環境に適した防食対策を検討するのが望まし。
⑥ 補修塗装
橋梁ブロックの保管,輸送,及び架設工事で生じた塗膜損傷部を調査し,架設足場を利用して,限られた時間の中で損傷程度に応じた補修塗装を行うことになる。
例えば塗膜傷が鋼素地に達しているか否かによって,素地調整程度,塗装回数などが異なる。なお,塗膜損傷部の確認は,目視によるため,見落とさないように入念な調査を心がける。
このページの“トップ”へ