防食概論:塗装・塗料
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ここでは,構造物分野のトレンドである長期耐久型塗料の歴史について, 【長期防錆用塗料の登場】, 【関連用語】 で紹介する。
塗料概論(塗料の歴史)
長期防錆用塗料の登場
汎用塗料の変遷
1955年(昭和 30年)頃より,従来の乾性油(drying oil)を用いた油性調合ペイント(ready mixed paints)にかわりアルキド樹脂(alkyd resin)などの合成樹脂を用いた合成樹脂系調合ペイント{ready mixed paints (synthetic resin type)}が中塗・上塗用塗料として使用されるようになり,耐候性(weathering resistance)が飛躍的に向上した。白顔料も,亜鉛華(zinc oxide)に代わり,鮮やかな白色で隠ぺい力(hiding power)に優れる二酸化チタン(titanium dioxide)を主成分とするチタン白(white titanium pigment)が用いられるようになった。
さび止めペイント(anticorrosive paint, rust inhibiting paint)
1950年代まで多く使われた鉛丹(red lead, minium)とボイル油を現場で練り合わせる現場調合形鉛丹さび止めペイントが次第に少なくなり,1963年(昭和 38年)頃には殆ど使用されなくなった。
代わって,塗料メーカで調合済みの既調合鉛丹さび止めペイントが増加した。さらに,既に開発が進んでいた亜酸化鉛,塩基性クロム酸鉛,シアナミド鉛など鉛系さび止め顔料を用いた鉛系さび止めペイント(lead-based anticorrosive paint)の採用が増えてきた。
鉛系さび止めペイントは,安価で鉄素地との濡れ性,付着性,防食性に優れるため,長い間さび止めペイントの中心的材料であった。しかし,1990年代になると人の健康と環境に対する関心が高まり,鉛化合物を使用した材料の自粛が進んだ。1990年代には,防せい性は鉛系さび止めペイントに劣るが,実用性が認められる鉛・クロムフリーさび止めペイント(lead-free, chromium-free anticorrosive paint)が登場し,広く用いられるようになり 2003年には JIS製品規格(JIS K5674)に採用されている。
長期防錆用塗料の登場
本州と四国を結ぶ本四架橋は,四国四県にとって明治時代からの悲願であった。瀬戸内海の海運では,第二次世界大戦(太平洋戦争)後の船舶不足のため無理な運航を続け,この結果として多数の死者を出す重大な海難事故が複数発生していた。ついに,1955年(昭和30年)に発生した国鉄宇高連絡船「紫雲丸」の海難事故(修学旅行中の学生が多数犠牲)を契機に,国家プロジェクトとしての本州四国連絡橋(Honshu-Shikoku Bridge)計画が具体的に動き出した。
本州四国連絡橋は,鉄道・道路併用の橋として計画され,1959年(昭和34年)に国鉄と建設省による調査が開始された。この中で,海上の長大橋に上述の汎用塗装を用いたのでは,頻繁な塗替え塗装の発生,塗装職人不足などで維持管理の継続が困難と想定された。
そこで,海岸や海上のような腐食性の激しい環境に建設される鋼構造物の塗り替え周期を長くできる防食性,耐久性を有する重防食塗装(heavy duty coating)の開発について,国鉄と建設省が独自に開始した。
重防食塗装(heavy duty coating)
“海岸や海上のような腐食性の激しい環境に建設される鋼構造物の塗り替え周期を長くするため防食性,耐久性を有する防食塗装をいう。”【JIS Z0103「防せい・防食用語」】
1969年に本四架橋が新全国総合開発計画へ明記され,1970年の 3ルートの実施設計調査,着手方針が閣議決定され,同年 5月には本州四国連絡橋公団法が成立した。これを受け,国鉄と建設省で行われていた重防食塗装の研究は,設立された本州四国連絡橋公団に引き継がれたが,検討委員会は国鉄と建設省の研究メンバーを中心とした体制で進められた。
重防食塗装の研究において,多くの塗料種が検討対象となった。特に,次に示す比較的新しい材料の検討に多くの力が注がれた。
1940年代に亜鉛めっき(1836年にフランスで特許化)のめっき不具合個所の補修材としてイギリスでジンクリッチペイント(zinc rich paint)の研究が開始され,1950年代に無機ジンクリッチペイントが,1960年代には有機ジンクリッチペイントが開発された。
この時期には,エポキシ樹脂塗料(epoxy resin coating)(1952年)やポリウレタン樹脂塗料(polyurethane resin coating)(1958年)も開発されている。
研究成果として,1970年代前半にジンクリッチペイント,エポキシ樹脂塗料,及びポリウレタン樹脂塗料を組み合わせた重防食塗装が試作され,暴露試験や施工試験が実施された。
これらの検討結果を踏まえて, 1976年に暫定仕様を定めて,複数の鉄道橋などで施工性を確認するための施工試験が実施された。
採用された暫定仕様には,次のものがある。
仕様 2 ;厚膜型無機ジンクリッチペイント+短暴エッチングプライマー+フェノールジンククロメートペイント+エポキシ樹脂 MIO塗料+フェノール MIO塗料+塩化ゴム系中・上塗
仕様 5 ;厚膜型無機ジンクリッチペイント+ミストコート+厚膜型エポキシ樹脂塗料 2回+ポリウレタン樹脂塗料中・上塗
施工性の確認がされた重防食塗装仕様は,1970年代後半から着工された本州四国連絡橋へ実用され,その後に塗装仕様の見直しなどを経つつ,海上や海岸に建設される長大橋への適用が進んだ。
1980年代になり,例えば東北新幹線(大宮-東京間),京葉線など一般環境に建設される鋼構造物においても,塗り替え周期を長くできる防食性,耐久性を有する塗装が望まれるようになった。
さらに,2000年代の鉛系さび止めペイントの使用自粛の広まりから,重防食塗装に用いる仕様と同様の長期防錆型(long-term rust prevention type, high performance type)塗装仕様の一般環境への展開が進んだ。なお,一般環境で用いる場合は,JIS用語の“重防食塗装”の定義と矛盾するので,重防食塗装とは言わず“長期防錆型塗装”という場合が多い。
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用語
乾性油(drying oil)
薄膜にし空気中に置くと,酸素を吸収して酸化し,これに伴って重合が起こって固化し,塗膜を形成する脂肪油。高度不飽和脂肪酸を含む。【JIS K5500「塗料用語」】
乾性油の主成分である不飽和脂肪酸の二重結合が空気中の酸素と反応し,過酸化物やラジカルが生じる。これらが開始剤となり,二重結合間の重合反応が進行することで分子量の大きな網目状の高分子となる。不飽和脂肪酸の量が多いもの,すなわちヨウ素価の高い油ほど固まるのが早い。
不飽和脂肪酸の酸化反応や重合反応は発熱反応である。このため,ヨウ素価の高い油を布などに含ませ,空気にふれる面積を大きくすると,急速に反応が進み自然発火するおそれがある。
乾性油には,亜麻仁(あまに)油・桐(きり)油・芥子(けし)油・紫蘇(しそ)油・胡桃(くるみ)油・荏(えごま)油・紅花(べにばな)油・向日葵(ひまわり)油などがある。
合成樹脂(synthetic resin)
それ自身は樹脂の特性を持っていない,反応性分から重合,縮合のような制御された化学反応によって作られた樹脂。【JIS K5500「塗料用語」】
有機又は無機高分子化合物からなる物質の中で,重合,縮合のような制御された化学反応によって人為的に製造されたものを指す。
合成樹脂塗料とは,合成樹脂に溶剤または乾性油を加え加熱した塗料で,溶剤を加えない「無溶剤型」,溶剤を加えた「溶剤型」,乳液状の「エマルション型」などがある。
実用される合成樹脂塗料には,用いる樹脂種により「アルキド樹脂」,「エポキシ樹脂」,「塩化ビニール樹脂」,「アクリル樹脂」,「酢酸ビニール樹脂」,「フェノール樹脂」など様々なものがある。
亜鉛華(zinc oxide)
酸化亜鉛を主成分とする白顔料。【JIS K5500「塗料用語」】
JIS K 5102「亜鉛華(顔料)」には,顔料としての亜鉛華について規定されている。亜鉛華は,1号,2号,3号の 3種類規定される。亜鉛華の1号は,主として電気亜鉛を原料とする。2号及び 3号は,主として蒸留亜鉛又は亜鉛ドロスを原料とし,亜硫酸ガスで漂白したもの。
チタン白(white titanium pigment)
二酸化チタン(titanium dioxide)を主成分とする白顔料。結晶形によって,アナタース形(anatase)とルチル形(rutile)とがある。塗料用のルチル形は,分散性・塗膜の耐候性の改善のために表面被覆処理したものが主に使用される。【JIS K5500「塗料用語」】
防せい(錆)顔料,さび止め顔料(rust preventive pigment, rust inhibitive pigment)
金属にさびが発生するのを防止する機能を持つ塗料用顔料。【JIS Z0103「防せい・防食用語」】,【JIS K5500「塗料用語」】
単なる遮断機能の作用ではなく,化学的及び/又は電気化学的に金属の腐食を制御又は防止する機能をもつ顔料をいう。
鉛系さび止めペイント(lead-based anticorrosive paint)
非鉛系さび止めペイントに対する用語で,さび止め顔料(防せい顔料)として鉛化合物を用いたさび止めペイントである。現在は廃止されているが,過去には鉛系のさび止めペイントの JIS規定として,平成 22年 5月に廃止された JIS K 5622「鉛丹さび止めペイント」,JIS K5624「塩基性クロム酸鉛さび止めペイント」,JIS K5627 「ジンククロメートさび止めペイント」,JIS K5628 「鉛丹ジンククロメートさび止めペイント」,平成 26年 4月に廃止された JIS K 5623「亜酸化鉛さび止めペイント」,JIS K 5625「シアナミド鉛さび止めペイント」,亜鉛めっき鋼用途の平成 28年 12月に廃止された JIS K 5629「鉛酸カルシウムさび止めペイント」などがあった。
鉛・クロムフリーさび止めペイント(lead-free, chromium-free anticorrosive paint)
廃止される鉛系さび止めペイントの代替として,JIS K5674 「鉛・クロムフリーさび止めペイント」が規格化された。一般的な環境下での鉄鋼製品,鋼構造物などのさび止めに用いる塗料で,鉛フリー及びクロムフリーのさび止め顔料を含むさび止めペイントである。JIS規格に規定される種類は,1種(有機溶剤を揮発成分とする液状・自然乾燥形のさび止め塗料),2種(水を主要な揮発成分とする液状・自然乾燥形のさび止め塗料)である。
非鉛系さび止めペイント(lead-free anticorrosive paint)
鉛系さび止めペイントに対する用語で,鉛化合物を含まない顔料を用いたさび止めペイント全般を指す。
JIS製品規格には 合成樹脂調合ペイントや合成樹脂エマルションペイントを用いる塗装仕様において,さび止め顔料に鉛系及びクロム系成分を使用しないで,一般的な環境下での鉄鋼製品などのさび止めに用いる JIS K56212008 「一般用さび止めペイント;Anticorrosive paints for general use」,一般的な環境下での鉄鋼製品,鋼構造物などのさび止めに用いる塗料で,鉛フリー及びクロムフリーのさび止め顔料を含む JIS K5674 「鉛・クロムフリーさび止めペイント;Lead-free, Chromium-free anticorrosive paints」,エポキシ樹脂系,変性エポキシ樹脂系塗料を用いた鋼構造物などの下塗りに用いる JIS K 55512018「構造物用さび止めペイント」,さび止め顔料として亜鉛末を用いた JIS K 55522010 「ジンクリッチプライマー」,JIS K 55532010 「厚膜形ジンクリッチペイント」などがある。
ジンクリッチペイント(zinc rich paint)
乾燥塗膜の大部分が金属亜鉛末から成り,わずかの無機質と有機質のバインダーで結合された塗料で鋼材のさび止めに用いる塗料。【JIS Z0103「防せい・防食用語」】
展色材をできるだけ少なくし,合成樹脂ワニス又はアルキルシリケート,アルカリシリケートなどシリケート系ビヒクルに亜鉛末をできるだけ多く配合して作ったさび止めペイント。
塗膜が水分に触れると,鉄よりもイオン化傾向の大きい亜鉛が陽極となって,亜鉛から鉄に向って防食電流が流れ,鉄は腐食から守られる。塗膜中に亜鉛末が 85~95%含まれているとき,防食効果が大きい。各種鋼構造物の防食塗装に用いられる。被塗鉄面は,サンドブラストなどで十分にさびを除き,適度の粗さにしてから塗らないと効果が薄い。【JIS K5500「塗料用語」】
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