第五部:有機化学の基礎 脂肪族炭化水素の基礎

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  ここでは,有機化合物の大分類の一つとして, 【脂肪族化合物とは】,  【鎖式飽和炭化水素】, 【鎖式不飽和炭化水素】, 【脂環式炭化水素】 に項目を分けて紹介する。

  脂肪族化合物とは

 脂肪族化合物( aliphatic compounds )は,分子構造による分類で紹介したように,環状不飽和構造(芳香環; aromatic ring )を持たない非芳香族性の化合物である。
 脂肪族化合物は,炭素・炭素の結合状態により分類される。また,分子の特性に強く影響する官能基によっても分類される。
 脂肪族化合物の中で,ヘテロ原子を含まず,炭素と水素のみで構成される化合物を脂肪族炭化水素( aliphatic hydrocarbon )という。

 官能基による分類
 脂肪族化合物官能基による分類の例として,水酸基(ヒドロキル基)を持つアルコール類,カルボキシ基を持つカルボン酸類,カルボニル基やケト基を持つカルボニル化合物などが広く知られている。

 脂肪族炭化水素の分類
 脂肪族炭化水素は,分子の形状により鎖式環式に分けられる。
 鎖式の脂肪族炭化水素は,多重結合の有無により鎖式飽和炭化水素鎖式不飽和炭化水素に分けられる。
 環式の脂肪族炭化水素は飽和,不飽和を問わず脂環式炭化水素といわれる。

 結合状態による分類
 例えば,脂肪族炭化水素の結合状態による分類では,炭素-炭素が単結合のみのアルカン二重結合を 1つ持つアルケン二重結合を 2つ持つジエン類,三重結合を持つアルキンに分けられる。

 【参考】
 芳香族性( aromatic )
 環状不飽和化合物の中で,分子が平面の環状共役系で,全部で 4n+2 ( n = 0, 1, 2, 3, ...) 個のπ電子を持つ(ヒュッケルの 4n+2則)場合のみをいう。
 ヘテロ原子( heteroatom )
 有機化学分野で,炭素と水素以外の原子を指す。

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  鎖式飽和炭化水素

 鎖式飽和炭化水素,すなわち鎖式の飽和脂肪族炭化水素は,アルカン( alkane ),メタン系炭化水素,パラフィン系炭化水素などとも呼ばれ,炭素原子間の結合がすべて単結合で,一般式 CnH2n+2 で表される炭化水素の同族体( CH2 の数 n が異なる誘導体)である。
 なお,アルカンパラフィン( paraffin )という場合は,炭素原子の数が 20 以上のアルカンを指すのが一般的である。

 化合物の名称は,炭素数 4までは慣用名が用いられ,炭素数 5以上では,IUPAC の命名法(置換命名法など)が用いられる。
 炭素数 4以上では,同じ分子式でも,枝分かれなど,構造の異なる化合物が存在する。これを構造異性体という。炭素数 4のブタンで 2種類,炭素数 6のヘキサンで 5種類,炭素数 8のオクタンで 18種類の構造異性体がある。

ヘキサン( n – ヘキサン)の構造異性体

ヘキサン( C6H14 )の構造異性体

 一般的な性質
 一般式( CnH2n+2の n の増加に伴い,沸点・融点が増加する。
 アルケンは,極性が小さいため,水など極性溶媒に対する溶解度は小さいが,アルケン相互の溶解性は高い。
 化学的には比較的安定で,通常の酸・塩基や酸化剤,還元剤との反応性は低いが,高温の空気中で燃焼すると,燃焼熱(酸化熱)が大きいため燃焼の継続する場合が多い。
主な化合物の物性例(密度は液体)
  化学式    名称    モル質量 
  g/mol 
  密度×103 
  kg/m3 
  融点 
  ℃ 
  沸点 
  ℃ 
  備  考 
  CH4    メタン 
  methane 
  16.042    0.415    -182.5    -161.6    天然ガスの主成分,都市ガスなどの燃料 
  C2H6    エタン 
  ethane 
  30.07    0.546    -183    -89    エチレンなどの化学物質の製造原料 
  C3H8    プロパン 
  propane 
  44.11    0.582    -187.6    -42.09    LP ガスとしての燃料,ガス吸収式冷凍機の冷媒 
  C4H10    ブタン 
  butane 
  44.11    0.582    -187.6    -42.09    構造異性体 2 種,n -ブタン,iso - ブタン( 2 -メチルプロパン), 
ガスライター,カセットコンロの燃料,スプレー缶の噴射剤 
  C5H12    ペンタン 
  pentane 
  72.15    0.626    -131    36.06    構造異性体 3 種,n -ペンタン,iso -ペンタン(2 -メチルブタン), 
neo -ペンタン(2,2 -ジメチルプロパン),発泡スチロールの発泡剤,有機溶媒 
  C6H14    ヘキサン 
  hexane 
  86.18    0.6548    -95    69    構造異性体5種,極性の低い溶剤,大豆油の製造,脱脂洗浄用 
  C7H16    ヘプタン 
  heptane 
  100.21    0.684    -90.5    98.38    構造異性体9種,有機合成用溶剤,塗料用シンナー,麻酔作用があり 
労働安全衛生法で危険物及び有害物に指定 
  C8H18    オクタン 
  octane 
  114.23    0.7028    -60    125    構造異性体 18 種,ガソリンのオクタン価評価の基準に  
iso -オクタン( 2,2,4 -トリメチルペンタン)が使用される。 
  C20H42    エイコサン 
  Icosane 
  282.55    0.7886    35~38    342.7    構造異性体 366319 種,蝋(ろう)に含まれる炭素数の最も小さい成分, 
  これより分子量の大きい化合物を総称してパラフィンともいう。 

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  鎖式不飽和炭化水素

 炭素骨格の炭素−炭素結合に二重結合や三重結合などの不飽和結合( unsaturated bond )を持つ化合物は不飽和化合物( unsaturated compound )といわれる。
 脂肪族化合物の中で,炭素と水素のみで構成される鎖式の不飽和化合物を鎖式不飽和炭化水素という。

 不飽和とは
 三重結合を持つ分子(アルキンなど)は,付加反応二重結合をもつ化合物(アルケンなど)になる。二重結合はさらに付加反応を受けて多重結合を持たない化合物(アルカンなど)に還元される。多重結合を持たないアルカンは,付加反応を受けない。
 アルカンのように,単結合のみで構成される炭素化合物は,四価の原子価がすべて使用され,安定しているので,これを飽和と呼ぶようになった。 これに対し,多重結合を持ち付加反応を受ける化合物(アルケンやアルキンなど)を不飽和と呼ぶようになった。
 なお,【芳香族化合物】は,多重結合を有するが,付加反応を受け難く,安定しているので,一般的には不飽和とはいわない。

 なお,鎖式不飽和炭化水素の特徴については,【不飽和脂肪族の特徴】の中で紹介する。

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  脂環式化合物

 脂環式化合物( alicyclic compound )
 環式の脂肪族炭化水素をいい,単結合の環状化合物をシクロアルカン( cycloalkane )という。
 二重結合を含むものをシクロアルケン( cycloalkene )とうい。
 三重結合を持つ物をシクロアルキン( cycloalkyne )というが,詳細については,次の【不飽和炭化水素の特徴】で紹介する。

 脂環式化合物の特徴
 炭素数の少ない環構造では,炭素同士の結合と立体的な特徴のため,炭素間の結合のひずみ(環ひずみやねじれひずみ)や立体構造(立体配座により直鎖とは異なる特性を示す。
 シクロアルカン
 一般式 CnH2n
(ただし n ≧ 3)であらわされ,シクラン( cyclane ),シクロパラフィン( cycloparaffin ),ポリメチレン( polymethylene )などとも呼ばれる。環を 2つ持つ化合物は,ビシクロアルカン( bicycloalkane )と言われる。
 シクロアルケン
 一般式 CnH2n-2m
( m は二重結合の数)で表され,シクロオレフィン( cycloolefin )とも呼ばれ,二重結合を 1個以上持つ。
 シクロアルキン
 一般式 CnH2n-4
で表される三重結合を持つ環式化合物である。非常にひずんだ分子構造となるため,炭素数 8のシクロオクチン( C8H12 )など炭素原子が多く柔軟な構造の場合にのみ安定して存在できる。

シクロアルカン(飽和脂環式化合物)の例
  化学式    名称    モル質量 
  g/mol 
  融点 
  ℃ 
  沸点 
  ℃ 
  備  考 
  C3H6    シクロプロパン 
  cyclopropane 
  42.08    -128    -33    三角形構造で著しい環ひずみ,ねじれひずみを持つため,炭素原子間の結合が弱く反応性が高い。 
  麻酔に利用されていた。 
  C4H8    シクロブタン 
  cyclobutane 
  56.11    -80    13    四角形であるが,ゆがんだ構造となり,炭素原子間のひずみは小さい。 
  麻酔に利用されていた。 
  C5H10    シクロペンタン 
  cyclopentane 
  70.13    -94    49    ゆがんだ五角形で炭素原子間のひずみはほとんどない。 
  引火性が強く,消防法第4類危険物第1石油類。 
  C5H8    ハウサン 
  Housane 
  68.11    ―    ―    分子構造(立体形状)が家(ハウス)に見えるシクロアルカン。 
  C6H12    シクロヘキサン 
  cyclohexane 
  84.16    6.5    80.74    六角形の結合軸で自由回転ができ,安定ないす型から不安定なふね型や封筒型に立体配座が入れ替わる(環転移)。 
  有機溶媒(洗浄液や接着剤)の用途,第4類危険物第1石油類。 
  C7H14    シクロヘプタン 
  cycloheptane 
  98.19    -8.46    118.4    無極性の有機溶媒としての用途,第4類危険物第1石油類。 
  C8H16    シクロオクタン 
  cyclooctane 
  112.21    14.59    149    ふね,いす,かんむり型など多数の立体配座がある。第4類危険物第2石油類。 
  C8H8    キュバン 
  cubane 
  104.15    131    ―    8個の炭素原子が立方体の各頂点,それぞれの炭素原子に水素原子が1個結合した構造。 
  ひずんだ骨格で大きなエネルギーを内包し,炭化水素の中で密度最大で高エネルギーの燃料として期待。 
  C10H12    バスケタン 
  Basketane 
  132.2    ―    ―    分子構造(立体形状)がバスケット(かご)に似ているシクロアルカン。 

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