第五部:有機化学の基礎 脂肪族炭化水素の基礎
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ここでは,分子内に多重結合をもつ脂肪族化合物に関連し, 【不飽和脂肪族とは】, 【鎖式不飽和脂肪族の分類】, 【共役系とは】, 【鎖状不飽和炭化水素】, 【脂環式炭化水素(不飽和)】 に項目を分けて紹介する。
不飽和脂肪族とは
不飽和脂肪族とは,炭素骨格に二重結合や三重結合を含む脂肪族化合物である。
炭素・炭素間の共有結合について
炭素-炭素の結合(共有結合)では,炭素原子の電子軌道の特徴,すなわち 2s 軌道に対電子,3 つの 2p 軌道に 2 個の不対電子を持つため,s 軌道の電子 1 個が空の p 軌道に移動(昇位:promotion )し,2s 軌道と 3 つの 2p 軌道が混合した混成軌道( hybrid orbital )による分子軌道となる。
混成軌道による分子軌道では,4 つの単結合を持つ sp3 混成軌道(四面体形),2 つの単結合と1 つの二重結合を持つ sp2 混成軌道(平面三角形),1 つの単結合と1 つの三重結合を持つ sp 混成軌道(直線)と呼ばれる 3 種類の軌道を形成できる。
不飽和の由来
三重結合を持つ分子(アルキンなど)は,付加反応で二重結合をもつ化合物(アルケンなど)になる。二重結合はさらに付加反応を受けて多重結合を持たない化合物(アルカンなど)に還元される。多重結合を持たないアルカンは,それ以上付加反応を受けない。
アルカンのように,単結合からなる炭素化合物は,四価の原子価がすべて使用され,安定しているので,これを飽和と呼ぶようになった。
これに対し,多重結合を持つ化合物(アルケンやアルキンなど)は,不飽和と呼ぶようになった。
なお,ベンゼン環などを持つ【芳香族化合物】は,多重結合を有するが,付加反応を受け難く,安定しているので,一般的には不飽和とはいわない。
【参考】
共有結合( covalent bond )
原子同士が電子を共有しあうことで生じる化学結合である。
分子軌道( molecular orbital )
単原子分子(希ガス)を除き,複数の原子で分子を構成した場合には,結合に関与した電子は,原子間距離に応じて,一つ以上の原子核と相互作用をもつ分子軌道で記述される。
混成軌道( hybrid orbital )
例えば,炭素は,3 つの p 軌道に 2 個の不対電子しかないが,4 個の水素と共有結合できるのは,s 軌道の電子 1 個が空の p 軌道に移動(昇位:promotion )し,4 つの軌道を持つ sp3 混成軌道(四面体形)を形成するためである。
主な混成軌道(形状)
s 軌道と p 軌道の混成軌道: sp 混成軌道(直線),sp2 混成軌道(平面三角形),sp3 混成軌道(正四面体形)
d 軌道の関与する混成軌道: dsp2 混成軌道(平面正方形),dsp3 混成軌道(三角双錐形),d2sp2 混成軌道(四角錐形:ピラミッド形),d2sp3 混成軌道(八面体形),d4sp 混成軌道(三方柱形),d4sp3 混成軌道(三角十二面体形)
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鎖式不飽和脂肪族の分類
鎖式不飽和脂肪族の中で,炭素と水素のみで構成される鎖式不飽和炭化水素は,【分子構造による分類】で紹介したように,多重結合の種類,数及び形態で次のように分類されている。
多重結合の数による分類
多重結合が一つの鎖式不飽和炭化水素
アルケン( alkene )
一般式 CnH2n で表される二重結合を 1つだけ持つ鎖式不飽和炭化水素をいう。なお,二重結合を持つ鎖式不飽和炭化水素の総称をオレフィン( olefin )という。
アルキン( alkyne )
一般式 CnH2n-2 で表される三重結合を 1つだけ持つ鎖式不飽和炭化水素をいう。
多重結合が複数の鎖式不飽和炭化水素
炭素骨格中に含まれる二重結合又は三重結合の数でも分類される。この場合は,数詞と組み合わされて表現される。例えば,
ジエン( diene ):二重結合を 2つ持つ化合物。
トリエン( triene ):二重結合を 3つ持つ化合物。
ポリエン( polyene ):二重結合を複数持つ化合物の総称。
ジアルキン( diyne ):三重結合を 2つ持つ化合物。
トリアルキン( triyne ):三重結合を 3つ持つ化合物。
ポリイン( polyyne ):単に複数の三重結合を持つことを意味するのみならず,単結合と三重結合が交互( – C ≡ C の繰り返し)に現れる構造を持つ有機化合物をもいう。生薬など生物から抽出される薬効成分などに見られる。
二重結合の位置による分類
二重結合 2つのジエンは,二重結合の位置関係や置換基の種類で次のように分類されている。
共役ジエン( conjugated diene )
2つの二重結合の間が,1つの単結合で隔てられ,共役したジエン,すなわち共役二重結合が一つの場合をいう。
次に紹介する共役系とはにあるように,ジエンは非共役ジエンとは大きく異なる特性を示す。
非共役ジエン
2つの二重結合の間が,2つ以上の単結合で隔てられたジエン。
集積二重結合化合物(隣接したジエン)
2つの二重結合が連続,すなわち R–CH=C=CH–R' のような構造を持つ不飽和炭化水素(),最も簡単な構造のアレン H2C=C=CH2 ( allene : 1,2 –プロパジエン)のような化合物。なお,1,2,3 –ブタトリエンなどの3個以上連続した集積二重結合化合物をクムレン( cumulene )という。
ヘテロジエン
1つ以上の不飽和炭素原子がヘテロ原子(炭素と水素以外の原子)に置換したジエン。例えば,R–CH=C–C=N–R' のような構造部位を持つ化合物をいう。
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共役系とは
共役系( conjugated system )
化学の分野では,化合物中の単結合と多重結合が交互に配置するとき,π軌道の電子が非局在化する軌道系(共鳴混成体)を指している。
すなわち,共役では,非局在化したπ軌道電子により,二つのπ結合の間にあるσ結合を超えて,π軌道同士が重なった状態になる。
従って,用語としての共役系は,π電子を共有する化合物,例えば,炭素-炭素結合以外の環状のフラン( 1 –オキサ– 2,4 –シクロペンタジエン: C4H4O )などや,カルボニル基( C=O ),イミノ基( C=N )を持つ化合物,さらにはグラファイト,導電性高分子材料,ナノチューブなどに対しても用いられる用語である。
共役系の分子は,一般的に,分子全体のエネルギーを低下させ,安定性を高める。このため,共役系の化合物は,非共役系の化合物とは異なる物理的・化学的性質を示す。
特に,次に示すように共役系は強い色を呈する特色がある。なお,芳香族性を持つ共役系については,別途に【芳香族炭化水素】で紹介する。
物体色とは
物体色は,【物体色の評価】で紹介したように,化合物に照射した白色光の中で,補色の関係にある光成分(電磁波)の多くが吸収され,結果として目に入った反射光又は透過光の知覚結果である。
すなわち,波長の短い青の光を吸収した場合には,化合物は青の補色に当たる赤色,オレンジ色などを呈する。また,波長の長い赤などの光を吸収した場合の化合物は青色や緑色として知覚される。
可視光(波長約 400nm~800nm )のエネルギーを持つ光の吸収は,分子の回転や振動のエネルギーより大きく,分子を構成する電子の基底状態( ground state )から励起状態( excited state )へ遷移( transition )するエネルギーに相当する。
分子軌道間の電子の遷移では,σ軌道電子の遷移(σ-σ*遷移など)とπ軌道電子の遷移(π-π*遷移など)がある。
共役系と光の吸収
一般的に,共役二重結合の数が 8より少ない共役系は紫外領域の光しか吸収できず,二重結合がさらに増えることで,紫から青色の波長が長い(低エネルギー)光を吸収できるようになる。
しかし,共役二重結合の分子軌道間の電子遷移のみでは,赤などの長波長の光を吸収できないので,化合物が青色や緑色を呈する場合は,共役二重結合以外の要因の寄与が大きいのが通例である。
有機化合物の色の研究(発色理論)では,紫外部を含む光を吸収する原子または原子団を発色団( chromophore )といい,系内のπ電子の働きに影響を与える原子団を助色団( auxochrome )という。助色団には,ヒドロキシ基(水酸基),アミノ基,カルボキシル基,スルホン基などが用いられる。
なお,染料や合成顔料に広く使われている共役系は,ジアゾ,アゾ化合物,フタロシアニン化合物である。
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鎖式不飽和炭化水素
鎖式不飽和炭化水素には,二重結合結合が 1 つのアルケン,2 つのジエン,三重結合が 1 つのアルキン,2 つのジアルキンなどがある。共役系以外の鎖式不飽和炭化水素は,比較的容易に付加反応を起こすため,各種材料を合成する際の原料として活用されている。
多重結合の反応性
炭素-炭素間の多重結合は,σ結合 1 つとπ結合から成り立っている。π結合の結合エネルギーは炭素-水素結合より小さいため,付加反応(他の分子と反応し,単結合を持つ飽和化合物になる反応)が起こりやすい。
例えば,二重結合や三重結合の C–C 結合エネルギーと,単結合の結合エネルギーを比較すると,二重結合は単結合の二倍,三重結合は単結合の三倍に満たない。また,三重結合は二重結合の 3/2 倍に満たない。
このことは,結合エネルギーがσ結合>二重結合のπ結合>三重結合のπ結合であることを示唆する。なお,ここで示した結合エネルギー比は,化学便覧(第五版)の結合解離エネルギー D を参考に求めた値である。
化学式 | 名称 | モル質量 g/mol |
融点 ℃ |
沸点 ℃ |
備 考 |
---|---|---|---|---|---|
C2H4 | エテン | 28.0 | -169.2 | -104 | エチレンともいう。反応性が高く,ポリエチレンなど様々な有機化合物の原料。 |
C2H2 | エチン | 26.04 | -80.8 | -84 | アセチレンともいう。金属加工用のガス溶接燃料(火炎温度 3,330 ℃)。 |
C3H6 | プロペン | 42.08 | -185.2 | -47.6 | プロピレンともいう。ポリプロピレンなど様々な有機化合物の原料。 |
C3H4 | プロピン | 40.06 | -102.7 | -23.2 | メチルアセチレンともいう。ガス溶接の燃料,ロケットエンジンの推進剤。 |
C4H8 | ブテン | 56.1 | -185.3 ~-105.8 |
-6.9 ~3.73 |
4 種類の異性体で物性が大きく異なる。各種化製品の原料。 |
C4H6 | ブチン | 54.09 | -125.7 -32 |
8.08,27 | 2 種の異性体,1-ブチンは有機合成化学などで利用。 |
C5H10 | ペンテン | 70.13 | -180 ~-135 |
30.1 ~37 |
3 種類の異性体があり,異性体で物性が多少異なる。ガソリンへの添加剤。 |
C6H12 | 1-ヘキセン | 84.16 | -139.8 | 63 | 幾つかの異性体があり,α位に二重結合を持つ 1-ヘキセンは,反応性が高くポリエチレン製造に利用される。 |
C7H14 | ヘプテン | 98.19 | -119 | 94 | 多数の異性体がある。混合物は触媒及び界面活性剤として潤滑油の添加物。 |
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脂環式化合物(不飽和)
脂環式化合物( alicyclic compound )
環式の脂肪族炭化水素を脂環式化合物といい,単結合のみの環状化合物(飽和)はシクロアルカンと呼ばれる。不飽和の脂環式化合物には,二重結合を含むシクロアルケン( cycloalkene )など,三重結合を持つシクロアルキンなどがある。
炭素数の少ない環構造では,次に示す炭素同士の結合と立体的な特徴のため,炭素間の結合のひずみ(環ひずみやねじれひずみ)や立体構造(立体配座)により直鎖とは異なる特性を示す。
シクロアルカン( cycloalkane )
一般式 CnH2n (ただし n ≧ 3)であらわされ,シクラン( cyclane ),シクロパラフィン( cycloparaffin ),ポリメチレン( polymethylene )などとも呼ばれる。複数の環を持つ化合物は,ビシクロアルカン( bicycloalkane )と言われる。
シクロアルケン
一般式 CnH2n-2 であらわされ,環の中に二重結合を 1つだけ含むものをいい,なお,二重結合を持つものの総称はシクロオレフィン( cycloolefin )と呼ばれる。
シクロアルキン( cycloalkyne )
一般式 CnH2n-4 であらわされ,三重結合を 1つ持つ環式化合物である。非常にひずんだ分子構造となるため,炭素数 8のシクロオクチン( C8H12 )など炭素原子が多く柔軟な構造の場合にのみ安定して存在できる。
飽和のシクロアルカンの例は,【脂肪族炭化水素】で紹介したので,ここでは不飽和の脂環式化合物(シクロアルケン,シクロアルキン)の例を次に紹介する。
化学式
名称
モル質量
g/mol 融点
℃ 沸点
℃ 備 考
C3H4
シクロプロペン
40.06
―
―
三角形構造で歪みが大きく,合成が難しい。研究対象の物質
C4H6
シクロブテン
54.09
―
2
四角形で,化学合成,ポリマー合成の原料として利用。
C5H8
シクロペンテン
68.11
-135
44
化学合成,ポリマー合成の原料として利用。消防法第4類危険物第1石油類。
C6H10
シクロヘキセン
82.142
-103.5
82.98
シクロヘキセン誘導体は種々の薬品や接着剤の溶剤などに用いられる。第4類危険物第1石油類。
C7H12
シクロヘプテン
96.17
―
115
ポリマー合成の原料,シス-トランス異性体を有する。第4類危険物第2石油類。
C8H14
シクロオクテン
110.2
-16
145
シス-トランス異性体を有する。第4類危険物第2石油類。
C8H12
シクロオクチン
108.18
―
158
シクロアルキンの中で比較的安定な化合物として知られる。
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