腐食概論:鋼の腐食
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ここでは,実際の大気環境に長期間晒された鋼の腐食を理解するため, 【腐食した鋼の腐食】, 【さび層の緻密さ】, 【さび層の微細構造】, 【さび層を持つ鋼の腐食】 に項目を分けて紹介する。
大気腐食(実環境因子の影響)
腐食した鋼の腐食 (既に「さび層」で覆われた鋼のその後の腐食について)
大気中に置かれた鋼は,濡れ(濡れ大気腐食)と乾燥(しめり大気腐食,又は乾き大気腐食)を繰り返しながら,その表面に腐食生成物(corrosion product)が層状に形成されてゆく。
鋼表面に形成された層状の腐食生成物を,一般には“さび層”と称している。
【さび層の防食効果】
一般的に,下図の模式図のように,鋼の腐食度(corrosion rate)は,経年と共に減少することを経験している。この現象は,鋼表面に形成されたさび層(rust layer)が,鋼の腐食で消費される酸素の到達を抑制したためと考えられる。
腐食する鋼の表面では,酸化還元反応(oxidation-reduction reaction),すなわちアノード(anode)での鉄(Fe)の酸化反応,アノードとは異なる箇所に形成したカソード(cathode)での酸素(O2)の還元反応が同時に起きている。
酸化還元反応の速度は,ほぼ静止する水中での酸素移動速度(拡散)より著しく大きいことが知られている。従って,実用環境で鋼表面が濡れた場合に,水中を拡散して鋼表面に到達した酸素は直ちに還元され,鉄イオンの生成速度(腐食速度)は,鋼表面に到達する酸素の量,すなわちフィックの法則に従う酸素の拡散束(flax)に依存する。この腐食を酸素拡散律速(diffusion-controlled process of oxygen)の腐食という。
なお,腐食量と溶存酸素の関係については【溶存酸素の拡散】,さび層などの表面付着物の影響などは【腐食に影響する要因】で解説している。
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さび層の緻密さ
鋼種や暴露環境の違いで,さび層の組成と構造が異なることはしばしば経験される。
例えば,耐候性鋼(atmospheric corrosion resisting steel , weathering steel)は,腐食促進因子が少なく,適切な乾燥と濡れの繰り返しができる環境では,鋼素地に緻密なさび層を形成し,その後の腐食を抑制できるほどの十分な酸素の拡散障壁として機能すると考えられている。この特性を有するさび層は,“保護性錆(さび)(protective rust)”と呼ばれる。なお,以前は,保護性錆を“安定錆”と称していたが,必ずしも安定しない場合もあることから現在の名称に変わった。
一方で,構造用の SS材(一般構造用圧延鋼)や SM材(溶接構造用圧延鋼)のような炭素鋼(carbon steel)では,耐候性鋼のような保護性錆の形成は期待できないとされている。
特に,保護性を期待できないさび層の例として,塩化物イオン(chloride ion ;Cl-)の影響を受けて成長したさび層が挙げられる。下図には,参考資料 1)に掲載される塩化物イオンの影響を受けたさび鋼板の断面を EPMA*分析した結果(一部加筆修正)を示す。
*:EPMA(Electron Probe MicroAnalyser:電子顕微鏡に元素分析機能を備えた装置)
さび層断面分析で,さび層の中間部分に観察される塩素は,さび層の微細な亀裂に浸透した塩分の他にさび層の成分に由来するものも考えられる。
海洋,海岸などの塩化物イオンの多い環境で生成する腐食生成物(corrosion product)の結晶性化合物の分析では,他の環境では検出されないβ-FeOOH(アカガネイト)がしばしば報告される。アカガネイト(akaganeite)は,内部に塩化物イオンを抱え込んた筒状の構造を持つ結晶である。さび層断面分析でさび層の中間に分布する塩素には,アカガネイト由来のものが含まれると考えられる。
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さび層の微細構造
上図に示したさび層断面分析結果と後半で解説する参考資料 2)の解析結果を参考に,塩化物イオンの影響を受け,厚く層状に堆積(はく離し易い)したさび層の微細構造を推定してみる。
結論から言うと,さび層の微細構造は,下の模式図に示すように,平面上に並んだ空隙を含む付着の弱い層を緻密なさび層でサンドイッチする層状構造(laminate structure)を複数持つ考えられる。
鋼とさび層の界面には,密着性の高い薄いさび層が存在する。このさび層は,X線回折的に非晶質のオキシ水酸化鉄(FeOOH ,iron(III) oxide-hydroxide , ferric oxyhydroxide),スピネルグループのマグネタイト(Fe3O4 ,magnetite)又は/及びマグへマイト(γ-Fe2O3 ,maghemaite)を多く含む。この層は,一般的には,容易にはく離できないため,固着さび層などとも呼ばれる。
この層は,鋼に密着し,緻密な構造を持つため,酸素拡散の障壁となりうる。この層の形成と成長が,腐食度(corrosion rate)の経年による低下に寄与していると考えられる。
なお,塩の影響を強く受ける環境で形成したさび層には,鋼素地と固着さび層の界面に塩化物イオンを多量に含む層が局在(塩化物イオンネストなどともいう)する。
(中間のさび層)
参考資料 2)によると,固着さび層の上には,Fe3O4を多く含み比較的緻密な層を,結晶性オキシ水酸化鉄のゲータイト(α-FeOOH ,goethite)を多く含む結合の緩い層でサンドイッチした構造のさび層が複数層積層されている。
α-FeOOH を多く含む層には,平面上に並んだ空隙(亀裂)が多数存在すると考えられる。この層の存在が層状はく離さび(delamination of rust)の要因と考えられている。
なお,塩の影響を強く受ける環境で形成したさび層には,空隙の周辺や局部的に,図に示したようなβ-FeOOH を多く含む層が介在している。
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さび層を持つ鋼の腐食
X線回折的非晶質の FeOOH,γ‐FeOOH(レピドクロサイト,lepidocrocite),及びβ‐FeOOH(アカガネイト)は,ゲータイト(α‐FeOOH)やマグネタイト(β‐Fe3O4)に比較して化学的に不安低である。このため,鋼の腐食反応が起きると,さび層の中で一部のオキシ水酸化鉄がマグネタイトに還元され,酸素の還元反応と同様に,カソード反応に寄与する。
カソード反応:8FeOOH+Fe2++2e- → 3Fe3O4+4H2O
この際に起きる現象として,さび層の体積収縮がある。例えば,γ‐FeOOHからβ‐Fe3O4 に還元されることで,化合物の密度の違いから 27%程度の体積収縮に至ると計算される。
これが,さび層中に層状に並んだ空隙の生成要因の一つと推定されている。空隙やクラックを含むさび層は,その中に水を抱え込むことができ,酸素拡散の障壁として機能しないため,この層が厚くなっても腐食度抑制に寄与しないと考えられる。
【参考資料】
1)田中誠:“鋼構造物の塗装の寿命とは”,(財)鉄道総合技術研究所, RRR, 1991.9号, pp.9-14 (1991)
2) 原修一,山下正人,上村隆之,佐藤眞直:“耐候性鋼橋梁に生成した層状剥離さび層局所の放射光XRD解析”,日本金属学会誌 Vol.71, No.3, pp.346-353(2007)
【参考】
耐候性鋼(atmospheric corrosion resisting steel , weathering steel , weatherproof steel , rolled steels improved atmospheric corrosion resistance)
耐候性鋼は,大気中の水と酸素の影響で生成した腐食生成物が鋼材表面に付着し,その後の腐食を抑制する鋼材として知られる。
耐候性 (weathering resistance)とは,低合金鋼などが自然環境の大気中での腐食に耐える性質。塗装鋼板及び塩化ビニル被覆鋼板では樹脂の劣化に耐える性質も含む。【JIS G 0203「鉄鋼用語(製品及び品質)」】
耐候性圧延鋼材 (rolled steels with improved atmospheric corrosion resistance)とは,大気中において通常の鋼に比べてちみつなさびを形成しやすく,腐食速度を低減することができる圧延鋼材。【JIS G 0203「鉄鋼用語(製品及び品質)」】
耐候性鋼に関する JIS 品質規格には,橋梁,建築,その他の構造物に用いる SMA 材に関する JIS G 3114「溶接構造用耐候性熱間圧延鋼材:Hot-rolled atmospheric corrosion resisting steels for welded structure 」,車両,建築,鉄塔及びその他の構造物に用いる SPA 材に関する JIS G 3125「高耐候性圧延鋼材:Superior atmospheric corrosion resisting rolled steels」がある。
オキシ水酸化鉄(iron(III) oxide-hydroxide , ferric oxyhydroxide)
水酸化鉄(Ⅲ)の表記,一般組成式 FeO(OH)・H2O ,すなわち, Fe(OH)3 の脱水形の化合物として,オキシ水酸化鉄(酸水酸化鉄)という。なお,一般的には FeOOH と表記する例が多い。
オキシ水酸化鉄は,鉄の酸化数,結晶構造の異なる複数種存在する。例えば,同質異像の関係にある鉄(Ⅲ)化合物には,ケーサイト(針鉄鉱,goethite)と呼ばれるα-FeOOH ,アカガネイト(赤金鉱,akaganéite)と呼ばれるβ-FeOOH ,レピドクロサイト(鱗鉄鉱,lepidocrocite)と呼ばれるγ-FeOOH ,フェロオキシハイト(feroxyhyte)と呼ばれるδ-FeOOH がある。
組成の異なるものには,フェリハイドライト(ferrihydrite)と呼ばれるFe2O3·0.5H2O ,シュバートマンナイト(schwertmannite)と呼ばれる少量の硫酸イオンを含むFe8O8(OH)6(SO4)·nH2O がある。
酸化数の異なる鉄(Ⅱ,Ⅲ)の化合物にはさび発生の中間生成物として知られるみどり錆(green rust)がある。みどり錆の組成式の例として Fe(III)Fe(II)3(OH)8Cl が知られる。
ゲーサイト(goethite)
オキシ水酸化鉄(FeOOH)の一種,鉄の酸化鉱物である針鉄鉱(しんてっこう)の鉱物名で,化学式α-FeOOH で表される。
アカガネイト(akaganeite)
岩手県奥州市江刺区の赤金鉱山において,南部松夫(東北大学教授)らが発見した新鉱物で,発見場所に因み赤金鉱(akaganeite)と命名された。当初は,オキシ水酸化鉄(FeOOH)のβ変態(β-FeOOH)とされていたが,塩素(Cl)が必須の化学組成であることが分かり,現在の化学組成式は(Fe3+,Ni2+)8(OH,O)16Cl1.25 · nH2O で与えられている。
なお,腐食・防食分野では,腐食生成物として検出されるオキシ水酸化鉄の中で,塩化物イオン(Cl-1)などのハロゲンイオンの影響で生成したオキシ水酸化鉄(β-FeOOH)をアカガネイト(Akaganéite)と称している。
レピドクロサイト(lepidocrocite)
オキシ水酸化鉄(FeOOH)の一種,燐鉄鉱(りんてっこう)の鉱物名で,化学式γ-FeOOH で表される。
鱗鉄鉱は,鉱物としては,単体で存在せず,針鉄鉱と共に褐鉄鉱を成す。燐鉄鉱は,斜方晶系のオキシ水酸化鉄(FeOOH)の鉱物。
マグネタイト(magnetite)
磁鉄鉱(じてっこう)の鉱物名で知られる。鉄(Ⅱ,Ⅲ)の等軸晶系の酸化鉱物で化学組成 Fe3O4 (四酸化三鉄),金属光沢を持つ黒色の鉱物で,強い磁性を持つ。粉末状の砂鉄はたたら製鉄の主要な原料として用いられていた。
マグヘマイト(maghemite)
磁赤鉄鉱(γ- Fe2O3 )ともいわれる鉄の酸化鉱物の一つ,赤鉄鉱(ヘマイト,hematite ;α- Fe2O3 )と同質異像関係の鉱物であるが,原子の配置が磁鉄鉱(マグネタイト,magunetite ; Fe3O4)に似ており,磁鉄鉱より磁力が強い。
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