第四部:無機化学の基礎 金属元素(遷移元素)

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  ここでは,遷移元素周期表 8族の金属元素について, 【周期表 8族について】, 【鉄】, 【ルテニウム】, 【オスミウム】, 【ハッシウム】 に項目を分けて紹介する。

  周期表 8族について

 周期表 8族に分類される元素,鉄( Fe ),ルテニウム( Ru ),オスミウム( Os ),ハッシウム( Hs )の概要を紹介する。
 なお,実用材料などに利用される主な元素を太字で示した。また,鉄は,必須ミネラルに分類される元素である。
 さらに,鉄は,鉄族元素(鉄 Fe ,コバルト Co ,ニッケル Ni )に,ルテニウムとオスミウムは,白金族元素(白金 Pt ,パラジウム Pd ,ロジウム Rh ,ルテニウム Ru ,イリジウム Ir ,オスミウム Os )としても分類される。

 次表には,これらの中から実用に供され元素の基礎物性を紹介する。比較のため,身近な金属単体として,アルミニウムの値も併記する。
 なお,ポーリングの電気陰性度イオン化エネルギーは別途紹介している。なお,これらの値は,算出に用いる解離エネルギー値や結合エネルギー値の改訂で変わるので,紹介した値は最新値ではなく,引用文献での値である。

 【参考】
 必須ミネラル
 健康増進法(平成 14年法律第 103 号)に基づき厚生労働大臣が定める「日本人の食事摂取基準(2015年版)」 に基準摂取量が定められているミネラルをいう。必要所要量の違いで,主要ミネラル 7 種,微量ミネラル 9 種に分けられる。
 主要ミネラル( 100 mg /1日 以上):硫黄 S(骨・軟骨・皮膚・髪の毛・爪など),塩素 Cl(胃液中の胃酸),ナトリウム Na(血液・体液の浸透圧を調整),カリウム K( 血圧の上昇抑制,利尿作用),マグネシウム Mg(骨や歯の強か,酵素の補助),カルシウム Ca(骨・歯の成分,エネルギー代謝),リン P(骨・歯の成分,代謝の補助)
 微量ミネラル( 100 mg /1日 未満): 鉄 Fe(赤血球のヘモグロビン),亜鉛 Zn(生殖機能,ホルモン合成),銅 Cu(ヘモグロビン生成,骨格成分),マンガン Mn(骨や関節),ヨウ素 I(甲状腺ホルモン,代謝),セレン Se(抗酸化力,老化防止),モリブデン Mo(肝臓,腎臓の老廃物分解),クロム Cr(糖の代謝),フッ素 F(虫歯予防)


周期表 8族元素(単体)の基礎物性(参考; Al )
  元素記号    Fe    Ru    Os    Al 
  原子番号    26    44    76    13 
  原子量    55.85    101.07    190.23    26.98 
  融点(℃)    1538    2334    3033    660.3 
  密度(×106 gm-3   7.87    12.45    22.59    2.70 
  結晶構造    bcc    hcp    hcp    fcc 
  格子定数(×10-10 m)    2.867    2.704 , 4.282    2.735 , 4.319    4.0496 
  モース硬度    4.0    6.5    7.0    2.8 
  電気抵抗(×10-8 Ωm:20℃)    9.61    7.1    8.12    2.82 
  熱伝導率( W m-1K-1:300K)    80.4    117    87.6    237 
 出典:化学便覧(融点,密度,格子定数,電気抵抗率,熱伝導率),モース硬度(化学便覧など)
 備考: hcp (六方最密充填,ちよう密六方),fcc (立方最密充填,面心立方格子),bcc (体心立方格子)

周期表

周期表(2015年)

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  鉄( Fe )

 地球に豊富に存在する元素で,利用可能な地殻(天体の固体部分の表層部)の 5.0%(酸素 44.5%,ケイ素 27.7%,アルミニウム 8.1%に継ぎ4番目)を占める。ちなみに,地球の核の主成分は鉄とニッケルといわれている。
 天然で産出される鉱石・鉱物の中で,鉄利用に活用されるのは,磁鉄鉱( Fe3O4 )と赤鉄鉱( Fe2O3 )である。その他の鉱石・鉱物を挙げると,砂鉄(磁鉄鉱の粒状鉱物),磁赤鉄鉱( Fe2O3 ),針鉄鉱( FeO(OH) ),鱗鉄鉱( FeO(OH) ),菱鉄鉱( FeCO3 ),黄鉄鉱( FeS2 ),磁硫鉄鉱( Fe1-xS )などがある。

 鉄鉱石から鉄を得る(製鉄)ための基本工程では,はじめに,採掘した鉱石を原料として有用な鉱物と不用な鉱物とに分離する選鉱する。
 次いで,原料の磁鉄鉱や赤鉄鉱に含まれる酸素を除去するため,鉄鉱石とコークス(不要物を除くため石炭を蒸し焼きしたもの)を混ぜ,1200℃の熱風を通して発生した一酸化炭素を用いて,酸化還元反応 で紹介した反応過程を経て,酸化鉄を鉄に還元する。
 この工程を製銑といい,得られた製品は,炭素を多く含み,鋳鉄や鉄鋼の原料になる銑鉄である。
 最後に,使用目的に適した各種鉄鋼 を得るために,銑鉄から過剰の炭素を除き,合金成分を添加する製鋼,結晶構造の調整を目的とした加工(圧延・熱処理)が行われる。
 金属鉄や鋼は,【鉄及び鋼】 で紹介したように,温度と合金成分の濃度により,フェライト( bcc構造),オーステナイト( fcc構造),デルタフェライト( bcc構造)などの結晶構造を取る。

 反応性
 鉄単体は,純鉄の中でも極めて純度の高い( 99.9999%)ときには,比較的高いイオン化傾向 を有するにも拘らず,塩酸や王水などの酸に侵され難い。
 一方で,実用の炭素などの成分を有する鉄合金(鉄鋼では,次に示す反応性の例に示すように,曝される環境条件により,化学反応性が著しく異なる。
 この違いは,化学反応開始に影響する単体表面の格子欠陥や構造欠陥の多少に影響されていると考えられる。
 鉄鋼の環境別反応例
 常温の空気中で,酸素,水分と反応し,徐々にではあるが酸化還元反応大気腐食が進む。酸化物被膜の緻密さが低いので,厚く覆われても,長期間耐久を期待できないほどの反応が進むため,実用では何らかの防食対策が必要である。
 中性の水との接触では,一般に淡水環境の腐食海水環境の腐食に分けられる。
 中性水中の腐食では,水に含まれる溶存酸素が少ない場合には,酸化還元反応で表面に水酸化物や酸化物被膜(不動態被膜とはいわない)が生成・成長するが,溶存酸素がある量を超えると,薄い酸化物被膜(不動態被膜)が形成し,その後の酸化還元反応が抑制される。
 これらの現象は,【鋼腐食の基礎】 で紹介したように,単体表面の結晶構造や表面を覆う酸化物被膜の性質(不動態化など)による。
 鉄鋼の耐薬品性
 酸化性のない酸(例えば塩酸,希硫酸など)に接触すると,例えば
      Fe + H2SO4 ( 2H+ + SO42- ) → FeSO4 ( Fe2+ + SO42- ) + H2
と,激しく水素を発生する酸化還元反応が起きる。
 酸化性の酸(硝酸や熱濃硫酸など)や塩基の場合は,不動態被膜の形成で酸化還元反応が抑制される。

 用途例
 金属素材としての用途
 鉄は,歴史的にも,銅と同様に道具・構造物の材料として,最も身近な金属元素の 1 つである。鉄は,炭素などの合金元素の選択で,延性・展性・脆性などを設計できる材料である。
 しかも,地球上での存在量が多く,安価で入手しやすい金属であるため,最も利用価値の高い金属元素として,工業生産されている金属の大半は鉄鋼である。
 化合物の用途
 鉄化合物は,塗料,インク,絵具,化粧品などの着色顔料,還元剤,媒染剤,医薬品などで利用されている。次には,主な化合物の用途例を紹介する。
 酸化鉄(Ⅱ) FeO は,黒色の色素,化粧品,刺青などに,
 酸化鉄(Ⅲ) Fe2O3 は,赤色の顔料(ベンガラ)などに,
 四酸化三鉄 Fe3O4 は,ナノ粒子化し,核磁気共鳴画像法のコントラスト造影剤として,
 硫酸鉄(Ⅱ) FeSO4 は,青緑色の結晶で,お歯黒,インキ,紺青の製造原料,還元剤,媒染剤,医薬,木材防腐剤などに,
 塩化鉄(Ⅲ) FeCl3 は,銅箔を腐食できるので,プリント基板のエッチング剤として,
 フェロシアン化カリウム( K4 [Fe(CN)6] )は,黄血塩とも呼れ,青写真のの現像液,鉄イオンの検出試薬,鉄,銅,銀の安定化試薬,食塩の固結防止目的の食品添加物として,
 フェリシアン化カリウム( K4 [Fe(CN)6] )は,赤血塩とも呼ばれ,鉄イオンの検出試薬,有機化学での穏やかな酸化剤,鉄や鋼の熱処理,めっき,ウールの染色,青色顔料の代表である紺青(こんじょう:Fe4[Fe(CN)6]3 )の原料として
利用される。
 その他の用途
 鉄は,生体にとって必須の元素で,鉄分を欠くと鉄欠乏性貧血などを引き起こす。しかし,過剰に摂取すると鉄過剰症になることもある。
 鉄分の摂取量については,「日本人の食事摂取基準」によると, 20歳前後の男性で 7.2mg/日,月経のある女性で 10.5mg/日などが摂取推奨量で,摂取の上限量として,0.8mg/kg体重/日(例えば 70kg 成人で 56mg/日)などの指標を示している。

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  ルテニウム( Ru )

 天然に,ルテニウムを主成分とする鉱物として,自然ルテニウム(合金状態の元素鉱物)がある。元素鉱物には定まった組成はない。 例えば,北海道産の自然ルテニウムの組成は,Ru0.74Ir0.09Rh0.08Pt0.05Os0.03Pd0.01 である。自然ルテニウムは六方晶系で,薄い板状結晶として,砒白金鉱( PtAs2 )の中に含まれることが多い。
 ルテニウムは,白金族元素(白金 Pt,パラジウム Pd,ロジウム Rh,ルテニウム Ru,イリジウム Ir,オスミウム Os )の 1 つで,貴金属にも分類される硬くて脆い金属である。酸化力のある酸に溶ける。

 用途例
 万年筆などのペン先,オスミウムとの合金が使われる。
 有機化学分野においては, BINAP-ジアミンルテニウム(Ⅱ) 触媒,グラブス触媒(ルテニウムカルベン錯体)など有機合成反応にとって革新的な触媒として多用されている。四酸化ルテニウムや過ルテニウム酸塩などは酸化剤として多用される。
 HDDなどの記憶媒体の容量増大の目的でルテニウムが用いられている。

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  オスミウム( Os )

 天然では,他の白金族元素と伴に,自然オスミウムやイリドスミン(イリジウムとオスミウムとの合金)として産出される。また,自然ルテニウム,自然白金(Pt合金 ),砂白金( Pt合金 )や砒白金鉱( PtAs2 )の中に含まれる。
 オスミウムは,白金族元素(白金 Pt,パラジウム Pd,ロジウム Rh,ルテニウム Ru,イリジウム Ir,オスミウム Os )の 1 つで,貴金属にも分類される最も密度の大きい金属である。

 用途例
 オスミウムと白金族元素との合金は硬く,耐食性に優れ万年筆のペン先に用いられる。酸化オスミウムは,指紋検出(有機物で還元され黒色化)に用いられる。

  ハッシウム( Hs )

 ハッシウムは,原子番号 108 ,原子量( 269 ),安定同位体が存在せず,半減期 数秒程度と短い放射性同位体が複数知られているが,物理的・化学的性質が明確になっていない金属元素である。
 ドイツの重イオン研究所で線形加速器を用いて合成に成功した人工の放射性同位体元素である。元素名は,所在地であるドイツヘッセン州のラテン語名(ハッシア)にちなんでハッシウムと命名されている。

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