第四部:無機化学の基礎 生活と無機(環境問題)
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ここでは,オゾン層破壊による環境問題に関連して, 【オゾン層の役割】, 【成層圏でのオゾン生成・消滅のバランス】, 【オゾン層破壊問題】, 【オゾン層破壊物質や代替フロンについて】 に項目を分けて紹介する。
オゾン層の役割
オゾン( ozone )
3つの酸素原子からなる酸素の同素体で,分子式 O3 で表される。オゾンは,酸化能力(腐食性)が高く,生臭い刺激臭を持つ気体である。
下図の左には,大気中のオゾン濃度を地表からの高さで表したものを,右にはオゾンの生成と消滅を模式的に示した。
対流圏(~10km )のオゾンの濃度は,地表付近の光化学オキシダントで生成したオゾン濃度が高さと共に減少する。
一方,成層圏(約 10~50km 上空)では,ある高さまでオゾン濃度の増加が観察され,オゾン濃度の最大値に至る。全体として,大気中のオゾンの約 90%が成層圏に存在する。この成層圏のオゾン濃度の高い層を,一般的にはオゾン層と言っている。
オゾン層では,太陽から届く生態系にとって有害な短波長の紫外線を吸収し,地上の生態系の保護,地球の気候の形成(成層圏の大気を暖める)に大きく関わっている。
「光の評価」で紹介した波長 100nm より短い電磁波(遠紫外線やX線など)は,図に紹介する中間層より上空に位置する熱圏(電離層)を構成する窒素原子や酸素原子に吸収される。従って,成層圏には,波長 100nm 以上の電磁波(紫外線,可視光,赤外線など)が到達する。
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成層圏でのオゾン生成・消滅のバランス
地上から概ね 15km の空気の濃度(気圧)は,地上の 10分の 1 となるが,空気の組成は地上 80km までほとんど変わらず,窒素 78vol%,酸素 21vol%,その他約 1vol%である。
大気の大多数を占める窒素分子( N2 )の 25℃での結合解離エネルギーは 945 kJmol-1 で,酸素分子( O2 )の結合解離エネルギーは 498 kJmol-1である。
電磁波のエネルギー E ( J )は,「光の評価」で紹介したように,プランク定数 h( 6.626070040(81)×10-34 Js ),波長λ( m ),光の速度 c( 2.99792458×108 m s-1 )から,
E = h cλ-1
で与えられる。
従って,窒素分子の結合解離エネルギーに相当する電磁波の波長は約 126.5nm ,酸素分子の結合解離エネルギーに相当する電磁波の波長は約 240nm となる。
一方,太陽から熱圏を通過して成層圏に到達する電磁波は,波長 100nm 以上である。従って,窒素分子の結合解離エネルギーを超える電磁波は少ないことが分かる。従って,成層圏では,電磁波を受けて窒素分子が解離することは考え難く,ほとんどが酸素分子の解離に消費される。
オゾンの生成
成層圏の上層は,酸素の濃度は低いが紫外線量が多く,下層は紫外線量が少なくなるが酸素濃度は高い。一般的には,成層圏の中層以上,概ね高度 20km より上空で,既に示した図(大気の構造とオゾン層の役割)の①に示すように,強い紫外線( UV-C )により酸素分子が解離し酸素原子となる。
次いで図の②で示す酸素原子( O )と周辺の酸素分子( O2 )との結合でオゾン( O3 )が生成(触媒 M の関与する三体反応)される。成層圏では窒素分子と酸素分子が触媒 M にあたる。
O + O2 + M → M + O3 ,正味の反応: O + O2 → O3
オゾンの消滅
成層圏の清浄な大気中では,オゾン( O3 )は,図の③に示すように,周辺の酸素原子( O )と水素や水酸化物を触媒 X とした化学反応で酸素分子を形成し消滅する。
X + O3 → XO + O2 ,XO + O → X + O2
正味の反応: O + O3 → 2O2
図には示されていないが,これとは別に,オゾン( O3 )の光分解反応による消滅もある。
すなわち,オゾン( O3 )は 200~300nm の電磁波( UV-C と UV-B の一部)を吸収し励起されが,オゾン( O3 )の O–O 結合解離エネルギーは 105kJmol-1 ,電磁波の波長に換算すると,約 1100nm と吸収した短波長の電磁波よりエネルギーが低く,容易に酸素分子( O2 )と酸素原子( O )に分解される。
このようにして,成層圏において酸素分子( O2 ),酸素原子( O ),オゾン( O3 )の混在した安定な状態が形成される。
なお,ここに示した成層圏オゾンの生成過程は,チャップマン純酸素機構と呼ばれるものである。
成層圏の中層以下,すなわち高度 20km より下では,UV-C の量が減り,成層圏で起きる機構でのオゾン生成はほとんどない。なお,対流圏のオゾンは,別途で紹介する光化学オキシダントによるものと考えられる。
以上の結果として,地上に到達する電磁波(光)の組成は,下図に例示するように,波長約 300nm 以上の光で構成される。
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オゾン層破壊問題
1980 年代に,下図に示すように,オゾン層の減少やオゾンホールの拡大が問題となった。オゾン層が破壊されることで,先に示したように,人類のみならずすべての生物にとって有害な短波長の紫外線量が増え,生態系や地球気象に甚大な影響を与えることが懸念された。
このため,1985年に国際的な枠組みを設定する「オゾン層保護のためのウィーン条約」が採択され,1987年には,オゾン層破壊に影響する物質の特定,その生産,消費,貿易の規制などを定める「オゾン層を破壊する物質に関するモントリオール議定書」が採れた。
日本でも,モントリオール議定書を受けて 1988年に特定物質の規制などによるオゾン層の保護に関する法律(オゾン保護法)が制定された。
成層圏のオゾンは,大気が清浄な場合には,前述したように生成と消滅のバランスが保たれている。しかし,大気が特定の物質で汚染された場合には,図「大気の構造とオゾン層の役割」の③の反応において,過剰の触媒 Y により,多量のオゾンが消費される。
Y + O3 → YO + O2 ,YO + O → Y + O2
正味の反応: O + O3 → 2O2
この反応の触媒 Y として作用するものに,清浄な場合の触媒 X ( H ,OH ,NO など)に加え,汚染された大気では Cl ,Br などが加わり,触媒の量は Y > X となる。
なお,それぞれの触媒反応は,HOx サイクル,NOx サイクル,ClOx サイクル,BrOx サイクルと呼ばれる。
オゾン層破壊に大きく影響する触媒 として塩素原子 Cl が挙げられる。これは,数十年間にわたる人間活動で成層圏に到達したフロン類(クロロフルオロカーボン: CFC 等)からもたらされたものである。
多くのCFC は,波長 200nm~220nm の電磁波を吸収し,光分解により塩素原子を放出する。例えば,かつて冷蔵庫の冷媒として多量に使用されていた CFC - 11(トリクロロフルオロメタン)の場合は,
CCl3F + hν → CCl2F + Cl
のように、初期過程で 1個の塩素原子を放出し,生成した CCl2F も順次分解し,最終的には Cl や ClO としてオゾンの消費反応に寄与する。
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オゾン層破壊物質や代替フロンについて
日本の環境関連法規で紹介したように,オゾン層保護のために多数の物質が製造・使用を規制されている。
フロン以外のオゾン層破壊物質
ハロン
臭素( Br )を含むフロンをハロンという。ハロンは優れた消火能力があり消火剤として使用されいた。臭素のオゾン破壊能力は,塩素の 40倍から 50倍といわれている。
臭化メチル
臭化メチル(ブロモメタン: CH3Br )は,不燃性で殺菌・殺虫作用があるため,土壌燻蒸剤,穀物の燻蒸剤,殺菌・殺虫剤として広く使用されていた。
代替フロン
代替フロンには,フロンと類似の特性を持ち,オゾン層を破壊しない物質が用いられる。一例として,塩素原子を水素原子に変えたものが開発された。例えば,塩素原子を一部残す「ハイドロクロロフルオロカーボン(HCFC)」,塩素原子をまったく含まない「ハイドロフルオロカーボン(HFC)」である。
HCFC は分解されやすく,成層圏のオゾン層に届くまでに分解されるため,オゾン層破壊が少ないとして,一時期使用されたが,全く影響しないわけではないので,先進国では 2019年末で全廃することが定めらた。
塩素を含まない HFC は,オゾン層を破壊しないが,温室効果能力が高く,積極的に推奨される物質ではないため,より環境負荷の低い代替フロンの開発が実施されている。
フロン代替技術
フロンそのものを用いない技術の開発で,例えば,アンモニアを冷媒とする大型業務用冷蔵庫,プロパンやブタンなどの炭化水素を冷媒とするものの開発,冷媒を使わない冷凍システムとして,水素吸着合金を用いた MH 冷凍システム,ペルティエ効果(異種金属を接合し電圧をかけると,接合点で熱の吸収・放出が起こる効果)を利用した冷却システムなどの研究開発が進んでいる。
発泡剤,噴射剤,洗浄剤についても同様に他の物質への転換技術の開発が進んでいる。
日本のフロン回収・破壊の状況
過去に生産された冷蔵庫やクーラーの冷媒は,1998年公布の「特定家庭用機器再商品化法(家電リサイクル法)」で冷媒フロン回収が義務づけられた。
2001年公布の「フロン類の使用の合理化及び管理の適正化に関する法律(フロン排出抑制法)」では,業務用冷凍空調器,カーエアコンの冷媒フロンを大気中にみだりに放出することを禁止し,機器の廃棄時における冷媒フロンの回収と破壊を義務づけた。
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