第四部:無機化学の基礎 金属元素(遷移元素)
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ここでは,遷移元素周期表 6族の金属元素について, 【周期表 6族について】, 【クロム】, 【モリブデン】, 【タングステン】, 【シーボギウム】 に項目を分けて紹介する。
周期表 6族について
周期表 6族に分類される元素,クロム( Cr ),モリブデン( Mo ),タングステン( W ),シーボーギウム( Sg )の概要を紹介する。
なお,実用材料などに利用される主な元素を太字で示した。また,これらの元素は,レアメタルに分類され,クロム,モリブデンは,必須ミネラルにも分類される元素である。
次表には,これらの中から実用に供され元素の基礎物性を紹介する。比較のため,身近な金属単体として,アルミニウム,鉄の値も併記する。
なお,ポーリングの電気陰性度,イオン化エネルギーは別途紹介している。なお,これらの値は,算出に用いる解離エネルギー値や結合エネルギー値の改訂で変わるので,紹介した値は最新値ではなく,引用文献での値である。
【参考】
レアメタル( rare metal )
希少金属ともいわれ,以下の ①~④ のどれか一項目を満たし,かつ ⑤ の条件にあてはまるものをいう。
① 存在する量が少ない
② 鉱床を作らず,広く薄く分布している
③ 鉱床を作っても,特定の国や地域に限定されている
④ 鉱物からの取り出し,精製が難しい
⑤ 現代の産業に欠かせない素材である
レアメタル以外の金属はコモンメタル( common metal :汎用金属)という。チタン( Ti )のように,④と⑤でレアメタルに分類される元素は,精錬技術の向上などによりレアメタルからコモンメタルに変更される可能性がある。
必須ミネラル
健康増進法(平成 14年法律第 103 号)に基づき厚生労働大臣が定める「日本人の食事摂取基準(2015年版)」 に基準摂取量が定められているミネラルをいう。必要所要量の違いで,主要ミネラル 7 種,微量ミネラル 9 種に分けられる。
主要ミネラル( 100 mg /1日 以上):硫黄 S(骨・軟骨・皮膚・髪の毛・爪など),塩素 Cl(胃液中の胃酸),ナトリウム Na(血液・体液の浸透圧を調整),カリウム K( 血圧の上昇抑制,利尿作用),マグネシウム Mg(骨や歯の強か,酵素の補助),カルシウム Ca(骨・歯の成分,エネルギー代謝),リン P(骨・歯の成分,代謝の補助)
微量ミネラル( 100 mg /1日 未満): 鉄 Fe(赤血球のヘモグロビン),亜鉛 Zn(生殖機能,ホルモン合成),銅 Cu(ヘモグロビン生成,骨格成分),マンガン Mn(骨や関節),ヨウ素 I(甲状腺ホルモン,代謝),セレン Se(抗酸化力,老化防止),モリブデン Mo(肝臓,腎臓の老廃物分解),クロム Cr(糖の代謝),フッ素 F(虫歯予防)
元素記号 | Cr | Mo | W | Al | Fe |
---|---|---|---|---|---|
原子番号 | 24 | 42 | 74 | 13 | 26 |
原子量 | 52.00 | 95.96 | 183.84 | 26.98 | 55.85 |
融点(℃) | 1907 | 2623 | 3422 | 660.3 | 1538 |
密度(×106 gm-3) | 7.19 | 10.28 | 19.25 | 2.70 | 7.87 |
結晶構造 | bcc | bcc | bcc | fcc | bcc |
格子定数(×10-10 m) | 2.884 | 3.147 | 3.156 | 4.0496 | 2.867 |
モース硬度 | 8.5 | 5.5 | 7.5 | 2.8 | 4.0 |
電気抵抗(×10-8 Ωm:20℃) | 12.5 | 5.34 | 5.28 | 2.82 | 9.61 |
熱伝導率( W m-1K-1:300K) | 93.9 | 138 | 173 | 237 | 80.4 |
備考: fcc (立方最密充填,面心立方格子),bcc (体心立方格子)
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クロム( Cr )
天然では,紅鉛鉱( PbCrO4 ),クロム鉄鉱( FeCr2O4 ),クロム苦土鉱( MgCr2O4 )として産出される。クロムの製造では,紅鉛鉱からクロム鉄鉱の利用に変わってきた。
クロムは,常温・常圧で体心立方構造( bcc )が安定な硬い金属である。
反応性
クロム単体は,中性の水や常温の空気中で酸素,水と反応し,表面に非常に薄い(~ 10-9 m ),強固な酸化クロム(Ⅲ)( Cr2O3 )などの酸化被膜(不動態被膜)で覆われ,その後の酸化還元反応は進まない。不動態被膜を破壊する溶液(塩酸,希硫酸や濃厚塩基などの水溶液)以外の酸,塩基によく耐える。
用途例
金属素材としての用途
金属単体として,高光沢で耐食性の高いクロムめっきとしての用途が多い。合金成分として,鉄,ニッケル,クロムを含むステンレス鋼への用途が多い。他には,ニクロム(ニッケル・クロム合金)発熱体に用いられている。
化合物としての用途例
強力な酸化剤として,クロム酸カリウム( K2CrO4 ),二クロム酸(重クロム酸)カリウム( K2Cr2O7 )が,黄色顔料として,クロム酸鉛(Ⅱ)( PbCrO4 ),クロム酸カルシウム( CaCrO4 ) ,クロム酸ストロンチウム( SrCrO4 ) ,クロム酸バリウム( BaCrO4 )などが,防せい顔料として,クロム酸亜鉛( ZnCrO4 :ジンククロメート)が用いられる。
クロム酸カリウムは,水中の鉛イオン( Pb2+ ),銀イオン( Ag+ )の検出試薬としても用いられる。鉛イオンと反応し不溶性(難溶性)で黄色のクロム酸鉛(Ⅱ)( PbCrO4 )が沈殿する。銀イオンとの反応では,不溶性(難溶性)の赤褐色のクロム酸銀( Ag2PbCrO4 )が沈殿する。
その他
化学薬品,研磨剤,耐火材料など多岐にわたり広く用いられている。
3 価のクロムが体内で不足すると,糖代謝の異常が起こり糖尿病の発症に至る可能性がある。3 価のクロムは,人間にとって必須の栄養素として健康増進法で基準摂取量が定められている。
一方で,6価のクロム化合物(六価クロム)は極めて毒性が高く,環境汚染問題に絡み使用の自粛が進んでいる。また,4価のクロム化合物も人に対して発癌性があると勧告されている。
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モリブデン( Mo )
天然には,輝水鉛鉱( MoS2 ),パウエライト( CaMoO4 ),黄鉛鉱( PbMoO4 ),水鉛華( Fe2(MoO4)3・8H2O )として産出される。工業的には,銅精製時の副産物として産出される。
モリブデンは,常温・常圧で体心立方構造( bcc )が安定な硬い金属である。
反応性
モリブデン単体は,空気中で表面に酸化物被膜を形成し,その後の酸化が抑制される。アンモニア水,熱濃硫酸,硝酸,王水に溶解する。高温では,酸素やハロゲンと反応する。
用途例
金属素材としての用途
モリブデン金属(線,板,棒,箔など)として,高温電気炉や原子炉関係の発熱体,ハロゲンランプなどの照明用品,電子機器の部品,触媒などで利用される。
各種合金鋼(クロムモリブデン鋼,マンガンモリブデン鋼,ニッケルクロムモリブデン鋼,ステンレス鋼,高張力鋼,高速度鋼など)の添加剤として,酸化モリブデン(Ⅳ)MoO2 ,フェロモリブデン(鉄とモリブデンの合金)が用いられる。
化合物としての用途例
硫化モリブデン(Ⅳ) MoS2は二硫化モリブデンとも呼ばれ,摩擦係数が低く,工業用の潤滑油やエンジンオイルの添加剤に用いられる。
その他
モリブデンイオンは,人体(生体)にとって必須元素で,尿酸の生成,造血作用,体内の銅の排泄など肝臓,腎臓の老廃物分解に関わる。必須ミネラルとして,健康増進法で基準摂取量が定められている。
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タングステン( W )
タングステンは,天然では主に灰重石( CaWO4 ),マンガン重石( MnWO4 ),鉄マンガン重石( (Fe,Mn) WO4 ),鉄重石( FeWO4 )として産出される。他に,タングステン鉱( WS2 ),クラソノゴライト( WO3 ),重石華( WO3・2H2O ),灰重石( CaWO4 )などがある。
タングステン単体は,体心立方構造( bcc )が安定で,化学的にも安定で,硬く重い金属である。
用途例
金属素材としての用途
融点が金属中では最も高く,かつ電気抵抗が比較的大きいので,フィラメントなど発熱体,電子銃として長らく利用されて来た。
タングステン合金や炭化タングステン( WC )の硬度はモース硬度 9のコランダム( Al2O3 )に匹敵し,切削用工具,超硬合金,高速度鋼,対戦車や対艦船用の徹甲弾などに用いられる。
シーボーギウム( Sg )
シーボーギウムは,原子番号 106 ,原子量(271),安定同位体は存在せず,半減期が 1 時間以下と短い放射性同位体が知られる天然には存在しない元素である。シーボーギウムの物理的・化学的性質はタングステンに類似すると考えられている。。
アメリカ合衆国のカリフォルニア大学バークレー校で人工的に得られた元素で,物理学者グレン・シーボーグを称えてシーボーギウムと付けられた。
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