第四部:無機化学の基礎 非金属元素

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  ここでは,非金属元素の共有結合型水素化物に関し, 【共有結合型水素化物とは】, 【周期表 2族 ベリリウムの水素化物】, 【周期表 13族 ホウ素の水素化物】, 【周期表 14族元素の水素化物】, 【周期表 15族元素の水素化物】, 【周期表 16族元素の水素化物】, 【周期表 17族元素の水素化物】 に項目を分けて紹介する。

  共有結合型水素化物とは

 水素と他の元素とから構成される 2元素化合物を特に水素化物( hydride )と呼ぶ。

 水素化物は,結合様式と反応性など物性の違いにより次の 3種に分類されるが,一般的に水素化物と称した場合は,イオン結合型水素化物を指す場合が多い。
 侵入型固溶体
 金属層に水素が入り込んだ介在型の化合物。
 イオン結合型水素化物
 水素より電気陰性度の低い元素(陽性元素)との化合物。
 共有結合型水素化物
 水素より電気陰性度の大きい元素(陰性元素)との化合物。
 共有結合性の高い水素化物で,周期表 2族のベリリウム( Be ),周期表 13族のホウ素( B ),周期表 14族,15族,16族,17族の元素との水素化物が共有結合型水素化物として分類される。

 ここでは,共有結合型水素化物について紹介する。なお,侵入型固溶体とイオン結合型水素化物は,前項の【水素及び水素化物】で紹介した。

周期表

周期表

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  周期表 2族 ベリリウムの水素化物

 水素化ベリリウム( BeH2 : beryllium hydride )
 250 ℃以上で分解する白色の固体(非晶質)である。水素化ベリリウムは,1951 年に,ジメチルベリリウムに水素化アルミニウムリチウムを反応させて合成された。金属ベリリウムと水素から得る方法はいまだに見出されていない。
 ベリリウム以外の周期表 2族元素の水素化物はイオン結合性であるのに対し,ベリリウムは原子半径が小さく原子核の正電荷が電子を強く引き付け放出しにくいので,結合は共有結合性である。
 そのため,水素化ベリリウムは水との反応が穏やかで,ゆっくりと水素( H2 )を放出するなど,他の周期表 2族のイオン結合性水素化物とは異なった性質を示す。

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  周期表 13族 ホウ素の水素化物

 周期表 13族ホウ素以外の元素(金属元素)は侵入型固溶体を形成する。
 ホウ素の水素化物は,共有結合型水素化物で,総称してボラン類と呼ばれる。
 安定で構造の明らかなボラン類は,ジボランなど BnHn+4 で表せるニドボラン類( nidoboranes ),テトラボラン( B4H10 )など BnHn+6 で表せるアラクノボラン類( arachnoboranes )の 2 つの系統に分けられる。一般に,ニドボラン類はアラクノボラン類より安定である。

 ジボラン ( diborane ; B2H6 )
 モノボラン( BH3は非常に不安定なため二量体のジボラン( B2H6として存在する。
 分子量 27.67,融点 -164.9℃,沸点 -92.8℃,無色,甘い臭気を持つ気体。水があると直ちに加水分解しホウ酸 ( H3BO3 ) と水素( H2 )を生じる。酸素,水を遮断した状態では安定であるが,空気中では低温でも自然発火する。
 テトラボラン( tetraborane ; B4H10
 分子量 53.32,融点 -120℃,沸点 18℃,無色,不快臭の気体。室温では分解速度は遅いが,100℃ ではすみやかに壊れる。水で加水分解しホウ酸 ( H3BO3 ) と水素( H2 )を生じる。空気と接触で自然発火する。

 ボラン類は,酸素と化合し易く,大きな燃焼熱を与えるため,火薬やロケット燃料として用いられることもあった。用途として,重合触媒,還元剤や半導体材料の原料として利用されている。

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  周期表 14族元素の水素化物

 周期表 14族元素( 炭素,ケイ素,ゲルマニウム,スズ,鉛)の水素化物は,一般式で XH4 を形成するが,他に鎖状,環状の同族体を多数作る。

 炭素( C )の水素化物は,メタン( CH4 ),エタン( C2H6 )など一般式 CnH2n+2 で表される飽和脂肪族炭化水素の他に,広く知られ利用されている多数の有機化合物が該当する。

 ケイ素( Si )の水素化物をシラン( silane )という。 シランは,一般式 SinH2n+2 で表される水素化ケイ素( silicon hydride )の総称であるが,狭義ではモノシラン( SiH4 )を指す。
 SiH4 ;分子量 32.12,融点 -185℃,沸点 -112℃,室温で安定な悪臭をもつ無色の有毒な気体である。300℃以上で水素と Si の分解が始まり,400℃で完全に分解する。シリコン半導体製造の原料として,高純度のケイ素製造に用いられる。
 小規模製造(実験室的)では,二酸化ケイ素( SiO2 )に水素化アルミニウムリチウム( LiAlH4 )を加え,150~170℃に加熱する,又は,四塩化ケイ素( SiCl4 )を水素化アルミニウムリチウム( LiAlH4 )で還元することで得られる。
 大規模製造では,二酸化ケイ素( SiO2 )にアルミナ( Al2O3 )を加え,高温・高圧化で水素還元してつくられる。

 ゲルマニウム( Ge )の水素化物はゲルマン( germane )という。
 ゲルマンは,一般式 GenH2n+2 ( n = 1~5 )の総称であるが,普通は GeH4 をさす。水素化物の H をアルキル基などで置き換えた有機金属化合物もゲルマンと総称することがある。
 GeH4 ;分子量 76.64,融点 -164.8℃,沸点 -88.1℃,室温での空気酸化は遅く,水に不溶。340℃ 以上で水素と Geとに分解,有機ゲルマニウム化合物の製造原料。

 スズ( Sn )の水素化物は,スタンナン(水素化スズ:stannane )という。
 スタンナン( SnnH2n+2 )は,一連のスズの水素化物の総称であるが,n≧2のものは不安定で,普通は n=1の SnH4 をさす。なお,Hを炭化水素基,ハロゲンなどで置換したものの総称としても使われることがある。
 SnH4 ;分子量 122.74,融点 -150℃,沸点 -52℃,無色,毒性の気体。室温で徐々に分解し Snが単離する強い還元剤。

 ( Pb )の水素化物は,プルンバン(水素化鉛;plumbane )と呼ばれる。
 プルンバン( PbH4 )は,分子量 211.23,室温で 10秒ほどで Pbと水素に完全に分解するなど,熱的に極めて不安定な無色の気体。

 【参考】
 同族体( homologue ,homolog )
 一つの一般式で示すことができ,化学的性質が互いに類似した一群の化合物を指す。
 有機化学においては,分子の一般式が R - (CH2)n - X ( R ,X は官能基)で表せ,CH2 の数 n が異なる誘導体を同族体という。

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  周期表 15族元素の水素化物

 周期表 15族元素( 窒素,リン,ヒ素,アンチモンなど)の水素化物は,一般式で XH3 を形成する。
 窒素の水素化物をアンモニア( ammonia ),リンの水素化物をホスフィン( phosphine ),ヒ素の水素化物をアルシン( arsine ),アンチモンの水素化物をスチビン( stibine )という。
 いずれも,沸点が低く常温・常圧では無色の気体として存在する。

 アンモニア( NH3
 常温では無色,強い刺激臭のある気体である。分子量 17.03,融点 -77.73℃,沸点 -33.34℃,水によく溶け(体積で約 1000倍溶ける)アンモニア水となる。
 肥料の原料として最も多く(85~90%)用いられ,工業用途では,硝酸の製造,ソーダ灰(無水炭酸ナトリウム)の製造法,有機合成原料などで用いられる。
 アンモニアは水に溶解し,塩基性を示す。
     NH3 + H2O ⇆ NH4+ + OH-   pKb = 4.75

 ホスフィン( PH3
 リン化水素( hydrogen phosphide ),水素化リン( phosphorus hydride )ともいわれる常温では無色,腐魚臭の可燃性気体である。
 分子量 34.00,融点 -133.5℃,沸点 -87.7℃,水,ベンゼン,二硫化炭素に溶ける。常温の空気中で自然発火する。極めて毒性が強く吸入すると肺水腫や昏睡状態に陥り死に至る。
 ホスフィンは水に溶解し,塩基性を示す。
     PH3 + H2O ⇆ PH4+ + OH-   pKb = 26

 アルシン( AsH3
 水素化ヒ素( hydrogen arsenide ),ヒ化水素( hydrogen arsenide )と呼ばれ,ニンニク臭のある無色で猛毒の気体。分子量 77.95,融点 -117℃,沸点 -63℃。300℃で分解してヒ素を遊離する。これを利用した微量のヒ素の検出法をマーシュの試験法( Marsh test )という。

 スチビン( SbH3
 水素化アンチモン (antimony hydride) ,スチバン (stibane) ともいわれ,分子量 124.78,沸点 −18℃,融点 −88℃,無色でニンニク臭の水に溶け難く,エタノールに可溶な害性の強い気体である。
 室温で徐々し,200℃で完全に分解し,金属性アンチモン( Sb )と水素を生じる。この分解反応は自己触媒的に起こり,爆発的な反応となる。半導体材料の製造に用いられる。

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  周期表 16族元素の水素化物

 周期表 16 族元素( 酸素,硫黄,セレン,テルルなど)の水素化物は,一般式で H2X を形成する。
 水素化物の主な例として,水( H2O ),硫化水素( H2S ),セレン化水素( H2Se ),テルル化水素( H2Te )が挙げられる。
 この中で,は,分子間の強い水素結合のため特異な性質を示す。

 水以外の水素化物は,沸点が低く常温・常圧では無色の気体で存在する。
 水素化物の pKa 値が小さく,例えば,水溶液中で硫化水素( pKa = 6.89 )は
     H2S + H2O ⇆ H3O+ + HS-
の平衡となり弱い酸性を示す。
 セレン化水素( pKa = 3.89 ),テルル化水素( pKa = 2.64 )も同様に水溶液は酸性を示す。
 水を除き,強い還元剤として作用し,容易に硫化物,セレン化物,テルル化物を形成する。

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  周期表 17族元素の水素化物

 周期表 17 族元素,いわゆるハロゲン族( ふっ素,塩素,臭素,よう素,アスタチン)の水素化物は,一般式で HXを形成する。これらは,総称してハロゲン化水素( hydrogen halogenide )と呼ばれる。ハロゲン化水素は,常温常圧では無色の気体で存在する。

 酸としての性質
 ふっ化水素( HF )の酸解離定数が pKa = 3.17 と希薄水溶液においては弱酸として振舞う。一方で,塩化水素( HCl )の pKa ≒ -4 , 臭化水素( HBr )の pKa ≒ -9 ,よう化水素( HI )の pKa ≒ -10 ,アスタチン化水素( HAs )の pKa -10 未満とこれらの化合物は,水溶液中でほぼ完全にイオン電離し,強酸として振る舞う。
 ハロゲン化水素の中で,アスタチン化水素は最も強い酸であるが,アスタチンの同位体はすべて放射性同位体で,しかも半減期(半減期 8.3 時間以下)が短いため,容易に分解する。
 このため,ハロゲン化水素と称する場合は,一般的にはアスタチン化水素を除いた扱いが多い。

 共有結合性
 【電気陰性度とは】で紹介したイオン結合性の評価では,ふっ化水素のふっ素と水素の電気陰性度の差は 1.9 と大きく,イオン結合性約 60 %と評価されが,他の塩化水素,臭化水素,よう化水素,アスタチン化水素は,水素との電気陰性度の差が 0.9 以下,すなわちイオン結合性 20 %以下と評価され,共有結合性が強いことが分かる。
 このように,ふっ化水素とその他のハロゲン化水素とでは水素との結合状態が大きく異なり,特性の違いも大きい。

 ふっ化水素の特異性
 ふっ化水素は,分子間の強い水素結合のため沸点が 19.5 ℃と塩化水素の – 85 ℃,臭化水素の – 66.38 ℃,よう化水素の -35.36 ℃に比較し著しく高い。
 ふっ化物イオンは,ガラス等に含まれるケイ酸 SiO2 と反応し,ヘキサフルオロケイ酸( H2SiF6·nH2O )を生じ,ガラスを腐食させる。
      SiO2 + 6HF → H2SiF6 + 2H2O
 そこで,保存容器にはポリエチレンやテフロンが使用される。なお,ふっ化物イオンは,多くの無機酸化物と反応するので,取扱いには注意が必要である。

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