第四部:無機化学の基礎 金属元素(遷移元素)

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  ここでは,遷移元素周期表 10族の金属元素について, 【周期表 10族について】, 【ニッケル】, 【パラジウム】, 【白金】, 【ダームスタチウム】 に項目を分けて紹介する。

  周期表 10族について

 周期表 10族に分類される元素,ニッケル( Ni ),パラジウム( Pd ),白金( Pt ),ダームスタチウム( Ds )の概要を紹介する。
 なお,実用材料などに利用される主な元素を太字で示した。また,ニッケル,パラジウム,白金は,レアメタルに分類される元素である。
 さらに,ニッケルは,鉄族元素(鉄 Fe ,コバルト Co ,ニッケル Ni )に,パラジウムと白金は,白金族元素(白金 Pt ,パラジウム Pd ,ロジウム Rh ,ルテニウム Ru ,イリジウム Ir ,オスミウム Os )としても分類される。

 次表には,これらの中から実用に供され元素の基礎物性を紹介する。比較のため,身近な金属単体として,アルミニウム,鉄の値も併記する。
 なお,ポーリングの電気陰性度イオン化エネルギーは別途紹介している。なお,これらの値は,算出に用いる解離エネルギー値や結合エネルギー値の改訂で変わるので,紹介した値は最新値ではなく,引用文献での値である。

 【参考】
 レアメタル( rare metal )
 希少金属ともいわれ,以下の ①~④ のどれか一項目を満たし,かつ ⑤ の条件にあてはまるものをいう。
 ① 存在する量が少ない
 ② 鉱床を作らず,広く薄く分布している
 ③ 鉱床を作っても,特定の国や地域に限定されている
 ④ 鉱物からの取り出し,精製が難しい
 ⑤ 現代の産業に欠かせない素材である
 レアメタル以外の金属はコモンメタル( common metal :汎用金属)という。チタン( Ti )のように,④と⑤でレアメタルに分類される元素は,精錬技術の向上などによりレアメタルからコモンメタルに変更される可能性がある。


周期表 10族元素(単体)の基礎物性(参考; Al, Fe )
  元素記号    Ni    Pd    Pt    Al    Fe 
  原子番号    28    46    78    13    26 
  原子量    58.69    106.42    195.08    26.98    55.85 
  融点(℃)    1455    1554.9    1768.3    660.3    1538 
  密度(×106 gm-3   8.91    12.9    21.45    2.70    7.87 
  結晶構造    fcc    fcc    fcc    fcc    bcc 
  格子定数(×10-10 m)    3.524    3.890    3.923    4.0496    2.867 
  モース硬度    4.0    4.75    4.5    2.8    4.0 
  電気抵抗(×10-8 Ωm:20℃)    6.93    7.18    10.5    2.82    9.61 
  熱伝導率( W m-1K-1:300K)    90.9    71.8    71.6    237    80.4 
 出典:化学便覧(融点,密度,格子定数,電気抵抗率,熱伝導率),モース硬度(化学便覧など)
 備考: fcc (立方最密充填,面心立方格子),bcc (体心立方格子)

周期表

周期表(2015年)

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  ニッケル( Ni )

 天然の存在量(クラーク数の順位24番目)はさほど多くないが,ニッケルを含む鉱物は,次の通り多数が知られている。
   元素鉱物:アワルワ鉱( Ni2Fe-Ni3Fe ),テーナイト( Ni,Fe )
   硫化鉱物:含ニッケル磁硫鉄鉱( (Fe,Ni)1-xS ),ペントランド鉱( (Fe,Ni)9S8 ),硫砒(りゅうひ)ニッケル鉱( NiAsS ),針ニッケル鉱,ヒーズルウッド鉱,ポリジム鉱,ベス鉱,黄鉄ニッケル鉱,ビオラル鉱,幌満鉱,苣木(すがき)鉱,様似鉱,硫安ニッケル鉱,
   砒化鉱物:紅砒(こうひ)ニッケル鉱( NiAs ),方砒(ほうひ)ニッケル鉱,ランメルスベルク鉱
   アンチモン化鉱物:紅安ニッケル鉱( NiSb )
   酸化鉱物:ニッケル華( (Ni,Co)3 (AsO4)2・8H2O )
   珪ニッケル鉱(ガーニエライト):ヌポア石やペコラ石( Ni6Si4O10 (OH)8
 金属ニッケルやフェロニッケル(鉄・ニッケル合金でステンレス鋼の主原料)生産の原料に用いる鉱石・鉱物は,含ニッケル磁硫鉄鉱,ペントランド鉱,紅砒ニッケル鉱,珪ニッケル鉱である。

 反応性
 ニッケルは,鉄族に分類される元素である。単体は,常温・常圧で面心立方構造( fcc )が安定で,中性の水や常温の空気中では,酸素,水分と反応し,表面が薄い水酸化物( Ni(OH)2 )で覆われ不動態化し,その後の酸化還元反応が抑制される。
 塩酸,希硫酸などとの反応速度が遅く,実用上の耐性は高い。濃硝酸や濃硫酸に対しては,不動態被膜の形成で酸化還元反応が抑制される。しかし,希硝酸に対しては,次に示す反応が起こり一酸化窒素を発生して溶解する。
      3Ni + 8HNO3 → 3Ni(NO3)2 + 2NO↑ + 4H2O

 用途例
 金属素材としての用途
 ニッケル単体は,光沢があり,耐食性が高く,電気抵抗率が鉄より低い(銅より高い)ので,装飾用や電気接点のめっきに用いられる。
 めっき以外の用途には,次に紹介するように,ニッケル合金,ステンレス鋼や高抗張鋼,耐熱鋼,合金工具,機械構造用合金などの特殊鋼に広く使用されている。
 ニッケル合金:ニッケルを主成分とし,クロム,モリブデン,コバルトなどを含む合金で,高温での強度,耐酸性,耐食性を持ち,熱安定性,成形性,耐応力腐食割れにも優れ,多くの工業分野で用いられるいる。ニッケル‐クロム‐鉄系の合金は,インコネルと呼ばれ,耐熱性,耐酸化性,耐クリープ性などに優れ,宇宙船,ジェットエンジン,原子力産業,産業用タービンなどで使用されている。
 コバルト合金:コバルトを主成分とし,ニッケル,クロム,モリブデンなどを含む合金で,高温雰囲気での強度,耐浸炭性,耐酸化特性に優れ,ジェットエンジンコンポーネント,アフターバーナー部に使用されている。
 ステンレス鋼:さびにくい鉄合金”として知られ,鉄を主成分とし,クロム(Cr)を10.5 %以上含む鉄鋼をいう。各種あるステンレス鋼の中で,オーステナイト系ステンレス鋼は,ニッケルを含むもの鉄鋼であでる。代表的なステンレス鋼( SUS304 )は,クロム 18 %ニッケル 8 %含み,18 – 8 ステンレスと通称されている。
 白銅:銅を主成分とし,ニッケルを10~30%含む合金をいう。100円硬貨,50円硬貨,旧 500円硬貨には,ニッケル 25%の白銅が用いられている。他には,耐海水性が高いので,海水淡水化設備,船舶関連の部品に多く用いられている。
 ニッケル黄銅:洋白や洋銀とも言われ,銅を主成分とし,ニッケルを 5~30%,亜鉛を 10~30%含む銀白色の合金で,500円硬貨,楽器(フルート),装身具などに用いられている。)の材料として用いられる。現行の 500円硬貨の組成は,銅72%,亜鉛 20%,ニッケル 8%である。
 パーマロイ:変圧器の鉄心や磁気ヘッドに用いられる磁性材でニッケルと鉄にモリブデンやクロムを加えた合金である。
 インバー:熱膨張係数が低く,精密計器(時計,測定装置など)に使用される合金で,鉄にニッケル 36%,少量のマンガン,炭素を含む。
 エリンバー:鉄に ニッケル36 %,コバルト12%を含む合金である。室温付近の弾性率変化が少ない,すなわち温度変化に対してヤング率がほぼ一定(エリンバー効果)なので,ばね特性を利用する精密機器や標準の振動子に用いられる。
 形状記憶合金:チタンとニッケル( 1:1 )は,最も一般的な形状記憶合金となる。
 化合物としての用途
 水酸化ニッケル(Ⅱ)( Ni(OH)2 ):ニッケル・カドミウム蓄電池,ニッケル・水素蓄電池の正極活物質として用いられる。放電により水酸化ニッケル(Ⅱ)になり,充電によりオキシ水酸化ニッケル(Ⅲ) NiO(OH) になる。
      NiO(OH) + H2O + e- ⇆ Ni(OH)2 + OH-  E°= 0.48 V

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  パラジウム( Pd )

 パラジウムは,白金族元素(白金 Pt ,パラジウム Pd ,ロジウム Rh ,ルテニウム Ru ,イリジウム Ir ,オスミウム Os )のひとつで,白金鉱石に含まれるが,鉱業的には,亜鉛,ニッケル,金,銀や銅を精製する際の副産物として回収されている。

 反応性
 パラジウムは,レアメタルと貴金属に分類され,常温・常圧で面心立方構造( fcc )が安定で,軟らかく耐薬品性に優れ,毒性の低い金属である。
 単体は,酸化力のある酸(硝酸など)に溶解するが通常の酸や塩基には溶解しない。

 用途例
 金属素材としての用途
 パラジウム単体は,比較的柔らかく,耐食性があり毒性が低いので,歯の治療用合金(金銀パラジウム合金),ピアスや指輪など肌に触れるアクセサリーに用いられる。
 装飾品としては,白金の硬さ調整やの白色化(ホワイトゴールド)のための合金成分として用いられる。
 単体の体積の 935倍の水素を吸収でき,水素吸蔵合金( Pd 系)として用いられる。
 自動車排ガス浄化を目的とする三元触媒(炭化水素,一酸化炭素,窒素酸化物を同時に処理する触媒)として,白金,パラジウム,ロジウムの粒子を保持した触媒装置に用いられる。
 有機合成分野で接触還元の触媒(パラジウム炭素),C-C 結合生成反応の触媒などに用いられる。

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  白金( Pt )

 白金(プラチナ)は,パラジウム( Pd ),ロジウム( Rh )など化学的な性質の似た元素(白金族元素)と一緒に鉱石に含まれている。
 天然の主要な鉱石には,自然白金( Pt ),砒白金鉱(スペリーライト:PtAs2 ),硫白金鉱(クーペライト:PtS )などがあり,これらをまとめて白金鉱石ともいう。また,砂金と同様に河川などで砂白金(自然白金の粒)が採取されることもある。
 白金は,レアメタルの中でも特に稀少な金属(クラーク数 5×10-7として知られる。

 白金単体は,常温・常圧で面心立方構造( fcc )が安定で,白金族,レアメタル,貴金属に分類される金属である。
 白金単体は,化学的に非常に安定で,中性の水や常温の空気中では酸化還元反応が起きない。通常の酸では反応しないが,王水(濃塩酸:濃硝酸= 3:1 )に対しては溶解する。
 王水中では,硝酸の酸化力により,塩化ニトロシル( NOCl ),塩素( Cl2 )と水が生成する。
      HNO3 + 3HCl → NOCl + Cl2 + 2H2O
 白金と塩化ニトロシル,塩素,塩酸が反応して,一酸化窒素を発生しながら錯体を作り白金単体は溶解する。
      Pt + 2NOCl + Cl2 + 2HCl → H2 ( PtCl6 ) + 2NO↑
 
 用途例
 白金の純度は,純粋な白金は Pt1000 ,白金 95%で他の元素を 5%含む合金は Pt950 ,同様に白金 85%の合金は Pt850 と表記する。
 なお,装飾品に用いるホワイトゴールドは金の合金であり,白金とは異なる。混乱を避けるため,装飾品の業界では,学術用語の白金を使わずプラチナと称しホワイトゴールドと識別している例が多い。
 金属素材としての用途
 化学的に非常に安定で,毒性が著しく低いため,金と同様に宝飾品として重宝されるほか,酸化されにくいこと,融点が高いことから,電極,るつぼ,白金耳(菌を培地に接種する時に用いる白金線の器具),度量衡原器(キログラム原器,メートル原器:白金 90%,イリジウム 10%の合金),点火プラグ,排気センサーなどに利用されている。
 触媒として高い活性を持ち,自動車排ガス浄化を目的とする三元触媒(炭化水素,一酸化炭素,窒素酸化物を同時に処理する触媒)として,白金,パラジウム,ロジウムの粒子を保持した触媒装置に用いられる。
 その他では化学工業でも水素化反応の触媒などとして利用されるほか,白金抵抗温度計(標準温度計),磁気記録ヘッド(マンガンとの合金)などに用いられている。
 化合物としての用途
 cis-ジクロロジアンミン白金( cis-[Pt(NH3)2Cl2] )は,抗癌剤(シスプラチン)として用いられている。

  ダームスタチウム( Ds )

 ダームスタチウムは,原子番号 110 ,原子量(281)で,安定同位体が存在せず,半減期 11 秒以下の放射性同位体が複数見出されている。
 ドイツの重イオン研究所で,重イオン線形加速器を用いて作った人工放射性同位体元素である。元素名は,重イオン研究所の所在地(ダルムシュタット市)に因んで命名された。

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