第四部:無機化学の基礎 生活と無機(燃焼エネルギー)
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ここでは,石油の概要とその燃焼に関連し, 【石油の成り立ち】, 【石油製品の種類と消費量】, 【自動車ガソリンとは】, 【自動車ガソリンの燃焼】 に項目を分けて紹介する。
石油の成り立ち
石油の起源として最も有力な“有機成因論”とは,生物由来とする仮説のである。仮説の概要は,(恐竜が生きた時代)にかけて,大気中の多量の二酸化炭素(現在の 10 倍ほどともいわれる)により,地球の温暖化,活発な光合成が行われ,海洋に発生した多量の藻などの植物がし石油になったとする考えである。
一方で, 無機物質を起源とする仮説も未だに否定されていない。
“宇宙起源説”とは,地球外天体で生成された石油(この石油の起源の言及はない)が運ばれ,地球内部に取込まれたという仮説である。
“無機成因説”とは,地球深部で無機的な反応(フィッシャー・トロプッシュ反応など)により炭化水素が形成し,地殻中を上昇してきたという仮説である。
無機成因説を示唆する報告例として,2004 年に米国の Scott H. P. らの研究チームが,上部マントルの状態を実験室で再現し,ダイヤモンドセル内で石灰岩・鉄化合物・水の反応を調べ,炭素数 6 までの炭化水素の生成を報告している(米国科学アカデミー PNAS, 2004年 9 月号)。
フィッシャー・トロプッシュ反応などの無機反応による炭化水素の合成例
nCO + (2n+1)H2 → CnH(2n+2) + nH2O
nCO2 + (3n+1)H2 → CnH(2n+2) + 2nH2O
8FeO + CaCO3 + 2H2O → 4Fe2O3 + CH4 + CaO
無機成因説を支持する報告例
Szatmari P. : Petroleum formation by Fischer-Tropsch synthesis in platetectonics, AAPG Bulletin, 73 (8), 989-998 (1989) ( AAPG:米国石油地質家協会の機関誌)
Sherwood-Lollar B. et al. : Abiogenic formation of Alkanes in the earth’s crust as a minor source for global hydrocarbon reservoirs, Nature, 416, 522-524 (2002) ( Nature:英国の総合学術誌)
Scott H. P. et al. : Generation of methane in the Earth’s mantle: In situ high pressure – temperature measurements of carbonate reduction, PNAS, Sept. 28, 2004, Vol. 101, no. 39, 14023-14026 (2004), ( PNAS:米国科学アカデミーの総合学術誌)
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石油製品の種類と消費量
石油製品とはで紹介したように,原油の精製により,石油ガス(沸点範囲 35 ℃以下のプロパン,ブタンなど),ナフサ(沸点範囲 35 ~ 180 ℃程度の石油化学製品生産の原料),ナフサから改質・異性化などの化学的処理し,燃料として用いる自動車ガソリン,航空ガソリン,溶剤などとして用いる工業ガソリンが作られる。
ケロシン(沸点範囲 170 ~ 250 ℃程度の炭素数 10 ~ 14 程度の炭化水素)は,灯油,ジェット燃料,ケロシン系ロケット燃料などの石油製品の原料として用いられる。
軽油(沸点範囲 240 ~ 350 ℃ 程度の炭素数14 ~ 18程度の炭化水素)は,沸点 350 ℃以上の残油と混合した重油として利用される。
混合割合残油 1 :軽油 9 の A 重油 1 号は,中小型ディーゼルエンジンの燃料,環境配慮型のボイラに,A 重油 2 号は,非自動車用ディーゼルエンジン,小・中規模ボイラに,,残油 9 :軽油 1 の C 重油は,船舶等の大型ディーゼルエンジン,工場,火力発電所等の大規模ボイラに用いられる。
ガソリン(自動車用 0.0010 質量%以下)=軽油(自動車用 0.0010 質量%以下)<石油ガス( 0.0050 質量%以下)<
灯油(灯火,暖房用 0.0080 質量%以下)<ガソリン(航空機用 0.05 質量%以下)<ジェット燃料( 0.3 質量%以下)<
灯油(発動機用 0.5 質量%以下)=A 重油 1 号( 中小船舶など 0.5 質量%以下)<A 重油2 号(中小ボイラ 2.0 質量%以下)<
C 重油 (大型船舶,火力発電用 3.5 質量%)である。
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自動車ガソリンとは
石油製品とはで紹介したように,常圧蒸留装置で得られる沸点範囲 35~180℃程度のもをナフサ( naphtha )という。ナフサは,炭素数 5~10 の化合物で構成され,粗製ガソリンや直留ガソリンなどとも呼ばれる。
ナフサは,硫黄や窒化物などの不純物を含むが,製品にする際に,脱硫処理などにより大部分の不純物が除去される。
ナフサのうち沸点範囲 80~180℃程度のものを重質ナフサといい,ガソリン( gasoline )や芳香族炭化水素製造の原料として使用される。
ガソリンという場合は,ガソリンエンジン用にナフサを改質・異性化などの化学的処理をしたもので,自動車ガソリン( JIS K 2202 ),航空ガソリン( JIS K 2206 ),工業ガソリン( JIS K 2201 )に分けられる。
自動車ガソリン
自動車ガソリンは,炭素数 8の飽和炭化水素であるオクタン( C8H18 :オクタンの異性体は 18種)を主要成分とし,酸化防止,オクタン価調整などの品質調整されたものである。
自動車や類似の内燃機関に使用される燃料を規定するJIS K 2202 「自動車ガソリン」には,オクタン価(リサーチ法)の違う 1号と 2号,それぞれに酸素分をエタノール添加などで増加させた 1号(E)と 2号(E)の計 4種類が規定されている。
全ての品種において,硫黄分 0.0010 質量%以下,銅板腐食試験( 50℃,3時間)で銅板の変色度を評価し,判定 1以下(わずかに変色)が規定されている。
オクタン( octane )とは
炭素数 8の飽和脂肪族炭化水素( aliphatic hydrocarbon )で,直鎖状のオクタン( CH3(CH2)6CH3 )を n-オクタン(ノルマルオクタン)といい,分子量 114.23,融点 −60℃,沸点 125 ℃の化合物である。炭素数 8の飽和脂肪族炭化水素は,C8H18 の分子式で表せる広義のオクタンは,18種の構造異性体をもつ。
主鎖の炭素数 8の異性体 1種:n-オクタン
主鎖の炭素数 7の異性体 3種:2-メチルヘプタン,3-メチルヘプタン,4-メチルヘプタン
主鎖の炭素数 6の異性体 7種:3-エチルヘキサン,2,2-ジメチルヘキサン,2,3-ジメチルヘキサン,2,4-ジメチルヘキサン,2,5-ジメチルヘキサン,3,3-ジメチルヘキサン,3,4-ジメチルヘキサン
主鎖の炭素数 5の異性体 6種:3-エチル-2-メチルペンタン,3-エチル-3-メチルペンタン,2,2,3-トリメチルペンタン,2,2,4-トリメチルペンタン,2,3,3-トリメチルペンタン,2,3,4-トリメチルペンタン
主鎖の炭素数 4の異性体 1種:2,2,3,3-テトラメチルブタン
2,2,4-トリメチルペンタン(通称イソオクタン;融点 −107.38℃,沸点 99.24℃)は,オクタン価の測定基準(オクタン価 100)として使用される。
オクタン価
ガソリンエンジンのノッキング現象に対する抵抗力を表す値として定められたものである。
ノッキングとは,シリンダ内で圧縮された空気とガソリンの混合気体が,スパーク放電前に発火し,その後の放電による点火で制御不能の爆発的燃焼に至る現象である。ノッキングが起きると効率低下,燃費の低下のみならず,エンジンの損傷につながる。
オクタン価は,イソオクタンのオクタン価を 100 ,ヘプタン( C7H16 )のオクタン価を 0 として比較評価した値である。すなわち,レギュラーガソリンのオクタン価 89は,イソオクタン:ヘプタン= 89 : 11 の混合物での試験(リサーチ法(RON)やモーター法 (MON))結果と同じことを意味する。
一般的には,炭化水素化合物の構造とオクタン価には次のような関係がある。
鎖状飽和(パラフィン系)炭化水素
メチル側鎖のないパラフィンより側鎖のあるイソパラフィンのオクタン価が高い。
鎖状不飽和(オレフィン系)炭化水素
炭素数が同じパラフィン系炭化水素よりオクタン価が高い。
環状飽和(ナフテン系)炭化水素
炭素数が同じノルマルパラフィン系炭化水素とイソパラフィン系炭化水素の中間のオクタン価。
環状不飽和(芳香族系)炭化水素
オクタン価が最も高く,100以上のオクタン価を示すものが多い。
自動車ガソリンのオクタン価
リサーチ法オクタン価( research octane number: RON )
規定する条件で調整した CFR エンジンで試験したとき,試料のノック強度を既知のリサーチ法オクタン価の正標準燃料のノック強度と比較することによって得られるアンチノック性を表す尺度。
注記 リサーチ法オクタン価は,一定速度で運転する単気筒,4 サイクル,可変圧縮比,気化器付きの CFR エンジンを用いて低速運転条件下の自動車エンジンにおける自動車燃料のノック特性の尺度を表す。
CFRエンジンは,ASTM-CFR(American Society for Testing and Materials−Cooperative FuelResearch Committee)によって認可されたオクタン価試験専用のエンジンであり,製造業者は,米国内の一社だけである。
JIS K 2280-1「石油製品−オクタン価,セタン価及びセタン指数の求め方−第 1 部:リサーチ法オクタン価」
モータ法オクタン価( motor octane number:MON )
規定する条件で調整した CFR エンジンで試験したとき,試料のノック強度を既知のオクタン価の正標準燃料のノック強度と比較することによって得られるアンチノック性を表す尺度。
注記 モータ法オクタン価は,一定速度で運転する単気筒,4サイクル,可変圧縮比,気化器付きの CFR エンジンを用いて高速運転条件下の自動車エンジンにおける自動車ガソリンのアンチノック性の尺度を表す。また,モータ法オクタン価から換算して求める航空法オクタン価又は出力価(希薄混合気の航空燃料評価)は,航空用ピストンエンジンにおける航空燃料のノック特性の尺度を表す。
JIS K 2280-2「石油製品-オクタン価,セタン価及びセタン指数の求め方-第2部:モータ法オクタン価」
ガソリンの製法による分類
ガソリンには複数の製法があり,それとオクタン価(リサーチ法オクタン価)との関係は,一般的に次の様に言われている。
直留ガソリン
軽質のナフサから脱硫装置によって硫黄酸化物を取り除いたもの。オクタン価 70 程度。
イソガソリン
軽質の脱硫ナフサから、オクタン価の高い留分だけを分留したもの。オクタン価 90程度。
改質ガソリン
接触改質装置で,重質ナフサ中のパラフィン系の炭化水素をオクタン価の高い芳香族系主体の炭化水素に改質したもの。有害物質のベンゼンを除去し,「脱ベンゼン改質ガソリン」として使用。
分解ガソリン
脱硫した重質の軽油,あるいは脱硫重油を分解して得たガソリン基材からオクタン価の高い軽質分を取り出したものが「軽質分解ガソリン」。
アルキレートガソリン
ブテン(ブチレン)と LPG 中のブタンを反応させたガソリン。イソパラフィン系炭化水素を多量に含みオクタン価が高い。
自動車ガソリン
基本的には,オクタン価の高い改質ガソリン,分解ガソリン,アルキレートガソリンを配合して調製している。
自動車ガソリンの歴史では,過去にオクタン価の改善を目的にテトラエチル鉛( TEL : Pb (CH3CH2)4 )の添加したガソリン(有鉛ガソリン)を用いていたが,鉛汚染の環境問題から1970 年代に無鉛化が進められた。
当初の無鉛化は,有機鉛の代替品としてMTBE(メチルターシャリーブチルエーテル: CH3OC (CH3)3 )を用いていたが,一酸化炭素の発生を低減するが,NOx の発生量増大,発がん性が問題となり,2000 年以降に米国を中心に添加が制限されてきた。日本においても,次に紹介する JIS 規格にあるように,最大 7 容量%までの添加に規制されている。
JIS K 2202 「自動車ガソリン: Motor gasoline 」
通常の自動車に用いる 1 号(高オクタン価ガソリン),2 号(レギュラーガソリン)の他に,エタノール(バイオマスエタノール)を 3 ~ 10%混入したガソリン専用車両用の 1号(E),2 号(E)の 4 種類が規定されている。
品質規定で 1 号と 2 号の違いは,リサーチ法オクタン価( 1 号 96.0以上,2 号 89.0以上)のみで,他の品質項目は,次に示す同一の規定値である。
蒸発性状:10 %が流出する温度 70℃以下,50 %が流出する温度 70℃以上,105℃以下,90 %が流出する温度 180℃以下,終点 220℃,残油容量 2%
密度(15℃): 0.783 g /cm3 以下,銅板腐食試験( 50℃,3時間): 1 以下(わずかに変色),硫黄分: 0.0010 質量%以下,蒸気圧( 37.8℃): 44 kPa以上 78kPa以下,実在ガム: 5 mg /100mL以下,酸化安定度: 240 min以上,ベンゼン: 1 容量%以下,MTBE: 7 容量%以下,エタノール: 3 容量%以下,酸素分: 1.3 質量%以下,色: オレンジ系色,その他: 水,沈殿物,メタノール,灯油を含まないこと。
関連用語
実在ガム
ガソリンの蒸発残留物をさらにヘプタンで洗浄した後の蒸発残留物の量。
酸化安定度
JIS K2287 「ガソリン-酸化安定度試験方法-誘導期間法」により,試料に酸素を圧入し,一定の圧力まで低下する時間を評価。時間が長いほど酸化し難いことを示す。
酸素分
試料に含まれるすべての酸素化合物(アルコール類,エーテル類)に由来する酸素含有量。
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自動車ガソリンの燃焼
自動車ガソリンの主要成分であるオクタンの燃焼は,酸素の供給が十分で理想的な場合(完全燃焼)
2C8H18 + 25O2 → 16CO2 + 18H2O
となる。
しかし,実際には,点火のタイミングや排気のタイミングにより,エンジン(シリンダ)内に留まる時間が短いなどのため,未燃焼の状態,酸素不足による。
2C8H18 + 17O2 → 16CO + 18H2O
の反応(不完全燃焼)が同時に起き,排気ガスには二酸化炭素,一酸化炭素,及び水が生成する。
さらに,シリンダ内に導入された空気は,【燃焼排ガスの浄化】で紹介する窒素酸化物(サーマル NOx )の生成反応も生じる。
反応例: N2 + O2 → 2NO ,2NO + O2 → 2NO2
結果として,下図に示すように,内燃機関の仕事には,燃焼によるエネルギーの一部( 30 %程度)しか利用できていない。
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