第一部:化学と物質構造・化学結合
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ここでは,化学結合に関連し,【イオン結合性と共有結合性】, 【結合のイオン性と電気陰性度】 に項目を分けて紹介する。
イオン結合性と共有結合性
分子結合のイオン結合性の評価には,ポーリングの電気陰性度の差を用いた評価の他に双極子モーメントと原子間距離とから評価する方法がある。
電気陰性度の差による評価
電気陰性度の差 | 0.0 | 0.4 | 1.0 | 1.2 | 1.7 | 2.0 | 2.4 | 2.8 | 3.2 |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
イオン結合性(%) | 0 | 4 | 22 | 30 | 51 | 63 | 76 | 86 | 92 |
共有結合性(%) | 100 | 96 | 78 | 70 | 49 | 37 | 24 | 14 | 8 |
双極子モーメントと原子間距離からの評価
双極子( dipole )とは,分子内に生じた電子の偏りを原因として発生する電荷のひずみである。
双極子の程度を比較する場合に,電荷の大きさδ,電荷の正と負の重心間の距離γとすると,双極子モーメント(方向ベクトルと大きさの積)μ = δ・γ が得られる。
二原子分子の場合,分子の構造を考慮する必要が無いので,【双極子とは】で紹介したように,実測した双極子モーメントと原子間距離からその分子のイオン結合性と共有結合性が評価できる。
【参考】
双極子( dipole )
双極子には,電気双極子(electric dipole)と磁気双極子(magnetic dipole)がある。
分子内に生じた電子の偏りを原因として発生する電荷のひずみである。すなわち,分子構造の中で,正の電荷の重心と負の電荷の重心が一致しない電荷の配置を電気双極子という。電荷を磁荷に置き換えた関係を磁気双極子という。
双極子モーメント( dipole moment )
双極子モーメントは,微小な距離だけ離れた大きさの等しい 1対の正負の電荷や磁極をさす双極子の強さを表わす量で,前者を電気双極子モーメント(electric dipole moment),後者を磁気双極子モーメント(magnetic dipole moment)というが,一般的には,前者を双極子モーメント,後者を磁気モーメント(magnetic moment)と称する例が多い。
(電気)双極子モーメント μは,電荷の大きさδ,電荷の正と負の重心間の距離γとすると,
μ = δ ・ γ
で与えられる。
双極子モーメントの単位は,SI 単位系として認められていないが,広く使用(高等学校教育でも)されている D (デバイ)が用いられる。
ポーリング( Linus Carl Pauling )
アメリカの物理化学者ライナス・カール・ポーリング( 1901 ~ 1994 ),結晶構造,分子構造の研究,量子力学的共鳴理論を確立。共有結合半径やイオン半径を決定。1954年ノーベル化学賞,1962年ノーベル平和賞受賞。
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結合のイオン性と電気陰性度
分子内の原子同士の結合を理解するため,【分子内結合】で解説した「価電子」,「酸化数」,に加えて「電気陰性度」の理解が必要である。
電気陰性度( electronegativity )
化学結合にあずかる電子(共有電子対)を引き寄せる力の強弱を表す尺度である。
この尺度を直接測定することができないので,分子内の電子分布と直接関係のある分子の諸性質の中で,観察可能なものに基づいて,電気陰性度の尺度を決める方法が種々提案されている。
例えば,二原子分子の解離エネルギー,イオン化エネルギー,電子親和力,核四極子モーメント,双極子モーメントなどを用いて求める方法が複数提案されている。
この中で,広く用いられているのは,二原子分子の解離エネルギーから求めたポーリング提案の値である。
ポーリングの式
ポーリングは,結合のイオン性(電子移動の度合)という概念を分子の解離エネルギーに基づいて定義し,イオン性に比例する電気陰性度を提案した。
すなわち,元素 A と B の 2 原子分子 AB の結合エネルギー D(AB) は、各元素の等核 2 原子分子 A2 の結合エ ネルギー D(AA),B2 の結合エネルギー D(BB) の平均よりも大きくなるのは A – B 間の結合がイオン性(電子が一方の元素の方に移動)を帯びているためとし,A – B 結合のイオン性を定量化する式として
Δ= D(AB) – ( D(AA)・D(BB) )1/2
を提案した。
電気陰性度(χ)の差は,イオン性の平方根に比例するものとして,
|χA – χB| ∝ Δ1/2
と定義したのである。
下表には,主な元素のポーリングの提案した電気陰性度を示す。
● 一般的に,電気陰性度の小さい元素は,陽性が強く(陽イオンになり易い),大きい元素は,陰性が強い(陰イオンになり易い)と考えてよい。
● 電気陰性度に差のない酸素( O2 )などの 等核二原子分子などは完全な共有結合になる。差の大きい原子の分子( 例えば NaCl など)はイオン結合になり易い。 電気陰性度の差が中間的な化合物では,その差に応じて共有結合性とイオン結合性の程度が異なる。
共有結合性とイオン結合性の程度は,前項の「イオン結合性と共有結合性」で紹介したように,電気陰性度の差 0.4 の結合( C – H )については共有結合性 97%,電気陰性度の差 1.0 の結合( H – Cl )については共有結合性 82%,電気陰性度の差 2.0 の結合( Ca – Cl )については共有結合性 37%,イオン結合性 63%と評価される。
周期 | 1 族 | 2 族 | 13 族 | 14 族 | 15 族 | 16 族 | 17 族 |
---|---|---|---|---|---|---|---|
1 | H:2.1 | ||||||
2 | Li:1.0 | Be:1.5 | B:2.0 | C:2.5 | N:3.0 | O:3.5 | F:4.0 |
3 | Na:0.9 | Mg:1.2 | Al:1.5 | Si:1.8 | P:2.1 | S:2.5 | Cl:3.0 |
4 | K:0.8 | Ca:1.0 | Ga:1.6 | Ge:1.8 | As:2.0 | Se:2.4 | Br:2.8 |
5 | Rb:0.8 | Sr:1.0 | In:1.7 | Sn:1.8 | Sb:1.9 | Te:2.1 | I:2.5 |
6 | Cs:0.7 | Ba:0.9 | Tl:1.8 | Pb:1.8 | Bi:1.9 | Po:2.0 | At:2.2 |
注
実際の環境でイオンになり易いか否かは,別途に【イオン結合】で説明する。ここで紹介した電気陰性度は分子内結合の共有結合性,イオン結合性の評価など分子内結合の評価に用いられる。
ポーリングの電気陰性度は,原子価状態の違いを反映していない欠点を有する。この欠点を補うものに,イオン化エネルギーと電子親和力の平均から求めたマリケンの電気陰性度がある。
【参考】
解離エネルギー( dissociation energyenergy of dissociation )
一つの物質が二つ以上の物質に解離するのに必要なエネルギー。1mol については kJ ,分子 1個については eV 単位で表される。(化学辞典)
結合解離エネルギー( bond dissociation energy )
分子中の結合を一つ一つ切断するのためのエネルギーを結合解離エネルギーという。
イオン化エネルギー( ionization energy )
気体状態の単原子(又は基底状態の分子)から原子やイオンなどから電子を取り去るのに要するエネルギー,すなわち,取りだされた電子の結びつきの強さの目安で,エネルギーが小さいほど陽イオンになり易く,陽性が強いという。
電子親和力( electron affinity )
電子親和力は,1個の原子(又は分子)に電子を付加する際に放出するエネルギーである。放出するエネルギーが大きいほど電子を受けとった状態(陰イオン)が安定であることを意味する。 エネルギーがマイナスの場合は,電子を受け取るためにエネルギーが必要であることを意味し,陰イオンになり難いことを意味する。
四極子( quadrupole, quadrapole )
四重極ともいい,モーメントが等しい 2つの双極子が極めて接近して存在するものをいう。双極子と同様に,電気四極子,磁気四極子に分けられ,双極子と同じくモーメントをもつが,テンソルの形となる。
テンソル( tensor )
線形的な量を一般化したもので,多次元の配列として表現できるようなものである。対応する量を記述するのに必要な配列の添字の組の数は,テンソルの階数とよばれる。
スカラー量は,階数 0 のテンソルと理解され,力や運動量などのベクトル的な量は階数 1 のテンソル,力や加速度などベクトル間の異方的な関係などをあらわす線型変換は階数 2 のテンソルで表される。
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