第五部:有機化学の基礎 有機化学とは

  ☆ “ホーム” ⇒ “生活の中の科学“ ⇒ “基礎化学(目次)“ ⇒

  ここでは,有機化学の基本に関連し, 【有機化学とは】,  【有機化合物とは】 に項目を分けて紹介する。

  有機化学とは

 我々の日常生活には,驚くほど多種類の物質が関与している。食物や衣料など自然の産物から,それに似せて作った人工品が多数開発されている。これらにより人間は,健康で文化的な生活を営むことができる。
 これらの物質は,有機物(有機化合物),無機物(無機化合物)の何れかに分類できる。

 広辞苑における用語「有機化学」,「有機化合物」,「無機化学」,「無機化合物」の解説(抜粋)は次の通りである。
 有機化学( organic chemistry )
 “化学の一分野,有機化合物を研究の対象とする学問”,
 有機化合物( organic compounds )
 “炭素を含む化合物の総称。ただし,炭素の酸化物や炭酸塩などは無機化合物。”
 広辞苑では,さらに“以前は有機物すなわち動植物を構成する化合物および動植物により生産される化合物を,生命力なしには人為的に合成できないものと考え,無機化合物すなわち鉱物性の物質と区別して有機化合物といったが,今日では単に便宜上の区分。”と解説している。
 すなわち,有機化合物の数は,生物由来の化合物の数より,人為的に合成された化合物の数が圧倒的に多くなった今日では,用語としての“有機化合物”はふさわしくないとも言えるが,広辞苑に解説されるように,化学の歴史で便宜上の区分として有機化合物と無機化合物が用いられてきた。

 無機化学( inorganic chemistry )
 “化学の一分野,すべての元素及び単体・無機化合物について研究する学問”,
 無機化合物( inorganic compounds )
 “有機化合物以外の化合物の総称。炭素の酸化物や炭酸塩は無機化合物に含める。”と解説している。
 このように,無機化学は,有機化学の対概念として定義されている。

 【参考】
 炭素( carbon )
 周期表 14族第 2周期の元素記号 C ,原子番号 6 ,原子量 12.01 の元素である。
 全元素で最も高い昇華点 3642 ℃を持ち,常圧下では融点を持たない固体である。密度は複数の同素体で異なり,非晶質炭素で 1.8 ~ 2.1×106 g/m3 ,グラファイト 2.26×106 g/m3 ,ダイヤモンド 32513×106 g/m3 である。
 炭素の電子軌道には,4つの外殻電子と 4つの空があるため,元素の中でも最も多い 4 組の共有結合が可能である。このため,多様な分子が作れ,学問分野として有機化学を成立させるほどの多様性を有する。

 ページのトップへ

  有機化合物とは

 有機化合物( organic compounds )
 炭素( C )を含む化合物の総称である。
 ただし,次に紹介する化合物は,歴史的背景から,炭素を含んでいるが,有機化合物から除外される。
 グラファイト(黒鉛),無形炭素(煤),タイヤモンドなどの炭素単体, 炭化ケイ素( SiC ),炭化カルシウム( CaC2 )などの炭化物, 一酸化炭素( CO ),二酸化炭素( CO2 )などの酸化物, 二硫化炭素( CS2 )などの硫化物, 窒化炭素( C3N4 )などの窒化物, 炭酸ナトリウム( Na2CO3 ),炭酸カルシウム( CaCO3 )などの炭酸塩, ニッケルカルボニル( Ni(CO)4 )などのカルボニル化物, シアン化水素( HCN ),シアン酸塩(例えば NaCN )などのシアン化合物, チオシアン酸( HSCN ),チオシアン酸塩(例えば NaSCN )などのチオシアン化合物 などである。
 一方で,ハロゲン化物のホスゲン( COCl2 )は無機化合物に分類されるが,例えば,CCl4 無機化合物として扱う場合は四塩化炭素( carbon tetrachloride )と呼び,有機化合物として扱う場合はテトラクロロメタン( tetrachloromethane )と呼ぶことが IUPAC名として許容されており,必ずしも有機化合物の区分に明確な規定はない。

 有機化合物の分類
 有機化合物の中で,炭素原子( C )を骨格として,水素( H )のみで構成する化合物は,特に炭化水素( hydrocarbon )と呼ばれる。
 炭化水素は,その分子構造により鎖式炭化水素環式炭化水素に大別される。他に,脂肪族炭化水素,芳香族炭化水素,飽和炭化水素,不飽和炭化水素などとの多様な分類がある。

 炭化水素を基本として,その水素ヘテロ原子( hetero atom )を含む官能基(ヒドロキシ基( – OH ),アルデヒド基( – CHO ),カルボキシ基( – COOH ),アミノ基( – NH2 )など)で置き換えた数多くの有機化合物が存在する。
 なお,ヘテロ原子とは,有機化学分野で,炭素と水素以外の原子を指す。

 有機化合物の特徴
有機化合物は,新たに多数合成され,現時点で 2000万を超える化合物が登録されている。
 これは,【電子雲の重なり】で紹介したように,複数の混成軌道( sp3 混成軌道,sp2 混成軌道,sp 混成軌道)で分子を形成できることなど炭素の特異な性質による。
 また,有機化合物の一般的な特性として,分子集合である液体や固体は,無機化合物に見られる金属結合,イオン結合や水素結合などに比較し,比較的弱い分子間力(ファンデルワールス力)で凝集する場合が多いため,沸点・融点の低いものが多い特徴がある。

 有機物(有機化合物)の用語由来
 【化学のはじまり】で紹介したように,17世紀に化学が錬金術から決別し科学になろうとする運動が始まり,1774年のラボアジェによる“質量保存の法則”の発見で,化学が学問として独り立ちしたといわれている。

 有機物( organic matter(s) )は,17 世紀から 18 世紀にかけての生命の不思議を研究する科学(生気論)の概念“有機体(生物: organism )の体内でしか製造できない化合物”に対して,19世紀はじめに生物学者(イェンス・ベルセリウス)によって命名されたといわれている。
 これによって,物質は,有機物と無機物(有機物ではない物: inorganic matter(s) )とに区分されることになった。
 その後まもなくして,無機物のアンモニア( NH3 )とシアン酸( HOCN )から得られるシアン酸アンモニウム( NH4OCN )の加熱で,生物からしか生成されないと考えられていた尿素( CO (NH2)2 )の合成法(ヴェーラー合成)が発見( 1828 年:フリードリヒ・ヴェーラー)された。
 これを契機に,各種の有機化合物が生物の関与なしに合成できるようになり,有機物は本来の定義から逸脱することになった。しかし,その後も用語は変更されずに,今日に至るまで生物由来とうい概念を外した形での有機化合物(=有機物)として,無機化合物との便宜的な区分に用いられ続けている。

  ページの先頭へ