第四部:無機化学の基礎 無機分析化学(分析とは)

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  ここでは,物質の元素組成を知る目的で実施される元素分析に関連し, 【元素分析とは】, 【化学的方法による定性分析】, 【化学的方法による定量分析】, 【機器分析方法の例】 に項目を分けて紹介する。

  元素分析とは

 元素分析( elemental analysis )
 JIS K 0211 「分析化学用語(基礎部門): Technical terms for analytical chemistry (General part) 」では,
 “試料物質が含有成分元素の検出又は定量を目的とした分析。”
と定義している。また,
 定性分析( qualitative analysis )
 “物質に含まれる成分の種類を明らかにするために行う化学分析。”
 定量分析( quantitative analysis )
 “物質の成分の量的関係を明らかにするために行う化学分析。”
と定義している。

 分析方法の分類
 一般的に用いられる方法は,化学的方法物理的方法に大別される。
 化学的方法
 試薬を加え分析対象の成分との反応で生成する難溶性化合物を検出するなど,化学反応を利用した方法である。化学的方法には,特定の元素(イオン)の存在確認を目的とした定性分析,元素の含有量を求めることを目的とする定量分析(重量分析,容量分析)がある。
 物理的方法
 機器分析とも呼ばれ,元素や化合物の物理的作用に対する応答を利用した方法である。例えば,電磁波(光)の吸収や放出現象を利用する吸光光度法や発光分光法,蛍光 X 線法など,磁場や電場との相互作用を利用する電気化学分析,質量分析など,吸着や分子ふるい現象を利用するクロマトグラフィー,状態変化の温度特性を利用する熱分析,核反応を利用する放射化分析などがある。
 これらの分析法は,定性分析と同時に定量分析も可能な方法が多数準備されており,その概要を【機器分析方法の例】で紹介する。

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  化学的方法による定性分析

 化学的方法による主要な定性分析は,水酸化ナトリウム,又はアンモニアによる沈殿生成や溶解,塩化物イオン,硫化物イオン,クロム酸イオンなどによる沈殿生成,酸化還元反応による分析種の析出やガス発生などの陽イオンの定性分析,バリウムイオン,又は銀イオンによる沈殿生成や溶解などの陰イオンの定性分析に大別される。
 この他に,化学反応における物理的性質の観察(色,結晶形,密度,硬度など),炎色反応,比色分析,ペーパークロマトグラフィー,点滴分析,鏡検分析なども化学的な定性分析として活用されている。
 ここでは,陽イオンの定性分析,陰イオンの定性分析,及び炎色反応を紹介する。

 陽イオンの定性分析
 JIS K 0050 「化学分析方法通則: General rules for chemical analysis」附属書 A “化学的方法による定性分析”を参考に,定性分析手順の概要を紹介する。
 各種の分析試薬を用いて,沈殿を生じるか否かで,陽イオンを化学的性質の類似した属に分ける方法である。
 試薬と反応し,難溶性の塩として沈殿することで,各属を分離できる。分離された塩は,他の試薬を用いて,再溶解し,さらに詳細に分離することができる。

陽イオンの定性分析

陽イオンの定性分析

 陰イオンの定性分析( JIS K 0050 附属書 A )
 陽イオンの定性分析と同様の考え方である。下図に示すように,化学的性質の類似する属に分離できる。

陰イオンの定性分析

陰イオンの定性分析

 炎色反応による定性方法( JIS K 0050 附属書 A )
 アルカリ金属の塩類を無色の炎中に入れて強熱すると,【吸光・発光の原理】「炎色反応」で紹介したように,炎に対しそれぞれ特有の色を与える極めて鋭敏な反応である。

 炎色反応を行うためには,長さ数センチメートルの細い白金線の一端を環状に曲げ,他端をガラス棒に融着させたものを用いる。あらかじめ白金部分に付着した金属塩を酸につけて溶かした後,白金部分をバーナの炎中に入れて炎の色が一定になるまで強熱する。
 放冷した白金部分を被検液につけて,炎に入れて色の変化を観察し,同様の操作を 2,3回繰り返す。 なお,炎色を肉眼で観察するのでは不十分なことがある。その場合,分光してそれぞれの元素に特有な輝線スペクトル帯の位置を調べることで元素の存在を確認(発光分光の原理)することができる。

 主要な陽イオンの炎色と輝線スペクトル
 リチウム( Li ):赤( 610.35 nm ,670.79 nm ),バリウム( Ba ):緑( 455.40 nm ,493.41 nm ,553.55 nm ),ナトリウム( Na ):黄( 589.00 nm ,589.59 nm ),タリウム( Tl ):緑( 535.05 nm ),カリウム( K ):紫( 766.49 nm ,769.90 nm ),インジウム( In ):紫青( 451.13 nm ),ルビジウム( Rb ):赤( 420.18 ),銅( Cu ):青緑(青藍から数本のバンド),セシウム( Cs ):青( 455.53 nm ),マンガン( Mn ):緑(多数帯のスペクトル),カルシウム( Ca ):橙( 422.67 nm ),金( Au ):緑( 479.26 nm ,583.74 nm ,627.82 nm ),ストロンチウム( Sr ):赤(赤から黄にわたり数本と青紫( 460.73 nm )1 本),鉛( Pb ):青( 405.78 nm )

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  化学的方法による定量分析

 化学反応を用いた定量分析( quantitative analysis )は,定量しようとする成分を一定の組成の純物質として分離し,その質量又は残分の質量から分析種の量を求める重量分析( gravimetric analysis ),滴定操作により分析種と定量的に反応する標準液の体積を求め,その値から分析種を定量する容量分析( volumetric analysis )に分けられる。

 重量分析法
 用いる分離方法によって,ガス重量分析,電解重量分析,沈殿重量分析の 3種類に区分される。
 ガス重量分析
 ガス重量分析は,試料を直接加熱するか又は試料に試薬を反応させ,試料中の分析種を気体として分離し,分離した気体を吸収剤に吸収させて,吸収剤の質量増加を求めて定量する方法である。
 電解重量分析
 電解重量分析は,試料溶液中の分析種を電解によって電極上に析出分離し,電極の質量増加を求めて定量する方法である。
 沈殿重量分析
 沈殿重量分析は,試料溶液中の分析種を沈殿剤を用いて沈殿として分離し,回収・乾燥させた沈殿の質量をはかって定量する方法である。次に,沈殿重量分析の一般的操作手順と留意点を紹介する。
 沈殿の生成
 液量の 2~3倍の容量のビーカに試料溶液を入れ,規定温度で静かにかき混ぜながら,規定した量の沈殿剤溶液(同じ温度)を滴加し,沈殿を生成させる。
 しばらく静置し,上澄み液に沈殿剤溶液を滴加し,新たな沈殿が生じか否かを確認する。新たな沈殿が生じなくなるまでこの操作を繰り返す。
 規定の温度で規定した時間放置し,沈殿を熟成させる。
 沈殿のろ過及び洗浄
 ろ紙を用いる場合は,沈殿の性質及び量によって,ろ紙の種類( JIS P 3801 「ろ紙(化学分析用):Filter paper (for chemical analysis) 」)と用いる漏斗の大きさに適したものを用いる。
 ガラスろ過器ろ過板JIS R 3503 「化学分析用ガラス器具:Glass apparatus for chemical analysis 」)を用いる場合は,沈殿の性質及び量応じた適切な種類のものを選び,あらかじめ酸などに浸して,ろ過器に付着する不純物を除去し,水で十分に洗浄して空気浴中で乾燥した後,恒量にしておく。
 沈殿及びろ紙やろ過器の洗浄では,流出する洗浄液の一部を取り,発色反応,沈殿反応などによって母液に含まれている共存成分が検出されないことを確認して,洗浄の完了とすることもある。なお,ろ液中の分析種の溶存が無視できない場合には,これを別に定量して補正する。
 沈殿の乾燥,加熱及び放冷
 ろ紙を用いる場合
 塩酸( 1+1 )に浸して加熱し,水で十分に洗浄・乾燥したるつぼ をガスバーナ又は電気炉で使用温度以上に加熱し,空焼きしておく。るつぼ及び蓋は,使用温度に加熱し恒量としておく。
 沈殿の入ったろ紙をるつぼに入れ,バーナの小炎で弱く加熱して水分を蒸発させる。水分が完全に蒸発した後,バーナの炎を強め,ろ紙を徐々に炭化する。ろ紙が完全に炭化した後,バーナの酸化炎中でろ紙を灰化する。
 るつぼを蓋で覆い,バーナの炎を大きくし,規定の温度で 15~30分間強熱する。るつぼは,デシケータ中に入れ,蓋をした状態で,室温になるまで放冷する。乾燥剤を用いる場合には,シリカゲル A 形 1 種( JIS Z 0701 「包装用シリカゲル乾燥剤:Silicagel Desiccants for Packaging 」)などを用いる。
 ガラスろ過器を用いる場合
 沈殿の入ったガラスろ過器を,あらかじめ規定した温度に調節した空気浴中に入れ,約 1時間加熱する。ガラスろ過器をるつぼばさみを用いて空気浴から取り出し,デシケータ中に入れ,室温になるまで放冷する。
 恒量
 るつぼ又はガラスろ過器を取り出し,その質量をはかる。

 容量分析法
 容量分析( volumetric analysis )とは,滴定操作によって分析種の全量と定量的に反応する滴定液(滴定用溶液ともいう。)の体積を求め,その値から分析種を定量する方法である。
 滴定は,化学反応の種類によって,次の 4種に分類される。
 中和滴定(酸塩基滴定):酸と塩基との中和反応を利用する滴定によって定量する。
 酸化還元滴定酸化還元反応を利用する滴定によって定量する。
 錯滴定錯体の生成又は分解反応を利用する滴定によって定量する。
 沈殿滴定沈殿の生成又は消滅を利用する滴定によって定量する。

 また,滴定は,操作方法によって,次の 2種に分けられる。
 直接滴定:試料溶液に滴定液を直接滴加して滴定する。
 逆滴定:試料溶液に過剰量の標準液を一定量加え,その過剰量を他の種類の滴定液を用いて滴定し,分析種の量を間接的に求める。
 一般的に,逆滴定は,反応が遅く直接滴定が困難な場合,沈殿又は副反応を生じる場合,適切な指示薬が得られない場合などに用いられる。

 一般的な直接滴定の手順
 濃度既知の滴定液を入れたビュレットを準備し,滴定容器(三角フラスコ,コニカルビーカーなど)の中の試料溶液に,指示薬を加える。ただし,指示薬を用いない場合又は指示薬を終点近くで加える場合もある。
 滴定容器を振り混ぜながら,ビュレットから滴定液を終点となるまで滴加する。滴定液の滴加は,一般に初めは 2mL~3mL ずつ加え,終点の近くでは 2,3滴ずつ,最後は 1~半滴ずつ滴加する。なお,1滴の体積は,20℃の水で概ね 0.05mLといわれている。
 終点では,目盛の読みが最小目盛の十分の一まで安定するのを待ってから,ビュレットの目盛を 1mL単位で小数点以下 2桁まで読み取る。
 終点の判別は,指示薬などの変色点,試料溶液の pH,電気伝導率,電位差の変化などによって行うことができる。

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  機器分析方法の例

 次節で紹介するように「機器分析方法には,光学的現象,電磁気学的現象を利用した方法やクロマトグラフィーなど多数の方法がある。
 この中で,元素の定量分析法として実用例の多い分析法には,【原子吸光法】【発光分光分析】【蛍光X線分析】など多数の方法がある。

 次には,元素分析に用いられる主な機器分析法について,JIS K 0211 「分析化学用語(基礎部門)」における定義を紹介する。
 原子吸光[分光]分析法( atomic absorption spectrometry )
 試料中に含まれる分析対象元素を,フレーム(炎),電気加熱(フレームレス),又は化学反応によって原子化し,その原子蒸気層の吸光度を測定することによって分析対象元素の濃度を求める方法。
 発光分光分析法( atomic emission spectrometry )
 電気的,熱的など各種の方法によって試料を励起し,基底状態に戻る際に放射される原子スペクトルを分光器又は分光光度計で観測する定性・定量分析の総称。スパーク放電,グロー放電,レーザなどを励起源とする。
 誘導結合プラズマ発光分光分析法( ICP / AES :inductively coupled plasma atomic emission spectrometry )
 工業用周波数の高周波を用いて,コイルによる電磁誘導によって発生する磁場でガスを電離させて得られる高温のプラズマを光源とした発光分光分析法。
 蛍光分光分析法( fluorescence spectrometry )
 蛍光スペクトル又は励起スペクトルを測定し,物質の定性・定量を行う方法。
 吸光光度分析法( molecular absorption spectrometrry )
 波長約 200nm~2500nm の特定の波長における光の吸収を測定して定性・定量を行う方法。
 蛍光 X 線分析法( XRF :X- ray fluorescent analysis )
 蛍光 X 線を測定し,物質の定性・定量を行う方法。エネルギー分散方式,波長分散方式などがある。
 磁気共鳴分光分析法( NMR :nuclear magnetic resonance spectroscopy )
 核磁気共鳴現象を利用して分子の化学組成及び隣接する原子間の距離の解析などを行う分析方法。
 イオンクロマトグラフィー( IC :ion chromatography )
 電解質溶液中のイオン種成分の分離分析法。溶離液を移動相として,イオン交換体などを固定相とした分離カラム内で試料溶液中のイオン種成分を展開溶離させ,電気伝導度検出器,電気化学検出器,分光光度検出器又は蛍光検出器で測定する分析方法。
 質量分析( MS :mass spectrometric analysis , mass spectrometry )
 イオンを一定速度に加速して,電場及び磁場,又は 4個の電極から構成した四重極場に導き,飛跡を曲げることによって質量スペクトルを求め,存在イオン種の定性及び定量を行う分析方法。
 誘導結合プラズマ質量分析法( ICP / MS :inductively coupled plasma mass spectrometry )
 試料に含まれる分析種を誘導結合プラズマによってイオン化し,生成したイオンを質量分析計に導入し,対象元素の質量/電荷数(m/z)におけるイオンの個数を測定することによって元素又は同位体を分析する方法。
 電子線マイクロアナリシス( EPMA :electron probe microanalysis; )
 試料面に照射した電子ビームによって発生する特性 X 線分光によって,微小領域の組成を分析する方法。
 注記 1990年頃までは X 線マイクロアナリシス( XMA :X-ray micro analysis )とも称していた。
 電磁気分析( electromagnetic method of analysis )
 X 線,電子線,イオンビーム,電場,磁場などの電磁気的性質を分析種に作用させて,分子,原子などに関する情報を得る分析。
 放射化分析法( activation analysis )
 a) 試料に中性子,荷電粒子(陽子,重陽子,3He2+,4He2+,重イオン),光子などを照射して試料に含まれている原子(安定な核種)と原子核反応を起こさせ,生成した放射性核種の放射能を測定して元素分析する方法。
 b) 放射化学放射化分析法と機器放射化分析法とを統合した用語。

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