化 学 (無機化学)

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 ここでは,固体物質の表面分析の原理を理解するため,【電子衝突の影響】【光電子の利用】【関連用語】に項目を分けて紹介する。

 【電子衝突の影響】

 高いエネルギーを持った電子を試料に照射すると,下図に示すように,照射された部分の表層に近い順に,二次電子,反射電子,オージェ電子,特性X線,電磁波(カソードルミネッセンス)など種々の信号が放出される。
 これらの情報は,試料の形態,試料物質の密度,元素組成を反映しているので,適切に検出することで多くの知見が得られる。

電子照射で得られる情報

電子照射で得られる情報
図出典:日本電子(株)走査電子顕微鏡

 信号の放出過程
 物体からX線が放出する原理について,【蛍光X線,特性X線】で紹介したように,高いエネルギーを持つ粒子(電子など)や電磁波(X線,γ線)が原子に衝突すると,このエネルギーを吸収し,内殻の軌道電子が原子核外にはじき出され,内殻に空準位が生じる。はじき出された電子を二次電子( secondary electron )という。
 
 二次電子の発生で,内殻に空の電子軌道が生じる。このとき,よりエネルギー順位の高い軌道からの電子遷移で生じた余剰エネルギー(図の EK – EL1 )は,電磁波特性X線カソードルミネッセンス,又はさらに高いエネルギー順位の電子の放出(オージェ過程に消費される。

二次電子,オージエ電子,特性X線の関係

二次電子,オージエ電子,特性X線の関係
元図出典:(株)東レリサーチセンターオージエ電子分光

 信号の脱出深さ
 電子が物質中を非弾性散乱することなく進む距離(平均自由行程)は,モンテカルロ法などで理論計算が可能である。これに従うと,走査電子顕微鏡で用いられるエネルギー( 10 keV )の一次電子で 1 μm 程度,50 eV 以下のエネルギーの低い二次電子や光電子では,数 nm 程度となり,オージェ電子はさらに短いと考えられている。
 
 信号の利用
 走査電子顕微鏡では,電線を走査することで,テレビと同じ原理の二次元の画像が得られる。この時,凹凸などの形状を鮮明にしたい場合は反射電子を検出する方法が用いられる。
 はじき出された軌道電子である二次電子を検出することで,画像の鮮明性は損なうが,物質を構成する元素の影響を反映した像(重元素と軽元素で差が生じる)が得られる。
 
 特性X線を検出する電子線マイクロアナリシス( electron probe microanalysis : EPMA )では,固体の表面の元素組成や分布を知ることができる。
 
 オージェ電子を検出するオージェ電子分光法( Auger electron spectroscopy ; AES )では,固体表面の数分子層といった極表面の元素の定性・半定量分析が可能である。さらに,一部元素では化学シフトの計測で,化学状態の情報も得られる。
 実際の試料では,表面が大気成分の吸着などで汚染されているので,Arイオンによるエッチングなどにを併用し,深さ方向の元素分布分析が行われる。
 走査電子顕微鏡とオージェ電子検出とを組み合わせた走査オージェ電子顕微鏡( scanning Auger electron microscopy ; SAM )では,細く絞った電子線で試料表面を走査することで,単分子層レベルの表面層の元素像(オージェ像)が得られる。
 
 カソードルミネッセンス( cathodoluminescence )は,伝導帯の底付近から価電子帯の頂上付近への遷移に伴う発光に対応し,固体結晶としての性質(結晶欠陥,不純物,キャリア濃度,応力など)を反映する。走査電子顕微鏡の画像とカソードルミネッセンスの検出結果から電子デバイスや光デバイスの用いる半導体や炭素素材表面の欠陥,転位,不純物などを評価できる。

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 【光電子の利用】

 軌道電子が電磁波ではじき出される現象を光電効果( photoelectric effect )といい,その電子を光電子( photoelectron )と呼ぶ。
 試料にX線を照射し,光電子を検出するX線光電子分光法( X-ray photoelectron spectroscopy : XPS )では,照射したX線のエネルギー( hν),検出した光電子の運動エネルギー( Ekin ),元素固有の軌道電子の結合エネルギー( Eb ,分光器の仕事関数(φ)の関係式を利用し,電子の軌道エネルギーに関する情報(元素組成や化学状態)を得ることができる。
      Eb +φ= hν– Ekin
 このため,励起X線源には,アルミニウム( Al )やマグネシウム( Mg )のKα線( Al : 1.486 keV ,Mg : 1.253 keV )など比較的低いエネルギーのものが用いられる。
 一方,試料にX線を照射し,特性X線を検出する蛍光X線分析法では,内殻電子をはじき出すため,高エネルギーの連続X線を照射している。
 
 X線光電子分光法は,光電子の脱出深さ,すなわち試料表面の数 nm における元素組成・化学状態の情報を得ることが可能な方法である。オージエ電子分光法と同様に,イオンエッチングと併用することで深さ方向分析も可能である。
 さらに,オージエ電子分光法とは異なり,試料の電気伝導性に影響されないので,有機物から無機物・半導体まであらゆる固体材料の分析が可能である。

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 【関連用語】

 JIS K 0147 「表面化学分析−用語」,JIS K 0215 「分析化学用語(分析機器部門)」に定義される用語を紹介する。
 反射電子( reflection electron )
 散乱電子のうち,後方に散乱されて試料から放出される運動エネルギーの高い電子。電子プローブの電子と同程度の運動エネルギーをもつ。
 二次電子( secondary electron )
 入射した電子,光子,イオン又は中性粒子によって引き起こされた励起の結果,表面から放出される一般には低エネルギーの電子。
 備考 慣習的には,特に断らない限り,50 eV 以下のエネルギーをもった電子が二次電子と考えられている。表面から放出される電子のエネルギー分布に関する計算から,50 eV がほとんどの電子を含む有用なカットオフエネルギーであると示されている。このカットオフは人為的なものであり通常 50 eV 以上の二次電子も存在する。この慣習は GDS(グロー放電分析法) に対しては普通見られない。
 オージェ電子( Auger electron )
 原子からオージェ過程によって放出される電子。
 参照 オージェ遷移
 備考 1.  オージェ電子は,物質内を通過する間に非弾性散乱によってエネルギーを失うことがある。したがって,測定されるオージェ電子スペクトルは,散乱を受けていないオージェ電子のピークが,オージェ電子が非弾性散乱する間にエネルギーを失って低エネルギー側に現れるバックグラウンド及びその他の過程で生み出されるバックグラウンドの上に重ね合わされたものである。
 備考 2.  オージェ電子は,物質内を通過する際に弾性散乱によって伝ぱ(播)の方向を変えることがある
 オージェ過程( Auger process )
 内殻に空孔がある原子の電子放出を伴う緩和。
 参照 オージェ脱励起,オージェ電子,オージェ遷移
 備考 放出電子は,オージェ遷移によって決まった値のエネルギーをもつ。
 オージェ遷移( Auger transition )
 過程に関与した殻又は副殻を含めて記述したオージェ過程。
 備考 1.  オージェ過程に含まれている三つの殻は,三つの文字で記述する。頭一文字は,最初に空孔が発生した殻を表し,後の二文字はオージェ過程によって空孔が現れる殻を表す(例,KLL,LMM)。価電子帯の電子が関与している場合には,それを文字Vで表す(例,LMV,KVV)。殻についての特定の副殻が分かっている場合には,それも記述してよい(例,KL1L2)。もし分かっているならば,結合項も書き加えて原子の終状態を示すこともできる(例,L3M4,5M4,5;1D)。
 備考 2.  さらに複雑なオージェ過程の場合には(初期イオン化が多重に起こったり,他の電子励起が付随するような場合),始状態と終状態をダッシュ記号で分けて記述することができる( 例 ,LL-VV ,K-VVV)。
 備考 3.  最初に電子空孔が発生した同じ殻にある電子を含んでいるオージェ過程(例,L1L2M)は,コスター・クロニッヒ遷移という。もし,すべての電子が最初に空孔が発生した殻に属しているならば,(例M1M2M3)超コスター・クロニッヒ遷移という。
 オージェ脱励起( Auger de-excitation )
 a) 励起を受けた原子又はイオンがエネルギーを放出するときに,その原子又はイオンからX線放射を伴わずに電子の再配列が発生する過程。
 b) 固体の表面近傍にある準安定状態の原子などが表面との相互作用によってエネルギーを失う過程であり,表面原子から電子を放出するのに十分なエネルギーを放出するもの。
 参照 オージェ中和
 備考 いずれの過程でも,電子が真空中に放出されることもある。
 オージェ中和( Auger neutralization )
 表面に接近したイオンに,固体の伝導帯からトンネル効果によって電子を与えて中和し,このとき表面原子から電子が放出される過程。
 備考 放出された電子は真空中に放射されることもある。
 光電子( photoelectron )
 物質に真空紫外光,X線などの光を照射したきに光電効果によって放出される電子。
 光電効果( photoelectric effect )
 原子,分子及び固体中の束縛電子と光子との相互作用で,結果として一個又は数個の光電子を生成する現象。

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