第四部:無機化学の基礎 無機分析化学(機器分析)
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ここでは,物質の表面や局所の状態分析に広く用いられる電子顕微鏡,電子線回折に関連し, 【電子顕微鏡の構造】, 【拡大倍率について】, 【電子線回折とは】 に項目を分けて紹介する。
電子顕微鏡の構造
拡大観察の常套手段として用いられる光学顕微鏡には,生物細胞など,光を透過するほど薄い試料の観察に用いられる生物顕微鏡と,光が透過できないほど厚い固体表面観察などに用いる金属顕微鏡がある。金属顕微鏡では,試料表面から反射した光を観察している。
電子顕微鏡の原理も同様で,電子が透過できるほど薄い試料と電子が透過できない厚い試料や表面観察を目的とする試料で原理が異なる。すなわち,試料を透過した電子を観察する透過電子顕微鏡( transmission electron microscope ; TEM ),入射電子を走査し,試料表面からの反射電子や電子衝突で生じた二次電子の検出で画像を得る走査電子顕微鏡( scanning electron microscope ; SEM )に分けられる。
下図に,これらの顕微鏡の原理図を示す。
透過電子顕微鏡は,試料に電子線をあて,透過した電子を拡大して観察する電子顕微鏡である。すなわち,試料の構造や構成成分の影響で透過する電子の密度変化を顕微鏡像として観察している。これは,生物顕微鏡と同様の原理と考えてよい。
電子の透過を利用しているので,薄膜試料の作製や表面処理など特殊な試料調整が必要である。 分解能(拡大倍率)に影響する電子線の波長は,次で紹介するように,電子線を加速させる電圧(加速電圧)に依存し,加速電圧が高いほど高い分解能が得られる。
走査電子顕微鏡
走査電子顕微鏡は,真空中で細く絞った電子線をモニター画像と同じ原理で左右・上下に走査し,試料から放出される情報(信号)を検出することで,電子走査に同期した画像をモニター上に表現できる。
試料表面に真空中で電子線を照射すると,反射電子,二次電子,特性X線,オージエ電子などが情報として放出される。
二次電子は試料表面近くから発生する電子で,試料の微細な凹凸を反映した像が得られる。
反射電子は試料を構成する原子から跳ね返された電子で,試料の元素組成や結晶構造の影響を受けた像が得られる。
走査電子顕微鏡にX線検出器を装着することで,元素分析(二次元での元素分布)が可能になる。分解能を犠牲にすることにはなるが,元素分析の感度を上げた装置が電子線マイクロアナライザー( electron probe microanalyzer ; EPMA )である。また,オージエ電子検出器を装着し,極表面層の元素分析や状態分析に特化した装置が走査オージェ電子顕微鏡( scanning Auger electron microscopy ; SAM )である。
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拡大倍率について
空間分解能
顕微鏡の拡大可能な倍率に関連する空間分解能 δ( resolving power )は,2 点を区別できる最少の距離で,レンズ系の開口数( NA )と用いる波の波長(λ)のみに依存する。
δ= kλ/NA ( k は係数)
すなわち,用いる波の波長が小さいほど空間分解能が高い。
空間分解能( spatial resolution )とは,接近した二つの点や線を分離して見分ける能力で,通常は近い距離にある 2つの物体を 2つのものとして区別できる最小の距離で表す。この距離が小さいほど空間分解能が高いと表現する。単に分解能という場合は,一般的には顕微鏡や望遠鏡などの空間分解能を指すことが多い。
電子線の波長
光学顕微鏡では,波長が可視光の範囲程度(概ね 380~780nm )であるが,電子顕微鏡で用いる電子線は物質波なので,波長はド・ブロイの方程式に従う。すなわち,物質の運動量( P )とプランク定数( h = 6.626 070 040(81)×10-34 J s = 4.135 667 662(25)×10-15 eV s )から波長(λ)は,
λ= h/P
で表される。
なお,運動量( P )は,質量( m0 )と速度( v )の積( P = m0 v )である。ここで,電子の質量( me = 9.109 383 56(11)×10-31 kg = 0.510 998 9461(31) MeV /c2 ,光速 c = 299 792 458 m /s ),電気素量( e )の電子が電位差( U )で加速されたとき,電子の速度と電位差との関係は,
v2 = 2eU/me
で表される。従って,電子の波長は,
λ= h・( 2me eU )-1/2
となる。
電子銃における加速電圧( V )が,一般的な走査電子顕微鏡の 10kV の時,波長は約 10-11m ,透過電子顕微鏡の 200kV では約 2.5×10-12m となり,光学顕微鏡に用いる可視光(約 5×10-7m )に比較し圧倒的に短い。
すなわち,非常に大きい拡大倍率で観察が可能である。実用上では,走査電子顕微鏡の分解能 0.5~4nm ,透過電子顕微鏡の分解能 0.1~0.3nm である。
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電子線回折とは
「X線回折法」で紹介したように,結晶性の高い物体では,結晶面の間隔( d ),波長(λ)が,次のブラッグ条件を満たすとき,反射角θで回折されることを紹介した。
2d sinθ = nλ ( n :整数)
一般的な結晶の面間隔( d )は,概ねで 0.5×10-10m ~ 3×10-10m の範囲にあり,X線回折では,面間隔程度の波長を持つ特性X線(例えば,Cu Kα 線)が用いられ,n=1 でブラック条件を満たすように設計されている。
電子線では,加速電圧 10kV で波長約 10-11m とX線回折で用いる波長より短い波長が得られる。すなわち,ブラック条件を満たす条件として複数の n とθの組み合わせが得られる。これを利用した分析法を高速電子線回折( high energy electron diffraction method ; HEED )といい,透過電子顕微鏡と組み合わせて利用されることもある。
電子回折法の一種の反射高速電子線回折,非常に短い波長の電子を,試料表面に対し小さいθ(ごく薄い角度)で入射させることができるので,原子単位での表面状態が回折図形として得られる。これは,成長中の表面構造の観察にも用いることができる。
低速電子線回折( low energy electron diffraction method ; LEED )
低エネルギー(加速エネルギーが 1keV 以下)の電子線を入射し,電子線の回折像から物質の表面の原子構造を解析する方法。
高速電子線回折( high energy electron diffraction method ; HEED )
高エネルギー(加速エネルギーが 10keV 以上)の電子線を入射し,得られる回折像を解析する方法。
反射高速電子線回折( reflection high energy electron diffraction method ; RHEED )
HEED で反射電子線の回折像を観察する方法。
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