第四部:無機化学の基礎 非金属元素
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ここでは,非金属元素水素の化学的性質に関連し, 【水素とは】, 【水素化合物と水素化物】, 【侵入型固溶体】, 【イオン結合型水素化物】 に項目を分けて紹介する。
水素とは
水素( hydrogen )は,周期表の 1 族に分類されているが,他の 1 族元素とは性質が大きく異なる。第一周期の水素は非金属元素に分類されるが,第二周期以降のリチウム,ナトリウムなどの元素は,金属元素(アルカリ金属)に分類される。
水素は,一価の陽イオン( H+ )になり易く,殆どの元素との化合物として存在できる。
大気中では,化合物の水分子( H2O ),単体の水素分子( H2;水素ガス)として存在する。なお,一般に「水素」という場合は水素分子を指すことが多い。
元素記号 | 原子番号 | 原子量 | 密度( 0℃, 1気圧) |
---|---|---|---|
H | 1 | 1.00794 | 0.08988 (g/L) |
融点( K ) | 融解熱( kL/mol ) | 沸点( K ) | 蒸発熱( kJ/mol ) |
14.01 | 0.117(単体) | 20.28 | 0.904(単体) |
水素及び水素分子は,元素及び気体分子の中で最も軽く,また宇宙空間に最も多く存在する。
例えば,木星は液状の水素(金属水素)で構成されていると考えられている。地球上では,単体の水素分子としてはほとんど存在しないが,水などの化合物として多量に存在する。
単体の水素の製造は,工業的には炭化水素(天然ガス)の酸化還元反応で得られる。
炭化水素を分解して得られる水素よりクリーンなエネルギー源として,水素の環境調和型製造方法の開発を目的に,1974 年からのサンシャイン計画(通産省),1993 年からのニューサンシャイン計画(経済産業省)など,国家プロジェクトとして,海洋上での太陽光発電による海水の電気分解による水素製造技術や光合成微生物を用いた水素製造技術の研究が実施された経緯がある。
水素分子は,常温・常圧では無色無臭の気体で,燃焼・爆発しやすいため,日本では赤いボンベでの保管が規定(高圧ガス保安法容器保安規則)されている。
水素分子の代表的な用途
アンモニア製造(ハーバー・ボッシュ法),塩酸の製造,油脂類の改質などの原料,金属鉱石(酸化物)の還元剤,アニリン,ナイロン 66 ,メチルアルコール製造における還元剤,燃料電池,ロケットの燃料に使用されている。
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水素化合物と水素化物
水素は,周期表 18族の希ガス元素を除き,ほとんどすべての元素と水素化合物( hydrogen compound )を作る。
水素化合物とは,水素と化合した物質の総称である。この中で水素と他の元素とから構成される 2元素化合物を特に水素化物( hydride )と呼ぶ。
水素化物は,結合様式と反応性など物性の違いにより次の 3種に分類される。
侵入型固溶体
金属層に水素が入り込んだ介在型の化合物。
イオン結合型水素化物
水素より電気陰性度の低い元素(陽性元素)との化合物。
共有結合型水素化物
水素より電気陰性度の大きい元素(陰性元素)との化合物。
一般的に水素化物と称した場合は,イオン結合型水素化物を指す場合が多い。
ここでは,侵入型固溶体とイオン結合型水素化物を紹介し,共有結合型水素化物については次項で紹介する。
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侵入型固溶体
金属結合をもつ単体金属は,緻密な結晶構造を持つが,水素のように小さい原子は,結晶構造のすき間に入り込み,結晶構造を変えないで化合物を作ることができる。
これを侵入型固溶体( interstitial solid solution ),侵入型化合物( interstitial compound )又は介在型化合物などという。
この化合物は,化学反応により生成した化合物ではないため,元素組成は,倍数比例の法則( law of multiple proportion )に従わず,必ずしも一定の整数にならないことが多い。
侵入型固溶体の活用例としては,水素貯蔵を目的とした水素吸蔵合金がある。金属の結晶構造内への水素侵入によるディメリットには水素脆性(水素脆化)がある。
水素の他に窒素,ホウ素や炭素も遷移金属と侵入型固溶体を作るが,電気陰性度の大きい酸素やハロゲン元素とは侵入型固溶体を作らない。
【参考】
水素吸蔵合金( hydrogen absorbing alloy )
多量の水素を可逆的に吸蔵・放出できる合金。吸蔵・放出は,水素圧と温度の条件に依存し,低温・高圧下で吸収,高温・低圧下で放出する。材料には,希土類系,チタン系,マグネシウム系などがある。
水素脆性( hydrogen embrittlement )
読み「すいそぜいせい」,水素脆化ともいい,金属が水素を吸収して靭性(じんせい)が低下す現象を指す。腐食分野やめっき分野では,実用上の不具合の一つとして,JIS規格に次のように定義している。
腐食,酸洗い,電解,溶接などによって生じた水素が金属中に吸蔵されて,材質がもろくなる現象。【JIS Z0103「防せい防食用語」】
前処理及びめっき処理の過程で,被めっき物が水素を吸蔵して延性又はじん(靱)性が低下する現象。【JIS H0400「電気めっき及び関連処理用語」】
引張り力と腐食とが同時に作用する場合におこる応力腐食割れ( stress corrosion cracking )の原因の一つであり,溶接構造物におこりやすい。破壊現象が現れるまでに時間を要するため,遅れ破壊( delayed fracture )ともいう。
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イオン結合型水素化物
一般的に水素化物という場合,この化合物を指す場合が多い。すなわち,水素より電気陰性度の小さい水素を除く周期表 1族(アルカリ金属元素),ベリリウムを除く周期表 2族(マグネシウム,アルカリ土類金属),周期表 3族の希土類元素(スカンジウム,イットリウム及びランタノイドの 17元素),及び周期表 13族のアルミニウムの化合物で,一般式 MHn ( n:1~3 の整数)で示される。
イオン結合型水素化物は,水素化物イオン( H- )を持ち,水や酸との接触で 水素( H2 )と水酸化物イオン( OH- )を生成する。
H- + H2O → OH- + H2
第 1族元素の水素化物
アルカリ金属の水素化物は,正のアルカリイオン( M+ )と負の水素化物イオン( H- )とからなる塩である。溶融したアルカリ金属に水素を接触させることで得られ,塩化ナトリウム型の結晶構造を持つ。水と接触すると分解し,水素の発生を伴う強い還元性を呈する。
水素化リチウム( LiH : lithium hydride )
融点 680 ℃で,720 ℃で分解する青灰色の固体である。アルカリ金属の水素化物中で最も安定で,常温の乾燥空気中では分解しないが,光で分解し黒くなる。
有機溶媒の脱水,塩化アルミニウムと反応させ有機化学での還元剤である水素化アルミニウムリチウムの製造に用いられる。
水素化ナトリウム( NaH : sodium hydride )
融点はなく,800 ℃でナトリウムと水素に分解する白色(灰色)の固体である。
有機合成において,縮合反応の試薬,OH基,NH基,SH基からプロトン( H )を引き抜くのに用いられる。
水素化カリウム( KH : potassium hydride )
360 ℃で分解する無色の固体である。水素化カリウムは非常に強い塩基で,その塩基性は水素化ナトリウムよりも強い。有機化合物から酸性プロトン( H+ となり電離し易い水素)を除去する際に用いられる。
水素化ルビジウム( RbH : rubidium hydride )
170 ℃で分解する白色の固体,強い還元剤として働き,空気および水と激しく反応する。
第 2族元素(ベリリウムを除く)の水素化物
マグネシウムは高圧加熱下で水素と反応し,アルカリ土類金属( Ca , Sr , Ba )は単体を水素気流中で加熱することで,一般式 MH2 の水素化物が得られる。水と接触すると分解し,水素の発生を伴う強い還元性を呈する。加熱することで,再び単体に分解する。
水素化マグネシウム( MgH2 : magnesium hydride )
融点 651 ℃,灰色の固体である。比較的安全な水素貯蔵材料,水素発生入浴剤としての用途がある。
水素化カルシウム( CaH2 : calcium hydride )
融点 651 ℃,白色(灰色)の固体である。有機合成において比較的マイルドな乾燥剤(水分除去)として用いられる
第 3族元素(希土類金属)の水素化物
希土類金属は,金属原子 1個当たり最大 3個の水素原子を吸収して,超高濃度水素化物となるため,高性能水素貯蔵材料の構成元素として注目されている。
第 13族元素のアルミニウム
水素化アルミニウム(AlH3 : aluminum hydride )
融点 150 ℃の白色(無色)の固体で,極めて酸化されやすく空気中で自然発火するため,研究目的の有機合成での還元剤以外の用途はない。
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