第四部:無機化学の基礎 金属元素(遷移元素)
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ここでは,遷移元素周期表 3族(ランタノイド系ネオジムまで)の金属元素について, 【周期表 3族について】, 【スカンジウム】, 【イットリウム】, 【ランタン】, 【セリウム】, 【プラセオジム】, 【ネオジム】 に項目を分けて紹介する。
周期表 3族について
周期表 3 族に分類される元素は最も多く,スカンジウム( Sc ),イットリウム( Y )の他に 15 種のランタノイド系元素とアクチノイド系元素の合計 32 種の元素が含まれる。
なお,金属の分類で紹介するように,アクチノイド系元素を除く 17 種の元素を希土類元素(レアアース)といい,レアメタルに分類される元素の一部でもある。
ここでは,スカンジウム( Sc ),イットリウム( Y )とランタノイド系元素のランタン( La ),セリウム( Ce ),プラセオジム( Pr ),ネオジム( Nd )までを紹介し,他のランタノイド系元素とアクチノイド系元素は別途で紹介する。
次表には,これらの元素の基礎物性を紹介する。比較のため,身近な金属単体として,アルミニウム,鉄の値も併記する。
なお,ポーリングの電気陰性度,イオン化エネルギーは別途紹介している。なお,これらの値は,算出に用いる解離エネルギー値や結合エネルギー値の改訂で変わるので,紹介した値は最新値ではなく,引用文献での値である。
【参考】
レアメタル( rare metal )
希少金属ともいわれ,以下の ①~④ のどれか一項目を満たし,かつ ⑤ の条件にあてはまるものをいう。
① 存在する量が少ない
② 鉱床を作らず,広く薄く分布している
③ 鉱床を作っても,特定の国や地域に限定されている
④ 鉱物からの取り出し,精製が難しい
⑤ 現代の産業に欠かせない素材である
レアメタル以外の金属はコモンメタル( common metal :汎用金属)という。チタン( Ti )のように,④と⑤でレアメタルに分類される元素は,精錬技術の向上などによりレアメタルからコモンメタルに変更される可能性がある。
元素記号 | Sc | Y | La | Ce | Pr | Nd | Al | Fe |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|
原子番号 | 21 | 39 | 57 | 58 | 59 | 60 | 13 | 26 |
原子量 | 44.96 | 88.91 | 138.90 | 140.116 | 140.908 | 144.242 | 26.98 | 55.85 |
融点(℃) | 1541 | 1526 | 920 | 795 | 935 | 1024 | 660.3 | 1538 |
密度(×106 gm-3) | 2.985 | 4.472 | 6.162 | 6.77 | 6.77 | 7.01 | 2.70 | 7.87 |
結晶構造 | hcp | hcp | *1 | fcc | *1 | *1 | fcc | bcc |
格子定数(×10-10 m) | 3.309 , 5.273 | 3.647 , 5.731 | 3.770 , 12.159 | 5.161 | 3.673 , 11.835 | 3.658 , 11.799 | 4.0496 | 2.867 |
ビッカース硬度( MPa ) | ? | ? | 491 | 270 | 400 | 343 | 167 | 608 |
電気抵抗(×10-8 Ωm:20℃) | 56.2 | 59.6 | 61.5* | 82.8 | 70 | 64.3 | 2.82 | 9.61 |
熱伝導率( W m-1K-1:300K) | 15.8 | 17.2 | 13.4 | 11.3 | 12.5 | 16.5 | 237 | 80.4 |
備考: hcp (六方最密充填,ちよう密六方),fcc (立方最密充填,面心立方格子),bcc (体心立方格子)
*1:六方最密構造( hcp )がABAB型の積み重ね構造に対し,軸長が 2 倍になるABACABAC型の六方最密積み重ね構造で複六方最密構造という。
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スカンジウム( Sc )
スカンジウムの鉱石・鉱物としては,トルトベイト石( (Sc,Y)2 Si2O7 )が知られているが,工業的には,ウランを精製する際の副産物として採取される。
比較的希少な金属(レアメタル)で,イットリウムと共に希土類元素に分類される。
スカンジウム単体は,六方最密充填構造(α-Sc )が常温常圧で安定な結晶構造を持つ。
水にはゆっくり溶け,熱水や酸には容易に溶ける。常温の空気中で酸化され,三価が安定な原子価となる元素である。概して,アルミニウムに類似した性質を示す。
用途例
スカンジウム単体は,反応性が高いとともに,価格も高いため,単体としての実用はなく,有機合成などの有機化学での触媒や合金成分などの添加物として利用されている。
有機化学においてルイス酸触媒(金属錯体などのルイス酸の触媒)として,トリフルオロメタンスルホン酸スカンジウム( Sc (O3SCF3)3 )が,溶媒中での炭素-炭素結合形成反応の触媒として用いられる。
スカンジウムは,アルミ合金へ少量添加(アルミニウム-スカンジウム合金)することで強度が増すので,軽量・高強度素材として,航空宇宙用部品,スポーツ用品の材料として利用されることもある。最近では,同等の性能を持つチタン合金が主流となっている。
野球場などのスタジアム,大規模の体育館,工場などで用いるメタルハライドランプにヨウ化スカンジウム( ScI3 )がヨウ化ナトリウムとともに使われる
酸化ジルコニウム(Ⅳ)に酸化スカンジウム(Ⅲ)を固溶させたスカンジア安定化ジルコニアが固体酸化物燃料電池の電解質として利用される。
他に,ニッケル・アルカリ蓄電池の陽極,ジルコニア磁器のひび割れ対策などの用途がある。
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イットリウム( Y )
イットリウムは,ほとんどの希土類鉱石(バストネサイト: (Ce, La, etc.)(CO3)F ,モナザイト: (Ce, La, etc.)PO4 ,ゼノタイム:YPO4,ログナン粘土など)に含まれる。ランタノイドと化学的性質が似ているので希土類元素である。
地殻中の存在量は,銀の約 400倍と多いが,他の希土類元素との分離精製が困難なため,レアメタルに分類される。
反応性
イットリウム単体は,銀光沢をもつ軟らかい金属である。純粋な単体は,空気中で表面に酸化イットリウム(Ⅲ)( Y2O3 )被膜を形成し安定に存在できる。ただし,イットリウム粉末は,空気中で不安定となり,400 ℃以上で自然発火する。
イットリウム単体を窒素気流中で 1000 ℃に加熱すると窒化イットリウム( YN )を生成する。200℃以上でハロゲンと反応してふっ化イットリウム(Ⅲ:YF3 ),塩化イットリウム(Ⅲ:YCl3 ),臭化イットリウム(Ⅲ:YBr3 )などのハロゲン化物をつくる。
同様に,炭素,リン,セレン,ケイ素,硫黄などとも高温で反応し二元化合物( 2 種の元素を含む化合物)をつくる。このように,イットリウム(Ⅲ)としてさまざまな無機化合物を作る。
イットリウム単体やその化合物は,水と容易に反応し,Y2O3 を生成する。また,多くの酸と容易に反応するが,濃硝酸やふっ化水素酸との反応性は高くない。
有機化学では,炭素・イットリウム結合を持つ化合物を有機イットリウム化合物という。そのなかには,三量体化反応の触媒として用いられるものもある。
用途例
中心電極にイットリウム合金を用いた高性能点火プラグ(スーパープラグ)がある。赤色蛍光体( YVO4 ,Y2O2S など)として,ブラウン管ディスプレイやLEDに使われている。
イットリウム・鉄・ガーネット(代表組成 Y3Fe5O12 )は,YIGと呼ばれ,人工ガーネット(柘榴石:ケイ酸塩鉱物)の製造,マイクロ波用磁性材料,音響エネルギー発信機や変換器などに用いられる。
イットリウム・アルミニウム・ガーネット( Y3Al5O12 )は,YAG と呼ばれ,モース硬度 8.5 の模造ダイヤ,固体レーザーの発信用媒体,白色 LED の蛍光体などに使われる。
他に,金属の改質を目的とした添加剤,電気フィルタ,高温超伝導体(イットリウム・バリウム・銅酸化物),医療技術での応用など様々な分野で利用されている。
有機化学では,炭素・イットリウム結合を持つ化合物を有機イットリウム化合物という。そのなかには,三量体化反応の触媒として用いられるものもある。
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ランタノイド系:ランタン( La )
ランタンは,希土類鉱石(バストネサイト: (Ce, La, etc.)(CO3)F ,モナザイト: (Ce, La, etc.)PO4 など)に含まれる。
ランタン単体は,白色の金属で,複六方最密充填構造が常温,常圧で安定な結晶構造となる。
反応性
ランタン単体は,空気中で表面が酸化され比較的安定に存在する。高温の空気中では酸化ランタン(Ⅲ)( La2O3 )となる。また,水にゆっくりと溶け,酸には容易に溶解する。
用途例
セラミックコンデンサにや光学レンズの材料に La2O3 が用いられる。水素吸蔵合金としては,LaNi5 が利用されている。
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ランタノイド系:セリウム( Ce )
セリウムは,希土類元素の中で最も豊富に存在する元素で,さまざまな鉱物中に存在する。含有量の多い鉱物には,リン酸塩鉱物のモナザイト: (Ce, La, etc.)PO4 とふっ化鉱物のバストネサイト: (Ce, La, etc.)(CO3)F がある。
セリウム単体の安定な結晶構造は,常温では面心立方格子構造( fcc ,β型)で,高温( 730℃以上)で体心立方格子構造( bcc ),低温では六方最密充填構造( hcp ,α型)である。
反応性
セリウム単体は,軟らかく延性に富む金属であり,空気中で容易に酸化され,最終的に酸化セリウム(Ⅳ)( CeO2 )になる。150℃以上では速やかに酸化し発火に至る。セリウムは,酸化数 +2 ,+3 ,+4 を取れ,+3 が最も多い。酸化数 +4 が安定なランタノイド系元素はセリウムのみである。
セリウム単体は,冷水には徐々に,熱水には速やかに反応し,水酸化セリウム(Ⅲ)( Ce (OH)3 )を生成する。すべてのハロゲンと直接反応し,3 価のハロゲン化物を生成する。無機酸やアンモニアには容易に溶解する。
用途例
光学レンズ研磨などのガラス研磨剤として,鉱物(バストネサイト)を粉砕した粉末が用いられる。鉱物に含まれる酸化セリウムやフッ素がガラスと化学反応を起こし化学機械研磨が生じるため,精密な研磨に重用されている。
レンズ以外の研磨用途では,液晶パネル,水晶,石英などケイ酸系の宝石の研磨に利用されている。
ハードディスクなどのガラス基板,多層化集積回路の層間絶縁膜平滑化など電気部品の研磨には,精製した高純度酸化セリウムが用いられる。
酸化セリウムの大きい屈折率,紫外線の吸収・遮蔽性能を利用し,紫外線遮断(UVカット)ガラスや化粧品に用いられる。
他に,黄色蛍光体,放射線検出シンチレータ材料( CeF3 ),黄色系顔料( CeO2 ),磁性材料( CeCo5 ),航空機用・高強度アルミニウム合金やマグネシウム合金に添加,自動車排ガス浄化を目的とする三元触媒(炭化水素,一酸化炭素,窒素酸化物を同時に処理する触媒)の助触媒,固体酸化物燃料電池にサマリアドープトセリア( SDC )やガドリニアドープトセリア( GDC ),鎮静・鎮吐用途の医薬品(シュウ酸セリウム),有機合成化学(硝酸セリウムアンモニウム)などが挙げられる。
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ランタノイド系:プラセオジム( Pr )
プラセオジムは,モナザイト: (Ce, La, etc.)PO4 など)や花崗岩や玄武岩などに含まれる。
プラセオジム単体は,展性と延性のある銀白色の金属で,複六方最密充填構造が常温,常圧で安定な結晶構造となる。約 800℃以上では体心立方構造( bcc )が安定構造となる。
反応性
プラセオジム単体は,常温の空気中で,表面が黄色の酸化物で覆われる。約 300℃以上の高温で 3 価の Pr と 4 価の Pr で構成される酸化プラセオジム(Ⅲ,Ⅳ) Pr6O11 を生成する。熱水と徐々に反応し水素,水酸化物を生成する。酸には容易に溶解する。
用途例
酸化プラセオジム(Ⅲ,Ⅳ)は,ガラス着色や釉薬の顔料(黄緑色)の他に,ファインセラミックス,超電導材料にも用いられる。同様の用途に,多くのプラセオジム化合物(酢酸プラセオジム(Ⅲ),炭酸プラセオジム(Ⅲ),塩化プラセオジム(Ⅲ)など)が用いられている。
他に,光ファイバー増幅器への添加剤,プラセオジム磁石の材料,特殊合金の添加剤に用いられている。
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ランタノイド系:ネオジム( Nd )
ネオジムは,希土類鉱石であるモナザイト: (Ce, La, etc.)PO4 とふっ化鉱物のバストネサイト: (Ce, La, etc.)(CO3)F に含まれる。単体のネオジムは,無水塩化ネオジムを融解塩電解,カルシウムやナトリウムを用いた還元で得られる。
ネオジム単体は,銀白色の金属で,常温・常圧では,複六方最密充填構造が安定である。
反応性
ネオジム単体は,常温の空気中で表面が酸化され,その後の酸化が抑制される。高温で燃焼し,淡赤紫色の酸化ネオジム(Ⅲ)( Nd2O3 )を生成する。ハロゲン元素と直接反応し,ハロゲン化物を生成する。
熱水とは徐々に反応して,水素および水酸化物を生成する。酸には容易に溶解し,3 価の水和イオンを生成し赤褐色を呈する。
用途例
ネオジムは,強力な永久磁石として有名なネオジム磁石( Nd2Fe14B )の原料となる。
その他には,ガラスの着色剤,超伝導体,固体レーザーの添加物として,プラセオジムとの合金は,防眩ガラス,防塵ガラス,特殊合金の材料となる。
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