第四部:無機化学の基礎 生活と無機(電気通信材料)

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  ここでは,光通信で用いられる半導体レーザの理解のため, 【レーザとは】, 【レーザの種類】, 【レーザの基本原理】, 【半導体レーザについて】 に項目を分けて紹介する。

  レーザとは

 レーザ( laser )
 Light Amplification by Stimulated Emission of Radiation の頭文字で,直訳すると輻射の誘導放出による光の増幅となる。
 JIS Z 8113「照明用語: Lighting vocabulary 」では,
 “誘導放出によって,コヒーレントな光放射を放出する光源。”
と定義されている。

 コヒーレント放射( coherent radiation )
 “放射の伝ぱん路中の任意の 2点間において,電磁振動の位相差が一定に保たれている単色放射。”
と定義されている。

 レーザ関連の主な用語は,JIS Z 8113 「照明用語」の他に JIS C 5940 「光伝送用半導体レーザ通則: General rules of laser diodes for fiber optic transmission 」,JIS C 6180 「レーザ出力測定方法: Measuring methods for laser output power 」,JIS C 6802 「レーザ製品の安全基準: Safety of laser products 」などで定義されている。

 一般的には,コヒーレントな光放射(レーザ光を作るための装置(発振器・増幅器)をレーザという。
 レーザ光には,一般的な光と比較し,単一波長(波長範囲が狭い)で,位相が揃い,指向性が良く(集光性が良く広がらない),エネルギー密度が高い(高輝度)などの特徴がある。

 レーザ製品
 レーザ光の特徴を利用した材料の切断などの加工用,レーザメスなど医療用,情報伝達用,データの読み書き用,掲示板など情報の表示用,物理的及び光学的現象の実演用,ディスプレイなどの商業用,玩具等の娯楽用など様々のレベルの機器で利用されている。
 このため,JIS C 6802「レーザ製品の安全基準: Safety of laser products 」では,レーザ光の波長と被ばく量を基準に,目や皮膚に与える影響により,レーザ製品を直接被ばくしても安全なクラス 1 から直接観察のみならず反射光の観察も危険で火災の可能性もあるクラス 4 まで 7種に分類している。

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  レーザの種類

 レーザの分類には,レーザ光放出に用いる媒質の状態により,気体レーザ,液体レーザ,固体レーザ,半導体レーザに,発振方法により,連続して放出する CW レーザ,断続的に放出するパルスレーザに分けられる。また,レーザ光の波長により,X線レーザ,紫外線レーザ,可視光線レーザ,赤外線レーザにも分けられる。

 媒質の状態による分類例
 気体レーザ
  ヘリウムネオンレーザ( He – Ne ),アルゴンイオンレーザ( Ar+ ),二酸化炭素レーザ( CO2 ),金属蒸気レーザ,エキシマレーザなどがある。
 二酸化炭素レーザ:炭酸ガスレーザとも言われ,波長 9.2 ~ 10.8 μmの幅に2つのピークを持ち,高出力(~ 100 kW )が得られる赤外線レーザで材料加工(切断,溶接,熱処理)などに利用されている。
 エキシマレーザ:希ガス元素とハロゲン分子の混合ガスを用いたレーザで,発振波長は,Ar・F :193 nm ,Kr・F : 248 nm ,Xe・Cl : 308 nm ,Xe・F : 351 nm と紫外線レーザで,光化学反応,フォトエッチング,歯科治療などに利用されている。
 液体レーザ
 有機色素を有機溶媒に溶かした色素レーザは,色素や共振器の調節で波長を連続的に選択できる特徴があり,分光分析などで利用される。また,赤あざ治療などの整形外科(美容整形)などでも利用されている。
 固体レーザ
 ルビーレーザ:クロムを添加したルビー( Al2O3 )を用いた波長 694.3 nm (赤色)のレーザで,材料の加工(スポット溶接,穴あけなど),シミ・ホクロ消しなど医療用途(特に美容),ホログラフィーなどに利用されている。
 YAGレーザ:イットリウム・アルミニウム・ガーネット( Y3Al5O12 )を用いた固体レーザで,イットリウムの一部を他の希土類元素で置換した種々のYAGレーザがある
 工業用・医療用・研究用として最も多く用いられるものに,ネオジム( Nd )をドープした Nd:YAGレーザ(波長 1064 nm :赤外線)がある。エルビウム( Er )をドープした Er:YAGレーザ(波長 2940 nm 程度)は,レーザ光が水に吸収(蒸気爆発)される特徴を利用し,歯垢の除去,骨の除去などの治療に利用されている。
 半導体レーザ
 媒体が半導体の場合は,固体レーザと区別される。半導体レーザは,小型で消費電力が少ないため,玩具,家電品,レーザポインター,光ディスクへの信号の読み書き,光通信など身近な分野に応用されている。半導体レーザの詳細については,別項目として後述した。

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  レーザの基本原理

 レーザ発振器は,光共振器(キャビティ,その中の媒質,および媒質を励起ポンピングするための装置から構成される。

 キャビティ
 媒質を挟んで 2 枚の鏡が向かい合う構造が一般的で,キャビティの長さの整数分の一の波長を持つ光は,鏡の間をくり返し往復することで定常波を形成できる。すなわち,キャビティは,用いる媒質から得られるレーザ光の波長の整数倍となるように設計される。
 キャビティの向き合う 2 枚の鏡のうち, 1 枚を半透鏡(光の一部を透過する鏡)にすることで,光の一部をレーザビームとして外部に取り出すことができる。

 媒質
 励起によって,誘導放出が優勢な状態(反転分布状態を形成できるものが用いられる。この状態では,キャビティ内の光は,媒質を繰り返し通過することで,誘導放出により増幅される。
 反転分布( Population inversion )状態とは,ポンピングにより基底状態の分子数より励起状態の分子数が多くなる状態をいう。

 ポンピング
 媒質の反転分布状態を維持できるエネルギーを,光,放電,化学反応,電子衝突などさまざまな方法で与える。例えば,励起にレーザ光を用いる方法(色素レーザなど),外部から電流を注入する方法(炭酸ガスレーザ,半導体レーザなど)がある。

レーザの原理図

レーザの原理図
元図出典:オムロンレーザーフロント(株)レーザの基礎知識

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  半導体レーザについて

 半導体レーザ( semiconductor laser )は,ダイオードレーザ( diode laser ),レーザダイオード( laser diode : LD )とも呼ばれ,半導体の構成元素によりレーザ光の中心周波数(色)が決まる。

 発光の原理
 発光ダイオードで紹介した発光原理と同様に,pn接合の半導体に数ボルト程度の電位差で電子と正孔を注入し,再結合でバンドギャップに相当するエネルギーを光として放出する現象を利用している。
 発光ダイオード( LED )の光と半導体レーザ( LD )の光の違いは,波長と位相の分布程度にある。
 LED の光は,バンドギャップの差に相当する波長を中心にある程度の幅を持つ周波数分布である。LD の光は,LED に比較して分布幅が狭い。
 LED では,電子と正孔の再結合がランダムに発生するので,光の位相はバラバラであるが,LD では,次に紹介するように,キャビティに格子回折構造を持ち,反転分布状態を維持できる状態では,同位相の光が増幅され位相が揃う。
 なお,周波数分布が狭く,位相がそろった光は,干渉し易いためコヒーレンス( Coherence )の高い光(コヒーレント光)といわれる。

半導体レーザの基本構造

半導体レーザの基本構造
元図出典:ソニーレーザーダイオード

 半導体レーザのキャビティについて
 電子と正孔を接合部の狭い領域に高密度に注入することで,最初に放出された光がキャビティ内を往復することで,次々と誘導放出する。
 キャビティ内を光が往復するためには,両端に鏡が必要となる。この鏡に相当するのは,半導体のへき開面( cleavage plane )である。へき開面は,結晶面に沿って割れた面で,平滑性が著しく高く,半透鏡に用いられる。
 一般的な半導体レーザは,下図に例示すように,キャビティ内部の発光層に波打ち構造(回折格子構造を持つ分布帰還( Distributed Feedback : DFB )型レーザである。DFBレーザでは,活性層で発生した光のうち回折格子の作用を受けた光だけが共振器内に戻るため,特定波長の光のみが強め合うことになる。

DFB レーザの構造例

DFB レーザの構造例
元図出典:富士通研究所やさしい技術講座・半導体レーザ

 半導体レーザの製造例
 半導体レーザでは,ガリウム( Ga )とひ素( As )のガリウムひ素結晶( GaAs )など複数の元素から構成される半導体(化合物半導体が用いられる。なお,ガリウムは周期表 13族の元素で,ひ素は周期表 14族のゲルマニウム( Ge )を挟んだ周期表 15族の元素である。
 ガリウム砒素結晶は,化合物半導体の代表的な材料で,結晶内の電子の移動がけい素( Si )より早いので,半導体レーザや超高周波デバイスなどに使用されている。
 半導体レーザの製造は,ガリウム砒素などの単結晶基板に,気体から結晶成長を行わせる方法が採られる。有機金属の熱分解を利用した化学反応で結晶成長を行う方法を,有機金属気相成長法( MOCVD : Metal Organic Chemical Vaper Deposition )といい,結晶成長膜の均一性がよく,同時に多数の処理ができるなどの特長がある。
 他に,分子線エピタキシ( MBE : Molecular Beam Epitaxy ),液相成長( LPE : Liquid Phase Epitaxy )などの方法もある。

半導体レーザの製造工程例

半導体レーザの製造工程例
図出典:ソニーレーザーダイオード

 半導体レーザの種類と用途
 光ケーブルに用いる光伝送用半導体レーザについては,JIS C 5940 「光伝送用半導体レーザ通則: General rules of laser diodes for fiber optic transmission 」に規定されている。主なものの特徴と用途は次の通りである。
 インジウムガリウムひ素りん/インジウムりん( InGaAsP / InP )
 波長 1300nm ,及び 1550nm (赤外線)のレーザ光で,光ケーブルのシングルモード通信に用いられる。
 アルミニウムガリウムひ素/ガリウムひ素( AlGaAs / GaAs )
 波長 780nm(赤外線)のレーザ光で,通信や CD ,DVD に用いられる。
 アルミニウムガリウムインジウムりん( AlGaInP )
 波長 650nm(赤色)程度のレーザ光で,レーザプリンタ,CD ,DVD ,レーザポインター,バーコードリーダー,家電など広く用いられている。
 なお,CD , DVD などでは,記録・再生のため,波長の異なる 2 つのレーザが用いられる。
 ガリウムナイトライド( GaN )
 波長 405nm(青色)のレーザ光で,ブルーレイディスクに用いられている。

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