第四部:無機化学の基礎 金属元素(遷移元素)

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  ここでは,遷移元素周期表 5族の金属元素について, 【周期表 5族について】, 【バナジウム】, 【ニオブ】, 【タンタル】, 【ドブニウム】 に項目を分けて紹介する。

  周期表 5族について

 周期表 5族に分類される元素,バナジウム( V ),ニオブ( Nb ),タンタル( Ta ),ドブニウム( Db )の概要を紹介する。
 なお,実用材料などに利用される主な元素を太字で示した。また,これらの元素は,レアメタルに分類される。
 次表には,これらの中から実用に供され元素の基礎物性を紹介する。比較のため,身近な金属単体として,アルミニウム,鉄の値も併記する。
 なお,ポーリングの電気陰性度イオン化エネルギーは別途紹介している。なお,これらの値は,算出に用いる解離エネルギー値や結合エネルギー値の改訂で変わるので,紹介した値は最新値ではなく,引用文献での値である。

 【参考】
 レアメタル( rare metal )
 希少金属ともいわれ,以下の ①~④ のどれか一項目を満たし,かつ ⑤ の条件にあてはまるものをいう。
 ① 存在する量が少ない
 ② 鉱床を作らず,広く薄く分布している
 ③ 鉱床を作っても,特定の国や地域に限定されている
 ④ 鉱物からの取り出し,精製が難しい
 ⑤ 現代の産業に欠かせない素材である
 レアメタル以外の金属はコモンメタル( common metal :汎用金属)という。チタン( Ti )のように,④と⑤でレアメタルに分類される元素は,精錬技術の向上などによりレアメタルからコモンメタルに変更される可能性がある。


周期表 5 族元素(単体)の基礎物性(参考; Al, Fe )
  元素記号    V    Nb    Ta    Al    Fe 
  原子番号    23    41    73    13    26 
  原子量    50.94    92.91    180.95    26.98    55.85 
  融点(℃)    1910    2477    3017    660.3    1538 
  密度(×106 gm-3   6.0    8.57    16.69    2.70    7.87 
  結晶構造    bcc    bcc    bcc    fcc    bcc 
  格子定数(×10-10 m)    3.024    3.300    3.306    4.0496    2.867 
  モース硬度    6.7    6.0    6.5    2.8    4.0 
  電気抵抗(×10-8 Ωm:20℃)    19.7    15.2    13.1    2.82    9.61 
  熱伝導率( W m-1K-1:300K)    30.7    53.7    57.5    237    80.4 
 出典:化学便覧(融点,密度,格子定数,電気抵抗率,熱伝導率),モース硬度(化学便覧など)
 備考: fcc (立方最密充填,面心立方格子),bcc (体心立方格子)

周期表

周期表(2015年)

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  バナジウム( V )

 バナジウムは,天然に広範囲に存在するが,資源としては偏在性が強い。主なバナジウム鉱物には,褐鉛鉱(バナジン鉛鉱: Pb5 (VO4)3 (OH,F,Cl) ),カルノー石( 2(UO2)2 (VO4)2•3H2O ),パトロン石( V2S5 )などがある。バナジウムは,褐鉛鉱の他に,他の金属生産における副産物として産出されている。
 バナジウム単体は,常温・常圧では体心立方格子( bcc )が安定な金属である。単体は,軟らかく,展延性があり容易に圧延加工できる。

 反応性
 バナジウムは,塩酸,希硝酸,希硫酸や塩基とは反応しないが,濃硝酸,濃硫酸,ふっ化水素酸には溶解する。

 用途例
 金属素材としての用途
 バナジウムの主要な用途は,鉄鋼の改質を目的とした添加剤である。鋼にバナジウムを 0.1%程度添加すると,結晶粒の細かい金属構造になり,靭性を損なわないで強度を挙げられ,耐熱性も向上する。
 高張力鋼(高強度低合金鋼)と呼ばれる安価で強靱な鋼として,高層ビル,鋼橋,車両,石油パイプライン用の厚板などに使用されている。
 非調質鋼として,車軸,ボルトなど調質熱処理(焼き入れ,焼きなまし)をせずに強靱さが保証される鋼材として用いられる。
 他には,機械用工具,切削工具,金型工具などのクロムバナジウム鋼(工具鋼ともいう)に,エンジンバルブ,タービンブレードなどに耐熱性ステンレス鋼に用いられている。
 鉄鋼以外の合金では,アルミニウム合金,チタン合金に用いられている。

 化合物としての用途例
 バナジウム化合物は,触媒としても極めて重要で,硫酸製造において,接触法の硫黄酸化触媒として白金触媒に替わり酸化バナジウム(Ⅴ) V2O5 が広く用いられている。 他に,有機化学(例えば無水マレイン酸や無水フタル酸の製造)の酸触媒として,排気ガス処理で用いる触媒としての用途がある。
 バナジウムは酸化数で色彩が変化するので,塗料などの顔料や高温に耐える着色剤(釉薬など)として,例えば,オレンジ色から赤色には酸化バナジウム(Ⅴ)や塩化バナジウム(Ⅲ) VCl3 が用いられる。
 バナジウムを用いた釉薬に用いる顔料には,バナジウム黄( ZrO2 + NH4VO3 )は,1300℃で焼成することで,ZrO2 粒子表面に V2O5 が結合し黄色に発色する顔料,トルコ青( ZrO2 + SiO2 + NaCl + NH4VO3 )は,800℃の焼成で ZrSiO4 にバナジウムイオンが固溶し青く発色する顔料などがある。他にバナジウム・錫系,ビスマス・バナジウム系の顔料が知られている。
 酸化バナジウム(Ⅳ) V2O4 酸化バナジウム(Ⅲ) V2O3 は,温度により電気抵抗が大きく変化するので,酸化物半導体としてサーミスタ(CTR:critical temperature coefficient thermistor )や赤外線カメラの非冷却型の受光素子,CMOSイメージセンサなどに利用されている。

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  ニオブ( Nb )

 天然では,パイロクロア鉱石( (Ca,Na)2Nb2O6 (O,OH,F) ),タンタル石又はコルンブ石( (Fe,Mn)(Nb,Ta)2O6 )として産出される。タンタルに化学的性質がよく似ていて,鉱物中の結晶構造上でも共存している。
 ニオブ単体は,常温・常圧で体心立方格子構造( bcc )が安定で,単体は,軟らかく展性・延性に富み,絶対温度 9.2Kで超電導転移を起こす。

 反応性
 ニオブ単体は,空気中で表面が酸化物被膜(不動態)で覆われ,その後の酸化が進まず,酸化力のある酸やふっ化水素酸を除き,通常の酸や塩基には溶解しない金属である。

 用途例
 ニオブの用途の 90%は,鉄鋼の添加剤である。自動車や石油パイプライン用の高張力鋼,耐海水性ステンレス鋼,タービン用耐熱超合金などで利用されている。
 酸化ニオブ(Ⅴ) NbO5 は,光学ガラス(高屈折率レンズ)の添加剤に用いられている。
 Nb3Ti ,Nb3Sn などの金属間化合物が超電導材料として,MRI装置,リニアモーターカーなどの超電導コイルに利用されている。
 他に,圧電素子,熱電素子,ニオブコンデンサ,高圧ナトリウムランプ,磁性体,ジョセフソン素子などに利用されている。

 【参考】
 超電導と超伝導
 オランダの物理学者ヘイケ・カメルリング・オンネスが 1911年に発見した現象で,物質を非常に低い温度へ冷却したとき,電気抵抗がゼロになる現象をいう。
 日本語表記で,「超電導」と「超伝導」の 2種の表記が用いられている。物理現象として「超伝導」の表記は多いが,日本産業規格( JIS )では,「超電導」を採用している。
 超電導( superconductivity ) JIS H 7005「超電導関連用語」
 ある条件の下で直流電気抵抗がゼロであり完全反磁性とみなされる物質又は材料の性質。
 備考 ある条件とは温度,磁界強度,電流密度に関する条件を指す。
 参考 1. 超電導体の性質を意味する場合,“超電導性”という場合がある。
 参考 2.“超伝導”と書くこともある。
 参考 3. 第二種超電導体では Hc は熱力学的臨界磁界を意味する。
 超電導転移( superconducting transition ) JIS H 7005「超電導関連用語」
 常電導状態と超電導状態との間の転移。

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  タンタル( Ta )

 天然では,タンタル石又はコルンブ石( (Fe,Mn)(Nb,Ta)2O6 )として産出される。ニオブに化学的性質がよく似ていて,鉱物中の結晶構造上でも共存している。

 反応性
 タンタル単体は,ニオブより耐酸性が強く,王水に溶解しないが,硝酸とふっ化水素の混合溶液には溶解する。絶対温度 4.5K で超電導転移を起こす。
 炭化タンタル( TaC )は,モース硬度約 9~10 と非常に硬く,融点 3985℃と全物質中最も高い。

 用途例
 タンタルは,チタンと同様に体液と反応しない無害な金属として,人工骨,人工関節,手術用縫合糸,人工心臓の材料,歯科インプラントの材料に用いられている。金属アレルギーにならない金属として,宝飾品や高級時計に用いられることもある。
 タンタルコンデンサは,小型で安定度がよく,パソコンや携帯電話などに使用されていた。

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  ドブニウム( Db )

 ドブニウムは,原子番号 105 ,原子量(268),安定同位体が存在せず,複数の放射性同位体が知られる天然には存在しない元素である。その中で,ドブニウム 268 の半減期 29時間が最も長い。
 アメリカ合衆国のカリフォルニア大学バークレー校,ソビエト連邦(ロシア)のドブナ研究所で,ほぼ同じ時期に発見された人工の元素である。元素名は,ドブナ研究所の地名から付けられた。

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