第四部:無機化学の基礎 無機分析化学(分析とは)

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  ここでは,化学分析の結果報告時に注意すべき値の扱いに関連し, 【定量値・分析値・測定値の違い】, 【有効数字とは】, 【数値の表し方】, 【量及び単位の表し方】, 【化学分析の信頼性】 に項目を分けて紹介する。

  定量値・分析値・測定値の違い

 結果を表す値の用語により意味が異なる。JIS K 0050 「化学分析方法通則:General rules for chemical analysis 」では,
 測定値(measured value)
  “測定によって得られた値。”
 分析値(analytical value)
  “化学分析の結果として得られた値。”
 定量値(quantitative value)
  “化学種の量を明らかにする操作によって得られた値。”
と定義している。

 すなわち,測定装置で得られた結果が測定値で,分析操作などで行った濃縮や希釈などを考慮し,測定値から元の状態での結果に計算した値が分析値になる。
 定量値は,複数回の繰り返し実施して得られた分析値を用い統計学に基づいて得られた値となる。

 ここでは,測定結果を示す有効数値,数値や単位の表し方,結果の信頼性に関わる統計学的処理(正確度,精密度の関係)などについて紹介する。

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  有効数字とは

 有効数字( significant figures )
 JIS Z 8401 「分析化学用語(基礎部門): Technical terms for analytical chemistry (General part) 」では,
 “測定結果などを表す数字のうちで,位取りを示すだけのゼロを除いた意味のある数字。”
と定義されている。
 ここで,位取りを示すだけのゼロとは,例えば,0.1mgまで計測できる天秤で質量を計測した結果が,0.0140g のときの 0.0に相当する。従って,有効数字は 140となる。
 一般的には,有効数字を明確に示すため,この例では,最後の桁の 0を省略せずに 0.0140g と書き,0.014g とはしない。より明確にするため,有効数字の桁数の明記や,1.40×10-2g や 14.0mg などの記述が推奨されている。

 四則演算の影響
 測定値を処理し分析値を得るために,通常行う四則演算では,有効数字の桁数に対して,次に示す原則を守り,適切な値を表示できるようにする。
 加減算
 分析での加減算は,一般的には同じ単位の場合に行われ,計算結果の有効数値は,精度の悪い測定結果の有効数字の最小桁に制限される。この場合に,有効数値の全桁数が変わる場合も多い。
 例えば,0. mg まで計測できる天秤で物質 A を計測( 0.0140g :有効数値 3桁)し,0.01mg まで計測できる天秤で物質 B を計測( 0.10432g :有効数値 5桁)したとき,物質 A + B の質量は,0.11832g ではなく,精度の悪い天秤の最小桁(小数点以下 4桁)に合わせ,数値の丸め方に従い,0.1183g ( 118.3mg/L )と 4桁の有効数字で表示しなければならない。
 乗除算
 分析での乗除算(濃度や比率の計算)の有効数値は,精度の悪い測定結果の有効数字の全桁数に制限される。
 例えば,物質 A ( 0.0140g :有効数値 3桁)を 300.0L (有効数値 4桁)の全量フラスコに入れて,水で満たしたときの濃度(質量÷体積)は,0.0000466666・・g/L と計算される。
 質量の有効数字 3桁,体積計の有効数字 4桁である。濃度の有効数値は,精度の悪い質量の有効数字の全桁数 桁に合わせたうえに,数値の丸め方に従い,濃度 0.0000467g/L ( 46.7μg/L )と表示しなければならない。

 数値の丸め方
 数値の丸め方は,JIS Z 8401「数値の丸め方: Guide to the rounding of numbers 」に従うのが良い。概要を次に紹介する。
 丸めの幅(通常は有効数字の最小桁)の整数倍がつくる系列の中から選んだ数値に置き換えた数値を丸めた数値と呼ぶ。この場合,次に示す規則を適用する。
 ① 与えられた数値に最も近い整数倍が一つしかない場合には,それを丸めた数値とする。
 例:与えられた数値 12.252は,有効数字の全桁数 3桁の場合に 12.3が丸めた数値となる。
 ② 与えられた数値に等しく近い,二つの隣り合う整数倍がある場合には,規則 A と規則 B の 2種の方法がある。
 規則 A 丸めた数値として偶数倍のほうを選ぶ。
 規則 B 丸めた数値として大きい整数倍のほうを選ぶ。
 例:与えられた数値 12.25は,有効数字の全桁数 3桁の場合に,規則 A では 12.2 ,規則 B では 12.3が丸めた数値である。
 備考
 規則 A には,例えば,一連の測定値をこの方法で処理するとき,丸めによる誤差が最小になるという特別な利点がある。
 規則 B は,いわゆる四捨五入で,電子計算機による処理など広く用いられている。
 規則 A,B を 2回以上使って丸めることは,誤差の原因となる。したがって,丸めは,常に 1段階で行わなければならない。

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  数値の表し方

 分析化学に限らず技術分野では,原則として参考に示す JIS Z 8301 「規格票の様式及び作成方法: Rules for the layout and drafting of Japanese Industrial Standards 」附属書 I “数値・量記号・単位記号・式”の( 1.1.1 数値の表し方)によるのが良いが,実際の文献等では,それぞれの分野における慣例に従う例が多い。
 化学分析の分野では,これに加えて,JIS K 0050 「化学分析方法通則:General rules for chemical analysis 」に規定がある。次には,関連の深い項目を抜粋して紹介する。
 a) “ 1.23 ”のように数値を表す場合,丸めた結果が示した値になることを意味する。
 b) “ 5.0±0.2 ”のように許容差として“±”を付けて数値を指定する場合,丸めた結果が 4.8 ∼ 5.2 の範囲にあることを許容することを意味する。
 c) “ 10~15 ”のように,連続符号“~や-”を付けて範囲を指定する場合,丸めた結果が 10 から 15 までの範囲にあることを許容することを意味する。
 ただし,温度範囲を指定する場合は,範囲の最低値は 1 桁下の目盛の数値を切り捨てた温度を,最高値は切り上げた温度を意味する。
 d) “約 100g ”のように“約”を付けて数値を指定する場合,その数値に近い値を意味し,許容範囲が ±10%では 90g-110g となる。
 g) 体積について“正確に 10mL”のように指定するときは,全量フラスコ,全量ピペット,ビュレットなどを用い,その体積計のもつ正確さで液体をはかることを意味する。
 h) 質量について“正確に 10.0g”を指定する場合と,“約 10g を 1mg の桁まで正確にはかる”を指定する場合とを明確に区別する。前者は丸めた結果が 10.0g ,後者は有効数字が 0.001g の桁であることを意味する。

 【参考】
 JIS Z 8301「規格票の様式及び作成方法: Rules for the layout and drafting of Japanese Industrial Standards 」附属書 1 “数値・量記号・単位記号・式” I.1.1数値の表し方を参考に概要を紹介する。
 a) 小数点は,“.”を用いて表す。従って,原則として欧州の文献に見られる 0,001 及び 0・001 とはしない。海外の文献等をそのまま複製して使用する場合には,“,”を用いてもよいが,注記でその旨を明記する。
 b) 1 未満の小数には,小数点の前にゼロを置く(例えば 0.001 とし .001 とはしない。)
 c) けた数が多い数値を表す場合には,読みやすいように,小数点から数えて左右に 3 けたずつの群に分ける。群の間は,間隔をあけるようにし,コンマなどで区切ってはならない(例えば 23 456 )。なお,年暦を表す 4 けたの数字及び規格番号は,3 けたずつの群に分けてはならない。
 なお,一般的には,JIS 規格の記述に従わず連続して記述する例も多い。
 d) 数値の掛け算は,記号“×”を用いて表す(古い文献に見られる 1.8・103 とはしない。)
 e) 分数・帯分数を表す場合には,分子と分母との間に横線を用いて表す。ただし,文章中では,斜線“/ ”を用いて表すのがよい。

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  量及び単位の表し方

 量及び単位の表し方は,JIS Z 8202 「量及び単位: Quantities and units 」シリーズ,及び JIS Z 8203 「国際単位系 (SI) 及びその使い方: SI units and recommendations for the use of their multiples and of certain other units 」による。
 これに加えて,JIS K 0050 「化学分析方法通則:General rules for chemical analysis 」に規定がある。次に,概要を抜粋して紹介する。

 a) 質量分率体積分率又は物質量分率(モル分率)については,無名数(例えば質量分率 0.5 )で表す。
 数値の後に空白を挿入して,0.01 を表す%又は 0.001 を表す ‰(“パーミル”という。)を用いて表してもよい(例えば質量分率 5 %)。また,5 %(質量分率)と表示してもよい。
 注記 1 :JIS Z 8202-0 には,“質量分率及び体積分率は,5 μg/g 又は 4.2 mL/m3 など組立単位の使用が認められている。
 注記 2 :JIS Z 8202-0 には,“ppm , pphm 及び ppb のような略号は,使用してはならない。”と規定されている。しかし,“強制法規がある場合において,やむを得ない場合”として,例えば計量法で使用を強制する,“質量百分率(%),質量千分率(‰),質量百万分率(ppm),質量 10 億分率(ppb),体積百分率(vol %又は%),ピーエッチ(pH)など”の使用が認められている。
 b) 表に%を用いて表した組成を示す場合,見出し欄に質量分率(%),%(質量分率)などのように,質量分率,体積分率又は物質量分率のいずれであるかを記載する。なお,固体の組成で,質量分率の百分率で表すことが明らかな場合には,単に%だけとしてもよい。
 c) 質量濃度(質量を混合物の体積で除したもの)又は物質量濃度(物質量を混合物の体積で除したもの)の記述においては,体積の測定条件を明示する。ただし,20℃での液体の体積,又は 101.325kPa,0℃での気体の体積の場合は明示しなくてもよい。
 d) 水素イオン活量の逆数の常用対数は,“pH”で表す。

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  化学分析の信頼性

 化学分析結果の信頼性を高めるために,方法の妥当性確認の終了している分析方法の JIS 規格試験や公的に認められる方法を用いるのが良い。
 また,信頼性を確保するためには,可能な限りトレーサビリティが保証された標準物質,又はトレーサビリティを実証できる校正機関の校正サービスを使用するのが良い。

 トレーサビリティ( metrological traceability ; traceability )
 “不確かさが全て表記された切れ目のない比較の連鎖を通じて,通常は,国家標準又は国際標準である決められた標準に関連付けられ得る測定結果又は標準の値の性質。”
と定義されている。

 方法の妥当性確認が終了していない分析方法を使用しなければならない場合は,分析者はその分析方法の用途に応じて,精確さ,真度又は正確さ,精度,併行精度又は繰返し精度,再現精度,検出下限,定量下限,定量範囲,検量線の直線性,頑健性,マトリックス効果などの要因から選択して妥当性確認を行う必要がある。
 精確さ,真度又は正確さ,精度,併行精度又は繰返し精度及び再現精度は,JIS Z 8402 「測定方法及び測定結果の精確さ(真度及び精度): Accuracy (trueness and precision) of measurement methods and results 」シリーズに従い実施するのが良い。

 不確かさ( Uncertainty )
 計測値のばらつきの程度を数値で定量的に表した尺度である。JIS Z 8401 「分析化学用語(基礎部門): Technical terms for analytical chemistry (General part) 」では,“測定の結果に付随した,合理的に測定量に結びつけられる値のばらつきを特徴付けるパラメータ。”と定義されている。
 不確かさの絶対値が大きいほど,測定結果のばらつきの程度も大きいと評価される。不確かさの要因には,試料のサンプリング,試料の前処理,マトリックス効果,分析装置(機器),用具(器具),標準物質及び計算式(近似式)である。

 不確かさの評価では,測定に基づく不確かさ( u )から合成標準不確かさ( uc )を求め,分析の信頼性を評価する。この合成標準不確かさに包含係数を乗じて拡張不確かさ( U )を必要に応じて求める。
 具体的な評価手順などは,国立研究開発法人産業技術総合研究所(産総研)の工学計測標準研究部門 データサイエンス研究グループの不確かさ Webで公開する不確かさ評価入門 や,(公益財団法人)日本適合性認定協会(JAB)の検査機関の認定基準類として公表される JAB NOTE10 試験における測定の不確かさ評価実践ガイドラインなどが参考になる。

 【参考】(用語の定義)
 標準不確かさ( standard uncertainty )
 標準偏差(σ)で表される,測定の結果の不確かさ。u で表す。
 合成標準不確かさ( combined standard uncertainty )
 標準不確かさを不確かさの伝ぱ則に従って合成したもの。uc で表す。
 包含係数( coverage factor )
 拡張不確かさを得るために合成標準不確かさに乗ずる係数。通常は 2∼3 の値。
 拡張不確かさ( expanded uncertainty )
 合成標準不確かさに包含係数を乗じて高い信頼水準をもつようにした不確かさ。U で表す。
 標準偏差( standard deviation )
 分散の平方根の絶対値。実験で求めた場合は実験標準偏差( experimental standard deviation )ともいう。σで表す。
 不確かさの伝ぱ則( law of propagation of uncertainty )
 測定量を与える入力量に関する関係式と各入力量に関する標準不確かさなどから測定量の合成標準不確かさを求める法則。

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