腐食概論鋼の腐食

  ☆ “ホーム” ⇒ “腐食・防食とは“ ⇒ “腐食概論(鋼の腐食)” ⇒

 鋼腐食の基礎

 水素脆化(遅れ破壊)

 水素脆化(hydrogen embrittlement)
 水素脆性ともいい,JIS Z0103「防せい防食用語」では,
 “腐食,酸洗い,電解,溶接などによって生じた水素が金属中に吸蔵されて,材質がもろくなる現象。遅れ破壊(delayed fracture)ともいう。”
 
 腐食が係る金属の割れ現象に関して,既に前節で解説した応力腐食割れは,割れの生成そのものが腐食と応力の相互作用により起きる現象である。
 これに対し,水素脆化は,腐食により生成した水素(原子状の水素)が直接の原因で,遅れ破壊ともいわれるように,金属の割れ現象に腐食現象が直接的に関与していない。このため,腐食分野では応力腐食割れとは区別して扱われる。

 腐食による水素脆化の基本メカニズム
 腐食で発生する原子状の水素(H)は,酸性雰囲気下の腐食で起こり易い酸化還元反応で紹介したように,酸性環境の還元反応(カソード反応)では,分子状の水素(hydrogen , H2が発生する腐食として知られる。
 この場合,金属表面に吸着した水素イオン(H+)が電子(e-)を受け取る還元反応で,原子状の水素(H)が生成する。生成した原子状水素(atomic hydrogen)の多くは,生成後直ちに会合し分子状の水素(H2)として金属表面から離脱する。しかし,一部の原子状水素は,会合する前に金属の内部に浸透できる。
 なお,中性環境の腐食であっても,僅かであるが水素イオンの還元による原子状水素の生成がある。
 
 原子状水素の会合で分子状水素になり易い場合は,金属内部への水素侵入量は極わずかで工学的に問題となる量には至らないが,金属を取り巻く環境に原子状水素の会合を阻害する要因がある場合は,原子状水素として金属表面に滞在する時間が長くなり,結果として金属内部に取り込まれる原子状水素の量が増える。
 原子状水素の会合を阻害する要因として知られるものに,硫化水素がある。応力下にある高張力鋼は,水分を含む硫化水素雰囲気で容易に水素脆化で割れに至ることが知られている。この現象は,SSCC 又は SSC と略される硫化物応力腐食割れ(sulphide stress corrosion cracking)として知られる。

 水素脆化は,同じ量の水素が侵入しても金属種により感受性が異なる
 炭素鋼の場合は,強度の高い,あるいは硬い鋼ほど水素脆化感受性が大きい。SM490以上の高張力鋼で水素脆化感受性が明確に現れる。また,硬さや金属組織の違いによっても感受性が変わると考えられている。

 屋外に架設される鋼橋など,中性環境にさらされる鋼構造物で水素脆化が問題となったのは,高力ボルト(high-tensile bolt , high strength bolt)が採用されてからである。鋼構造物の添接にリベットを用いていた時代からボルトを用いるようになり,1980年代からは,添接部に用いるボルト数の削減を目的に,各種の高力ボルトが使用された。
 その後しばらくして,ボルトの破断事故が多発した。破壊の観察されたボルトでは,ねじ部(ナットとねじ部のすき間)から侵入した水分により,ボルト軸部,ねじ部に腐食が発生していた。このため,破断原因に関する調査・研究が進められ,これまでに陸上構造物では考えられていなかった水素脆化(遅れ破壊)によることが明らかになった。
 これを受けて,各種試験が実施され, F11T 以上の高力ボルトで実用上の問題になることが分かり,その後は F10T 以下のボルト使用が設計上の常識になるとともに,過去に施工された F11T 以上のボルトを用いた添接部に対しては,ボルトの落下防止対策が施されてた。
 【参考】
 応力腐食割れ(SCC:stress corrosion cracking)
 読み「おうりょくふしょくわれ」,腐食と引張応力との相乗作用によって金属材料に割れを生じる現象。【JIS Z0103「防せい防食用語」】
 溶射被膜に応力と腐食環境の相互作用で亀裂が発生し,そのき裂が時間と共に進展する現象。【JIS H8200「溶射用語」】
 硫化物応力腐食割れ(SSCC:sulphide stress corrosion cracking)
 油井や天然ガス井などの硫化水素(H2S)を含む環境(サワーガス環境という)で発生する割れ現象をいう。
 サワーガス環境など塩化物イオン(Cl-)を含む酸性の環境下で鋼の腐食反応が促進され,その過程で発生する水素原子の吸着から水素脆化(水素脆性)する。
 硫化水素(H2S)が鋼表面に存在すると水素原子が分子状の水素(H2)になる結合を阻害すると考えられ,通常の腐食反応による水素侵入量よりも多くの量が侵入し水素脆化を助長する。
 原子状水素(atomic hydrogen)
 地球上では,水素原子の多くは,二原子の結合した分子状水素(H2)として存在するが,宇宙では,全質量の 75%が陽子 1個と電子 1個で構成される水素原子(H)として存在する。この状態の水素原子を原子状水素とも称される。
 水素原子は反応性が非常に高いため、ほぼ全ての元素と結合できる。酸素や窒素などと結びついた反応性の強い水素原子は活性水素(active hydrogen)といわれる。電気分解で発生する水素も反応性が激しく一種の活性水素である。
 高力ボルト(high-tensile bolt , high strength bolt )
 高張力鋼を用いた引張力の大きいボルト。摩擦力により接合する。
 高張力鋼(high tensile strength steels)とは,建築,橋,船舶,車両,自動車その他の構造物用及び圧力容器用として,通常,引張強さ 490 N/mm2以上で溶接性,切欠きじん性及び加工性も重視して製造された鋼材。冷延鋼板では引張強さ 340 N/mm2以上を高張力鋼という。【JIS G 0203「鉄鋼用語(製品及び品質)」】
 ボルトの記号について
 構造物では F10TS10T ボルトがよく用いられる。ボルトの記号の意味は次の通りである。
 最初の記号は,一般的には F は摩擦接合用(for Friction Grip Joints)を意味し,S は構造用(for Structural Joints)を意味する。しかし,土木分野では,高力六角ボルトに F を,これと区別するためトルシア形高力ボルトに S を用いている。
 数値の 10 は強さ 10ton・f・cm-2(100kgf・mm-2)を, は強さが引張り(Tensile Strength)であることを表している。

  ページトップ