第三部:化学反応 酸・塩基とは

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  ここでは,水溶液などの pH 理解に資するため,酸と塩基の 【電離平衡】, 【一価の酸・塩基の電離】, 【電離度と電離定数(オストワルドの希釈律)】, 【多価の酸・塩基の電離】, 【参考:主な酸の電離定数】 に項目を分けて紹介する。

  電離平衡

 【活性化エネルギーとは】で紹介したように,可逆反応において,正反応と逆反応の速度が等しくなった状態を化学平衡( chemical equilibrium )という。  
   電解質の化学平衡については,【平衡定数】で紹介したように,電離平衡( equilibrium of electrolytic dissociation )と称する。  
   
   前項の酸・塩基の“強弱による分類”で紹介したように,溶媒中で電離したモル数の比率の小さい電解質,すなわち電離度( degree of ionization )の小さい電解質であっても,無限希釈電離度が 1 に近づく。  
   実用の電解質溶液は,電解質濃度が比較的高い場合も多い。例えば,強酸である塩酸( HCl )は,希薄な溶液では全ての塩酸が電離するため,電解反応を不可逆反応として扱うことが可能である。  
   しかしながら,実用の濃度( 0.1mol/L 水溶液)では電離度 0.93 と,電離していない塩酸が 7%も存在するため,強酸であっても電解平衡を考慮する必要がある。  
   
   このように,希薄溶液では不可逆反応として扱えるものも,実用レベルの濃度では,可逆反応として扱うのが適切な場合も少なくない。  
   溶液の濃度の影響が大きい電離度は,物性の指標としては扱いにくいため,定量的な評価では,電解質の水への溶解を未電離の分子とイオンとの電離平衡( equilibrium of electrolytic dissociation )として扱い,ここで定められる電離定数( electrolytic dissociation constant )に依るのが一般的である。

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  1価の酸・塩基の電離

 電解質溶液では,イオンと電離していない分子との間で化学平衡(電離平衡が成立する。  
   ここでは,水溶液中での 1価の酸・塩基の電離平衡として,身近な弱酸である酢酸( CH3COOH )と弱塩基のアンモニア( NH3を例に紹介する。  
   
   酢酸の電離平衡  
       CH3COOH +H2O ⇆ CH3COO +H3O  
   このとき,平衡定数 K は,反応物と生成物の濃度を用いて,  
       K = [ CH3COO ] [ H3O ] / [ CH3COOH ] [ H2O ]  
  と記述される。  
   アンモニアの電離平衡  
       NH3 + H2O ⇆ NH4 +OH  
   このとき,平衡定数 K は,反応物と生成物の濃度を用いて,  
       K = [ NH4 ] [ OH ] / [ NH3 ] [ H2O ]  
  と記述される。  
   
   水溶液中での電離(電解質の解離)では,溶液 1リットル中に水分子が約 1000 /18 mol (約 55.6 mol /L )存在する。この量は,例えば 0.1 mol /L 以下の濃度の酢酸やアンモニアに比較して圧倒的に多量となる。  
   このため,電解質の解離が進んでも水分子の量変化を無視することができる。すなわち,水の濃度 [ H2O ] 定数として扱うことができる。  
   従って,電離平衡では,次に示すように,化学平衡の平衡定数 K に溶媒の影響を加味した定数として電離定数( electrolytic dissociation constant )を用いる。  
   電離定数の記号は,に対して Ka (酸解離定数)を,塩基に対してKb (塩基解離定数)を用いるのが一般的である。  
   酢酸の酸解離定数 Ka  
        Ka = [ CH3COO ] [ H3O ] / [ CH3COOH ]  
   アンモニアの塩基解離定数 Kb  
        Kb = [ NH4 ] [ OH ] / [ NH3 ]  
   
   なお,溶媒が水以外の場合(非水溶液)にも同様に扱うことができる。従って,電離定数は,溶媒の種類と温度に影響されるが,物質の濃度には影響されない定数である。  
   電離定数は,物質により大きく異なり,桁数に著しい差があるなど,取扱いが不便なことがある。このため,値が小さい場合に,正の整数で表記できる負の常用対数(底が10 の対数) pKa = - log10Ka ,pKb = - log10Kb で表される場合が多い。  
   
   電離平衡は,他の化学平衡と同様に,濃度が大きくなる場合には補正濃度としての活量を用いる必要がある。  
   
   【参考】  
   水素イオン( H  
   酸塩基反応式などでは,イオン式で( H )と表記するが,水素原子(陽子 1 個,電子 1 個)から電子を放出した陽子 1 個(ヒドロン)は,反応性が著しく高く安定して存在できない。  
   通常は,溶媒と反応(配位結合)した多原子イオン(水の場合はヒドロニウムイオン: H3O )として存在する。 溶媒中での化学反応式で扱う場合は,簡単のために溶媒の水分子を省略し,H と表記する場合が多い。  
   ヒドロニウムイオン( hydronium ion )とオキソニウムイオン( oxonium ion )  
   高等学校教育では,ヒドロニウムイオン( H3O )をオキソニウムイオンと記述している。  
   厳密には,オキソニウムイオンは,3つの化学結合を持つ酸素の陽イオンの総称(一般イオン式 R R’R”O )であり,その中で R ,R’,R”を水素に置き換えた最も単純なものをヒドロニウムイオンという。

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  電離度と電離定数の関係(オストワルドの希釈律)

 1価の酸( AH )の電離平衡において,電離度(α)と酸解離度( Ka )との関係は,次の通りである。  
        AH + H2O → A + H3O  
        Ka = [ A ] [ H3O ] / [ AH ] = C0α × C0α / C0 ( 1 – α) = C0α2 /( 1 – α)  
   ここに,C0 は,電解質の初期濃度である。この関係は,1価の塩基でも成立し,「オストワルドの希釈律」( Ostwald's dilution law )という。  
   
   すなわち,濃度の影響を受ける電離度(α)は,既知の電離定数( Ka 又は Kb )初期濃度( C0の二次方程式の正の解として得られる。  
        C0α2KaαKa = 0  
        ∴ α = [ -Ka + (Ka2 + 4 C0 Ka )1/2 ] / 2C0  
   
   ここで,弱酸など,電離度α≪ 1 の場合には,( 1‐α) ≒ 1  と近似できるので,  
        C0α2KaαKa = C0α2Kaα-1)≒ C0α2Ka  
  とできる。従って,  
        Ka ≒ C0α2       α≒ ( Ka /C0 )1/2  
  となり,弱酸水溶液のヒドロニウムイオン量([ H3O ]),電離度(α),酸解離定数( Ka )の間に,  
        [ H3O ] = C0α≒ ( C0 Ka )1/2  
  の関係が得られる。1 価の弱塩基でも同様に考えられ,[ OH ] ≒ ( C0 Kb )1/2 となる。  
   
   【参考】  
   二次方程式の解の公式  
       aX2 + bX + C = 0    X = [ -b ± ( b2 - 4ac )1/2 ] / 2a

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  多価の酸・塩基の電離

 硫酸( H2SO4 ),リン酸( H3PO4 )などの多価の酸や塩基では,複数の段階を経て電離(逐次解離)する。  
   例えば,炭酸( H2CO3の解離は,水に溶解した二酸化炭素( CO2 )と炭酸との平衡から考えなければならない。  
   関連する反応平衡,電離平衡を個別に示すと次のようになる。  
   なお,電離定数( K )は,桁数に著しい差があり,取扱いが不便なため, pKa = - log10Ka ,pKb = - log10Kb で表示する。  
     ① CO2 ( aq ) + H2O ⇆ H2CO3  
        K = [ H2CO3 ] / [ CO2 ] [ H2O ] = 1.7×10-3 : pK ≒ 2.8
 
     ② H2CO3 + H2O ⇆ HCO3 + H3O  
        Ka = [ HCO3 ] [ H3O ] / [ H2CO3 ] = 2.5×10-4 : pKa ≒ 3.6
 
     ③ HCO3 + H2O ⇆ CO32− + H3O  
        Ka = [ CO32− ] [ H3O ] / [ HCO3 ] = 5.6×10-11 : pKa ≒ 10.2
 
  なお,( aq )は水和を,平衡定数,電離定数は,25 ℃での値を示す。  
   
   実際には,上記の電離第一段階の②は,①の二酸化炭素との平衡の影響を受けるので,見かけ上の電離平衡と電離定数は,次のようになる。  
     ①+② CO2 ( aq ) + H2O ⇆ HCO3 + H3O  
       Ka1 = [ HCO3 ] [ H3O ] / ( [ H2CO3 ] + [ CO2 ] ) = 4.45×10-7pKa1 ≒ 6.35  
     ③ HCO3 + H2O ⇆ CO32− + H3O  
       Ka2 = [ CO32− ] [ H3O ] / [ HCO3 ] = 4.78×10-11          : pKa2 ≒ 10.32  
   多価酸や多価塩基の電離定数は,解離の順に,pKa1pKa2 ,pKb1 ,pKb2 の様に数値を入れて区別する。

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  【参考:主な酸の電離定数】

 
主な酸の電離定数 
  赤字は,強酸に分類される化合物
  酸    電離定数    pKa 
  塩酸 ( HCl )    Ka = [ Cl ] [ H3O ] / [ HCl ] = 1×108    - 8.0 
  硝酸 ( HNO3 )    Ka = [ NO3 ] [ H3O ] / [ HNO3 ] = 2.5×101    - 1.4 
  酢酸 ( CH3COOH )    Ka = [ CH3COO ] [ H3O ] / [ CH3COOH ] = 1.75×10-5    4.76 
  硫酸 ( H2SO4   Ka1 = [ HSO4 ] [ H3O ] / [ H2SO4 ] = 1.0×105 
  Ka2 = [ SO42− ] [ H3O ] / [ HSO4 ] = 1.02×102 
  - 5.0 
  - 1.99 
  炭酸 ( H2CO3   Ka1 = [ HCO3 ] [ H3O ] / [ H2CO3 ] = 4.45×10-7 
  Ka2 = [ CO32− ] [ H3O ] / [ HCO3 ] = 4.75×10-11 
  6.35 
  10.32 
  シュウ酸 ( H2C2O4   Ka1 = [ HC2O4 ] [ H3O ] / [ H2C2O4 ] = 5.4×10-2 
  Ka2 = [ C2O42− ] [ H3O ] / [ HC2O4 ] = 5.4×10-5 
  1.27 
  4.27 
  リン酸 ( H3PO4   Ka1 = [ H2PO4 ] [ H3O ] / [ H3PO4 ] = 7.08×10-3 
  Ka2 = [ HPO42− ] [ H3O ] / [ H2PO4 ] = 6.3×10-8 
  Ka3 = [ PO43− ] [ H3O ] / [ HPO42− ] = 4.17×10-13 
  2.15 
  7.2 
  12.35 
 0.10 mol / L 水溶液の電離度: HCl 0.93 ,HNO3 0.93 ,CH3COOH 0.016  
   化学便覧第五版では,炭酸: pKa1 = 6.11 ,pKa2 = 9.87 ,シュウ酸: pKa1 = 1.04 ,pKa2 = 3.82 ,リン酸: pKa1 = 1.83 ,pKa2 = 6.43 ,pKa3 = 11.46 となっている。

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