第五部:有機化学の基礎 有機化合物の分析

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  ここでは,有機化合物の特定に用いられる分析手段に関連し, 【化学分析について】, 【有機分析の目的と手法】, 【実用有機材料の組成分析手順の例】, 【一般的な有機化合物の分析手法】, 【有機高分子材料の分析手法】 に項目を分けて紹介する。
 第五部では,主に有機物質の化学分析に用いられる方法を紹介し,元素分析や無機物質の化学分析でも共通して用いられる方法に関しては,第四部の【無機分析化学】で紹介する。

  化学分析について

 化学分析と分析化学の違いについて
 【分析化学とは】で紹介したように,分析化学( analitical chemistry )とは,物質を分析する理論や技術を研究する学問分野をいい,物質の化学種( chemical species )を明らかにするための,又はそれを定量するための操作及び技術化学分析( chemical analysis )という。
 材料分野や化学分野で単に分析( analysis )という場合は,一般的には化学分析を指す。

 化学分析の分類
 化学分析は,対象分野,分析目的,分析手法などにより,次に紹介するように分類するのが一般的である。
 対象分野
 無機物質を対象とする無機[化学]分析( inorganic [ chemical ] analysis ),有機物質を対象として取り扱う有機[化学]分析( organic [ chemical ] analysis )に分けられる。
 分析目的
 成分の種類を明らかにする定性分析( qualitative analysis ),量的関係を明らかにする定量分析( quantitative analysis ),化学情報を得るための状態分析( analysis of state )に分けられる。定性分析の行為を定性( qualification ),既知物質と同一であるということを確認する操作を同定( identification ),定量分析の行為を定量( determination )と称する。
 分析手法
 溶液中の反応によって行う湿式分析法( wet analysis ),分析種と定量的に反応する標準液の体積を求める容量分析( volumetric analysis ),一定組成の純物質として分離し質量を求める重量分析( gravimetric analysis ),機器を用いた機器分析( instrumental analysis )という。
 その他の分類
 試料の状態を変えないで行う非破壊分析( non-destructive analysis ),その場分析( in-situ analysis ),生きたままの分析( in-vivo analysis ),試料状態を不可逆に変えて行う破壊分析( destructive analysis ),目的成分を分離して行う分離分析( separation analysis ),分離せずに行う共存分析( non-separation analysis )あるいは同時分析( multi-element/species analysis )などに分けられる。

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  有機分析の目的と手法

 有機化合物構造決定,純度の分析,不純物の同定などを目的とする有機分析では,クロマトグラフ,赤外線分光分析,核磁気共鳴分析,質量分析,元素分析など目的に適した種々の手法を組み合わせて必要な情報を収集するのが一般的である。

 有機化合物の分析
 適用される分析方法は,次に紹介する混合物の分離操作,元素の組成,分子の大きさ(質量),官能基の存在,炭素・水素の構成,状態評価(結晶構造などの状態を知る方法)に分けられる。
 混合物の分離操作
 混合試料 の構成成分の分離回収,各成分の定性・定量などの目的に,ガスクロマトグラフィー( GC ),高速液体クロマトグラフィー( HPLC )などの各種クロマトグラフィーが用いられる。
 元素組成
 構成元素の中でナトリウム( Na )原子番号 11 以上の元素組成を知るには,一般的な蛍光X線分析法( XRF )が,有機化合物の基本元素である水素,炭素,窒素の組成を知るために CHN 元素分析( EA )が実施される。
 分子の大きさ(質量)
 分子の大きさを知るための基本となる分析手法は,質量分析( MS )である。
 試料が混合物の場合には,混合物の分離操作と質量測定を組み合わせたガスクロマトグラフ-質量分析法( GC /MS ),液体クロマトグラフ-質量分析法( LC /MS ),キャピラリー電気泳動-質量分析法( CE /MS )などが試料の状態により選択される。
 分子量の大きい試料や化合物の熱特性を知りたい場合は熱分解ガスクロマトグラフ-質量分析法( Py –GC /MS )などが用いられる。
 官能基の存在
 官能基の存在の確認には,官能基の振動による赤外線吸収を利用した赤外分光分析法( IR ),フーリエ変換赤外分光分析法( FT–IR )が,不飽和化合物や芳香族化合物のπ電子の光吸収を評価する紫外・可視分光分析法( UV /VIS )などが用いられる。
 炭素・水素の構成
 炭素・水素の構成を知るためには,水素原子核の磁気共鳴現象の化学シフトを計測する核磁気共鳴分光法( NMR )が用いられる。
 状態評価
 結晶性のある有機化合物に対しては,結晶構造を知るためにX線回折法( XRD ),小角X線散乱法( SAXS )などが用いられる。。

 有機高分子材料(プラスチックや繊維など)の分析
 実用される高分子材料には,無機化合物を含む場合,複数の材料を組み合わせている場合が一般的で,化合物単体の材料は少ない。
 実用材料(工業材料)の開発においては,構成成分の内容解明,組成を明らかにするために必要な組成分析( Composition Analysis )が実施される。
 この分析では,高分子材料の添加剤組成,高分子材料の構造解析,分子特性(平均分子量,分子量分布,立体規則性,末端基,結合様式など),表面・局部特性の評価など多様な分析法を有機的に組み合わせて必要な情報の収集が求められる。

 一般的な有機分析手法の他に,高分子材料の評価に利用される方法には次の物がある。
 加熱発生ガス-質量分析法(EGA-MS),熱重量ガスクロマトグラフ-質量分析法( TG-GC /MS ),顕微赤外分光分析法(顕微 FT–IR ),ゲル浸透クロマトグラフ分析法( GPC ),クロス分別クロマトグラフ法( CFC ),核磁気共鳴分析法( NMR ),Nano IR /TA ,動的粘弾性法( RSA ),溶融粘弾性法( ARES ),透過電子顕微鏡法( TEM ),走査電子顕微鏡法( SEM ),走査型プローブ顕微鏡法( SPM )などである。

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  実用有機材料の組成分析手順の例

 (株)東レリサーチセンターの HP に紹介される有機組成分析のフローチャートを例に,実用材料の有機組成分析の手順を紹介する。
 例えば,広く実用されるエポキシ樹脂材料は,ビスフェノール A とエピクロヒドリンの縮合重合で得たプリポリマー(プレポリマー)と硬化剤のアミン類を用いた反応で,高分子量の三次元網目構造を持つ材料として得られる。
 さらに,実用材料には,実用目的応じて,色彩,硬さ,強度などの材料特性の制御を目的に顔料や少量の添加剤が加えられる。
 従って,最終製品には,高分子樹脂,顔料,添加剤の他に,未反応のエポキシ樹脂や硬化剤も含まれる。
 これらの成分を適切に分離するため,下図の分析フローに示すように,元素分析により含まれる顔料や添加剤などを推定する。次いで,推定された材料の分離を目的に,溶解特性の異なる適切な抽出溶媒を選定し,分離された溶出物と不溶物の材料組成を分析することになる。

エポキシ樹脂の組成分析の例

エポキシ樹脂の組成分析の例
元図出典:(株)東レリサーチセンター有機組成分析のフローチャート

 分析フローでは,構成材料の推定を目的に,在姿での元素分析を行う。次いで,適切な溶剤を選定し可溶物と不溶物に分離し,それぞれの分析が行われる。次には,代表的な例を紹介する。
 元素分析
 材料を構成する軽元素以外の元素を蛍光X線分析法( XRF )で求め,材料の主成分である軽元素(水素,炭素,窒素)を CHN 元素分析( EA )で求める。
 溶媒抽出
 溶媒 1 による抽出で得られた溶解性の高い添加剤,硬化剤などが混合する抽出物について,
 分子量の小さい化合物をガスクロマトグラフ-質量分析法( GC /MS )で分離定量する。
 分子量の大きい化合物については,分子サイズ別にゲル浸透クロマトグラフ分析法( GPC )を用いて分離し,分取した成分ごとに,赤外分光分析法( IR ),フーリエ変換赤外分光分析法( FT–IR ),核磁気共鳴分析法( NMR ),ガスクロマトグラフ-質量分析法( GC /MS )を駆使して,分離物の化合物の同定と定量を行う。
 不要物の再度の溶媒抽出
 分子量や極性の違いで,溶媒 1に溶解しなかった物質を溶媒 2で抽出する。抽出物は。上記の GPC 分取物と同様の方法を用いて分析する。
 最終的に溶解しなかった成分は,高分子量の樹脂,顔料などの無機化合物と考えられ,元素分析結果と合わせて,想定される成分に適した分析を適用して分析することになる。

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  一般的な有機化合物の分析手法

 試料採取など
 化学分析方法に関する一般的な事項については,JIS K 0050 「化学分析方法通則: General rules for chemical analysis 」に従い,具体的な分析法の選定や試料調整,準備については,【化学分析の流れ】で紹介する手順に従うのが良い。

 分析手法
 蛍光X線分析法( XRF :X-ray fluorescent analysis )
 蛍光 X 線を測定し,物質の定性・定量を行う方法。エネルギー分散方式,波長分散方式などがある。

 CHN 元素分析( Elemental Analysis ( Carbon, Hydrogen, Nitrogen ) : EA )
 スズ製のボートに入れた試料を酸素( O2 )とともに一定時間燃焼させ,燃焼ガス( CO2 ,H2O ,NOx 等)を還元管に送り,窒素酸化物( NOx )を窒素ガス( N2 )まで還元する。還元した混合ガスを水( H2O )吸収管,二酸化炭素( CO2 )吸収管の順に通す。
 吸収した水,二酸化炭素及び透過した窒素を検出することで,試料に含まれる水素,炭素,及び窒素の量が測定される。

 ゲル浸透クロマトグラフィー( Gel Permeation Chromatography : GPC )
 高分子物質の分子量分布,平均分子量測定の手法として用いられる。
 固定相として非吸着性多孔質固体を用い,試料成分の分子の大きさによって分離を行うサイズ排除クロマトグラフィー( size exclusion chromatography ; SEC )の一種で,溶離液に有機溶媒を用いる方法をいう。
 溶離液に水溶液を用いる場合は,試料成分の分子の大きさ,イオン相互作用などによって分離を行う方法は,ゲルろ過クロマトグラフィー( gel filtration chromatography ; GFC )という。
 原理は,高分子鎖が希薄溶液中でとっている大きさ( hydrodynamic volume )と同じ位の大きさの細孔を有する粒状ゲルを充填したカラムを透過すると,分子量の高い分子(分子サイズの大きいも)は,ゲル表面の細孔への浸透( permeation )が少なく速く移動して溶出する。

 核磁気共鳴分光分析法( NMR :nuclear magnetic resonance spectroscopy )
 核磁気共鳴現象を利用して分子の化学組成及び隣接する原子間の距離の解析などを行う分析方法である。

 赤外分光分析法( IR : infrared spectrometry ) 赤外吸収スペクトルを測定して定性・定量を行う分析方法である。この中で,干渉曲線の信号のフーリエ変換によって分光スペクトルを測定する赤外分光光度計をフーリエ変換赤外分光光度計( Fourier transform infrared spectrophotometer ; FT-IR ) という。

 吸光光度分析法( molecular absorption spectrometrry )
 波長約 200 nm~2500 nm の特定の波長における光の吸収を測定して定性・定量を行う方法で,紫外・可視分光分析法( UV /VIS : Ultraviolet /Visible Absorption Spectroscopy )ともいう。

 質量分析( MS :mass spectrometric analysis , mass spectrometry )
 試料をイオン化し,そのイオンを一定速度に加速して,電場及び磁場,又は 4 個の電極から構成した四重極場に導き,飛跡を曲げることによって質量スペクトルを求め,存在イオン種の定性及び定量を行う分析方法である。
 質量分析法と他の分析手段と組み合わせた分析法には,ガスクロマトグラフと質量分析計とを結合したガスクロマトグラフ質量分析計( gas chromatograph /mass spectrometer ;GC/MS ),電気炉での熱分解と GC /MS を結合した熱分解ガスクロマトグラフ-質量分析法( Pyrolysis - gas chromatography /mass spectrometry : Py – GC /MS ),液体クロマトグラフと質量分析計とを結合した液体クロマトグラフ質量分析計( liquid chromatograph /mass spectrometer ;LC/MS ),有機酸,アミノ酸類の一斉分析や低分子量アミン類の高感度分析に効果的なキャピラリー電気泳動と結合したキャピラリー電気泳動-質量分析法( capillary electrophoresis /mass spectrometer : CE /MS )などがある。

 クロマトグラフィー( chromatography )
 複数の分析種が移動相及び固定相の 2 相間でそれぞれ分布する度合いに違いがある場合,一方の相(移動相)を移動させてこれらの成分を分離する方法で,一般的なクロマトグラフィーには次の物がある。
 ガスクロマトグラフィー( gas chromatography ; GC )
 移動相として気体を用いるクロマトグラフィー。被検成分を固定相との相互作用(吸着,分配)の差を利用して,分離,定量する。
 液体クロマトグラフィー( liquid chromatography ; LC )
 移動相として液体を用いるクロマトグラフィー。被検成分を固定相との相互作用(吸着,分配,イオン交換,サイズ排除など)の差を利用して,分離,定量する。
 高速液体クロマトグラフィー( high performance liquid chromatography ; HPLC )
 液体の移動相をポンプなどによって加圧してカラムを通過させ,試料成分を固定相と移動相との相互作用(吸着,分配,イオン交換,サイズ排除など)の差を利用して高性能に分離して検出する方法である。
 なお,イオン成分の分析法として無機化合物(水溶液中のイオン成分)を中心に用いられるイオンクロマトグラフィーは,高速液体クロマトグラフィーの一種である。

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  有機高分子材料の分析手法

 加熱発生ガス-質量分析法( Temperature Programmed Desorption-Mass Spectrometry : TPD-MS )
 温度コントローラ付き特殊加熱装置に質量分析計( MS )が直結され,決められた昇温プログラムに従い加熱された試料から発生する気体の濃度変化を温度または時間の関数として追跡する手法である。
 同様の目的の手法には,加熱による試料の重量変化が計測できる熱重量測定装置( TG )と組み合わせた熱重量ガスクロマトグラフ-質量分析法( TG-GC /MS )もある。

 顕微赤外分光分析法(顕微 FT–IR )
 基本原理は,赤外分光分析法と同様で,試料観測部分が顕微鏡で,専用の検出器を持ち,試料が微量の場合やサンプリングが困難な場合に,顕微鏡下で確認しながら赤外分光分析(赤外吸収スペクトルから原子団や官能基を特定)することができる。例えばポリマー上の異物などの解析に適している。

 ゲル浸透クロマトグラフ分析法( gel permeation chromatography : GPC )
 細孔(ポア)が数多く存在する充てん剤を用いたカラムを用い,小さい溶質分子は充てん剤細孔(ポア)の奥まで浸透するため,溶出時間が長くなり,大きい溶質分子は細孔に入らないため,早く溶出する。
 一般には,疎水性充てん剤と非水系(有機溶媒)移動相を用い,合成高分子の分子量分布測定に用いられる。移動相が水系のものをゲルろ過クロマトグラフィー( GFC )と呼ぶこともある。

 クロス分別クロマトグラフ法( CFC )
 ガラスビーズなどの不活性担体を充填した温度上昇溶離分別( TREF )カラムに,高温の溶解したポリマーを導入し,一定速度で冷却(例えば 135 ℃→ 0 ℃)する。
 これにより,最初に結晶性の高い分岐の少ない成分が不活性担体表面に結晶化され,温度の低下に伴い結晶性の低い分岐の多い成分が順次に結晶化される。
 冷却終了後に,段階的に昇温することで,結晶性の低い成分から順次に溶出する。溶出した成分をゲル浸透クロマトグラフ装置( GPC 部)に導入することで,各成分の分子量分布を解析できる。この装置により,試料の組成分布と分子量分布の相互関係の解析が短時間で可能になる。

 Nano IR /TA
 原子間力顕微鏡( atomic force microscope ; AFM )と化合物の赤外線吸収現象を組み合わせ,nm レベルの空間能で,材料表面の構造(赤外線吸光度や表面硬さの違い)を解析できる。
 原理的には,赤外線を照射し,原子間力顕微鏡のカンチレバーの振動を検出する。カンチレバーの振動は,赤外線の吸収で起きる物質の膨張の影響を受けるので,振幅から赤外線の吸収程度,振動数変動から表面硬さを評価できる。

 動的粘弾性法( Dynamic Viscoelastic Method : DVM )
 試料に微小振幅の正弦波形の歪みを与え,応力や位相に遅れを検出し,各種粘弾性パラメーターを求められる。これにより,高分子材料の相溶性,異方性,振動吸収性,結晶化度,分子量,可塑化度,配向度などの評価,材料のガラス転移温度,強度,耐熱性などの材料特性評価に利用できる。
 これは固体での測定法であるが,液体の粘弾性を計測する方法は,溶融粘弾性法( ARES )という。

 表面拡大観察 材料表面などの拡大観察には,透過電子顕微鏡( transmission electron microscope ; TEM ),走査電子顕微鏡( scanning electron microscope ; SEM ) などの電子顕微鏡が利用される。
 
 結晶構造解析 結晶性の高い物質の結晶構造解析には,X線回折法( X-ray diffraction : XRD ),小角X線散乱法( small angle X-ray scattering : SAXS )が用いられる。

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