第五部:有機化学の基礎 有機化合物の分析

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  ここでは,核磁気共鳴( NMR )分光に関連し, 【核磁気共鳴:装置概要】, 【外部静磁場】, 【回転磁場】, 【分光計】, 【核磁気共鳴( NMR )分光で得られる情報】 に項目を分けて紹介する。

  核磁気共鳴:装置概要

 核磁気共鳴( NMR :nuclear magnetic resonance )分光分析法( spectroscopy )は,静磁場を与える磁石,電磁波(回転磁場)の送受信を行う分光計,検出部にあたるプローブ,制御およびデータ処理を行うコンピュータ部で構成される。
 分析法には,対象とする試料の状態による液体 NMR ,固体 NMR ,低温 NMR ,分光法の違いによる連続波 NMR ,フーリエ変換 NMR ,二次元 NMR などがある。

核磁気共鳴分光分析装置の例

核磁気共鳴分光分析装置の例
図出典 1 :金沢工業大学 先端電子技術応用研究所樋口研究室
図出典 2 :大阪大学大学院 理学研究科分析機器測定室

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  外部静磁場

 共鳴周波数は外部磁場の大きさに依存するため,外部磁場が不均質・不安定な場合には共鳴周波数のばらつきにより,精度の高い測定ができない。
 このため,通常の核磁気共鳴分光法装置では,大きさとして長さ数 cm 以上の試料に対して,磁束密度 1 T (テスラ)程度の均質な強い磁場が確保できる磁石が用いられる。

 可搬型の装置には永久磁石を用いることもあるが,据え置き型の装置には電磁石超電導磁石が用いられる。
 特に,現在主流となっている高感度測定のできるフーリエ変換 NMR( FT–NMR )では,5 T 以上の強力な磁場が必要なめ,超電導磁石を用いるのが通例である。

 磁場の強さについて
 磁束密度の単位T (テスラ,tesla )は,1960 年から国際単位系( SI )として用いられているが,古くら用いられている単位のガウス( gauss ,記号 G )も,磁石などの強さを表す身近な単位として使用されている。
 1T は,「磁束の方向に垂直な面の 1 平方メートル( m2 )につき 1 ウェーバ( Wb )の磁束密度」と定義される。
 Wb(ウェーバ,weber )は,磁束の単位( SI 組立単位)で「 1 秒間で消滅する割合で減少するときにこれと鎖交する 1 回巻きの閉回路に 1 ボルトの起電力を生じさせる磁束」と定義される。
 SI 基本単位で表すと Wb = kg m2 s−2 A−1 となる。他の組立単位で表すと Wb = V s となる。
 従って,T の組立単位は,
      T = Wb m−2 = V s m−2 = N A−1 m−1 = kg C−1 s−1 = kg A−1 s−2
 なお,1G (ガウス)は,SI 単位系以前の CGS 電磁単位系・ガウス単位系における磁束密度の単位で,マクスウェル毎平方センチメートル( Mx /cm2 )と定義されていた。1Wb = 108Mx なので,1T = 104G となる。

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  回転磁場

 ラーモア周波数共鳴周波数は,【核磁気共鳴とは】で紹介したように,外部磁場( B0 ),磁気回転比(γ)との関係式 ω=γB0 周波数νと角周波数ωとの関係式 ω=2πν より,ν=γB0 /2π で求められる。

 水素原子1H )の磁気回転比γ= 2.6752219×108 rad s−1 T−1 (= 42.57MHz /T )であり,磁束密度 1T (テスラ,=104 Gauss )の外部静磁場の中では,42.57 MHz で共鳴周波数と計算される。
 この共鳴周波数 42.57 MHz の波長λ(=C /ν)は,約 7.042m となり,電磁波の区分で FM 放送などで用いるラジオ波超短波( VHF :波長 1 ~ 10 m )に分類される。
 なお,FT – NMR で用いられる領域の外部静磁場 5Tの装置では,共鳴周波数 212.9 MHz の波長λ(=C /ν)は,約 1.408 m とアナログテレビに用いられていた超短波( VHF )に分類される。

 【参考】
 主な原子核の磁気回転比( rad s−1 T−1 : MHz /T )
   1H :γ= 2.6752219×108 rad s−1 T−1 : 42.57 MHz /T
   2H :γ= 4.1065×107 rad s−1 T−1 : 6.536 MHz /T
   13C :γ= 6.7262×107 rad s−1 T−1 : 10.705 MHz /T
   19F :γ= 2.51662×108 rad s−1 T−1 : 40.053 MHz /T
   31P :γ= 1.08291×108 rad s−1 T−1 : 17.235 MHz /T

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  分光計

 核磁気共鳴分光法には,古くから用いられている電磁波の吸収スペクトルを直接計測する連続波法,現在の主流である電磁波のパルスを与えてその応答を計測するフーリエ変換法,その他には二次元 NMR などで用いられるパルスを繰り返し与えるパルス‐シーケンス法などがある。

 連続波法( CW–NMR : continuous wave NMR )
 古くから用いられた測定方法で,静磁場の磁力を固定し,電磁波の周波数を連続的に変化させながら電磁波の吸収量を測定する方法と,一定の電磁波を当て,静磁場の磁力を変化させながら電磁波の吸収量を測定する方法がある。
 静磁場として電磁石を用いる場合には,磁場を変化させる方が電磁波の周波数を変化させるより高精度での測定が可能である。

 フーリエ変換法( FT–NMR : Fourier transform NMR )
 インパルス応答関数のフーリエ変換により周波数応答関数が得られる原理(線形応答理論)を利用したもので,現在は主流の測定方法になっている。
 なお,線形応答理論( Linear response theory )とは,熱平衡状態にある系に,外場(磁場や電場など)を与えた時の系の状態変化(応答)を一次(線形)の範囲で近似する理論である。
 パルス状電磁波( RF パルス)を試料に当て,その結果生じる自由誘導減衰( FID )を測定し,これをフーリエ変換することで NMR スペクトルを得ることができる。
 FT–NMR では,すべての周波数を同時に観測することができるため,測定時間が大幅に短縮できる。

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  核磁気共鳴( NMR )分光で得られる情報

 有機化合物の構造や状態の解析に有用な情報には,化学シフト,スピン-スピン結合定数,緩和時間などがある。

 化学シフト
 原子核周囲の電子の遮蔽効果による共鳴周波数の微小な変化であり,原子周辺の状態など化学構造に関する情報を得ることができる。1H や 13C などの主要核では,多くのデータが蓄積されており,化学シフトから原子団の推定も可能になっている。

 スピン-スピン結合定数
 核スピンを持った核同士の化学結合を介在した相互作用で,NMR 信号が複数本に分裂する現象で,分裂の幅,分裂のパターンなどから微細な構造情報を得ることができる。

 緩和時間
 磁気モーメントを持つ分子集合体が磁場の中で平衡(基底)状態に戻るまで時間で,分子運動性に関する情報を得ることができる。

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