第五部:有機化学の基礎 界面活性剤(洗剤)
☆ “ホーム” ⇒ “生活の中の科学“ ⇒ “基礎化学(目次)“ ⇒
ここでは,石鹸で身近な陰イオン系界面活性剤に関連し, 【陰イオン系界面活性剤とは】, 【純石けん分】, 【α-スルホ脂肪酸エステル塩:α-SF 】, 【直鎖アルキルベンゼンスルホン酸塩:LAS 】, 【アルキル硫酸エステル塩:AS 】, 【アルキルエーテル硫酸エステル塩:AES 】, 【α‐オレフィンスルホン酸塩:AOS 】, 【アルキルスルホン酸塩:SAS 】 に項目を分けて紹介する。
陰イオン系界面活性剤とは
界面活性の原理などは,【第三部:物質の状態と変化】「界面活性剤とは」で紹介した。
ここでは,家庭用品品質表示法に示される界面活性剤の区分表に記載される活性剤の中から,アニオン界面活性剤ともいわれる陰イオン系界面活性剤について紹介する。
陰イオン系界面活性剤とは,水に溶けたとき,陰イオンに電離する親水基を持つ界面活性剤である。
石けんをはじめ,古くから多くの種類が開発・利用され,現在の実用される界面活性剤の約半分を占める。
ここで紹介する界面活性剤の系統と名称を次に示す。
脂肪酸系(陰イオン):純石けん分(脂肪酸ナトリウム,脂肪酸カリウム),アルファスルホ脂肪酸エステルナトリウム(α-SF )
直鎖アルキルベンゼン系:直鎖アルキルベンゼンスルホン酸ナトリウム( LAS )
高級アルコール系(陰イオン):アルキル硫酸エステルナトリウム( AS ),アルキルエーテル硫酸エステルナトリウム( AES )
アルファオレフィン系:アルファオレフィンスルホン酸ナトリウム( AOS )
ノルマルパラフィン系:アルキルスルホン酸ナトリウム( SAS )
ページのトップへ
純石けん分
石けん( soap )
JIS K 3211「界面活性剤用語」では,
“高級脂肪酸の塩類。通常はアルカリ塩をいう。”
と定義している。
脂肪酸( fatty acid )とは,母体が鎖式炭化水素で一価のカルボン酸をいう。高級脂肪酸( higher fatty acid )については,明確に定義されていないが,一般的には,炭素数 6 以上の脂肪酸をいう場合が多い。
一般的には,界面活性を示す高級脂肪酸( R-COOH )のナトリウム塩( R-COO-Na+ ),又はカリウム塩( R-COO-K+ )を示す場合に加え,これらの化合物を主体とする製品の両方の意味で「石けん」とい言っている。特に製品を意味する場合は,漢字の「石鹸」を用いることが多い。
製法
一般的な石けん(高級脂肪酸のアルカリ塩)は,天然油脂とアルカリを原料とし,油脂鹸化法,脂肪酸中和法,エステル鹸化法の 3 種類の方法を用いて製造する。
天然油脂には,牛脂,ヤシ油,オリーブ油,馬油,こめ油,ツバキ油など様々な油脂が用いられる。
油脂鹸化法
古来から小規模製造に用いられた方法で,原料の油脂を水酸化ナトリウムや水酸化カリウムで鹸化(けんか:saponification )し,食塩で塩析して分離する方法である。
鹸化とは,エステルにアルカリを加えて高級脂肪酸塩(石けん)とアルコールに加水分解する化学反応で,一般的には,油脂(脂肪)を水酸化ナトリウムや水酸化カリウムなどの塩基を使ってグリセリンと高級脂肪酸塩に加水分解することをいう。
脂肪酸中和法
原料油脂を高温加水分解し,脂肪酸のみを蒸留・分離し,アルカリで中和する方法である。アルカリの残留がなく,大量生産に適した方法である。
エステル鹸化法
原料油脂とメチルアルコールのエステル交換反応により,脂肪酸メチルエステルを得た後に鹸化する方法である。不純物の発生が抑えられ,アレルギー対策用などの製品に利用されている。
ページの先頭へ
アルファ(α)スルホ脂肪酸エステルナトリウム
α位にスルホ基を持つ長鎖アルキルカルボン酸エステル(α-スルホ脂肪酸エステル:α-SF )の塩( CH3(CH2)n CH(S(O2)O-Na+)COOCH3 )である。略して MES-Na と呼ばれる。
α-スルホとは,-COOH が結合している炭素の位置(α位)にスルホ基 -SO3Na が結合することを意味する。
エステルとは,【アルコールの反応】で紹介したように,有機酸や無機酸のオキソ酸と,アルコールやフェノールのようなヒドロキシ基を含む化合物との脱水縮合反応で得られる化合物( R-COO-R’ )である。
製法
α-SF は,脂肪酸メチルエステルを三酸化硫黄( SO3 )や発煙硫酸( H2SO4+SO3 )と接触させてスルホン化( –SO3H )し,水酸化ナトリウム( NaOH )水溶液を用いて中和後,エタノール/水での再結晶などの精製処理を経て得られる。
スルホン化( sulphonation )とは,スルホ基( –SO3H )を導入するための有機化合物合成反応をいい,スルホン化試剤として,硫酸( H2SO4 ),発煙硫酸( H2SO4+SO3 ),三酸化硫黄( SO3 ),クロロ硫酸( HSO3Cl ),フルオロ硫酸( HSO3F )などが用いられる。
染料や界面活性剤の製造に重要な反応である。また,芳香族化合物の合成反応では,濃硫酸,発煙硫酸やハロゲン化硫酸を用いてベンゼン環をスルホン化する方法が用いられる。
代表的なものに,n = 11 の 2-スルホテトラデカン酸-1-メチルエステルナトリウム塩,n = 13 の 2-スルホヘキサデカン酸-1-メチルエステルナトリウム塩などがある。
化学的性質や生理反応は石けんに似ており,生分解性がよく,毒性が弱い。複合石けんに配合されることがある。洗濯用,台所用などの用途がある。
なお,2-スルホヘキサデカン酸 1-メチルエステルナトリウム塩は, PRTR 制度での指定物質である。
ページの先頭へ
直鎖アルキルベンゼンスルホン酸ナトリウム
一般的には,直鎖アルキルベンゼンスルホン酸塩( Linear Alkylbenzene Sulfonete )を略して LAS(ラス)と呼ばれ,合成洗剤,農薬の乳化剤,繊維の染色加工時の分散剤などに用いられる。洗濯用,住居用などの家庭用洗浄剤,化粧品などで現在も広く使用されている。
ベンゼン環( - C6H4 - )に直鎖のアルキル基( - CnH2n+1 )とスルホ基( – SO3H )が結合(結合位置は定まっていない)した化合物である。
直鎖タイプ以外に分枝鎖型のアルキルベンゼンスルホン酸塩( ABS )もあったが,生分解性が低く,過去には下水処理場や河川等での発泡問題などのため,現在はほとんど使用されていない。
流通している LAS は,例えば,ドデシルベンゼンスルホン酸ナトリウム( sodium dodecylbenzene sulphonate :C12H25C6H4S(O2)O-Na+ )などアルキル基の炭素数 n = 10~14(平均鎖長11.8 程度)が主体である。
LAS は, PRTR 制度での指定物質であるとともに,水生生物への毒性を勘案し,平成25年に水生生物保全に係る環境基準に項目追加する告示が施行された。
ページの先頭へ
アルキル硫酸エステルナトリウム
化学名は,高級アルコール硫酸エステルナトリウムで,アルキルサルファートともいい,略して AS( alkyl sulfate )と呼ばれる。なお,高級アルコ ールとは,炭素数が約 12 以上のものを指す。
一般的に界面活性剤として利用される AS には,ラウリル硫酸ナトリウム( sodium lauryl sulfate ;SLS )とも呼ばれるドデシル硫酸ナトリウム( sodium dodecyl sulfate :SDS , NaDS )である。
AS は蛋白変性作用が LAS よりも弱く,主として皮膚に直接接触する洗浄剤に使用されている。主な用途には,歯磨き粉の発泡剤,シャンプー,髭剃りクリーム,リキッドファンデーション,台所用洗剤,薬用皮膚洗浄剤,洗車用洗剤などの多くに使用されている。
製法
ドデシル硫酸ナトリウム( CH3(CH2)10CH2OS(O2)O-Na+ )は,1 -ドデカノール(ラウリルアルコール:CH3(CH2)10CH2OH )と硫酸( H2SO4 )との脱水縮合反応でエステル化した後に,炭酸ナトリウム( Na2CO3 )で中和して得られる。
AS は石けんに次いで生分解され易く,自然環境中でほぼ完全に分解されるが, PRTR 制度での指定物質である。
ページの先頭へ
アルキルエーテル硫酸エステルナトリウム
アルキルエーテル硫酸エステルナトリウムは,ポリ(オキシエチレン)アルキルエーテル硫酸エステルナトリウム,アルキルエーテル硫酸エステルナトリウム,アルコールエトキシサルフェート( Alchol Ethoxy Sulfates, AES )などとも呼ばれ,略して AES と記載される。
一般的に利用される AES は,一般にラウレス硫酸ナトリウム( sodium laureth sulfate , SLS )と呼ばれるポリ(オキシエチレン)=ドデシルエーテル硫酸エステルナトリウムで,洗濯用洗剤,台所用洗剤,シャンプー,歯磨き剤の発泡剤,起泡剤,業務用洗剤,脱脂剤などに利用されている。
製法
ラウレス硫酸ナトリウム( CH3(CH2)10CH2 (OCH2CH2)nOS(O2)O-Na+ )は,1-ドデカノール( C12H25OH )を酸化エチレン( C2H4O :1,2 -エポキシエタン,オキシラン,エチレンオキシドともいう)でエトキシル化( ethoxylation ,エトキシ化ともいう)し,次いで硫酸エステル化後に炭酸ナトリウムで中和することで得られる。
エトキシル化:C12H25OH + n C2H4O → C12H25(OC2H4)nOH
硫酸エステル化:C12H25(OC2H4)nOH + H2SO4 → C12H25(OC2H4)nOSO3H + H2O
中和:2 C12H25(OC2H4)nOSO3H +Na2CO3 → 2 C12H25(OC2H4)nOSO3Na + H2CO3
AES は LAS に次いで毒性が高く,皮膚障害や妊娠率の低下などの報告もあり, PRTR 制度での指定物質である。
品質表示法,薬事法などの分野で用いられる別名称には,ポリオキシエチレンアルキルエーテル硫酸ナトリウム, ポリオキシエチレンラウリルエーテル硫酸ナトリウム,パレス硫酸ナトリウム,アルキルエーテル硫酸エステルナトリウム,高級アルコール系・陰イオンなどがある。
ページの先頭へ
アルファ(α)オレフィンスルホン酸ナトリウム
α‐オレフィンスルホン酸ナトリウムは,α位に二重結合,すなわち末端に二重結合を持つアルカン(α–オレフィン:R-CH=CH2 )を原料に製造したスルホン酸塩である。略して AOS と呼ばれる。二重結合の位置は,反応過程でシフトするため,化合物の一般式は( R-CH=CH-(CH2)n-S(O2)O-Na+ )となる。
AOS には,炭素数鎖によりC14~C19のものがある。製造時には,ほぼ同様の性能を持つC14~C19のヒドロキシアルキルスルホン酸塩を副生物として含む。
AOS は,LAS に匹敵する洗浄力,起泡性を持つが,比較的皮膚刺激が弱い。このため,代表的な炭素数 14 のテトラデセンスルホン酸塩(C14AOS)は,香粧品や台所洗剤,衣料用洗剤に利用されている。
AOS は,生分解性の低い ABS の代替物として用いられてきた。
ページの先頭へ
アルキルスルホン酸ナトリウム
アルキルスルホン酸ナトリウムは,アルカンスルホン酸ナトリウムともいわれ,一般式 R-S(O2)O-Na+ で表される飽和炭化水素のスルホン酸塩である。これは,略して SAS と記載される。
一般式を見ると,AS(アルキル硫酸エステルナトリウム)と似ているが,AS は高級アルコールとのエステルで,製造工程が全く異なる。
SAS は,LAS(直鎖アルキルベンゼンスルホン酸ナトリウム)や AS のような発泡性や起泡性などの洗剤としての特徴が小さいため,一般的な洗剤にはほとんど利用されず,PVC(ポリ塩化ビニル) やPVDC(ポリ塩化ビニリデン)の重合用乳化剤,合成樹脂用帯電防止剤などに利用されている。
ページの先頭へ