第五部:有機化学の基礎 有機化学とは
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ここでは,有機化合物の名称に関連し, 【命名法の必要性】, 【 IUPAC命名法とは】, 【置換命名法の流れ】, 【置換命名法のルール】, 【 IUPACで認められる慣用名】 に項目を分けて紹介する。
命名法の必要性
化学物質の特定
化学物質を特定する際に,CAS 登録番号( CAS registry number :例えば水 7732-18-5 ,メタン 74-82-8 )が広く利用されている。
CAS 登録番号とは,アメリカ化学会( American Chemical Society , ACS )の下部組織の CAS ( Chemical Abstracts Service )で Chemical Abstracts 誌(化学および関連分野の文献抄録誌)で使用される化合物の管理番号である。
このような,化合物を特定するための管理番号には,CAS 以外にも,分野別の利便性に配慮した PubChem (アメリカ国立衛生研究所の国立生物工学情報センター),日化辞番号(日本化学物質辞書),KEGG(京都遺伝子ゲノム百科事典),ChEBI(国際純正・応用化学連合及び国際生化学・分子生物学連合の命名委員会),RTECS番号(化学物質毒性データ総覧)などがある。
CAS に登録された化合物は,2015 年現在で 7500万を超えている。CAS では,これらの膨大量な物質を特定できるように,個別の番号を割り当てているが,基本的に登録順に割り当てられ,構造や物性など化学的な意味は持たず,検索を重視した分類になっている。
CAS 登録番号と対になるCAS 引用名は,原則として一つの化合物に一つの名称が付与されている。しかし,この名称は,厳密に構造の再現を意図していないので,複数の異性体を同一視したり,立体化学表示が省略されたりする場合もある。
化学物質の命名法
以上の観点から,化合物の名称と化合物の構造が一致する命名法が, IUPAC ( International Union of Pure and Applied Chemistry :国際純正・応用化学連合)で定められている。
IUPAC 命名法(読み;アイユーパックめいめいほう)の主目的は,化学的情報交換において,化合物名から物質を特定できることとしている。情報発信者が受け取り手に合わせて適切な名称を付与することで,化合物の組成や構造など化学的な情報も発信できるよう工夫され,元素や化合物の命名の標準として世界的な権威を有している。
なお, IUPAC 命名法は,IUPAC のホームページによると,1860年にドイツの化学者アウグスト・ケクレが主催した国際会議で,有機化合物に対する国際的な命名システムを作ることが提唱され,1892 年に提案された命名法( Nomenclature )がその始まりである。
その後,公式な有機化合物命名法の発展,維持に関する公式機関として,1919年に IUPAC が設立された。
【参考】
IPAC では,有機化学命名法(ブルーブック: Nomenclature of Organic Chemistry ),無機化学命名法(レッドブック: Nomenclature of Inorganic Chemistry )以外に,成果を次に示すカラーブックとして出版している。
ゴールドブック( Gold book ):化学用語( Chemical Terminology )
グリーンブック( Green Book ):物理化学の量と記号( Quantities, Units and Symbols in Physical Chemistry )
パープルブック( Purple book ):高分子用語と命名法( Compendium of Polymer Terminology and Nomenclature )
オレンジブック( Orange book ):分析化学( Analytical Terminology )
シルバーブック(Silver book ):臨床検査の用語と命名法( Compendium of Terminology and Nomenclature of Properties Clinical Laboratory Sciences )
ホワイトブック( White Book ):生化学命名法( Biochemical Nomenclature )
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IUPAC命名法とは
IUPAC命名法の勧告であるブルーブック(有機化学命名法)は,2013 年に改定されているが,IUPAC のホームページでは,1993 年版の勧告を閲覧( 2016 年現在)できる。ここでは,閲覧可能なウェブ情報を中心に命名法の種類と基本的な流れを紹介する。
最新の情報については,2016年2月に発行された日本化学会 命名法専門委員会 編の「化合物命名法(第2版)―IUPAC勧告に準拠」(東京化学同人)が参考になる。
1993 年の IUPAC 勧告では,R-1 Nomenclature Operations(命名法)に,R-1.2.1 Substitutive operation(置換命名法),R-1.2.2 Replacement operation(代置命名法),R-1.2.3 Additive operation(付加命名法),R-1.2.4 Conjunctive operation(接合命名法),R-1.2.5 Subtractive operation(減去命名法),R-1.2.6 Ring formation or cleavage ,R-1.2.7 Rearrangement ,R-1.2.8 Multiplicative operation と複数の命名法が定められている。
これらの命名法は,特徴的な構造や複雑な構造をもった化合物の命名にも対応し,情報発信者の意図に応じて一つの化合物に対し複数の命名も可能なようになっている。
一般的には,置換命名法と付加命名法を用いるのを基本とし,これらの方法では複雑な命名になる場合に限りその他の命名法を用いるのが良いといわれている。
置換命名法( substitutive operation )
S 法とも言われ,母体の水素を特性基で置換した命名法である。
付加命名法( additive operation )
母体に他の原子が付加したことを表す命名法で,広く知られる基官能命名法を含む命名法である。
基官能命名法( radicofunctional nomenclature )
1993 年のIUPAC 勧告では,付加命名法の一種として定められ,,R 法などとも言われる。
炭化水素から水素原子が失われた基(遊離基,ラジカル)と官能基としての特性基が結合して化合物ができていることを示す命名法で,官能基を独立語とするため,化合物名が 2単語以上で表される。
命名の基本となる遊離基の名称と示性式の一覧については, IUPAC 1979年勧告に“List of Radical Names”として記載されている。特性基の名称は,IUPAC 1993年勧告の“Table 5”が参考になる。
一般的に広く用いられ,IUPAC で優先するものとして推奨する命名法は置換命名法であるが,古くからなじみ深い化合物名,例えば有機溶媒として汎用されるメチルアルコール( CH3OH : methyl + alcohol = Methyl alcohol ),メチルエチルケトン( MEK ,CH3COC2H5 : methyl + ethyl + ketone = Methyl ethyl ketone )などの多くは,基官能命名法で命名されたものである。
置換命名法では,メチルアルコールはメタノール( methane + ol = Methanol ),メチルエチルケトンはブタン– 2 –オン( butane + 2- one = Butan-2-one )となる。なお,CAS 引用名では,メタノールの登録番号 67-56-1 (索引名 Methanol :メタノール)と同じであるが,ブタン– 2 –オンは登録番号 78-93-3 (索引名 2-Butanone :2 ブタノン)と異なる名称が用いられている。
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置換命名法の流れ
置換命名法による名称は,図に示すように,「接頭辞-語幹+語尾-接尾辞」で構成される。
化合物の母体,すなわち主鎖( the parent hydrocarbon chain )の名称は,構成する炭素の数を反映した語幹と炭素・炭素の結合状況を表す語尾で構成される。
複数の置換基がある場合は,置換基の優先順位の最も高いものが主基(接尾辞)となり,他の置換基は接頭辞となる。
1.主鎖を確認する。主鎖は,次のルールに従い定める。
1)ハロゲン基は主基になれないので,これを除き,置換基(官能基)の数が最大になるように選ぶ。複数の置換基を持つ場合は,優先順位の最も高い置換基を接尾辞とする。
2)多重結合(二重結合,三重結合)の数が最大になるように選ぶ。
3)単結合の数が最大になるように選ぶ。
4)長さが最大(骨格炭素原子が最多)になるように選ぶ。
2.優先順位の高い置換基を主基とする。
3.主鎖から延びる側鎖(炭素鎖)を確認する。
4.接尾辞以外の置換基はアルファベット順に接頭辞とする。
5.語尾を決めるため,二重結合( -en )と三重結合( -yne )を確認する。二重結合と三重結合がある場合は,二重結合を先に書く。なお,飽和炭化水素では単結合( -an )を語尾とする。
6.主鎖の炭素に番号付けする。番号付けは,はじめに,右から左,左から右の両方向から付け,次いで,次に示す優先順位で番号を確定する。
1)接尾辞の官能基が位置する炭素の番号が最も低くなるように決める。
2)多重結合の炭素の番号が最も低くなるように決める。
3)接頭辞の番号が最も小さくなるように決める。
7.各官能基や結合の位置が分かる番号を与える。同じ形式の置換基や結合が複数ある場合には,炭素の番号を昇順に付け,接頭辞に数( di – ,tri – ,tetra – など)を示す。
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置換命名法のルール
接頭辞の数( IUPAC Table 11 など)
1 mono or hen モノまたはヘン),2 di or do ジまたはド,3 tri トリ,4 tetra テトラ,5 penta ペンタ,
6 hexa ヘキサ,7 hepta ヘプタ,8 octa オクタ,9 nona ノナ,10 deca デカ,
11 undeca ウンデカ,12 dodeca ドデカ,13 trideca トリデカ,14 tetradeca テトラデカ,15 pentadeca ペンタデカ,
16 hexadeca ヘキサデカ,17 heptadeca ヘプタデカ,18 octadeca オクタデカ,19 nonadeca ノナデカ,20 (e)icosa (エ)イコサ,30 triaconta トリアコンタ
単独では 1 を mono モノ,2 を di ジというが,他の数詞と複合するときは 1 を hen ヘン,2 を do ドとする。
主基の優先順位( IUPAC Table 10 )
1. ラジカル(遊離基),2. アニオン,3. カチオン,4. 双性イオン化合物,5. 酸,6. 酸無水物,7. エステル,8. 酸ハロゲン化物,9. アミド,10. ヒドラジド,11. イミド,12. ニトリル,13. アルデヒド(チオアルデヒド,セレノアルデヒド,テルロアルデヒド),14. ケトン(チオケトン,セレノケトン),15. アルコール(チオール,セレノール,テルロール),16. ヒドロペルオキシド,17. アミン,18. イミン,19. ヒドラジン,ホスファン,20. エーテル(スルフィド,セレニド,テルリド),21. 過酸化物(ジスルフィド,ジセレニド,ジテルリド)
主基にならない(接頭辞としてのみ用いる)特性基( IUPAC Table 9 )
- Br:Bromo- ブロモ,- Cl:Chloro- クロロ,- ClO:Chlorosyl- クロロシル,- ClO2:Chloryl- クロリル,- ClO3:Perchloryl- ペルクロリル,- F:Fluoro- フルオロ,- I:Iodo- ヨード,- IO:Iodosyl- ヨードシル,- IO2:Iodyl- ヨージル,= N2:Diazo- ジアゾ,- N3:Azido- アジド,- NO:Nitroso- ニトロソ,- NO2:Nitro- ニトロ,- OR:(R)-oxy- エーテル,- SR:(R)-sulfanyl- スルフィド
主要な置換基の接頭辞と接尾辞( IUPAC Table 5 など)
Class | Formula | 接頭辞(Prefix) | 接尾辞(Suffix) |
---|---|---|---|
Acid halides | - CO -X | halocarbonyl- | -carbonyl halide |
〃 | - (C)O -X | ― | -oyl halide |
Alcoholates, Phenolates | - O- | oxido- | -olate |
Alcohols, Phenols | - OH | hydroxy- | -ol |
Aldehydes | - CHO | formyl- | -carbaldehyde |
〃 | - (C)HO - | oxo- | -al |
Amides | - CO – NH2 | carbamoyl- | -carboxamide |
〃 | - (C)O – NH2 | ― | -amide |
Amidines | - C(=NH) – NH2 | carbamimidoyl- | -carboximidamide |
〃 | - (C)(=NH) – NH2 | ― | -imidamide |
Amines | - NH2 | amino- | -amine |
Carboxylates | - COO- | carboxylato- | -carboxylate |
〃 | - (C)OO- | ― | -oate |
Carboxylic acids | - COOH | carboxy- | -carboxylic acid |
〃 | - (C)OOH | ― | -oic acid |
Ethers | - OR | (R)-oxy- | ― |
Esters (of carboxylic acids) | - COOR | (R)-oxycarbonyl- | (R)...carboxylate |
〃 | - (C)OOR | ― | (R)...oate |
Hydroperoxides | - O – OH | hydroperoxy- | ― |
Imines | =NH | imino- | -imine |
〃 | =NR | (R)-imino- | ― |
Ketones | >(C)=O | oxo- | -one |
Nitriles | - C N | cyano- | -carbonitrile |
〃 | - (C)N | ― | -nitrile |
Peroxides | - O – OR | (R)-peroxy- | ― |
Salts (of carboxylic acids) | - COO- M+ | ― | (cation) ...carboxylate |
〃 | - (C)OO- M+ | ― | (cation) ...oate |
Sulfides | - SR | (R)-sulfanyl- | ― |
Sulfonates | - SO2-O- | sulfonato- | -sulfonate |
Sulfonic acid | - SO2-OH | sulfo- | -sulfonic acid |
Thiolates | - S- | sulfido- | -thiolate |
Thiols | - SH | Sulfanyl- | -thiol |
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IUPAC で認められる慣用名
1993 年の勧告で慣用名の使用が認められる化合物の例(一部)を紹介する。
非環式化合物
メタン( Methane ) CH4 ,エタン( Ethane ) C2H6 ,プロパン( Propane ) C3H8 ,
ブタン( Butane ) C4H10 ,イソブタン( Isobutane ) (CH3)2C2H4 ,
イソペンタン( Isopentane ) (CH3)2C3H6 ,ネオペンタン( Neopentane ) (CH3)4C
アセチレン( Acetylene ) CH≡CH ,アレン( Allene ) CH2=C=CH2 ,イソプレン( Isoprene ) CH2=CH-C(CH3)=CH2
エチレングリコール( Ethylene glycol ) HO–C2H4-OH ,グリセリン( Glycerol ) HO-CH2-CH(OH)-CH2–OH
アセトン( Acetone ) CH3–CO-CH3 ,ケテン( Ketene ) CH2=C=O
アセトアルデヒド( Acetaldehyde ) CH3CHO ,ホルムアルデヒド( Formaldehyde ) HCHO
ギ酸( Formic acid ) HCOOH ,酢酸( Acetic acid ) CH3COOH ,シュウ酸( Oxalic acid ) (COOH)2
乳酸( Lactic acid ) CH3CH(OH)COOH ,アクリル酸( Acrylic acid ) CH2=CHCOOH ,プロピオン酸( Propionic acid ) C2H5COOH
酪酸( Butyric acid ) CH3(CH2)2COOH ,クエン酸( Citric acid )C(OH)(CH2COOH)2COOH ,ステアリン酸( Stearic acid ) CH3(CH2)16COOH ,オレイン酸( Oleic acid ) CH3(CH2)7CH=CH(CH2)7COOH
コハク酸( Succinic acid ) C2H4(COOH)2 ,マレイン酸( Maleic acid )C2H2(COOH)2 ,フマル酸( Fumaric acid ) C2H2(COOH)2 ,酒石酸( Tartaric acid ) (CH(OH)COOH)2 ,アジピン酸( Adipic acid ) HOOC(CH2)4COOH
アセトニトリル( Acetonitrile )CH3CN ,アクリロニトリル( Acrylonitrile )CH2=CHCN
フルオロホルム( Fluoroform )CHF3 ,クロロホルム( Chloroform ) CHCl3 ,ブロモホルム( Bromoform ) CHBr3 ,ヨードホルム( Iodoform ) CHI3
環式化合物
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