化 学 (有機化学)

  ☆ “ホーム” ⇒ “生活の中の科学“ ⇒
 
 ここでは,赤外分光法で得られる吸収スペクトルに関連し,【赤外線吸収スペクトルについて】【波数について】【透過率・吸光度について】【試料の性状と測定法】【主な結合の赤外吸収】に項目を分けて紹介する。

 【赤外線吸収スペクトルについて】

 分子振動の励起は,【赤外分光とは】で紹介したように,分子の化学構造によって異なる。したがって,照射した赤外線のうち吸収される赤外線のエネルギーと吸収量を知ることで,有機化合物の同定構造決定に活用できる。
 
 光のエネルギー E ( J )は,プランク定数 h( Js ),周波数ν( s-1 ),波長λ( m ),光の速度 c( m s-1 )とすると,
      E = hν= h cλ-1
で与えられる。
 従って,周波数ν又は波長λ横軸にとり,物質量と比例関係にある光の吸収量に相関する値を縦軸にすることで,分子固有の赤外線吸収スペクトルを得ることができる。
 
 しかし,市販の装置では,横軸に波長併記の装置もあるが,一般的には,波数横軸に,透過率または吸光度を縦軸にとる物が多い。

 

 【波数について】

 赤外線吸収スペクトル図の横軸に用いられる波数( wavenumber )は,JIS Z 8120 「光学用語: Glossary of optical terms 」で,“単位の長さ( 1 cm )中にある波の数(通常は真空中の電磁波の値)で,σ又はνによって表す”と定義されている。
 SI 国際単位系では,波数の単位は毎メートル( m-1であるが,赤外吸収スペクトルなどの電磁波の波数の場合は,古くから CGS 単位系の毎センチメートル( cm-1 )をカイザーという固有名称で用いられている。
 
 波数σは,波長λの逆数(σ = λ-1 なので,光のエネルギーとは,E = hν= h cλ-1 = hcσの関係になる。
 すなわち,波数表示することで,波長で表示するより光のエネルギーとの比例関係が直感し易いメリットがある。また,古くから波数表示のスペクトルデータが蓄積されているので,これらとの比較も容易である。
 
 実際の赤外吸収スペクトル集などのチャート図を見ると,下図に示すように,横軸の目盛間隔と波数や波長とは単純な比例関係にはないものが多い。
 これは,古くから用いられてきた分散型赤外分光光度計で,モノクロメータの回折格子を一定速度で回転すると同時に,記録紙を一定速度で送り出す機構などの機械的な機構に依存したためと考えられる。

赤外吸収スペクトルの横軸目盛について

赤外吸収スペクトルの横軸目盛について

  ページの先頭へ

 【透過率・吸光度について】

 赤外線吸収スペクトル図の縦軸に用いられる透過率( transmittance :透過度ともいう)は,透過光の強度( I )と入射光の強度( I0 )の比( I /I0であり,記号 T で表される。透過率を百分率で表したものを透過パーセント( T%)という。
 赤外線の吸収が大きい,すなわち透過度が小さい波数を知ることで,分子の伸縮や振動と対比できるので,化合物の特徴的な構造を把握できる。
 
 一方,透過度の多少では,量的な関係の評価に適さない。量的な関係把握する場合には,吸光光度法の吸光量の評価で紹介したように,物体をある波長(λ)の光が通った際に,その光の強度の弱まる程度を示す量として,物質量との比例関係にある吸光度( absorbance )(光学濃度ともいう)での評価が必要である。
 吸光度は,JIS Z 8120 「光学用語: Glossary of optical terms 」では,
       D = log10 ( I0 /I )
       ここで,I0 :波長λの入射光強度,I :波長λの透過光強度
で定義される。
 なお,JIS K 0212 「分析化学用語(光学部門): Technical terms for analytical chemistry (optical part)」では,吸光度の記号に Abs が用いられている。高等学校の化学教育などでは,吸光度の記号に A を用い,A = –log10 ( I /I0 ) と定義する例もある。
 透過率 T と吸光度 Abs には,Abs = –log10 T の関係がある。

 参考
 ランバート・ベアーの法則( Lambert-Beer law )
 ランベルト・ベールの法則とも呼ばれ,JIS K 0212 では,光の強度変化( I0 , I )と光の通る道の長さ(光路長 L ),物質の量(濃度 C )との関係を次のように定義している。
       I = I0×eμCL  又は  I = I0×10εCL
       ここに,μ:吸収係数,ε:吸光係数
 この JIS 規格では,モル濃度当たりの吸収係数をモル吸光係数 ( molar absorptivity )と定義している。
 モル吸光係数については,“物質の吸光度 Abs を,濃度 1 mol /L,光路長 1 cm に換算した値で,物質の種類,波長,温度などによって決まる定数ε(単位は cm-1・L )。すなわち,目的物質の濃度を c ( mol /L ),光路長を l ( cm ) として,ε= Abs /(c l) で表す。”と定義している。
 この法則を用い,濃度を変えて求めた検量線から吸光係数(ε= Abs /CL )を求めることで,濃度未知の物質量を算出できる。

  ページの先頭へ

 【試料の性状と測定法】

 赤外線吸収スペクトル(赤外吸収スペクトル)測定の基本である透過法の他に,表面測定や赤外線の吸収の多い物質を対象にした反射法,介在物など局所分析を目的とする顕微法がある。
 
 有機化合物の形態により,試料調整法が大きく異なる。ここでは,試料の状態別(固体,液体,気体)の代表的な調整方法や関連する測定法を紹介する。
 なお,試料調整に関する具体的な留意点や装置設置条件などは,JIS K 0117 「赤外分光分析方法通則: General rules for infrared spectrophotometric analysis 」を参考にするのが良い。
 
 固体試料
 透過測定
 粉末状に加工できる場合は,錠剤法, KBr プレート法などが使用できる。
 錠剤法( tablet method ,pellet method )
 粉末の試料を赤外領域の吸収が非常に小さい臭化カリウム( KBr )粉末と均一に混合した後で,錠剤成型機を用いてプレスし,透明な錠剤に加工する。これを光路に対し垂直面に固定できるホルダーを用いる。錠剤加工では,可能な限り透明な錠剤を得るため,真空ポンプ等で水蒸気や空気を除きながら加工される。
 KBr プレート法
 粉末状の試料を KBr の板に挟んで測定します。粒径の大きい試料は,散乱の影響を受けるので,試料は微粉化した方がよい。
 ヌジョール法
 粉末試料を流動パラフィン(ヌジョール)と練り,ペースト状にしたあと窓板に塗布する方法であるが,流動パラフィンの吸収領域( 3000 ~ 2800,1500 ~ 1300 cm−1 )の評価はできない。
 薄膜法
 赤外線が十分に透過できる厚み( 10 μm 以下)のシート状(フィルム状)に加工できる場合は,シートを光路に対し垂直面に固定できるホルダーを用いる。
 
 反射測定
 反射吸収( Reflection absorption )
 金属表面上の薄膜の測定に,赤外線を大きな入射角で入射し,等しい角度で反射される光を測定する方法が採られる。これにより,試料とバックグラウンドの反射率の比から求めた反射吸光度( reflection – absorbance )を縦軸とした表示をする。この方法は,正反射法といわれ,数μm 程度の薄膜の測定に用いられる。
 非金属の固体表面の情報を得る場合,表面からの反射赤外線の吸収を測定する。この方法には外部反射法,内部反射法(全反射法)など複数の反射方式がある。
 下図の例は,赤外線吸収の小さく,赤外線を複数回全反射(屈折率が大きい)できる ATR プリズム( Attenuated Total Reflection )を用いた方法である。全反射が生じるとき,界面(プリズムと試料)で光が試料側に少しだけ浸みだして反射されてくる。これをエバネッセント波( Evanescent light )という。
 ATR プリズムとして,通常は,臭化タリウム( Tl Br )とヨウ化タリウム( Tl I)の混晶である KRS – 5 などが用いられている。
 顕微赤外分光法( infrared microspectrometry )
 (顕微 FT–IR )ともいわれ,試料が微量の場合,試料の加工が困難な場合,固体表面上の異物など,顕微鏡下で確認しながら赤外分光分析することができる。
 すべての系を反射光学素子で構成した顕微鏡によって,赤外領域で微小領域の分光測定を行う方法である。通常は,フーリエ変換赤外分光光度計との組合せで使用され,反射測定又は透過測定とも 10 µm 程度の微小領域の測定が可能である。

固体試料用

固体試料用
(株)島津製作所FTIR 付属品

 液体試料
 液体試料をそのまま用いる場合は,赤外線吸収の小さい臭化カリウム( KBr )の板 2 枚に挟み付けて測定する液膜法が一般的である。
 この方法では,塗り付ける量を一定に保持するのが困難なため,定性分析として用いる。また,水を含む試料では臭化カリウムが水で溶け平滑性を失い不透明となる(失透)ので使用できない。
 揮発性の高い液体や液体中に溶解する微量成分の測定では,下図にあるような液体用セルに封入して測定する方法,1600 cm−1 以上の領域に大きなシグナルを持たない四塩化炭素で希釈し油分測定用セルを用いるなどの方法が用いられる。
 
 気体試料
 気体試料の場合は,下図に例示するガスセルに封入し測定されるが,気体は気温,気圧の影響を強く受けるので,それらに配慮したセルを用いることもある。
 ガスセルの長さは,ガスの濃度に応じて調整しなければならない。試料ガス中の水蒸気や二酸化炭素を定量したい場合は,空気中に含まれる水蒸気と二酸化炭素の影響を除くため,光学系を真空,又は窒素ガス中において測定する必要がある。

液体・気体試料用

液体・気体試料用
(株)島津製作所FTIR 付属品

 参考
 JIS K 6230 「ゴム—赤外分光分析法による同定方法: Rubber Identification Infrared spectrometric method 」では,多量のカーボンブラックを含むゴムの赤外分光分析を行うための試料処理方法,熱可塑性エラストマーを含む,生ゴム,加硫配合ゴム,未加硫配合ゴムの透過法による赤外分光分析法や熱分解による生成物(熱分解物),溶液から得られたキャスティング膜,又は成形によって得られた膜(生ゴムだけに関して)を用いて定性試験について規定されている。

  ページの先頭へ

 【主な結合の赤外吸収】

 赤外線の吸収は,分子の結合や置換基,特性基,官能基に概ねで固有といえ,試料分子に含まれる基の特定が可能になる。特に,ヒドロキシ基( OH ),カルボニル基( C=O )やニトロ基( NO2 )などは,強く特徴的な吸収を示すのでこれらを含む化合物の定性は比較的容易である。
 
 赤外線吸収スペクトルにおいて,波数領域別の特徴は次の通りである。
 波数 4000 ~ 2500 cm−1 の領域は,O – H ,N – H ,C – H の伸縮振動に基づく吸収に相当する。
 波数 2500 ~ 2000 cm−1 の領域には,三重結合( C ≡ N ,C ≡ C )の伸縮振動に基づく吸収がある。
 波数 2000 ~ 1500 cm−1 の領域には,二重結合( C = O ,C = N ,C = C )の伸縮振動に基づく吸収がある。その中で,カルボニル基の C = O の伸縮のによる吸収は波数 1680 ~ 1750 cm−1 ,アルケンの C = C の吸収は波数 1640 ~ 1680 cm−1 と比較的狭い範囲で起きる。
 波数 1500 cm−1 以下,特に 1300 ~ 650 cm−1 の領域は,C – C ,C – O ,C – N ,C – X の単結合に起因する細かい吸収が多数みられ,そのパターンが物質固有であるため指紋領域といわれる。
 一般的には,未知物質の指紋領域における吸収を既知試料やスペクトルデータベースと照合して物質を同定する方法が採られ,照合するためのソフトウェア―も市販されている。
 とはいえ,赤外吸収スペクトルから官能基を適切に評価するのは,かなりの熟練が必要であり,専門家以外に求めることは困難である。

波数領域別の主要な赤外吸収(波数は目安値)
吸収波数
cm-1
主な結合
伸縮振動
備  考
  3600 前後    水:O – H    幅広く強い吸収 
  3500 前後    アルコール類:O – H    幅広く強い吸収 
  3400 前後    アミン類:N – H    鋭い吸収 
  3300 前後    アルキン:C – H     2200 cm-1 付近に C ≡ C 伸縮 
  3050 前後    アルケン:C – H     900 cm-1 付近に C – H 変角,1650 cm-1 付近に C = C 伸縮 
  3030 前後    芳香族:C – H     弱い吸収,1660 ~ 2000 cm-1 ,1450 ~ 1600 cm-1 に芳香環由来の吸収 
  2900 前後    アルカン:C – H     1460 ,1280 ,1140 ,710 cm-1 付近に C – C 由来の吸収多数 
  2900 前後    カルボン酸:O – H    幅広く強い吸収,1710 cm-1 付近に C = O 伸縮 
  2240 前後    ニトリル:C ≡ N     
  2200 前後    アルキン:C ≡ C    3300 cm-1 付近にC – H伸縮 
  1800 前後    酸ハロゲン化物:C = O     
  1710 前後    カルボニル化合物:C = O    鋭く強い吸収,エステル ( 1735 ),アルデヒド( 1730 ),ケトン( 1715 ),アミド( 1690 ) 
  1650 前後    アルケン:C = C    3050 cm-1 付近にC – H伸縮,900 cm-1 付近に C – H 変角 
  1540 前後    ニトロ:N = O     
   600 前後    ハロゲン化アルキル:C – X    塩素( 600 ~ 800 ),臭素( 500 ~ 600 ) 

  ページの先頭へ