第五部:有機化学の基礎 脂肪族炭化水素の基礎
☆ “ホーム” ⇒ “生活の中の科学“ ⇒ “基礎化学(目次)“ ⇒
ここでは,カルボニル化合物の求核付加反応に関連し, 【求核付加反応とは】, 【グリニャール反応】, 【還元反応】, 【その他の求核付加反応例】 に項目を分けて紹介し,関連するニトリルの反応,置換反応などの概要は別途項目を設けて紹介する。
求核付加反応とは
求核付加反応( nucleophilic addition )
化合物に求核剤が付加し,π結合の解裂で新たに 2つの共有結合(σ結合)が生成する反応をいう。
求核剤( nucleophile )
電子の授受を伴う化学反応で電子を与える側の化学種をいう。すなわち,電子密度が低い原子(主に炭素)と反応する化学種で,反応機構を示す場合に Nu と略記される。
求核付加反応は,炭素・炭素間に多重結合を持つアルケン( –C=C– ),アルキン( –C≡C– ),炭素とヘテロ原子間に多重結合を持つカルボニル基( >C=O ),イミン( R–C(=NR')R" ),ニトリル( R–C≡N )などで起きる。
カルボニル基では,炭素・酸素間の電気陰性度の差によって炭素側が正に帯電する。求核剤( Nu )はこの炭素をターゲットとして攻撃し,次のような反応をする。
Nu + R1R2C=O →( Nu R1R2C–O- )+酸処理 → Y R1R2C–OH
このタイプのカルボニル基の炭素と酸素に付加する反応を 1,2 – 求核付加( 1,2 – nucleophilic addition )と呼ぶ。
α,β不飽和カルボニル化合物( α位とβ位の炭素間に多重結合を持つ:例 –Cγ–Cβ=Cα–C(O)– )では,分子構造の条件(立体障害など)により,β位の炭素に付加する 1,4 – 求核付加も起こりうる。
付加反応に続いて脱離反応を伴う場合は,求核アシル置換反応や付加脱離反応といい,別途紹介する。
ページの先頭へ
グリニャール反応
カルボン酸の製造で紹介したように,目的とするカルボキシ基の幹部分に相当するグリニャール試薬( Grignard reagent )を作成し,二酸化炭素の求核付加反応でカルボン酸を製造できることを示した。
ここでは,グリニャール試薬を求核剤として,カルボニル化合物の求核付加反応(グリニャール反応)を紹介する。
グリニヤール試薬は,エーテル溶媒中で付加させたい構造を持つハロゲン化アルキルに金属マグネシウムを作用させ,炭素-ハロゲン結合を炭素-マグネシウム結合に置き換えることで生成した一般式 R–MgX ( R :有機基,X :ハロゲン)で表される有機マグネシウムハロゲン化物であり,有機合成には欠かせない有機金属試薬である。
グリニャール試薬と二酸化炭素との付加反応でカルボン酸が得られることは,カルボン酸の製造で紹介した。
次には,カルボニル化合物とグリニャール試薬とのグリニャール反応により得られるアルコールなどの生成を紹介する。
ホルムアルデヒド( HCHO )との反応後に酸処理することで第一級アルコール( R−CH2OH )が得られる,
アルデヒド( R'−CHO )との反応後に酸処理することで第二級アルコール( R−CR'(OH)H )が得られる。
ケトン( R'−C(=O)–R" )との反応後に酸処理することで第三級アルコール( R−CR'(R")OH )が得られる。
エステル( R'−C(=O)O–R" )とグリニャール試薬 2 当量との反応後に酸処理することで第三級アルコール( R'−CR2OH )と第一級アルコール( R"−OH )が得られる。
ハロゲン化アシル( R'−C(=O)–X ),カルボン酸無水物,カルボン酸チオエステルと低温( −78 ℃,ドライアイスの昇華温度付近)でケトン( R−C(=O)−R' )が生成する。温度が高いとケトンへの付加が進みアルコールになる。
ページの先頭へ
還元反応
ヒドリド( H- :アルカリ金属の水素化物などで発生)を求核剤として,カルボニル化合物に付加(還元)することで,アルコール( –CH–OH )を生成できる。
カルボン酸の還元反応例
溶媒として THF( オキソラン C4H8O :テトラヒドロフランともいわれる),還元剤としてボラン(水素化ホウ素 BH3 )を用い,カルボン酸を第一アルコールに還元できる。
この反応は,室温でも速やかに進むこと,カルボキシル基を選択的に還元できることから広く用いられている。
R–CH2–COOH → ( BH3 )→ R–CH2–CH2OH
カルボン酸は,LAH (ラー)と呼ばれる強力な還元剤 LiAlH4 (水素化アルミニウムリチウム: lithium aluminium hydride )を用い,THF 溶媒中で加熱することでも還元され,第一アルコールを与える。
R–CH2–COOH → ( LiAlH4 )→ R–CH2–CH2OH
ニトロ基を持つカルボン酸に LAH を用いた場合には,カルボキシル基の還元に加えてニトロ基も還元されるので,ニトロ基の還元を期待しない場合はボランを用いた方法が採られる。
なお,ケトン( R−C(=O)–R' )やアルデヒド( R−CHO )の還元に用いられる強力な還元剤 NaBH4 (水素化ホウ素ナトリウム: sodium borohydride )ではカルボン酸を還元できない。
【参考】
ボランは,単独では不安定なためルイス塩基との錯体として使用する。ルイス塩基としてTHFやジメチルスルフィドを用いた時,錯体の還元力が強く,カルボン酸などの還元,ヒドロホウ素化反応に用いられる。ルイス塩基としてピリジンを用いた錯体は,酸性条件下でのイミンの還元などに用いられる。
LAH は,エステル,カルボン酸,ケトン,アルデヒドの還元でアルコールを生成する反応,アミド,ニトリル,ニトロ化合物の還元でアミンを生成する反応に利用される。
ページの先頭へ
その他の求核付加反応例
カルボニル基への求核付加反応には,水( H2O )の付加(水和)により 1 つの炭素に 2 つのヒドロキシ基を持つ 2 価のアルコール( >C(OH)2 :ジェミナルジオールという)の生成反応,アルコール( ROH )の付加でアセタール( >C(OR)2 )の生成反応(アセタール化)がある。
この他にも発見者の名前を冠した付加反応が多くある。有名な反応の概要を次に紹介する。
ハミック反応
アルデヒドの存在下でα-ピコリン酸の脱炭酸と求核付加反応で( 2-ピリジル)アルコールを得る化学反応。
コーリー・チャイコフスキー反応
アルデヒド( R−CHO )又はケトン( R−C(=O)–R' )と硫黄イリドとからオキシラン環(エポキシド)を合成する化学反応。
硫黄イリドは,スルホニウム,スルホキソニウム化合物に強塩基を作用させることで合成される試薬である。
レフォルマトスキー反応
有機亜鉛化合物を発生させ,新しい C–C 結合を持つβ-ヒドロキシエステルを得る化学反応。
ウィッティヒ反応
ウィッティヒ試薬(リンイリド)とカルボニル化合物とからアルケンを得る化学反応。
ウィッティヒ試薬とは,トリフェニルホスフィンとハロゲン化アルキルとの反応で合成されるホスホニウム塩を塩基で処理して脱ハロゲン化水素することで生成する化合物である。
ホーナー・ワズワース・エモンズ反応
アルデヒド( R−CHO )又はケトン( R−C(=O)–R' )とからアルケンを合成する化学反応。
ピーターソン反応
アルデヒド( R−CHO )又はケトン( R−C(=O)–R' )とからアルケンを合成する化学反応。
マンニッヒ反応
第一級又は第二級アミン( R–NH–R' )とホルムアルデヒド( CH2O )のようにα水素を持たないカルボニル化合物とα水素を持つカルボニル化合物が反応してβ-アミノカルボニル化合物を与える反応。
アルドール反応
α水素を持つカルボニル化合物とアルデヒド( R−CHO )又はケトン( R−C(=O)–R' )とが反応してβ-ヒドロキシカルボニル化合物を与える反応。
森田・ベイリス・ヒルマン反応
電子求引性基を持つアルケンがアルデヒドに付加する化学反応。
ページの先頭へ