第五部:有機化学の基礎 有機化合物の分析

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  ここでは,ガスクロマトグラフィーの原理に関連し, 【化合物分離について】, 【分配とは】, 【クロマトグラムとは】, 【ガスクロマトグラムの分解能】 に項目を分けて紹介する。

  クロマトグラフィー:化合物分離について

 前項の【クロマトグラフィー】で紹介したように,カラムと呼ばれる管の中に固定相を保持し,移動相に含まれる分析対象物質と固定層との相互作用によって混合物から化合物を分離・検出する分析法をクロマトグラフィーという。

 クロマトグラフィーは,移動相に用いる物質の状態により分類され,気体を用いる場合をガスクロマトグラフィー( GC )という。

 ガスクロマトグラフィーでは,固定相との相互作用として,分配(化学成分の相への移行性,固定相と移動相の分配係数に依存)と吸着(化学成分と相表面との吸着力)が利用される。

 固定相に液体を用い,液体への分配現象を利用したものを分配クロマトグラフィー( partition chromatography )又は気液クロマトグラフィーという。
 固定相に固体を用い,固体への吸着現象を利用したものを吸着クロマトグラフィー( adsorptuin chromatography )又は気固クロマトグラフィーという。

 【参考】
 移動相(キャリヤーガス)
 ガスクロマトグラフィーで移動相として用いられる気体をキャリヤーガスという。一般的には,固定相との相互作用が無く,高純度のものが得られるヘリウム( He ),窒素( N2 ),アルゴン( Ar )などの不活性ガスが用いられる。
 気体の選択は,用いる検出器により異なる。例えば,熱伝導度型検出器( TCD )を用いる場合には熱伝導率の大きいヘリウムが選択され,水素炎イオン化検出器( FID )を用いる場合には,安価な窒素が選択される。
 カラム(固定相)
 各成分の特性の違いを利用して,試料を分離する装置のカラム( column )には,目的の違いによりプレカラム,ガードカラム,分離カラムに分けられる。一般的にカラムという場合は分離カラムを指す場合が多い。
 分離カラムは,試料成分の分離が行われる充塡剤が充塡された充填カラム(パックドカラム)とキャピラリーカラムに大別される。

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  分配とは

 充填カラムキャピラリーカラム固定相に用いられる不揮発性液体は,固定相液体と呼ばれる。
 移動相中の試料成分の固定相液体への溶解と離脱の関係を分配現象といい,分配現象は原則としてネルンストの分配則( Nernst's distribution law )に従う。
 なお,JIS Z 7260–107 「分配係数(1−オクタノール/水)の測定−フラスコ振とう法: Partition coefficient (1-octanol/water) Shake flask method 」ではネルンストの分配則と記述しているが,以下では一般的な呼称である“ネルンストの分配律”を用いる。

 ネルンストの分配律
 “ A相と B相の 2相が接触し,それぞれの中の物質 D の濃度を CA ,CB とした時,その濃度比 CA / CB K は,物質 Dの濃度が十分に希薄な場合には,その総量に関係なく,定温,定圧下では一定の関係になる”
と説明され,単に分配律とも呼ばれる。
 濃度比の K 分配係数( partition coefficient )と呼ばれ,一方の相が水の場合は,物質の疎水性を表す指標としても用いられている。

 クロマトグラフィーの場合には,分配係数 K は次式で表わされる。
      K = ( Ms /Vs ) / (Mm /Vm )
      ここに,K :分配係数,Ms :固定相液体中の物質の質量,Mm :移動相における物質の質量,Vs :固定相液体の体積,Vm :移動相の体積
 なお,分配係数は,化合物の種類のみならず,固定相液体の種類や温度でも変わる。
 まら,水/油の系における油脂の分配など,物質が一方の相に偏り,分配係数 K が著しく小さくなる場合は,分配係数を濃度比の常用対数で表すこともある。

 カラム中での分配現象
 分配係数の異なる複数の物質を含む試料では,下の模式図に示すように,分配係数の大きい化合物は固定相液体への溶解が多く,移動相が入れ替わってもその箇所での濃度減少が小さい。
 一方,分配係数の小さい化合物は,移動相から固定相液体に溶解する量が少なく,移動相の入れ替えで固定相液体中の濃度減少が大きい。
 このため,分配係数の大きい化合物のカラム内の移動が遅くなり,カラム通過の時間(保持時間)が長く,分配係数の小さい化合物は,カラム内を容易に移動し,保持時間が短くなる。

分配係数と物質移動(模式図)

分配係数と物質移動(模式図)

 以上は分配クロマトグラフィーについてであるが,吸着クロマトグラフィーについても同様に,吸着し易い物質は,固定相に長くとどまり保持時間が長くなる。

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  クロマトグラムとは

 クロマトグラム( chromatogram )
 クロマトグラフィーにおける結果の記録,又は試料成分の溶出状態を時間に対してプロットした図( 溶出曲線: elution curve )をいう( JIS K 0214「分析化学用語(クロマトグラフィー部門)」 )。

 試料注入から化合物のピークの頂点までの時間を,その化合物の保持時間( retention time : RT ,リテンションタイムという。
 空気などの固定相に吸着されない物質が,試料注入から溶出するまでの時間をホールドアップタイム( holdup time )という。以前は,これをデッドタイム,カラム死時間や滞留時間と称していたが,現在はこれらの呼び方を推奨していない( JIS K 0214 )。

 保持時間( tRからホールドアップタイム( t0を引いたものを空間補正保持時間( adjusted retention time )と呼ぶ。
 空間補正保持時間の値( t'Rは,次式で表され,対象成分の固定相中の滞在時間を意味する。
      t'R = tR – t0
  一定温度で測定した 2 種類の物質の空間補正保持時間の比を相対保持時間( relative retention time )といい,固定相の種類のみによって決まる一定値となる。
 なお,ピーク高さ( h )の 1/2 の点におけるピーク幅を半値幅( peak width at half height )といい,後述の分解能やピーク分離度の比較に用いられる。

クロマトグラムの見方

クロマトグラムの見方

 関連用語( JIS K 0214 「分析化学用語(クロマトグラフィー部門)」)
 保持係数( retention factor )
 次式に示すように,各成分の空間補正保持時間をホールドアップタイムで除した値 k で定義される。
      k = ( t'R – t0 ) /t0
 ここに,t'R :対象成分の保持時間,t0 :保持されないで移動相と同じ速度でカラムを通過する成分の保持時間。
 保持指標( retention index )
 ガスクロマトグラフィーにおいて,成分を同定するための指標の一つで,次の式によって定義される数値。
      I = 100・Z + 100 ( log Xi – log Xz ) / ( logXz+1 – log Xz )
 ここに,Xi :対象成分の空間補正保持時間,Xz :Xi より空間補正保持時間が小さく,かつ最も Xi に近い直鎖アルカンの空間補正保持時間,z :空間補正保持時間 Xz の直鎖アルカンの炭素数, Xz+1 :z+1 の炭素数の直鎖アルカンの空間補正保持時間
 なお,直線昇温分析の場合,上式の logX は X となり,Kovats Index(KI)と呼ぶこともある。

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  ガスクロマトグラムの分解能

 クロマトグラムのピーク幅は,カラムの種類,カラムの性能により変動する。例えば,二成分の試料を分析した場合,同じ保持時間でも二成分を完全に分離できるカラム,ピークが広がり二成分のピークが重なるカラムもある。
 このような分解能の差が生じる原因について紹介する。

 キャリヤーガス流路(充填カラムとキャピラリーカラム)
 通常の充填カラムの場合,充填剤の隙間をキャリヤーガスが流れる。充填剤の隙間は一様ではないため,ガスの流路が不均一で,流路によりキャリヤーガスのカラム通過時間に差が生じる。
 一方,キャピラリーカラムでは,中空の管の内壁に固定相が付着した構造のため,比較的均一な流路のため,キャリヤーガスのカラム通過時間は,中央部と壁面部の流速差程度で比較的小さい。
 この影響で,充填カラムはキャピラリーカラムよりピーク幅が広がり易く,ピークの分解能が低くなる。

 段理論
 溶質の分離について,本来連続的なカラムを,理論上で多分割したカラム部位,又は蒸留塔から説明した段理論( plate theory )で説明するのが一般的である。
 段理論の詳細は専門書に譲り,ここでは段理論の概要,段理論を用いたカラムの評価について紹介する。

 クロマトグラフィーのカラムは連続的なものであるが,分割された区画が連結していると考え,各区画を「」と称する。 移動相が一段進むごとに止まり,分配平衡に達してから移動相が次の段に進むと仮定し,各段の濃度と分配係数の関係を理論的に解析する手法(不連続流型段理論)である。段理論には,移動相が段のつながりを連続的に流れると仮定して解析する連続流型段理論もある。

 段理論によると,段数の多いカラムほど,カラムの移動距離に対してピーク幅の広がりが狭い結果が得られる。そこで,カラムの性能(カラム効率: column efficiency )を示す指標として,実効理論段数( effective theoretical plate number :Neffが用いられる。
 実効理論段数とは,空間補正保持時間を用いて実際のカラム効率を次式で定義したものである。
      Neff = 5.54 ( t'R /W)2 = N [k /(k+1)]2
      ここに,t'R :空間補正保持時間,W :ピーク幅,N :理論段数,k :保持係数
 カラム長さを実効理論段数で除した値を実効理論段相当高さ( height equivalent to an effective plate )という( JIS K 0214 )。
 なお,空間補正保持時間,ピーク幅,保持係数については前述している。

 理論段数( theoretical plate number )
 カラム効率を表す指標の一つで,段理論における段数で,特定成分について,次の三つの式で算出され,定義される数である。
 なお,ピークがガウス曲線の場合,三つの式の結果は一致する( JIS K 0214 )。
      N = 16×( tR /W )2
      N = 5.54×( tR /W0.5h )2
      N = 2π×( tRH /A )2
      ここに,tR :保持時間,W :ピーク幅,W0.5h :ピーク半値幅,A :ピーク面積,H :ピーク高さ

 カラム効率の評価法には,実効理論段数の他に,理論段 1 段に相当する長さ,すなわちカラム長さ L を理論段数 N で除した理論段相当高さ,HETP( height equivalent to a theoretical plate : H = L /N )で表すこともある。
 
 関連用語( JIS K 0214 「分析化学用語(クロマトグラフィー部門)」)
 分離度( resolution )
 クロマトグラム上で近接している二つのピークがどの程度分離しているかを示す尺度。分離度 R は次の式によって定義する。
      R = 2 ( tR2 – tR1 ) / ( W1 + W2 )
      ここに,tR1 ,tR2 :ピーク 1 及びピーク 2 の保持時間( tR2≧tR1 ),W1 ,W2 :ピーク 1 及びピーク 2 のピーク幅
又は,
      R = 1.18 ( tR2 – tR1 ) / ( W0.5h1 + W0.5h2 )
      ここに,tR1 ,tR2 :ピーク 1 及びピーク 2 の保持時間( tR2≧tR1 ),W0.5h1 ,W0.5h2 :ピーク 1 及びピーク 2 の半値幅

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