第五部:有機化学の基礎 有機化合物の分析

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  ここでは,ガスクロマトグラフィーを用いた分析に関連し, 【分析】, 【一般的な定性分析】, 【比保持容量を用いた定性分析】, 【定量分析の概要】, 【ピーク高さ及びピーク面積の求め方】 に項目を分けて紹介する。

  クロマトグラフィー:分析方法

 ガスクロマトグラフィーを用いた分析の特徴は,気体や気化し易い化合物について,単独の場合に限らず,混合状態であっても,それぞれの化合物に分離しながら分析できることにある。
 分析方法には,他の一般的な分析方法と同様に,化合物の同定を目的とする定性分析( qualitative analysis ),物質の成分の量的関係を明らかにするために行う定量分析( quantitative analysis )に分けられる。

 ガスクロマトブラフィーを用いた定性分析
 化合物と固定相との相互作用の結果として得られる化合物固有の保持時間保持容量を的確に把握することで実施される。

 ガスクロマトグラフィーを用いた定量分析
 他の分析方法と同様に検量線法(絶対検量線法),内標準法,標準添加法が適用される。 これらを適用する際に,分析種の量と比例関係が想定されるデータとして,クロマトグラムのピーク高さ,又はピーク面積が採用される。詳細については後述する。

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  一般的な定性分析

 原則として,使用するカラム,キャリヤーガス種類,流量,カラム温度などの測定条件が同一の場合は,一般的には,空間補正保持時間( adjusted retention time : t'R 空間補正保持容量( adjusted retention volume : VR' を,それらの値が既知の物質と比較することで特定できる。
 しかし,測定条件が異なる場合,例えば,同じ充填剤を用いても,充填剤の填充状況(空隙の量)の異なるカラムでは効率(カラム効率)が異なり,同一試験条件での分析とは言えない。

 内標準物質
 このようなカラム効率の他に,温度,キャリヤーガス流量などの条件変動に対応するため,測定範囲に入ることが想定される標準物質内標準物質を適当な量を添加した試料を用い,標準物質の t'R VR' との比較で定性する方法が用いられる。
 一般的には,標準物質と分析種の空間補正保持時間の比,すなわち相対保持時間( relative retention time )を用いるのが多い。相対保持時間は,固定相液体の種類と温度のみによって決まる。

 内標準物質を用いることで,固定相液体の種類と温度のみに依存し,固定相液体の担体に対する比,担体の種類,カラムの長さや径,キャリヤーガスの種類,流速の影響を受けないので,過去の測定結果や文献値との比較が可能になる。
 なお,内標準物質には,分析種と化学的性状が類似し,そのピークが分析種のピークの位置になるべく近く,試料中の成分ピークとも完全に分離する安定な濃度既知の物質を用いる必要がある。

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  比保持容量を用いた定性分析

 標準物質との相対保持値を用いなくとも,同一カラム温度,同一固定相種の条件では,適切に補正した保持容量(比保持容量を用いて物質の特定が可能である。

 補正は,次に示す気相空間容積,流量計の温度,容量に影響する圧力,固定相液体量の補正の手順で行う。
 ① 気相空間容量の補正
 ある条件の下で特定の物質をカラムから溶出させるのに必要な移動相の体積は,保持容量(retention volume : VRと呼ばれ,次式で定義される。
      VR = tR F
      ここに,tR:保持時間,F :そのときのカラム温度における出口での移動相の流量
 気相空間には,カラム内の容量以外に,カラム外容量( extra – column volume )や空隙容量( void volume )と呼ばれる試料注入部,連結管,検出器などの固定相液体との分配に関係しない容量も含まれる。
 なお,カラム外容量は,JIS K 0214 「分析化学用語(クロマトグラフィー部門)」では,用語として,ホールドアップボリューム( holdup volume ),記号 VM の使用が推奨され,死容量,デッドボリュームの使用は望ましくない注記されている。

 保持容量( VRは,空気など固定相液体との分配がない気体の溶出時間に相当するホールドアップタイムt0と移動相の流量 F の積( VM = t0 F )で求まるホールドアップボリュームVM を用いて,次式で補正する。この補正した保持容量は,空間補正保持容量( adjusted retention volume : VR' )と呼ばれる。
      VR' = VRVM

 ② 流量測定温度の補正
 流量の測定は,カラム出口で実施するのが通例である。従って,カラム出口の温度とカラム温度とが異なる場合が多い。
 そこで,流量測定位置(カラム出口)の温度とカラム温度を用いて,保持容量を気体の状態方程式を用いて,カラム温度での量に補正する。

 気体の状態方程式( ideal gas law )
 アボガドロの法則,標準状態の概念の発展に伴い,ボイル・シャルルの法則の定数が明らかになり,気体の状態を評価する一般則「気体の状態方程式」が確立した。
 気体定数 R ,気体のモル数 n とすると,圧力 P ,体積 V と温度 T との関係は,
     PV = nRT
 科学技術データ委員会( CODATA )の推奨( 2010年)する気体定数は,R = 8.3144621(75) J・K-1・mol-1 である。なお( )内の数値は最後の 2 桁に対する不確実さを示している。

 ③ 圧力の補正
 ガスクロマトグラフィーでは,気体を移動相として用いるため,カラムの入り口から出口に向かい圧力勾配(圧力の減少)がある。
 そこで,このカラム入口と出口の圧力差を用いて,保持容量を補正する。具体的には,均一に充填したカラムと仮定し,次式の圧力勾配補正因子( pressure gradient correction factor : jを求める。
      j = 3/2×[(Pi/P0)2–1] /[(Pi/P0)3–1]
      ここに,Pi :カラム入口,P0 :カラム出口のキャリヤーガスの圧力(絶対圧)
 次いで,の値をの温度補正した空間補正保持容量 VR' に圧力勾配補正因子 j を乗じて,純補正保持容量(全補正保持容量)( net retention volume : VNを求める。
      VNjVR'

 ④ 固定相液体の量に対する補正
 保持容量は,カラム中の固定相液体の量に影響を受ける。そこで,①~③の補正を行った保持容量(純補正保持容量: VN )を固定相液体の質量( WLで除し,標準状態( 0 ℃)に換算した値,すなわち,標準状態における固定相液体の単位質量当たりの純補正保持容量を次式に従い求める。
      Vg = ( VN /WL ) × ( 273 /T )
      ここに,T :カラムの絶対温度(K)
 この値( Vg )は比保持容量( specific retention volume )といわれ,固定相液体の量に依存しない値として,化合物間の比較に用いることができる。

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  定量分析の概要

 ガスクロマトグラフィーを用いた定量分析には,検量線を用いた定量で紹介した一般的な方法と同様の方法が用いられる。 クロマトグラフィーを用いた定量分析法では,分析種の量と比例関係が想定されるデータとして,クロマトグラムのピーク高さ,又はピーク面積が採用される。
 クロマトグラフィーを用いた定量分析法では,分析種の量と比例関係が想定されるデータとして,クロマトグラムのピーク高さ,又はピーク面積が採用される。

 定量分析法JIS K 0214 「分析化学用語(クロマトグラフィー部門)」より)
 一点検量線法( one point calibration curve quantitation method )
 ブランクと一水準の既知濃度の標準物質それぞれのピーク面積又はピーク高さから検量線を描き,それと比較し,未知試料溶液の濃度を算出する方法。
 絶対検量線法( absolute calibration curve method )
 分析種と同じ成分の既知濃度の試料から得たクロマトグラム上のピーク面積又はピークの高さから求めた検量線を用い,試料中の分析種の濃度又は量を求める方法。外標準法ともいう。
 内標準法( internal – standard method )
 一定濃度の内標準物質を含む 3 ∼ 4 段階濃度の希釈標準液のクロマトグラムを記録してピーク面積を測定し,次いで,導入した分析種の量(Mx)と内標準物質の量(Ms)との比(Mx/Ms)を横軸に,分析種のピーク面積(Ax)と内標準物質のピーク面積(As)との比(Ax/As)を縦軸にして作成した検量線から分析種の定量を行う方法。
 標準添加法( standard addition method )
 試料溶液から一定量を採取し,分析種の標準液を段階的に加えて検量線を作成し,得られた直線をシグナル量ゼロまで外挿した点から添加濃度ゼロまでの距離に相当する濃度を求めて分析種濃度とする方法。

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  ピーク高さ及びピーク面積の求め方

 クロマトグラムのピークについて
 クロマトグラムは,分析条件,分析対象の試料の状態などにより,完全に分離したピークが得られる場合,複数のピークが近接し部分的に重なる場合,濃度差が大きく濃度の大きいピークの裾に濃度の小さいピークが完全に重なる場合など様々である。

 ピークの重なり程度(分離度)
 目視でピークの分離や重なりが明確に判断できない場合には,分離度( resolution )を用いて評価することになる。
 分離度 R は,クロマトグラム上で近接している二つのピークがどの程度分離しているかを示す尺度で,JIS K 0214 では,2 つのピークの保持時間の差を,2 つのピーク幅の平均値で除する方法,保持時間の差を半値幅の合計に係数をかけた値で除する方法が規定されている。
 ピーク幅を用いる方法
      R = 2 ( TR2 – TR1 ) /( W1 + W2 )
      ここに,TR1 ,TR2 :ピーク 1 及びピーク 2 の保持時間( TR2≧TR1
          W1 ,W2 :ピーク 1 及びピーク 2 のピーク幅
 半値幅を用いる方法
      R = 1.18 ( TR2 – TR1 ) /( W0.5h1 + W0.5h2 )
      ここに,TR1 ,TR2 :ピーク 1 及びピーク 2 の保持時間( TR2≧TR1
          W0.5h1 ,W0.5h2 :ピーク 1 及びピーク 2 のピーク幅
 ピークが完全に分離していると認識されるのは,分離度 1.5 以上とするのが一般的である。

 ピーク高さ,ピーク面積の求め方
 JIS K 0214 では,
 “ピーク高さ( peak height )はピークの頂点からピークの両すそを結ぶ直線に時間軸に垂直に下ろした直線の長さ,ピーク面積( peak area )はピークの両すそを結ぶ直線とピークとが囲む面積,実際には,半値幅法による近似値又はピーク時の出力を積算したカウント数で求める“
と定義している。

 ピーク面積については,ピークが孤立(完全分離ピーク)している場合に JIS に規定する方法を適用できるが,下図に示すように,ピークの重なる不完全分離ピークの場合は, JIS に規定の方法では適切な面積が得られない。

クロマトグラムのピークの例

クロマトグラムのピークの例

 完全分離ピーク
 ピーク高さ:ピークの頂点からベースラインの延長線に下した垂線の長さ
 ピーク面積:半値幅にピーク高さを乗じて求める半値幅法( peak width at half height method ),検出器からのアナログ信号をデジタル化して得られるクロマトグラムに対しては,ピークの高さ,面積などを自動的に積算して出力する装置(インテグレーター)を用いるなどして面積が求められる。

 不完全分離ピーク
 二つ以上のピークの情報が重なったデータとして得られるので,それぞれが単独で存在した場合のピークを想定して,高さと面積を求める必要がある。 最近の装置には,デジタル化されたデータに対して多変量解析法を用いたソフトでそれぞれのピークを分離してピーク高さと面積を評価できる方法が開発されている。

 備考:データ処理装置が開発されるまでは,記録紙(チャート紙)を均質な紙にコピーし,切り取ったピークの重量から面積を求める方法,半透明の方眼紙をチャートに重ね合わせてピークの占める範囲のマス目数を計測する方法,なぞった範囲の面積を機械的に読み取ることができるアムスラー型面積計を用いる方法などでピーク面積を求めていた。

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