腐食概論鋼の腐食

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 海洋環境での腐食

 海洋における環境区分別の腐食について

裸鋼杭の腐食模式図

裸鋼杭の腐食模式図

 海洋環境(marine environment)の区分に応じた金属腐食の特徴を示す。右図は,一般的な模式図として知られる“裸の鋼杭を暴露した場合”の各部位の侵食度(penetration rate)変化である。
 この中で,海底土中部の腐食は,基本的には,別の章で解説する一般的な【土壌環境の腐食】と同様に扱える。
 また,乾湿の繰り返しや降雨の影響を受ける海上大気部の腐食についても【大気環境の腐食】と同様に扱える。
 ここでは,海洋環境で特徴的な環境の飛沫帯(splash zone)干満帯(tidal zone)及び海中部における腐食の概要を解説する。 

 【飛沫帯での腐食】
 飛沫帯は,構造物に波の衝突で発生した海水飛沫(sea water spray)が付着し,常に薄い海水の膜で覆われる環境にある。
 【腐食の基礎】の環境因子と腐食速さの項で,鋼の腐食速度は,下図に示すように鋼表面に付着する水膜厚みに影響される。すなわち,鋼表面に付着しる水膜の厚みが,概ね 500μm と考えられる酸素の拡散層(diffusion layer)より薄くなるほど腐食速度が増加する。
 飛沫帯の腐食が激しいのは,“塩濃度が高いため”と考えがちであるが,実際は,【腐食の基礎】の酸素拡散律速の項で紹介した酸素の拡散束(flax)の影響,すなわち飛沫帯の場合は水膜の薄さの寄与が大きいと考えるのが良い。
 すなわち,海洋環境の中で飛沫帯が,最も腐食速度の高くなる条件を備えていることが分かる。

大気中水膜厚みと軟鋼の腐食速度

大気中水膜厚みと軟鋼の腐食速度
参考:H. Uhlig, D. Triadis, M. Stern, J. Electrochem. Soc., 102, 59(1955)

 【干満帯単独の腐食】
 干満帯の位置では,日に 2回(1回の場合もある)の干満の繰り返しがある。すなわち,満潮時には海水に没し海中の環境となり,干潮時には大気中にさらされ,飛沫帯の環境になる。
 従って,酸素の拡散の観点からは,干満帯の腐食性は,飛沫帯に次ぐ激しい腐食環境と考えることができる。
 実際に,干満帯に単独で小さい鋼試験片を暴露した場合や,海洋構造物の塗膜など電気絶縁性の防食皮膜に素地に達する欠陥がある場合は比較的激しい腐食を受ける。
 しかし,上図(裸鋼杭の腐食模式図)の大気部から土壌中まで連続して裸の鋼を暴露した場合は,大気海上部より腐食性が低い結果になっている。これは,干満帯と海中部とが,次に示すように,電気的に結合された場合の挙動である。

 【干満帯と海中部を電気的に結合した場合の腐食】
 裸の鋼杭など金属部が干満帯海中部を連絡する構造の場合は,干満帯の腐食度は非常に小さくなる
 干満帯に位置する鋼材表面は,その直下に当たる海表面近くの海中部より多量の酸素供給を受ける。
 すなわち,干満帯と海表面直下の鋼の間に,酸素濃度の大きな違いによるマクロ腐食電池(macro-galvanic cell)が形成され,いわゆる酸素の濃淡電池腐食(concentration cell corrosion)が起きる。この場合は,干満帯の鋼がカソード(cathode)として,海表面直下の鋼がアノード(anode)として作用する時間が多くなる。
 結果として,干満帯の腐食は抑えられ,海表面近傍の海中部の腐食が大きくなる。

 【海中部単独の腐食】
 ある程度の水深の海中部では,酸素の濃淡電池腐食の影響を受けず,腐食の原理は淡水中の腐食(macro-galvanic cell)と同様に,溶存酸素濃度流速の影響を受ける。淡水中との違いは,塩化物イオン濃度が高く,高い流速でも鋼の不動態化(passivity)が期待できないことである。

鋼管杭No.16の肉厚減量と腐食速度

鋼管杭No.16の肉厚減量と深度
出典:港湾空港技術研究所 資料1123 p.27(2006年6月)

 【実測例】
 右図は,(独)港湾空港技術研究所が建設した波崎海洋研究施設砕波帯総合観測用桟橋(茨城県神栖市)において,無防食の鋼管杭(直径600~800mm)を1984年~1997年までの13年間暴露し,回収した後で計測した鋼管の肉厚み減少量計測結果である。
 海表面近く(-0.5mまで)の侵食度は 0.2mm・a-1程度と深度-1m以上の海中部(0.1mm・a-1程度)より大きい腐食を示している。
 干満帯(図中L.W.L.とH.W.L.の間)では,ばらつきはあるが海中部と同程度の腐食である。
 H.W.L.から深度+ 2m(飛沫帯の一部に相当)程度までの低い侵食度は,実験場の地形の影響と考えられる。すなわち,実験場の波崎は遠浅の海岸のため,干満以外に大きな波の影響を受け,満潮時の海表面の位置(H.W.L.)に波高を加えた分まで干満帯と同様の影響を受けたためと想定される。
 深度+2mより上部は,波の鋼管杭への衝突で発生する飛沫が付着する真の意味での飛沫帯と考えられ,侵食度 0.2~0.25mm・a-1と最も大きい腐食を示している。このように,実測においても,模式図と同様の現象が観察されている。
 運輸省港湾技術研究所 編書「港湾構造物の維持・補修マニュアル」(財)沿岸開発技術研究センターなどによると,港湾構造物の鋼腐食(侵食度)の目安として,
 H.W.L.を超える海上大気部(飛沫帯)で 0.3mm・a-1
 干満帯(H.W.L.~L.W.L.)及び-1.0m(干潮面から 1m下まで)で 0.1~0.3mm・a-1
 海水中で 0.1~0.2mm・a-1
 海底土中部で 0.03mm・a-1としている。
 なお,干満帯の扱いについては,電気的に海中部と接続がある場合は侵食度 0.1 mm・a-1程度,絶縁されている場合(防食塗膜の欠陥部など)は 0.3 mm・a-1程度と考えるのが妥当であることを意味している。
 【参考】
 干満帯(tidal zone)
 読み「かんまんたい」潮間帯(intertidal zone)ともいい,高潮線と低潮線との間をいう。干満帯は,潮汐の変化により,上部から大潮最大満潮線,大潮平均満潮線,小潮平均満潮線,平均潮位,小潮平均干潮線,大潮平均干潮線,大潮最低干潮線にも区別される。
 フィックの法則(Fick's laws of diffusion)
 気体,液体のみならず固体(金属)にも適用できる物質の拡散に関する基本法則である。フィックの法則には第 1法則と第 2法則がある。
 フィックの第 1法則
 “拡散束(流束;flax)は,濃度勾配に比例する”と表現される法則で,定常状態拡散(濃度が時間で変わらない)で適用される。拡散係数を D ,位置 x での濃度 c とした時,拡散束 J は,J = − D grad c あるいは J = − D ( dc /dx ) で与えられる。
 フィックの第 2法則
 実際の拡散で見られる濃度が時間に関して変わる非定常状態拡散に適用される。拡散係数 D が定数のとき,濃度 c の時間変化は,∂c /∂t = − div J = D∇2 cあるいは∂c /∂t = D (∂2 c /∂x2 ) で与えられる。
 マクロ腐食電池(macro-galvanic cell)
 アノードとカソードがはっきりと区別できる程度の大きさをもち,その位置が固定されている腐食電池をいい,異種金属接触電池,通気差電池などがこれに属する。【JIS Z 0103「防せい防食用語」】
 濃淡電池腐食(concentration cell corrosion)
 読み「のうたんでんちふしょく」,金属表面に接触する水溶液中のイオンや溶存酸素の濃度が局部的に異なるために生じた電池による腐食。【JIS Z0103「防せい防食用語」】
 濃淡を原因とする電位差で生じた電池(マクロ腐食電池)による腐食で,広義の電池作用腐食(ガルバニック腐食;galvanic corrosion)の一種である。なお,酸素の濃淡電池形成の場合を通気差腐食(differential aeration corrosion)などともいう。
 マクロ腐食電池(macro-galvanic cell)はマクロセルともいわれ,アノードとカソードがはっきりと区別できる程度の大きさをもち,その位置が固定されている腐食電池をいい,異種金属接触電池,通気差電池などがこれに属する。【JIS Z 0103「防せい防食用語」】
 不動態(passive state)
 これまでの文献等では,用語として不働態を用いていたが,現在は,JIS 用語を含め,不動態を用いる例が多い。
 標準電位列で卑な金属であるにもかかわらず,電気化学的に貴な金属であるような挙動を示す状態。【JIS Z0103「防せい防食用語」】
 本来,ひ(卑)である電極電位を示し,不安定であるべき金属があたかも貴である金属のように振る舞う状態。この状態では,電極電位も貴の値を示す場合が多い。【JIS H 0201「アルミニウム表面処理用語」】
 一般的には,金属をとり囲む環境の影響で,電気化学列で卑な金属(腐食しやすい金属)が,表面を酸化物で覆われるなどして本来の活性を失い,貴な金属のように挙動する状態を不動態といい,この状態になることを不動態化(passivity)と理解されている。
 不動態化は,酸化力のある酸にさらされた場合,陽極酸化処理によっても生じる。不動態となる酸化被膜(不動態被膜)の典型的な厚みは,数 nm である。
 すべての金属が不動態となるわけではなく,不動態になりやすいのは,アルミニウム,クロム,チタンなどやその合金である。

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