腐食概論:鋼の腐食
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鋼腐食の基礎
鋼の腐食生成物
鋼の腐食で生成される酸化物の主なものを次に示す。乾食では酸化鉄が,湿食では水酸化鉄,含水酸化鉄(オキシ水酸化鉄)及び酸化鉄が主な生成物として観察される。
何れの化合物が腐食生成物の主成分になるかは,腐食環境因子により異なる。このことは,腐食生成物の組成を分析することで,腐食環境因子や腐食過程の推定に有益な知見が得られることを示す。
化合物記号 | 密度 g・cm-3 |
備考 |
---|---|---|
FeO | 5.7 | 酸化鉄(Ⅱ)(酸化第一鉄,ウスタイト,Wustite) |
Fe3O4 | 5.17 | 酸化鉄(Ⅱ,Ⅲ)(四三酸化鉄,四酸化三鉄,マグネタイト,magnetite) |
α-Fe2O3 | 5.24 | α酸化鉄(Ⅲ)(α酸化第二鉄,赤鉄鋼,ヘマタイト,hematite) |
γ-Fe2O3 | 5.24 | γ酸化鉄(Ⅲ)(γ酸化第二鉄,磁赤鉄鋼,マグヘマイト,maghemite) |
Fe(OH)2 | 3.4 | 水酸化鉄(Ⅱ)(25℃水への溶解度:6×10−3 g・dm−3) |
Fe(OH)3 | 4.09 | 水酸化鉄(Ⅲ)(25℃水への溶解度:1.5×10−4 g・dm−3) |
α-FeOOH | 4.3 | αオキシ水酸化鉄(針鉄鋼:ゲーサイト,Goethite) |
β-FeOOH | 3.52 | βオキシ水酸化鉄(赤金鉱:アカガナイト,Akaganéite) |
γ-FeOOH | 4 | γオキシ水酸化鉄(鱗鉄鋼:レピドクロサイト,Lepidocrocite) |
【参考】
腐食生成物(corrosion product)
腐食によって生成した物質。通常は固体物質を指し,金属表面に付着するか又は環境中に分散して存在する。【JIS Z0103「防せい防食用語」】
酸化物(oxide)
酸素と他元素との二元化合物の総称である。酸化物は,酸と作用して塩をつくる塩基性酸化物,塩基と作用して塩をつくる酸性酸化物,酸と塩基のいずれにも作用して塩をつくる両性酸化物に分けられる。
酸化鉄(iron oxide)
酸化鉄には,鉄の酸化数と結晶構造により複数存在する。安定,及び準安定の化合物には,二価鉄のFeO (酸化鉄(Ⅱ),ウスタイト,Wüstite ),二価鉄と酸化鉄の Fe3O4 (酸化鉄(II,III),四酸化三鉄,四三酸化鉄,マグネタイト,magnetite ,磁鉄鉱)がある。三価鉄の酸化物には,結晶構造の違う α- Fe2O3 (α酸化鉄(Ⅲ),ヘマタイト,hematite ,赤鉄鉱),β-Fe2O3 (β酸化鉄(Ⅲ)),γ-Fe2O3 (γ酸化鉄(Ⅲ),マグヘマイト,maghemite ,磁赤鉄鉱),ε-Fe2O3 (ε酸化鉄(Ⅲ))などがある。
マグネタイト(magnetite)
磁鉄鉱(じてっこう)の鉱物名で知られる。鉄(Ⅱ,Ⅲ)の等軸晶系の酸化鉱物で化学組成 Fe3O4 (四酸化三鉄),金属光沢を持つ黒色の鉱物で,強い磁性を持つ。粉末状の砂鉄はたたら製鉄の主要な原料として用いられていた。
ヘマタイト(hematite)
赤鉄鉱(せきてっこう)の鉱物名で知られ,鉄(Ⅲ)の三方晶系の酸化鉱物で化学組成 Fe2O3(三酸化二鉄),金属光沢を持つ鉄黒色の鉱物で主要な鉄鉱石である。粉末は赤色を示し,ベンガラとして知られる赤色顔料に用いられる。
水酸化鉄(Ⅱ)(iron(II) hydroxide)
水酸化第一鉄ともいい,Fe(OH)2 。無色ないし淡緑色粉末結晶。空気中で容易に酸化され水酸化鉄(Ⅲ)になる。
水酸化鉄(Ⅲ)(iron(III) oxide hydroxide)
水酸化第二鉄ともいい,赤褐色の粉末。一般には Fe(OH)3 と表記されるが,水酸化鉄(Ⅱ)とは異なり,実際には鉄と水酸化物イオンとを 1:3 で含む化合物が無く,一般組成式は,脱水されたオキシ水酸化鉄(酸水酸化鉄) FeO(OH)・H2O ,又はさらに脱水の進んだ水を含む酸化鉄(含水酸化鉄) 2Fe2O3・3H2O として表される。
ちなみに,水酸化鉄(Ⅲ)の溶解度積 Ksp は,
FeO(OH) + H2O ⇆ Fe3+(aq) + 3OH‐(aq) ,Ksp = 1×10‐38
で与えられる。
オキシ水酸化鉄(iron(III) oxide-hydroxide , ferric oxyhydroxide)
水酸化鉄(Ⅲ)の表記,一般組成式 FeO(OH)・H2O ,すなわち, Fe(OH)3 の脱水形の化合物として,オキシ水酸化鉄(酸水酸化鉄)という。なお,一般的には FeOOH と表記する例が多い。
オキシ水酸化鉄は,鉄の酸化数,結晶構造の異なる複数種存在する。例えば,同質異像の関係(多形)にある鉄(Ⅲ)化合物には,ケーサイト(針鉄鉱,goethite)と呼ばれるα-FeOOH ,アカガネイト(赤金鉱,akaganéite)と呼ばれるβ-FeOOH ,レピドクロサイト(鱗鉄鉱,lepidocrocite)と呼ばれるγ-FeOOH ,フェロオキシハイト(feroxyhyte)と呼ばれるδ-FeOOH がある。
組成が異なるものには,フェリハイドライト(ferrihydrite)と呼ばれるFe2O3·0.5H2O ,シュバートマンナイト(schwertmannite)と呼ばれる少量の硫酸イオンを含むFe8O8(OH)6(SO4)·nH2O がある。
酸化数の異なる鉄(Ⅱ,Ⅲ)の化合物にはさび発生の中間生成物として知られるみどり錆(green rust)がある。みどり錆の組成式の例として Fe(III)Fe(II)3(OH)8Cl が知られる。
含水酸化鉄
水酸化鉄(Ⅲ)の表記,一般組成式 2Fe2O3・3H2O ,水を含む酸化鉄(含水酸化鉄)。現在はオキシ水酸化鉄と称するのが一般的である。
ゲーサイト(goethite)
オキシ水酸化鉄(FeOOH)の一種,鉄の酸化鉱物である針鉄鉱(しんてっこう)の鉱物名で,化学式α-FeOOH で表される。
針鉄鉱は,黒褐色の柱状・針状の結晶をなし,硬度 5 ~ 6 ,比重 4.28 で完全にへき開する斜方晶系のオキシ水酸化鉄(FeOOH)の鉱物。
アカガネイト(akaganeite)
岩手県奥州市江刺区の赤金鉱山において,南部松夫(東北大学教授)らが発見した新鉱物で,発見場所に因み赤金鉱(akaganeite)と命名された。当初は,オキシ水酸化鉄(FeOOH)のβ変態(β-FeOOH)とされていたが,塩素(Cl)が必須の化学組成であることが分かり,現在の化学組成式は(Fe3+,Ni2+)8(OH,O)16Cl1.25 · nH2O で与えられている。
なお,腐食・防食分野では,腐食生成物として検出されるオキシ水酸化鉄の中で,塩化物イオン(Cl-1)などのハロゲンイオンの影響で生成したオキシ水酸化鉄(β-FeOOH)をアカガネイト(akaganéite)と称している。
レピドクロサイト(lepidocrocite)
オキシ水酸化鉄(FeOOH)の一種,燐鉄鉱(りんてっこう)の鉱物名で,化学式γ-FeOOH で表される。
鱗鉄鉱は,鉱物としては,単体で存在せず,針鉄鉱と共に褐鉄鉱を成す。燐鉄鉱は,斜方晶系のオキシ水酸化鉄(FeOOH)の鉱物。
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