腐食概論鋼の腐食

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 淡水環境の腐食

 淡水中の金属腐食について

 日本の淡水は,中性の軟水,すなわち電解質(electrolyte)を多く含まないものが多い。このような水の中での各種金属の腐食の特徴を次に示す。

 【銅,亜鉛】

 銅(copper)と亜鉛(zinc)は,大気中で金属表面に薄い酸化物の緻密な皮膜(保護被膜)を容易に形成する金属である。その皮膜が酸素の拡散障壁として機能するため,淡水中の腐食速度(corrosion velocity)は比較的小さい。
 皮膜の性能は,水質に依存し,銅の場合には局部腐食(local corrosion)が問題となる場合もある。

 【ステンレス鋼,アルミニウム】

 大気中で不動態皮膜(passive film)を形成したこれらの金属は,淡水中に移動しても不動態皮膜が保持され,腐食は極めて小さい。
 しかし,淡水分類における塩濃度の上限(0.05%)に近い場合は,塩化物イオン濃度として約300ppmと無視できない量であり,炭酸イオン濃度,残留塩素濃度など他の水質成分の条件が整うと局部腐食に至る可能性がある。

 【鋼】

 「腐食の基礎」で説明したように,水と接触した鋼表面で次の反応が起きる。
     アノード反応:Fe→ Fe2++2e     (鉄の溶解)
     カソード反応:2H2O+O2+4e→ 4OH (酸素の消費)
 アノード反応(anodic reaction)で生成した鉄イオン(2価)は,次の加水分解反応や水酸化物イオンとの中和反応を経て,
     Fe2++2H2O→ Fe(OH)2+2H+
 となり,固体の水酸化鉄(Ⅱ)を形成する。
 その後,比較的速やかに酸化され,
     4Fe(OH)2+2O2→ 4FeOOH+2H2O
 三価鉄の安定したオキシ水酸化鉄(iron(III) oxide-hydroxide , ferric oxyhydroxide)が形成される。
 これらの固体が鋼表面に沈着することで“さび層”を形成する。
 淡水中で生成した“さび層”は,防食性能を期待できるほどの緻密な膜とはなりえないが,酸素やイオンの拡散に多少とも影響するため,“さび層”の沈着と共に腐食速度の低下が見られる。この傾向は,大気腐食の場合に顕著になる。
 
 「腐食の基礎」の項で説明したように,中性の水溶液中での鋼の腐食反応はカソード反応(cathodic reaction)が律速となるため,鋼の腐食速度は淡水中の溶存酸素(dissolved oxygen)の濃度や淡水の流速(current speed , current velocity)などに影響されることになる。
 【参考】
 腐食(corrosion)
 金属がそれをとり囲む環境物質によって,化学的又は電気化学的に侵食されるか若しくは材質的に劣化する現象。【JIS Z 0103「防せい防食用語」】
 局部腐食(local corrosion)
 読み「きょくぶふしょく」,金属表面の腐食が均一でなく,局部的に集中して生じる腐食。【JIS Z0103「防せい防食用語」】
 局部的に集中して起こる腐食。【JIS H 0201「アルミニウム表面処理用語」】
 金属種や腐食要因の違いで孔食,すき間腐食,異種金属接触腐食など様々ある。
 不動態被膜(passive film)
 不動態化で生じた金属表面に腐食作用に抵抗する酸化被膜をいう。
 不動態(passive state)とは,標準電位列で卑な金属であるにもかかわらず,電気化学的に貴な金属であるような挙動を示す状態。【JIS Z0103「防せい防食用語」】
 本来,ひ(卑)である電極電位を示し,不安定であるべき金属があたかも貴である金属のように振る舞う状態。この状態では,電極電位も貴の値を示す場合が多い。【JIS H 0201「アルミニウム表面処理用語」】
 一般的には,金属をとり囲む環境の影響で,電気化学列で卑な金属(腐食しやすい金属)が,表面を酸化物で覆われるなどして本来の活性を失い,貴な金属のように挙動する状態を不動態といい,この状態になることを不動態化(passivity)と理解されている。
 不動態化は,酸化力のある酸にさらされた場合,陽極酸化処理によっても生じる。不動態となる酸化被膜(不動態被膜)の典型的な厚みは,数 nm である。
 すべての金属が不動態となるわけではなく,不動態になりやすいのは,アルミニウム,クロム,チタンなどやその合金である。
 アノード反応(anodic reaction)
 電極反応において,アノードで起きる酸化反応。
 カソード反応(cathodic reaction)
 電極反応において,カソードで起きる還元反応。
 電極反応(electrode reaction)
 電極と電解質溶液,溶融塩などのイオン伝導体との間で起こる少なくとも一つの電荷移動過程,及びそれに伴って電極近傍で起こる物質移動,化学反応などの全ての過程。狭義には,電荷移動過程だけをいう。【JIS K 0213 「分析化学用語(電気化学部門)」】
 電極反応には,電極と電解質で構成される系,電極と電解質溶液で構成される 2 つの系があり。問題(研究対象)とするのは,電解質,又は電解質溶液全体で均一に進む現象ではなく,電極との界面で生じる酸化還元反応,すなわち不均一系の反応である。
 電極(electrode)
 電気化学では,広義には金属などの電子伝導体の相と電解質溶液などのイオン伝導体の相とを含む少なくとも二つの相が直列に接触している系(電極系ともいう)。狭義にはイオン伝導体に接触している電子伝導体の相。【JIS K 0213「分析化学用語(電気化学部門)」】
 電極を示す名称には,カソード・アノード,正極(+極)・負極(-極),陰極・陽極などの名称が使われている。特に,陰極・陽極の用語は,技術分野で示す意味が異なり,混乱した使用例が見られるので,注意が必要である。
 なお,カソード(cathode)は還元反応を生じる電極,アノード(anode)は酸化反応を生じる電極をいう。
 オキシ水酸化鉄(iron(III) oxide-hydroxide , ferric oxyhydroxide)
 水酸化鉄(Ⅲ)の表記,一般組成式 FeO(OH)・H2O ,すなわち, Fe(OH)3 の脱水形の化合物として,オキシ水酸化鉄(酸水酸化鉄)という。なお,一般的には FeOOH と表記する例が多い。
 オキシ水酸化鉄は,鉄の酸化数,結晶構造の異なる複数種存在する。例えば,同質異像の関係にある鉄(Ⅲ)化合物には,ケーサイト(針鉄鉱,goethite)と呼ばれるα-FeOOH ,アカガネイト(赤金鉱,akaganéite)と呼ばれるβ-FeOOH ,レピドクロサイト(鱗鉄鉱,lepidocrocite)と呼ばれるγ-FeOOH ,フェロオキシハイト(feroxyhyte)と呼ばれるδ-FeOOH がある。
 組成の異なるものには,フェリハイドライト(ferrihydrite)と呼ばれるFe2O3·0.5H2O ,シュバートマンナイト(schwertmannite)と呼ばれる少量の硫酸イオンを含むFe8O8(OH)6(SO4)·nH2O がある。
 酸化数の異なる鉄(Ⅱ,Ⅲ)の化合物にはさび発生の中間生成物として知られるみどり錆(green rust)がある。みどり錆の組成式の例として Fe(III)Fe(II)3(OH)8Cl が知られる。

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