腐食概論:鋼の腐食

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            【清浄表面への水分子吸着】

 固体表面への水分子吸着は,固体の表面状態(粗さ,付着物など),及び大気の清浄度で大きく異なる。
 下図には,付着物等のない清浄な固体表面への清浄な空気に含まれる水分子の吸着に関し,常温付近の空気中の水蒸気圧(湿度)と吸着量に関する吸着等温曲線(模式図)を示す。

水蒸気の吸着等温曲線(模式図)

水蒸気の吸着等温曲線(模式図)

 水分子が一層だけ吸着(単分子層)するのは,比較的低い相対湿度(relative humidity)(ガラスの例では RH 4~5%)で達成されると言われている。
 水蒸気圧(water vapor pressure)の増加,すなわち相対湿度の増加に伴い,吸着する水の量が徐々に増え,ある相対湿度(一般的には RH 80%程度)を超えると,吸着量が急激に増加する。
 これは,吸着量がある量を超えると,吸着した水分子に対する固体表面の影響力が小さくなり,水分子同士の関係,すなわち液層として作用するため,水溶液と大気中の水蒸気との平衡関係が成立するまで吸着量が急激に増加すると考えられている。
 清浄な鋼表面で,清浄な空気の場合は,常温の相対湿度 80% 程度でこの状態が始まる。

 下図は,機械的に鏡面研磨したステンレス鋼表面と化学的・機械的鏡面研磨のシリコン(単結晶)表面 1cm2に吸着する水の量を計測した例(参考資料1))である。

水分子吸着量(1cm<sup>2<sup>当たり)の測定結果

水分子吸着量(1cm2当たり)の測定結果
出展:参考資料1)

 固体表面の影響
 水分子が一方向を向いて吸着すると仮定し,吸着量を求めてみる。

水分子の構造

水分子の構造


 水分子の構造は,右図に示すように,差し渡しの径が 0.38nmの大きさを持つ。さらに双極子モーメント(dipole moment)(電子雲の偏りによる電荷の偏り)を持つため,固体表面へ特定の方向を向いて吸着する。
 ここで,水分子を1辺 0.38nmの升目と仮定し,1cm2を水分子が 1層だけ覆った(単分子吸着)と仮定し,吸着量を計算すると,吸着した水の質量は約 0.02μgと計算される。
 上図の水分子吸着量の測定結果を見ると,ステンレス鋼の質量増加量は,相対湿度 10%程度で 0.02μgに達し,その後の増加は緩やかとなっている。これは,相対湿度 10%でステンレス鋼表面に単分子層の水が吸着したことを示す。
 
 相対湿度が増加するとともに,吸着した水の層の上に水分子が吸着してゆく,相対湿度約 80%までは徐々に増加し,吸着量 0.06μgに至っている。これは,水分子層として 3層程度に相当する。
 はじめに,相対湿度 80%を超えると,固体表面の影響が小さくなり,液状の水として吸着量が急激に増えると説明した。これは,吸着した水分子が 4層以上になると,ステンレス表面の水分子に与える影響が小さくなるためと考えられる。
 一方,シリコン表面では,相対湿度 80%に至っても,質量増加量が 0.02μgに達していない。水島氏 1)によると,これはシリコン表面の結晶構造との関係があるのではないかと推測している。
 このように,水の固体表面への吸着は,材質と表面構造の影響を大きく受け,単純な関係にはないことが分かる。
 乾いた大気に曝された鋼は,ステンレス鋼と同様に表面が薄い酸化物皮膜で覆われる。この表面は,いずれも高い表面エネルギー(水に濡れやすい)を有するなどを考慮すると,鋼表面は,ステンレス鋼と同様の水吸着挙動を示と考えられる。

 【参考資料】
 1)水島 茂喜:“真空中での標準分銅の高精度質量計測 固体表面への水分子吸着量の測定”,産総研 Today Vol.7, No.2, pp.24-25(2007.02 )

 【参考資料】
 吸着(adsorption)
 気相と液相,液相と固相,気相と固相,互いに混じり合わない液相と液相など,2相が接しているとき,物質の濃度(密度)が界面近くと相内で異なる現象をいう。
 界面近くの濃度が内部よりも大きいのを正吸着,逆を負吸着と呼ぶ。一般的に吸着という場合は,正吸着をいう。
 吸着の原因が化学結合力による場合を化学吸着,ファン・デル・ワールス力による場合を物理吸着といい,吸着で発生する熱量を吸着熱という。
 吸着等温線(adsorption isotherm)
 気体の場合の圧力,液体の場合の濃度を変化させたとき,平衡吸着量をグラフにプロットしたものをいう。
 相対湿度(relative humidity)
 相対湿度(RH)とは,ある温度(T)で計測された水蒸気圧(E)と,その温度での飽和水蒸気圧( Es (T))(saturated water vapor pressure) に対するの百分率と定義されている。
    RH(%)=100×E/Es (T)
 蒸気圧(vapor pressure)
 気象学では,空気中の水蒸気分圧に対して用いられ,気液平衡の時の水蒸気分圧は飽和蒸気圧や平衡蒸気圧という。物理学一般では,蒸気圧を気液平衡の場合の平衡蒸気圧を指すことが多い。
 飽和水蒸気圧(saturated water vapor pressure , saturated steam pressure)
 気象学において,水蒸気が気液平衡にある場合の蒸気圧をいい,一般的には平衡蒸気圧という。
 なお,地表付近(一気圧),温度 T(℃)の飽和水蒸気圧は,Es(T) ≒ 6.1078・exp{ 17.27・T/(T+237.3)} で近似できる。
 平衡蒸気圧(equilibrium vapor pressure)
 液相,又は固相と相平衡になる気相の圧力で,温度に依存して決まる物質特有の物性値である。
 ちなみに, 液相にあるときの蒸気圧が外圧に等しくなる温度を沸点(boiling point),固相の蒸気圧が外圧に等しくなる温度を昇華点(sublimation point)という。
 双極子(dipole)
 双極子には,電気双極子(electric dipole)と磁気双極子(magnetic dipole)がある。
 分子内に生じた電子の偏りを原因として発生する電荷のひずみである。すなわち,分子構造の中で,正の電荷の重心と負の電荷の重心が一致しない電荷の配置を電気双極子という。電荷を磁荷に置き換えた関係を磁気双極子という。
 双極子モーメント(dipole moment)
 極性分子において,双極子の程度を比較する場合に,双極子モーメント(方向ベクトルと大きさの積)を用いる。
 双極子モーメントμは,電荷の大きさδ,電荷の正と負の重心間の距離γとすると
     μ = δ ・ γ
で与えられる。双極子モーメントの単位は,SI 単位系として認められていないが,広く使用(高等学校教育でも)されている D (デバイ)が用いられる。

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