腐食概論:鋼の腐食

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         【水質の影響(温度)】

 これまでに,溶存酸素(dissolved oxygen)の拡散(diffusion)が腐食速度に大きく影響していることを示した。また,拡散による酸素の流束 J は,拡散層の厚み濃度勾配の大きさで決まることも説明してきた。
 このときの前提として,温度変化がないこと,すなわち拡散係数(diffusion coefficient)を定数として扱っている。
 実際には,酸素の水への溶解度(solubility)は,温度・気圧の影響を受け,酸素の拡散係数も温度の関数となる。

 下図は,気圧一定(1気圧)の場合における飽和溶存酸素量(oxygen saturation)の温度依存性を示したものである。温度の上昇と共に,飽和溶存酸素量は低下する。また,温度が沸点に達すると,水中の気体成分は揮発する。つまり,溶存酸素量はほぼゼロになる。

飽和溶存酸素量の温度依存

飽和溶存酸素量の温度依存
参考:理科年表

 一般的に,拡散係数 Dは,統計力学でのボルツマン因子 {exp(-E/kT)}に比例する。ここで,kボルツマン定数(Boltzmann constant)T熱力学的温度(thermodynamic temperature)で,U は越えるべきエネルギーの高さ,すなわち活性化エネルギー(activation energy)である。
 
 1 モル当たりに換算すると,拡散係数 D は,
     D=D0・exp(-U/RT)
で表わされる。ここで,D0究極の拡散係数といわれ,温度を無限大に外装したときの値である。R気体定数(gas constant)である。
 この式から,温度 Tの上昇と共に,拡散係数は増加することが分かる。
 
 一方で,先に示したように温度の上昇により飽和溶存酸素量は減少する。
 すなわち,酸素の鋼表面への拡散,すなわち腐食速度は,次のように考えられる。
 水中の溶存酸素量が飽和に達していない場合は,温度が上昇しても溶存酸素量は変化しないため,拡散係数の増加に伴って,腐食速度は増加する。
 一方,水中の溶存酸素量が飽和に達している場合は,温度上昇による飽和溶存酸素量の減少と拡散係数の増加のバランス腐食速度決まることになる。

 下図には,1960年代に出版された腐食関連書籍に掲載された図を示す。試験に使用された軟鋼は,現代の鋼材とは材質が異なるが,温度の影響について的確に示されている。
 1 気圧の大気と接触し,外界とのエネルギーや粒子の交換がある開放系(open system)では,常温から80℃程度までは,温度の上昇と共に,拡散係数の増加の寄与が卓越し,鋼表面に到達する酸素の流束 J の増大で腐食度が増加している。
 80℃を超えると拡散係数の増加以上に溶存酸素濃度低下の寄与で,腐食度が低下している。沸点に至ることで,溶存酸素がゼロとなり腐食が進行しなくなる。
 一方,外界とエネルギーを交換するが,物質を交換しない密封系(閉鎖系,closed system)では,温度が上昇しても溶存酸素量は減少せず,拡散係数の増加の影響を受け続ける。このため,腐食度は減少せず増加し続けてる。

鋼腐食度の温度依存

鋼腐食度の温度依存
参考:F. Speller: Corrosion. Causes and Prevention, Mc Graw Hill. 1961. p.168

 【参考資料】
 1):F. Speller: Corrosion. Causes and Prevention, Mc Graw Hill. 1961
 【参考】
 溶存酸素(dissolved oxygen)
 DOと略称され,水中に溶解している酸素の量を意味し,一般的には水の汚染の程度を示す指標として用いられる。海洋や河川では,4~5mg/L を下回ると水中生物の生命が脅かされるといわれている。
 酸素の溶解量は水温,溶解塩類の濃度,気圧などにより影響を受ける。ちなみに,1気圧の蒸留水の飽和溶存酸素量は,20℃で 8.84mg/L ,25℃で 811mg/L ,30℃で 7.53mg/L である。
 溶存酸素濃度(dissolved oxygen)
 溶存酸素は,DOと略称され,水中に溶解している酸素の量を意味し,一般的には水の汚染の程度を示す指標として用いられる。海洋や河川では,4~5mg/L を下回ると水中生物の生命が脅かされるといわれている。
 酸素の溶解量は水温,溶解塩類の濃度,気圧などにより影響を受ける。ちなみに,1気圧の蒸留水の飽和溶存酸素量は,20℃で 8.84mg/L ,25℃で 811mg/L ,30℃で 7.53mg/L である。
 拡散(diffusion)
 物質,熱(エネルギー),運動量(エネルギー)などが自発的に散らばり広がる物理現象をいう。
 物質の拡散は,原子や分子の熱運動に基づく運動で,気体や液体でのブラウン運動や浸透現象で一般的である。固体中の原子も熱によってランダムに跳躍した結果として正味の原子移動が起きる。
 熱(エネルギー)の拡散は,温度勾配のある物質中を熱が移動する熱伝導として知られる。
 運動量の拡散は,固体表面を流れる流体の層流の問題で,運動量が固体表面近くの境界層を通して拡散する現象である。
 フィックの法則(Fick's laws of diffusion)
 気体,液体のみならず固体(金属)にも適用できる物質の拡散に関する基本法則である。フィックの法則には第 1法則と第 2法則がある。
 フィックの第 1法則
 “拡散束(流束;flax)は,濃度勾配に比例する”と表現される法則で,定常状態拡散(濃度が時間で変わらない)で適用される。拡散係数を D ,位置 x での濃度 c とした時,拡散束 J は,J = − D grad c あるいは J = − D ( dc /dx ) で与えられる。
 フィックの第 2法則
 実際の拡散で見られる濃度が時間に関して変わる非定常状態拡散に適用される。拡散係数 D が定数のとき,濃度 c の時間変化は,∂c /∂t = − div J = D∇2 cあるいは∂c /∂t = D (∂2 c /∂x2 ) で与えられる。
 ボルツマン因子(Boltzmann factor)
 温度 T の熱平衡状態の系で,特定の状態が発現する相対的な確率を定める重み因子をいう。
 Z :分配関数,kB :ボルツマン定数(=気体定数 / アボガドロ数),T :熱力学的温度のとき,エネルギー Ei の状態が出現する確率は Z-1 exp ( - Ei /kBT ) で表せる。指数関数の項をボルツマン因子と呼ぶ。
 ボルツマン定数(Boltzmann constant)は,分子 1 個あたりの気体定数で,気体定数をアボガドロ数で割った定数。記号は k や kB を用いる。値は 1.380648×10-23J/K となる。
 なお,科学技術データ委員会( CODATA )の推奨( 2010年)する気体定数は,R = 8.3144621(75) J・K-1・mol-1 である。なお( )内の数値は最後の 2 桁に対する不確実さを示している。
 科学技術データ委員会( CODATA )に 設置された基礎物理定数作業部会が推奨(2010年)するアボガドロ定数(Avogadro constant) NA = 6.02214129 ( 27 ) × 1023 mol−1 である。なお( )内の数値は最後の 2 桁に対する不確実さを示している。。
 活性化エネルギー(activation energy)
 反応物のエネルギー状態が基底状態から,遷移状態に励起するのに必要なエネルギーをいう。
 遷移状態(せんいじょうたい;transition state)とは,化学反応で反応物から生成物に変わる過程で通る最もエネルギーの高い状態をいう。
 腐食速度(corrosion velocity)
 腐食速度(corrosion velocity)とは,金属腐食に関わる化学反応の反応速度(reaction velocity)をいう。反応速度とは,化学反応において,反応物(又は生成物)の量の時間変化率を表す物理量と定義される。
 一般的に,金属の腐食過程では,腐食速度は時々刻々変化するので,暴露試験など比較的長い時間に計測した腐食反応物や生成物の変化量を示す場合は,腐食速度(corrosion velocity)ではなく,腐食度(corrosion rate)や侵食度(penetration rate)を用いるのが良い。
 日本語の腐食速度という用語は,反応速度と同様に,厳密に使い分けられているわけではない。例えば,JIS G 0202「鉄鋼用語(試験)」では,腐食速度(corrosion rate)として“腐食減量を単位時間,単位面積当たりで表わした値”,侵食速度(penetration rate)として“腐食減量から計算される単位時間当たりの平均腐食深さ。”と定義している。
 なお,同 JIS では,腐食減量(mass loss , corrosion loss)を“腐食試験後,表面に付着した腐食生成物を取り除いた試験片の質量減,又は単位表面積当たりの質量減。”と定義している。
 腐食度(corrosion rate)
 ある期間に生じた単位面積当たりの腐食量をその期間で除して求められる値。【JIS Z0103「防せい防食用語」】
 この値は,暴露期間中に時々刻々変化する腐食速度(金属の腐食反応速度)とは異なる。また,同じ条件の試験であっても,暴露期間が異なると腐食度も異なる。単位は,単位面積当たり,1年(平均太陽年)当たりのグラム数(g・m-2・a-1)で表わす。
 大気暴露試験で得られる腐食度は,暴露開始時期の違い(例えば春開始と秋開始など)の影響も受ける。このため,腐食度で腐食性評価を行う場合には,暴露環境条件に加えて,暴露開始時期,暴露期間(暴露1年目や暴露X-Y年など)などの情報を併記するのが望ましい。
 侵食度(penetration rate)
 侵食度は,求めた腐食度から単位時間当たりの厚み減少量μm・a-1)に換算した値で,金属の厚み方向への影響を直感的に理解し易いため広く用いられている。
 一般には,腐食度を金属の密度で除して得られる厚みの平均減少量である。腐食度と同様に,暴露期間で値が変わるので注意が必要である。
 侵食度は算術平均値であり,全面の均一な腐食の場合は実態と整合するが,局部腐食では的確な評価ができない。従って,不均一な腐食が観察される場合は,侵食度を用いるべきではない。
 なお,過去の文献等では,侵食度というべきところを腐食度と記すものも少なくないので,使用する単位で判断する必要がある。

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