防食概論防食の基礎

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 ここでは,有機ライニングによる防食に関連し, 【ライニング被膜への要求性能】, 【有機ライニングの分類】, 【参考;樹脂・ゴム類の耐薬品性】 を紹介する。

 環境遮断(ライニング被覆)

 ライニング被膜への要求性能

 有機ライニングを用いる環境は,容易に点検・補修ができない地中環境や腐食性の高い海洋環境などである。従って,有機ライニングに対する要求性能は,これらの特殊な使用環境における長期耐久に関わる性能が多い。

耐薬品性(chemical resistance , chemical corrosion resistance test)
 化学工業やパイプラインなどの輸送用設備などでは,想定される化学薬品に対する耐性が求められる。
 例えば,有機溶剤,酸,アルカリ,オゾンなどの有機高分子化合物(organic macromolecule)の劣化に影響する物質を含む製品の輸送設備では,これらの物質がライニングの樹脂や充填剤などに与える影響に留意する必要がある。
 代表的な有機高分子化合物の耐薬品性を文末の【参考】に示した。
 JIS K5500「塗料用語」では,塗膜の耐薬品性を“塗膜が酸,アルカリ,塩などの薬品の溶液に浸しても変化しにくい性質。”と定義している。
 
耐熱性(heat resistance, heat-resisting property, thermal resistance)
 材料の諸特性として耐熱性などのデータが製造会社から提供されている。注意が必要なのは,カタログの値は,空気中で加熱した場合の一般的なデータであること,すなわち実際には,実用環境の応力下や薬液との接触条件により異なることにある。
 一般には,実用環境ではカタログ値より低い温度で影響を受けると考え,余裕のある設計を心掛けるのが良い。
 特に,急激な温度変化(サーマルショックを受ける場合や,温度変化の繰り返しを受ける場合には,耐熱温度以下でもライニングの“はがれ”や“割れ”に至る事例が知られている。
 JIS K5500「塗料用語」では,塗膜の耐熱性を“塗膜が加熱されても変化しにくい性質。試験片を規定の温度に保ち,塗膜の泡,膨れ,割れ,はがれ,つやの減少,色の変化などの有無や程度をJIS K 5600-6-3「塗料一般試験方法-第6部:塗膜の化学的性質-第3節:耐加熱性」に従い調べる。”と定義している。
 
水蒸気透過性(water vapor permeability)
 透湿性(moisture permeability)ともいわれ,有機高分子化合物のフィルムなどのガス透過性(gas transmission)の一種とも考えられるが,水蒸気については,用語としてガス透過性より水蒸気透過性や透湿性が主に用いられる。
 水分子がライニングを透過し母材との間に蓄積することで,界面との接着破壊から“ふくれ”や“はがれ”に至ることがある。この変状程度は,ライニングの水蒸気透過性と界面との接着強度に影響される。
 ライニングの水蒸気透過は,ライニング自体の透過性の他に,接触する水溶液の性質,水溶液と母材の温度差に影響される。
 接触する水溶液の溶解成分が少ないほど,すなわち純水に近いほど水蒸気の透過量が増える。これは,母材とライニングの界面と水溶液との間に発生する浸透圧は,水溶液の溶解成分が少ないほど大きくなるためである。
 また,母材の温度が外界の温度より高いほど,水蒸気の透過量が増える。これは,ライニングの両面(鋼との界面と水溶液との界面)に発生した温度勾配(temperature gradient)を原因とするフーリエの法則(Fourier's law)に従う熱流束(heat flux)が発生し,この熱流束の方向に水分子を輸送する力が働くためである。この影響は,外気温より温度の高い水を通す鋼管の外表面,逆に外気温より低温の水を通す鋼管内部で顕在化する。
 被覆材料の選定では,温度勾配試験でなどで温度差が生じた場合の水蒸気透過性(評価は被覆のふくれ観察など)を評価しておくのが望ましい。
 一般的には,有機ライニングは,厚ければ厚いほど,母材との接着力が大きいほど水蒸気透過による“ふくれ”に対する抵抗性を高くできる。
 水蒸気透過性の程度は,水蒸気透過度(WVTR: Water Vapor Transmission Rate)透湿度(Water Vapour Transmission Rate of Moisture)という。
 JIS K7129「プラスチック−フィルム及びシート − 水蒸気透過度の求め方(機器測定法)」では,“規定の温度及び湿度の条件で,単位時間に単位面積の試験片を通過する水蒸気の量”と定義し,24時間に透過した面積 1m2 当たりの水蒸気のグラム数 [ g/(m2・24h)] で表す。
 JIS Z0208「防湿包装材料の透湿度試験方法(カップ法)」では,“一定時間に単位面積の膜状物質を通過する水蒸気の量をいい,この規格では,温度 25℃又は 40℃において防湿包装材料を境界面とし,一方の側の空気を相対湿度 90%,他の側の空気を吸湿剤によって乾燥状態に保ったとき,24時間にこの境界面を通過する水蒸気の質量 (g) を,その材料 1m2 当たりに換算した値をその材料の透湿度と定める。
 【参考】
 フーリエの法則(Fourier's law)とは,物質の移動を伴わずに高温側から低温側へ熱が伝わる現象を熱伝導(thermal conduction)といい,固体の熱伝導に関する基本法則である。
 単位時間に単位面積を流れるを J [W/m2] ,温度を T としたとき,定常状態と見なせる時間領域で,熱流束密度 J は温度勾配 grad T に比例する。すなわち,J = − λgrad T で表される。比例係数λは,熱伝導率(thermal conductivity)といわれる。
 この関係は,物質の拡散に関するフィックの第一法則の拡散係数 D を熱伝導率,位置 x での濃度 c を温度 T に置き換えた拡散束 J の式と同等である。
 フィックの法則(Fick's laws of diffusion)とは,気体,液体のみならず固体(金属)にも適用できる物質の拡散に関する基本法則である。フィックの法則には第 1法則と第 2法則がある。
 フィックの第 1法則:“拡散束(流束;flax)は,濃度勾配に比例する”と表現される法則で,定常状態拡散(濃度が時間で変わらない)で適用される。拡散係数を D ,位置 x での濃度 c とした時,拡散束 J は,J = − D grad c あるいは J = − D ( dc /dx ) で与えられる。
 フィックの第 2法則:実際の拡散で見られる濃度が時間に関して変わる非定常状態拡散に適用される。拡散係数 D が定数のとき,濃度 c の時間変化は,∂c /∂t = − div J = D∇2 cあるいは∂c /∂t = D (∂2 c /∂x2 ) で与えられる。

接着性(adhesive property)
 接着性とは,化学的・物理的な力,又はその両者によって物体の二つの面が結合した状態を意味する接着(adheasion)のし易さを意味する。
 接着された二面間の結合の強さは,接着力ともいわれる接着強さ(bond strength)で,注目する接着状態により,引張りせん断接着強さ(tensile shear strength),圧縮せん断接着強さ(compressive shear strength),はく離接着強さ(peel strength)などで表される。
 ライニングの母材との接着性は,ライニング内部の残留応力(皮膜硬化時の収縮など),温度変化による母材とライニング材の熱膨張率の差(一般に有機物の熱膨張係数は,金属のそれより一桁高い),ライニング材の弾性率,厚さなどの影響を受ける。
 設計時は,接着性確保のため,母材表面に凹凸(粗面化)を付与し接触表面積を大きくする,母材との濡れ性の高いプライマを第一層として採用するなどの工夫をしている。
 それでも,構造上の特異個所(コーナー部やフランジ部など)では,設計より過剰な皮膜厚み,想定外の応力で変形が生じるなどし,接着性が低下する場合もあるので,施工時の適切な管理が求められる。
 
機械的性質(mechanical properties)
 ライニングされた製品が,輸送,架設,運用時などに機械的な外力を受けることが少なくない。このため,ライニング材料には,それらに耐える十分な耐衝撃性(impact-resistant)や耐摩耗性(abrasion resistance)などの機械的強度が求められる。
 特に,運用時に想定される衝撃力や摩擦力に対しては,設計時の耐用寿命の検討で考慮しなければならない。また,輸送・架設時に皮膜損傷に至らないよう養生方法の工夫や施工管理を行うのが重要になる。

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 有機ライニングの分類

 有機ライニングは,樹脂と添加剤の組み合わせとして,粒子状の添加剤を用いた一般タイプの他に,水蒸気透過性改善を目的にガラスフレークやマイカなどの鱗片状のフレークを添加したタイプ,引張強度の強化を目的にガラス繊維,炭素繊維,ポリエステル繊維などで繊維強化したタイプがある。
 実用例の多い有機樹脂と添加剤可能なライニングのタイプとの対応を次に示す。


有機ライニングの分類
  樹 脂    一般タイプ    フレーク添加    繊維強化 
  硬質ポリ塩化ビニル(PVC)    ○    -    - 
  ポリエチレン(PE)    ○    -    - 
  ふっ素樹脂(PTFE)    ○    -    - 
  フェノール樹脂(PF)    -    -    ○ 
  エポキシ樹脂(EP)    -    ○    ○ 
  フラン樹脂(FF)    -    ○    ○ 
  不飽和ポリエステル樹脂(UP)    -    ○    ○ 
  天然ゴム,合成ゴム    -    -    ○ 

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 参考;樹脂・ゴム類の耐薬品性

 


樹脂・ゴム類の耐薬品性評価例
データ:ポリマー辞典編集委員会 編「ポリマー辞典」増補8版,大成社,2006.8より抜粋
  化学物質    PVC    PE    PTFE    PF    EP    FF    UP    NR    CR 
  トルエン    ×    △    ○    ◎    △    ○    ×    ×    × 
  キシレン    ×    ○    ◎    ◎    △    ◎    △    ×    × 
  酢酸エチル    ×    △    ◎    ○    △    ◎    △    △    △ 
  メチルエチルケトン(MEK)    ×    △×    ◎    ◎    ×    ○    ×    △    △ 
  セロソルブ    ×    ×    ◎    ◎    △    ◎    ×    ○    ◎ 
  ラッカー    ×    △    ◎    ◎    △    ◎    ◎    ×    × 
  ガソリン    ○    ○    ◎    ◎    ◎    ◎    ◎    ×    ◎○ 
  メチルアルコール    ○    ○    ◎    △    △    ◎    ○    ◎    ◎ 
  塩酸[38%・室温]    ◎    ◎    ◎    ◎    ○△    ○    ○△    △    △ 
  硫酸[30%・室温]    ◎    ◎    ◎    ◎    ◎    ◎    ◎    ◎    ◎ 
  硝酸[61.3%・室温]    △    △    ◎    ×    ×    ×    ×    ×    × 
  亜硫酸ガス    ◎    ○    ◎    ◎    ◎    ◎    ○    ○    ○△ 
  か性ソーダ[30%・室温]    ◎    ◎    ◎    ×    ◎    ◎    ○△    ◎    ◎ 
  水蒸気[150℃以下]    ×    △    ◎    ◎    ○△    ◎    ○△    ◎○    ◎○ 
  水蒸気[150℃以上]    ×    ×    ◎    ◎    △    ◎○    △    ×    × 
  オゾン    ○    △    ◎    △    △    ○    ×    ×    ◎○ 
備考: 硬質ポリ塩化ビニール(PVC),ポリエチレン(PE),ふっ素樹脂(PTFE),
    フェノール樹脂(PF),エポキシ樹脂(EP),フラン樹脂(FF),
    不飽和ポリエステル樹脂(UP),天然ゴム(NR),クロロプレンゴム(CR

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