第三部:化学反応 酸・塩基反応
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ここでは,酸・塩基反応の活用例として, 【緩衝液とは】, 【ブレンステッド酸・塩基】, 【酢酸緩衝溶液の pH】, 【緩衝作用】 に項目を分けて紹介する。
緩衝液とは
緩衝液( buffer solution )
緩衝作用のある溶液をいう。緩衝液の用途には,多少の濃度変化でも pH 変化を抑えられる pH 標準液,pH 変化で酵素機能の変化が影響する細胞や微生物の培養液,pH 変化の影響を受けやすいクロマトグラフィーや電気泳動の溶媒などがある。
緩衝作用( buffer action )
ブレンステッド酸・塩基とその共役塩基・酸が,同濃度で存在している希薄溶液で,外から少量の強酸や強塩基 を加えても pH 変化に対抗する作用( ルシャトリエの原理)をいう。
【参考】
後述で紹介する酢酸緩衝溶液以外で,広く用いられる緩衝液には,pH メータの校正などで利用する標準液がある。pH標準液には,pH メータの校正作業中に,汚れたセンサーの出し入れなどで標準液が多少汚染されても pH 値の変動が抑えられる緩衝液が用いられている。代表的な pH標準液を下表に紹介する。
緩衝液の種類 | 組成 | pH |
---|---|---|
しゅう酸塩 pH 標準液 | 0.05mol/kg 二しゅう酸三水素カリウム水溶液 | 1.68 |
フタル酸塩 pH 標準液 | 0.05mol/kg フタル酸水素カリウム水溶液 | 4.01 |
中性りん酸塩 pH 標準液 | 0.025mol/kgりん酸二水素カリウム,0.025mol/kg りん酸水素二ナトリウム水溶液 | 6.86 |
ほう酸塩 pH 標準液 | 0.01mol/L ホウ酸ナトリウム ( Na2B4O7 ・ 10H2O水溶液) | 9.18 |
炭酸塩 pH 標準液 | 0.025mol/kg 炭酸水素ナトリウム,0.025mol/kg 炭酸ナトリウム水溶液 | 10.02 |
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ブレンステッド酸・塩基
ブレンステッド・ローリーの定義では,ブレンステッド酸は相手物質にプロトンを供与し,塩基はプロトンを受容するものをいう。プロトンを放出したブレンステッド酸は,その酸の共役塩基( conjugate base )といい,逆にプロトンを受けたブレンステッド塩基を共役酸( conjugate acid )という。すなわち,ブレンステッド酸・塩基の反応は次の関係にある。
酸 + 塩基 ⇆ 共役塩基 + 共役酸
例えば,アンモニア( NH3 )は,水中で,
NH3 + H2O ⇆ NH4+ + OH-
と,アンモニウムイオン( NH4+ )と水酸化物イオン( OH- )との化学平衡状態にある。
この場合には,H2O がブレンステッド酸,NH3 がブレンステッド塩基になり,NH4+ が共役酸,OH- が共役塩基の関係にある。
【参考】
酸・塩基の定義
アレニウスの定義
アレニウス酸 ( Arrhenius acid ) :水溶液中においてプロトン( H+ )を出す物質。
アレニウス塩基 ( Arrhenius base ) :水に溶けた時に水酸化物イオン( OH− )を出す物質。
ブレンステッド・ローリーの定義
ブレンステッド酸 ( Brönsted acid,base) :反応する相手に対しプロトンを与える物質。
ブレンステッド塩基 ( Brönsted acid,base) :反応する相手からプロトンを受け取る物質。
ルイスの定義
ルイス酸 ( Lewis acid ) :電子対を受け取る物質。
ルイス塩基 ( Lewis base ) :電子対を供給する物質。
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酢酸緩衝溶液の pH
ここでは,酢酸緩衝溶液(酢酸: CH3COOH ,酢酸ナトリウム CH3COONa 混合水溶液)での緩衝機能を紹介する。
酢酸は水中で解離し,次の電離平衡を取る。
CH3COOH + H2O ⇆ CH3COO- + H3O+
Ka = [ CH3COO- ] [ H3O+ ] /[CH3COOH ] = 1.75×10-5
一方,酢酸ナトリウムの電離度αは高濃度であっても 1に近く(水中でほぼ完全に電離),次の不可逆反応が成立すると考えてよい。
CH3COONa (aq) → CH3COO- + Na+
酢酸水溶液と酢酸ナトリウム水溶液を混合すると,混合水溶液中で [ CH3COO- ] が大きく増加する。
濃度の増加に対し,ルシャトリエの原理に基づき,増加に抵抗する次の反応平衡が進む。
CH3COO- + H2O ⇆ CH3COOH + OH-
K = [ CH3COOH ] [ OH- ] /[ CH3COO- ]
= [ H3O+ ] [ OH- ] [ CH3COOH ] / [ CH3COO- ] [ H3O+ ]
= KW / Ka = 10-14/1.75×10-5( < 10-9 )
混合後の pH
酢酸と酢酸ナトリウムを混合し,その溶液中の酢酸の濃度を CA ,酢酸ナトリウムの濃度を CB とする。酢酸の酸解離定数 Ka ,混合液での酢酸イオンの解離定数 K とも非常に小さいので,
[ CH3COOH ] ≒ CA ,[ CH3COO- ] ≒ [ CH3COONa ] = CB
と近似できるので,混合後の ヒドロニウムイオン量は,
[ H3O+ ] = Ka× [ CH3COOH ] /[ CH3COO- ] ≒ Ka×CA /CB
ここで,Ka = 1.75×10-5
∴ pH ≒ pKa + log10( CB /CA ) = 4.76 + log10( CB /CA )
となる。
式から,混合溶液の pH は,酸解離定数 Ka で決まる pKa を中心に,酢酸と酢酸ナトリウムの濃度比で調整できることが分かる。ただし,近似できるのは, 酢酸と酢酸ナトリウムの濃度差が大きくない場合に限られる。
この関係式はヘンダーソン‐ハッセルバルヒ式と呼ばれる。一般的に表現すると,緩衝液の pH は,弱酸の平衡定数と,酸濃度と共役塩基濃度との比の対数によって決定される。
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緩衝作用
環境溶液に強酸 HX を添加した場合を考える。この時の強酸(電離度 1 )の濃度を CX とする。
HX + H2O → X- + H3O+
これにより,環境溶液中のヒドロニウムイオン [ H3O+ ] が添加した強酸の濃度 CX 分増加する。
しかし,環境溶液中に弱酸を含む場合には,ルシャトリエの原理によって,ヒドロニウムイオンの増加を抑制する反応が起きる。
例えば,環境溶液として酢酸 CA ,酢酸ナトリウム CB で構成される上述の酢酸緩衝溶液を考えた場合に,この溶液に強酸 CX 添加したことによるヒドロニウムイオンの増加に抗するように,次に示す酢酸の電離平衡が左側に進む。
CH3COOH + H2O ⇆ CH3COO- + H3O+
この時の pH 変化は,前述したように,
pH ≒ 4.76 + log10 ( ( CB – CX ) /( CA + CX ) )
となる。
ここで,仮に CB = CA = 0.05mol/L の緩衝溶液 1L に,1mol/L の強酸を 10ml 加えた場合には,CX ≒ 0.01mol/L となり,
pH ≒ 4.76 - 0.176 = 4.58
となる。緩衝作用のない溶液にに強酸のみを加えた場合には pH = 2 となるが,緩衝液を用いた場合には,ほとんど pH が低下しないことが分かる。
一般には,酸と共役塩基( conjugate base )のモル濃度が高いほど,モル濃度比が 1 に近いほど緩衝溶液の緩衝作用は大きくなる。
ここで紹介した酢酸緩衝液の場合は,酸( CH3COOH )のモル濃度 CA ,共役塩基( CH3COO- )のモル濃度は概ね酢酸ナトリウムのモル濃度 CB とほぼ同じと考えられるので,CB = CA の場合に酸と共役塩基のモル濃度比は概ね 1になる。
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