第三部:化学反応 酸化・還元反応

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  ここでは,積極的に酸化還元反応を活用した化学分析方法として, 【よう素滴定法とは】, 【水質分析:よう素滴定法適用項目】, 【水質分析:残留塩素量の測定方法】 に項目を分けて紹介する。

 【よう素滴定法とは】

 酸化還元滴定( oxidation-reduction titration ,redox titration )とは,【酸塩基滴定】で紹介した容量分析の一手法で,酸化還元反応を積極的に利用した滴定法である。

 最も身近な実用例に水質分析がある。酸化還元滴定を活用する主な水質項目は,次の通りである。
 酸化剤として過マンガン酸カリウム二クロム酸カリウムを用いた化学的酸素要求量( COD )測定
 よう素滴定法を用いた溶存酸素量,残留塩素量,よう化物イオン量,臭化物イオン量,硫化物イオン量,亜硫酸イオン量の分析
 硫酸ヒドラジニウム還元法,又は銅・カドミウムカラム還元法を用いた全窒素量分析
などがある。
 ここでは,酸化還元滴定の基本的な手法の紹介を目的に,よう素滴定法( iodometric titration )を紹介する。

 よう素滴定法
 よう素酸化還元は可逆反応である。
      I2 + 2e ⇆ 2I
 よう素( I2の酸化作用はあまり強くなく,強い還元剤に対してのみ酸化剤として働きよう化物イオン( Iを生じる。
 一方,強い酸化剤に対してはよう化物イオンが電子を放出してよう素を生じる。

 強い還元剤,たとえば硫化水素( H2S ),亜硫酸( H2SO3 )などを,よう素の標準溶液を用いて滴定する方法を,よう素酸化滴定直接よう素滴定,又はヨージメトリーという。
 強い酸化剤,たとえば 2価の銅( Cu+2 ),3価の金( Au+3 ),3価の鉄( Fe+3 )などに過剰のよう化カリウムを加え,遊離したよう素をチオ硫酸ナトリウムの標準溶液を用いて滴定する方法を,よう素還元滴定間接よう素滴定,ヨードメトリーという。
 何れのよう素滴定でも,終点の決定によう素でんぷん反応( iodostarch reaction )による青紫色の着色または脱色を利用する。

 【参考】
 よう素(沃素:iodine ),でんぷん(澱粉:starch )の表記について
 一般的にはヨウ素,デンプンとカタカナ表記される例が多い。しかしながら,後述のJIS K 01022013「工場排水試験方法」などの JIS規格では,日本語由来の元素名,化合物名はひらがな表記で統一され,カタカナ表記は外来語由来の単語について用いるのが通例である。従って,ここではひらがな表記を採用した。
 よう素でんぷん反応( iodine reaction of starch,iodo‐starch reaction )
 でんぷん溶液によう素溶液(水 100g +よう化カリウム 2g +よう素 1g )を加えると,形成したアミロース・ヨウ素錯体により青色~赤色を呈する鋭敏な化学反応をいう。アミロース鎖の左巻きらせん構造が長いほど赤色の吸収が多く青みが強くなる。
 発色の要因については,矢島博文「ヨウ素デンプン反応の発色のしくみ」,化学と教育63巻5号(2015年)pp.228-231 によると,
 「錯体の色は,左巻きアミロース糖鎖中のピラノース環およびグルコシド結合酸素とよう素の間での電荷移動および CH-π相互作用に由来して,結合ヨウ素種 I3 ,I2 各々が折れ曲がり/ねじれ( bent/torque)構造を取り,全体とし左巻き配列を取りながらアミロースに内包された発色よう素種 I3 dimer( I62- )および I3 ・ I2(I52)の励起子間相互作用( exciton−coupiing )に起因する」と報告されている。

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  水質分析:よう素滴定法適用項目

 JIS K 01022013「工場排水試験方法」の多くの項目でよう素滴定法( iodometric titration )が採用されている。
 よう素滴定法が採用されている水質項目とその概要は次の通りである。

 溶存酸素量 DO ( Dissolved Oxygen )
 溶存酸素とは,水中に溶解している酸素 ( O2で,大気に開放されている水では,大気の酸素分圧に比例した量の酸素が溶解している。25℃,1気圧( 1013hPa )の大気中で純水に溶解できる酸素濃度(飽和濃度)は 8.11mg/L である。
 溶存酸素量は,溶解酸素量ともいわれ,水域における水質の指標として用いられ,溶存酸素量が高いほど水質は良好とされる。
 例えば,水質汚濁などにより,水中に生物が消費可能な有機物が多い場合(生物的酸素要求量(BOD)が高い場合)には,微生物の繁殖により,酸素が消費されるため溶存酸素量は極めて低くなる。
 溶存酸素の定量には,よう素滴定法,ミラー変法,隔膜電極法又は光学式センサ法が適用される。
 よう素滴定法
 硫酸マンガン(II)とアルカリ性よう化カリウム-アジ化ナトリウム溶液とを加えて生成した水酸化マンガン(II)は,溶存酸素によって酸化されて水酸化マンガン(III)となる。次に,硫酸を加えて水酸化マンガン(III)の沈殿を溶かし,遊離したよう素をチオ硫酸ナトリウム溶液で滴定して溶存酸素を定量する。
 ミラー変法
 酒石酸ナトリウムカリウム-水酸化ナトリウム溶液と3,7-ビス(ジメチルアミノ)フェノチアジン-5-イウムクロリド(メチレンブルー)溶液とを加え,硫酸アンモニウム鉄(II)溶液で滴定し,溶存酸素を定量する。
 隔膜電極法
 隔膜電極を試料に浸せき(漬)して溶存酸素濃度を測定する。
 光学式センサ法
 光学式センサを試料に浸せき(漬)して溶存酸素濃度を測定する。試料中に酸素が存在すると消光作用によって発光量が減少するが,この消光作用は溶存酸素量に比例する。

 残留塩素量( residual chlorine )
 塩素剤が水に溶けて生成する次亜塩素酸,及びこれがアンモニアと結合して生じるクロロアミンをいう。前者を遊離残留塩素,後者を結合残留塩素といい,両者を合わせた量が残留塩素量である。
 残留塩素量の定量分析では,低濃度の場合は比色法や吸光光度法を用いるが,比較的濃度が高い場合には,よう素滴定法が適用される。
 残留塩素の定量には,濃度が低い場合には o-トリジン比色法,ジエチル-p-フェニレンジアンモニウム(DPD)比色法又はジエチル-p-フェニレンジアンモニウム(DPD)吸光光度法を適用し,濃度が比較的高い場合には,よう素滴定法を適用する。
 よう素滴定法
 残留塩素とよう化カリウムとが反応して遊離するよう素をチオ硫酸ナトリウム溶液で滴定し,残留塩素を定量する。よう素を遊離させる酸化性物質が共存すると,残留塩素として定量される。
 o-トリジン比色法
 試料に 3,3'-ジメチルベンジジン(o-トリジン)溶液を加え,残留塩素との反応で生じる黄色を,残留塩素標準比色液と比較して残留塩素を定量する方法である。
 ジエチル-p-フェニレンジアンモニウム(DPD)比色法
 硫酸 N,N-ジエチル-p-フェニレンジアンモニウム(DPD)を比色管にとり,これに試料を加え,残留塩素との反応で生じる桃色から桃紅色を,残留塩素標準比色液と比較して定量する。
 ジエチル-p-フェニレンジアンモニウム(DPD)吸光光度法
 残留塩素との反応で生じる桃色から桃紅色を,波長 510nm(又は 555nm)付近の吸光度を測定して定量する。

 よう化物イオン量
 よう化物イオン( I )の定量には,よう素抽出吸光光度法又はよう素滴定法を適用する。
 よう素滴定法
 よう化物イオンを pH 1.3~2.0 で次亜塩素酸で酸化し,よう素酸イオンとする。過剰の次亜塩素酸を,pH 3~7 でぎ酸ナトリウムで分解した後,よう化カリウムを加え,遊離するよう素をチオ硫酸ナトリウム溶液で滴定してよう化物イオンを定量する。
 よう素抽出吸光光度法
 よう化物イオンを硫酸酸性で亜硝酸イオンと反応させ,遊離したよう素をクロロホルムで抽出してその吸光度を測定してよう化物イオンを定量する。

 臭化物イオン量
  臭化物イオン( Br )の定量には,よう素滴定法又はイオンクロマトグラフ法を適用する。
 よう素滴定法
  臭化物イオンを pH 6.5~8.0 で次亜塩素酸で酸化し,臭素酸イオンとする。過剰の次亜塩素酸を pH 3~7 でぎ酸ナトリウムで分解した後,よう化カリウムを加え,遊離するよう素をチオ硫酸ナトリウム溶液で滴定して臭化物イオンを定量する。
  イオンクロマトグラフ法
  試料中の塩化物イオンをイオンクロマトグラフ法によって定量する。
  この方法によって,ふっ化物イオン,亜硝酸イオン,硝酸イオン,りん酸イオン,臭化物イオン及び硫酸イオンも同時に又は単独に定量できる。

 硫化物イオン量
 硫化物イオン( S2- )の定量には,メチレンブルー吸光光度法又はよう素滴定法を適用する。 硫化物イオンは不安定で,酸化されたり,硫化水素として空気中に散逸したりするので,試料採取後直ちに試験を行う。直ちに行えない場合には,3.3によって保存し,できるだけ早く試験する。
 よう素滴定法
 硫化物イオン又は硫化物を含む溶液に一定過剰量のよう素溶液と塩酸とを加え,でんぷん溶液を指示薬として,残ったよう素をチオ硫酸ナトリウム溶液で滴定して硫化物イオンを定量する。
 メチレンブルー吸光光度法
 硫化物イオンが,鉄(III)イオンの存在の下でN,N-ジメチル-p-フェニレンジアミンと反応して生成するメチレンブルー[3,7-ビス(ジメチルアミノ)フェノチアジン-5-イウム]の吸光度を測定して硫化物イオンを定量する。

 亜硫酸イオン量の分析
 亜硫酸イオン( SO32- )の定量には,よう素滴定法を適用する。
 よう素滴定法
 一定量のよう素溶液に酢酸-酢酸ナトリウム緩衝液を加えた後,試料を加え,次に,過剰のよう素をでんぷん溶液を指示薬としてチオ硫酸ナトリウム溶液で滴定する。

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  水質分析:残留塩素量の測定方法

  JIS K 01022013「工場排水試験方法」 33.残留塩素 33.3{よう素滴定法} を抜粋し,その概要を紹介する。 
 試験概要
 よう素滴定法では,残留塩素とよう化カリウムとが反応して遊離するよう素をチオ硫酸ナトリウム溶液で滴定し,残留塩素を定量する。なお,よう素を遊離させる酸化性物質が共存すると,残留塩素として定量される。定量範囲:Cl 0.1 mg以上
 備考:還元剤のよう化カリウムの半反応,よう素とチオ硫酸ナトリウムとの反応は,次の通りである。
    還元剤よう化カリウム: 2KI → I2 + 2K+ + 2e-
    チオ硫酸ナトリウムとよう素: 2Na2S2O3 + I2 → Na2S4O6 + 2NaI

 試薬
 1 ) 水
 JIS K 0557「用水・排水に用いる水」 に規定する A3 の水,なお,溶存酸素を含まない水は,JIS K 0050 「化学分析方法通則」附属書 E(特殊用途の水の調製方法及び保存方法)に従う。
 2 ) よう化カリウム
  JIS K 8913 「よう化カリウム(試薬)」に規定するもの。
 3 ) 酢酸 ( 1 + 1 )
 JIS K 8355 「酢酸(試薬)」に規定する酢酸を用いて調製する。
 4 ) でんぷん溶液 ( 10 g/L )
 JIS K 8659 「デンプン (溶性) (試薬)」に規定するでんぷん(溶性)1 g を水約 10 mL と混ぜ,次に,熱水 100 mL 中によくかき混ぜながら加え,約 1 分間煮沸した後,放冷する。使用時に調製する。
 5 ) 10 mmol /L チオ硫酸ナトリウム溶液
 0.1 mol /L チオ硫酸ナトリウム溶液 25 mL を全量フラスコ 250 mL にとり,溶存酸素を含まない水を標線まで加える。この溶液は使用時に調製し,12 時間以上経過したものは使用しない。
 0.1 mol /L チオ硫酸ナトリウム溶液
 JIS K 8637 「チオ硫酸ナトリウム五水和物(試薬)」に規定するチオ硫酸ナトリウム五水和物 26 g 及び JIS K 8625 「炭酸ナトリウム(試薬)」に規定する炭酸ナトリウム 0.2 g を,溶存酸素を含まない水に溶かして 1 L とし,気密容器に入れて少なくとも 2 日間放置する。標定は使用時に行う。
 標定
 JIS K 8005 「容量分析用標準物質」に規定するよう素酸カリウムを 130 ℃で約 2 時間加熱し,デシケーター中で放冷する。その約 0.72 g を 1 mg の桁まではかりとり,少量の水に溶かし,全量フラスコ 200 mL に移し入れ,水を標線まで加える。
 この 20 mL を共栓三角フラスコ 300 mL にとり,よう化カリウム 2 g ,及びJIS K 8951 「硫酸(試薬)」に規定する硫酸を用いて調整した硫酸 ( 1 + 5 ) を 5 mL を加え,直ちに密栓して静かに混ぜ,暗所に約 5 分間放置する。
 水約 100 mL を加えた後,遊離したよう素をこのチオ硫酸ナトリウム溶液で滴定し,溶液の黄色が薄くなってから指示薬としてでんぷん溶液(10 g /L)1 mL を加え,生じたよう素でんぷんの青い色が消えるまで滴定する。
 別に,水について同条件で空試験を行って補正した mL 数から,次の式によって 0.1 mol /L チオ硫酸ナトリウム溶液のファクター(f)を算出する。
      f = a × b /100 × 20 /200 × 1 /( 0.003567 X )
 ここに,a :よう素酸カリウムの量(g),b: よう素酸カリウムの純度(%),X: 滴定に要した 0.1 mol /L チオ硫酸ナトリウム溶液(補正した値)(mL),0.003567: 0.1 mmol /L チオ硫酸ナトリウム溶液 1 mL のよう素酸カリウム相当量(g)

 操作
 1 ) 試料の適量( Cl として 0.1 ~ 7 mg を含む。)を共栓三角フラスコ 500 mL にとり,水を加えて約 300 mL とし,よう化カリウム 1 g 及び酢酸(1+1)5 mL を加える。
 2 ) 栓をして振り混ぜ,暗所に約 5 分間放置する。
 3 ) 遊離したよう素を,10 mmol /L チオ硫酸ナトリウム溶液で滴定し,溶液の黄色が薄くなってから,指示薬としてでんぷん溶液(10 g /L)1 mL を加え,生じたよう素でんぷんの青い色が消えるまで滴定する。
 4 ) 空試験として水 100 mL をとり,1 ) ~ 3 ) の操作を行う。
 5 ) 次の式によって試料中の残留塩素の濃度( Cl mg /L )を算出する。
      A = ( a – b ) × f × 1000 /V × 0.3545
 ここに,A: 残留塩素( Cl mg /L )
 a: 滴定に要した 10mmol/L チオ硫酸ナトリウム溶液(mL)
 b: 空試験に要した 10mmol/L チオ硫酸ナトリウム溶液(mL)
 f: 10mmol/L チオ硫酸ナトリウム溶液のファクター
 V: 試料(mL)
 0.3545: 10 mmol/L チオ硫酸ナトリウム溶液 1 mL の残留塩素相当量(mg)

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