第二部:物質の状態と変化 希釈溶液の性質

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  ここでは,理想溶液に準じる理想希釈溶液の特徴を紹介するにあたって,はじめに【理想希薄溶液とは】, 【活量と活用係数】, 【束一的性質】  に項目を分けて紹介する。

  理想希薄溶液とは

 溶解現象とはで紹介したように,溶液( solution )とは,“ 2種類以上の物質から成る均一の液相。”と定義( JIS K 0211 2013 「分析化学用語(基礎部門)」)される。すなわち,1種類の物質の場合は液体( liquid )といい,2種以上の物質で構成される混合物を溶液という。
 液体は,構成する粒子の属性(中性分子,金属,塩)の違いにより,分子性液体( molecular liquid )金属性液体( metallic liquid ),イオン液体( ionic liquid )に大別される。
 中性(電荷を持たない状態)の分子からなる分子性物質( molecular substance )で構成される分子性液体溶媒とし,他の物質を溶質として混合(溶解)したものを分子性溶液という。
 分子性溶液は,溶媒の特性,溶媒と溶質の関係,溶質の量などによる熱力学的扱いの違いにより,理想溶液( ideal solution )実在溶液( real solution )に分けられる。実在溶液は,さらに無熱溶液,正則溶液,電解質溶液などに分類される。
 理想溶液は,構成分子(溶媒と溶質)の分子の大きさがほぼ等しく,混合熱がゼロで,混合による容積変化もゼロで,全温度範囲,全濃度範囲でもラウールの法則が成立する熱力学的概念の溶液をいう。

 理想希薄溶液( ideal dilute solution )
 溶質の混合熱がゼロでなくとも,溶媒についてラウールの法則がおおよそ成立し,溶質についてヘンリーの法則が成り立つ溶液をいう。
 具体的には,溶媒のモル分率を 1 とみなせるほど溶質の量が極めて少ない希薄溶液である。
 溶質がヘンリーの法則に従う理想希薄溶液と溶液がラウールの法則に従う完全溶液とを合わせて理想溶液と呼ぶ場合もある。

 【参考】
 ラウールの法則( Raoult's law )
 「溶液の各成分の蒸気圧はそれぞれの純液体の蒸気圧と溶液中のモル分率の積で表される」をいう。一般的には,十分に希薄な溶液について成り立つ。
 すなわち,溶液の各成分の純液体の時の蒸気圧を Pi ,各成分のモル分率をχi とすると,各成分の蒸気圧 Pi は,
       Pi = Pi χi
と表せる。
  溶液の全蒸気圧 P は,全成分の圧力の和で表せるので,
       P = ΣPi = ΣPi χi
となる。

 ヘンリーの法則( Henry's law )
 イギリスの化学者,ウィリアム・ヘンリー( William Henry )( 1775 ~ 1836 年)が 1803年に気体の溶解性について発見した法則,圧力のあまり高くない範囲では,「一定の温度において,一定量の溶媒に溶けることができる気体の物質量は,その気体の圧力(分圧)に比例」が成立する。
 一般化すると,「揮発性の溶質を含む希薄溶液が気相と平衡にあるとき,気相内の溶質の分圧は溶液中の濃度に比例する。」と表現される。
 ヘンリーの法則が成立するのは,気体分子と溶媒との相互作用が小さく,理想溶液に準じる理想希薄溶液の場合である。
 ヘンリーの法則が成立する場合には,気相中の気体 i 成分の分圧( Pi溶液中の i 成分の物質量(モル分率:χiとに次の関係が成立する。
      Pi KHχi
      KHヘンリー定数と呼ばれる。

 モル分率
 モル分率χi は,【溶液の濃度】で紹介したように,溶媒の物質量が nS モル,溶質 i の物質量が ni モルのとき,χi = ni / ( nS + ni ) で与えられる。
 ヘンリーの法則が成立する理想希薄溶液では,溶媒に比較して圧倒的に溶質の物質量が小さい(nS ≫ ni )ので,溶質のモル分率は,
      χi = ni / ( nS + ni ) ≒ ni / nS
と近似できる。

 ネルンストの分配律( Nernst's distribution law )
 ドイツの化学者,ヴァルター・ヘルマン・ネルンスト( 1864 ~ 1941 年)が 1891 年に発見した二相系に関する法則で「一定温度で二種の溶媒に溶解する溶質の濃度の比は一定である」で,分配の法則などとも呼ばれる。なお,ネルンストは,電極電位に関するネルンストの式熱力学第三法則を発見した研究者である。
 具体的に示すと,A相と B相の 2つの液相が接触し,それぞれの中の物質 D の濃度を CA ,CB とした時,その濃度比 CA / CB = K は,物質 D の濃度が十分に希薄な場合には,その総量に関係なく,定温,定圧下では一定の関係になる。

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  活量と活量係数

 溶液の性質変化は,溶媒と溶質のモル分率を用いて的確に評価できるのが望ましい。補正なしに性質変化を評価できる溶液を理想溶液といい,補正しなければならない溶液を実在溶液という。
 一般的には,ラウールの法則に従う溶液を理想溶液ラウールの法則に従わない溶液を実在溶液と定義している。
 実在溶液では,モル分率に対して,活量( activity )を用いた補正が必要になる。活量とは,理想液体と実存液体の誤差修正のための物理量である。この際に,理想液体からのずれを表す指標として活量係数( activity coefficient )が用いられる。ずれが無い場合は,活量係数= 1 となり,ずれが大きくなるほど活量係数が小さくなる。
 溶質の濃度との関係は,一般的には濃度が高くなると活量係数は減少し,濃度が低くなると活量係数は 1 に限りなく近づくように増加する。
 活量係数を 1 とみなしても差し支えないほど溶質濃度の低い溶液,即ち理想溶液とみなしても差し支えない溶液を理想希薄溶液という。

 活量( activity )
 アメリカの物理化学者,ギルバート・ニュートン・ルイス( 1875 ~ 1946 年)によって導入された物理量で,a と表される。活動度と呼ばれる場合もある。
 理想とする数値からのずれを表す指標として,活量係数γが定義され,i 成分の活量 a iモル分率χi の間には次の関係にある。
       a i = γi χi

 なお,JIS K 0211 「分析化学用語(基礎部門)」では,活量とは「ある成分の化学ポテンシャルに関連して与えられる一種の熱力学的濃度(JIS K 0213 参照)。」と定義し,JIS K 0213 「分析化学用語(電気化学部門)」では,活量及び活量係数を次のように定義している。
 活量とは「理想系と実在系に存在する誤差を修正するためにギルバート・ルイスによって導入された物理量。」
   (相対)活量 a i = exp { Δμi / RT }
   ここに,μi:i 成分の化学ポテンシャル
        R:気体定数
        T:熱力学的温度
 活量係数
      aB / XB
      aB / ( mB / M0 )
   又は aB / ( CB / C0 )
 で定義される数値。
 ここに,aB :成分 B の相対活量,
    XB ,mB ,及び CB:それぞれ成分 B のモル分率,質量モル濃度,及びモル濃度,
    M0 ,及び C0 :それぞれ標準質量モル濃度(通常,1 mol / kg )及び標準モル濃度(通常,1 mol / L )

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  束一的(そくいつてき)性質

 束一的性質( colligative properties )
 不揮発性溶質が極わずか溶解した理想希薄溶液において,溶媒の性質と溶液中の溶質分子の数(質量モル濃度またはモル分率)にだけ依存する性質(沸点上昇,凝固点降下,浸透圧など)である。
 溶液の相平衡状態では,気相および固相が溶媒分子のみから成り立つと仮定できる条件で成立する。すなわち,揮発性が著しく低い不揮発性と分類され,固化した溶媒に溶解しない溶質を用いた希薄溶液における性質である。
 従って,束一的性質が成り立つ条件では,存在する溶質分子の数だけに依存するので,溶質の分子量を,束一的性質である沸点上昇,凝固点降下,浸透圧の変化量から決定することができる。高分子化合物などの(平均)分子量も,束一的性質に基づいて,沸点上昇・凝固点降下・浸透圧の変化量をもとに決定することが可能である。

 束一的性質として扱われない例を紹介する。
 一般的な難溶性物質に分類される溶質の飽和溶液は,溶解量が小さいので希薄溶液として扱われるが,溶解度が溶質の種類に依存するため束一的性質ではない。
 多くの溶液の凝固点は純溶媒より低くなるが,溶媒の固相に溶質が溶け込み全体として均一の固相となる混晶(mixed crystal)を形成する場合は束一的性質ではない。

 束一的性質は,溶質の溶解による溶媒の化学ポテンシャルの減少を原因として引き起こされる。希薄溶液では,溶媒の化学ポテンシャルは,溶質の種類によらず質量モル濃度(又はモル分率)で決まる。
 溶液中の溶媒の化学ポテンシャル μA は,一般の溶液では溶媒の活量 aA を用いて
      μA = μA0 + RT ln aA
で表される。ここで R は気体定数,T は熱力学的温度(絶対温度),μA0純溶媒の化学ポテンシャルである。
 理想希薄溶液では,溶媒の活量 aA を溶媒成分のモル分率 χA で置き換えることができる。そのため理想希薄溶液で起こる蒸気圧降下などの変化は,溶質の種類に寄らず,モル分率 χA だけで決まる。

 沸点上昇( elevation of boiling point )
 溶媒に不揮発性溶質を溶解すると,蒸気圧が降下する結果として,沸点が上昇する。沸点上昇度は溶質の濃度に比例する。
 凝固点降下( depression of freezing point )
 溶媒に不揮発性溶質を溶解すると,蒸気圧が降下する結果として,凝固点が降下する。凝固点降下度は溶質の濃度に比例する。
 浸透圧( osmotic pressure )
 溶質の濃度が高い溶液と溶媒(又は濃度が低い溶液)が,半透膜を隔てている場合,溶媒が濃度の高い溶液へと自然に移動し,濃度差を解消(エネルギー差の解消)しようとする。この時に発生する圧力を浸透圧といい,溶液の温度と濃度に比例(ファントホッフの法則)する。
 ファントホッフの法則( Van't Hoff's law )
 オランダの化学者,ヤコブス・ヘンリクス・ファント・ホッフ( 1852 ~ 1911 年)が 1887 年に,浸透圧は,熱力学的温度と溶液のモル濃度に比例する」,即ち浸透圧(Π:パイ)が理想気体の状態方程式と同じく扱える(Π V = n R T )ことを証明した。

 【参考】
 関連する用語について,JIS K 0211 「分析化学用語(基礎部門)」での定義を紹介する。
 式量,化学式量( formula weight,chemical formula weight )
 化学式の中に含まれる各原子の原子量の総和。 化学式中の各元素について,各原子の原子量にそれぞれの元素の原子数を乗じたものの和。
 グラム式量( gram formular mass )
 化学式量を,グラム単位を用いて表した量。
 恒量( constant weight )
 同一条件の下で,物質を加熱・放冷・ひょう量などの操作を繰り返したとき,前後の質量の計量差が規定の値以下となった状態。
 標準状態(気体の)( normal state )
 大気圧 101.325 kPa,気温 0 ℃の下に保持された状態。NTP (Normal Temperature and Pressure)と略記される。
 標準温度(体積計の)( normal temperature ; standard temperature )
 体積計の容積を示すときに標準とする温度。 計量法では 20 ℃。

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