第二部:物質の状態と変化 液体への溶解(実例)
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ここでは,気体の溶解現象の一般的な特徴について,【気体の溶解とは】, 【ヘンリーの法則に従う気体の溶解現象】, 【ヘンリーの法則が成立しない気体の溶解現象】 に項目を分けて紹介する。
気体の溶解とは
一般に溶解といった場合には,固体や液体が液体(溶液)の溶媒に溶ける現象など,容易に視認できる現象をイメージする。
気体が溶媒に溶ける現象は,視認困難であると共に,温度の他に圧力の影響を強く受けるため,液体や固体の溶解とは取扱いが異なる。さらには,気体分子と溶媒分子との相互作用(特に化学反応)がある場合には,溶解の挙動が大きく変わる。
固体や液体が溶媒(液体)に溶ける程度を示す単位は,ある温度での溶媒 100g に対して溶けている溶質の質量( g )で示す。
一方,溶質が気体の場合には,温度の他に圧力の影響を強く受けるため,固体や液体が溶解する現象とは扱いが異なる。
気体の溶解の基本
不活性な気体(ハロゲン,窒素,酸素,水素など)など,溶媒との相互作用の小さい気体の溶解性については,圧力のあまり高くない範囲で,「一定の温度において,一定量の溶媒に溶けることができる気体の物質量は,その気体の圧力(分圧)に比例」というヘンリーの法則( Henry's law )が成立する。
酸素: O2 ( gas ) ⇆ O2 ( aq )
一方で,後述するように,アンモニア( NH3 )や塩化水素( HCl )の水( aq )への溶解のように,溶媒との相互作用のため大きい溶解度を示す気体では,ヘンリーの法則は成立しない。
アンモニア : NH3 ( gas ) ⇆ NH3 ( aq ) + H2O ⇆ NH4+ ( aq ) + OH- ( aq )
液体への気体の溶解
溶解量の表記には,歴史的に複数の表記法がある。現在の高等学校教育では,推奨する表記法を定めず,単位や条件への注意を喚起している。この中で,化学便覧では,ブンゼンの吸収係数の値が多く紹介されている。
気体の溶解量の表記
● 気相の対象とする成分の分圧を規定した表記法。
ブンゼンの吸収係数( Bunsen's absorption coefficient )
対象とする気体の分圧が 1 気圧( 760 mmHg ,101325 Pa )のとき,温度( t ℃)での単位体積( 1 mL )の溶媒に溶解する気体の体積( mL )を標準状態( 0℃,1 気圧)の体積に換算した値( mL / mL )をいう。これは,単に溶解度係数とも呼ばれる。類似の表記として,後述の気相の全圧で規定した表記法もある。
オストヴァルトの溶解度係数( Ostwald's solubility coefficient )
温度( t ℃)で,対象とする気体の分圧が 1 気圧のとき,単位体積( 1 mL )の溶媒に溶解する気体の体積( mL )を,その実験温度( t ℃),1 気圧で計測した値( mL / mL )をいう。
従って,気体の状態方程式からブンゼンの吸収係数(α)とオストヴァルトの溶解度係数(β)には次の関係が成立する。
β=α×( 273.15 + t )/ 273.15
Kuenen の吸収係数
対象とする気体の分圧が 1 気圧のとき,温度( t ℃)の溶媒 1 g に溶解する気体の体積( mL )を,標準状態( 0℃,1 気圧)の体積に換算した値( mL / g )をいう。
● 気相の全圧(気体の分圧+溶媒蒸気圧)を規定した表記法。
体積比
気相の全圧が 1 気圧のとき,温度( t ℃)での単位体積( 1 mL )の溶媒に溶解する気体の体積( mL )を標準状態( 0℃,1 気圧)の体積に換算した値( mL / mL )をいう。
質量比
気相の全圧が 1 気圧のとき,温度( t ℃)の溶媒 100 g に溶解する気体の量( g / 100 g )をいう。
固体への気体の溶解
一般的な認識は少ないが,固体に気体が溶解する現象に注目する分野もある。この現象は,活性炭などの固体表面への気体の吸着現象とは異なり,固体の結晶格子中の欠陥や空隙への気体分子や原子の取り込み,水素吸蔵合金のように水素の溶解による取り込み,有機高分子中の骨格構造の中への気体分子の取り込みなどである。
液体への溶解度表記では種々の表記法を用いるが,固体内の空隙などの欠陥がありその体積を的確に計測するのが困難なため,固体への溶解については,気相の全圧が 1 気圧のときの,温度( t ℃)の固体 100 g に溶解する気体の量( g / 100 g )が用いられる。
化学便覧には,チタンへの水素の溶解度( 20℃,3.66g / 100g ),鉄への窒素の溶解度( 910℃,25mg / 100g ), 銅への二酸化硫黄の溶解度( 1500℃,0.95g / 100g )などが紹介されている。
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ヘンリーの法則に従う気体の溶解現象
ヘンリーの法則( Henry's law )
イギリスの化学者,ウィリアム・ヘンリー( William Henry )( 1775 ~ 1836 年)が 1803年に気体の溶解性について発見した法則,圧力のあまり高くない範囲では,「一定の温度において,一定量の溶媒に溶けることができる気体の物質量は,その気体の圧力(分圧)に比例」が成立する。
ヘンリーの法則が成立する場合には,一定温度で一定量の溶媒に対して,溶ける気体の物質量が圧力に比例すること,すなわち,溶媒に溶ける気体の体積は,圧力によらず一定になることを意味する。
ヘンリーの法則が成立するのは,気体分子と溶媒との相互作用が小さく,理想溶液に準じる理想希薄溶液( ideal dilute solution )の場合である。
すなわち,気体が単一物質の場合は,溶解量はその圧力に比例し,空気のような窒素( N2 )と酸素( O2 )の混合気体の場合は,それぞれの成分の溶解量は,それぞれの圧力,すなわち分圧に比例する。
ヘンリーの法則が成立する場合には,気相中の気体 i 成分の分圧( Pi )と溶液中の i 成分の物質量(モル分率:χi )とに次の関係が成立する。
Pi = KHχi
KH はヘンリー定数と呼ばれる。
モル分率χi は,【溶液の濃度】で紹介したように,溶媒の物質量が nS モル,溶質 i の物質量が ni モルのとき,χi = ni / ( nS + ni ) で与えられる。
ヘンリーの法則が成立する理想希薄溶液では,溶媒に比較して圧倒的に溶質の物質量が小さい(nS ≫ ni )ので,溶質のモル分率は,
χi = ni / ( nS + ni ) ≒ ni / nS
と近似できる。
このことは,混合気体であっても,各気体の分圧を知ることで,溶解量を求めることができることを意味する。
一方,すべての気体には,圧力と体積との間に気体の状態方程式( equation of state )が成立する。すなわち,
PV = nRT
ここで,n 気体の物質量,R 気体定数( 8.3144621(75) J・K-1・mol-1 )
が成立する。従って,ヘンリーの法則が成立する場合の成分 i について整理すると,
PiVi = ni・RT ≒ nS・RT・Pi/KH
∴ Vi ≒ nS・RT/KH
となる。すなわち,一定温度で,一定量の溶媒に溶ける気体の体積 Vi は,圧力によらず一定であることが示される。
物質名 | 化学式 | 分子量 | 溶解度(0℃) | ヘンリー定数 ×10-7mmHg |
---|---|---|---|---|
酸素 | O2 | 32.0 | 0.0489 | 1.91 |
一酸化炭素 | CO | 28.01 | 0.0354 | - |
窒素 | N2 | 28.02 | 0.0231 | 4.09 |
水素 | H2 | 2.01 | 0.0214 | 4.42 |
アルゴン | Ar | 39.95 | 0.0578 | 1.68 |
ネオン | Ne | 20.18 | 0.0114 | 7.68 |
ヘリウム | He | 4.0 | 0.0097 | 10.0 |
ヘンリー定数は,定数と称してはいるが,物質種・温度・圧力に依存しない気体の状態方程式( equation of state )における気体定数とは異なり,溶媒の種類・気体の種類・温度に依存し,圧力にも影響される定数である。従って,ヘンリー定数は,与えられた条件における溶媒と気体の組み合わせで決まる固有値を意味する。
実用的な範囲について,実験結果から求められた値,推算・外挿する方法などが多く提案され,特定の溶媒に対する溶質のヘンリー定数は入手することができる。
例えば日本化学会編“化学便覧 基礎編”(丸善),化学工学会編“化学工学便覧”(丸善),“ PHYSPROP Database” (Syracuse Research Corporation) ,Carl Yaws “ Chemical properties handbook”( McGraw-Hill )などがある。
溶解度と温度
ヘンリーの法則に従う場合には,例えば,下表で紹介する水への酸素や窒素の溶解など,多くの気体分子のヘンリー定数が温度の上昇と共に増加,すなわち溶解度の減少を示し,ついに溶媒の沸点で溶媒分子と共に揮発する。
しかしながら,例えば,水素( H2 )の水への溶解では,約 60℃までヘンリー定数の増加,それ以上の温度で減少(溶解度の増加)がみられる。また,ヘリウム( He )では約 30℃以上でヘンリー定数の減少幅が大きくなる。このように,例外的な挙動を示す物質もある。
次には,空気の主要成分である窒素と酸素の温度依存性(化学便覧より)を紹介する。なお,その温度での溶解量が,固体の溶解度と比較しやすいように,前述の質量比での単位表記 g / 100 g(溶媒)に変換して紹介する。
温度(℃) | 窒素(N2) | 酸素(O2) | 温度(℃) | 窒素(N2) | 酸素(O2) |
---|---|---|---|---|---|
0 | 0.002 94 | 0.006 95 | 50 | 0.001 22 | 0.002 66 |
20 | 0.001 90 | 0.004 34 | 70 | 0.000 85 | 0.001 86 |
25 | 0.001 75 | 0.003 93 | 80 | 0.000 66 | 0.001 38 |
30 | 0.001 62 | 0.003 59 | 90 | 0.000 38 | 0.000 79 |
40 | 0.001 39 | 0.003 08 | 100 | - | - |
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ヘンリーの法則が成立しない気体の溶解現象
ヘンリーの法則が成立しない,すなわち理想希薄溶液として扱えない程に溶解度が大きい気体は,溶媒と相互作用し,溶解平衡に加えて水との反応が関与した多段階の化学平衡( chemical equilibrium )に至っていると考えられる。
この場合に,溶解速度は,気体分子の拡散の速さに加えて,律速段階( rate-determining step )となる特定の素反応にも影響される。また,溶解平衡では,最終生成物との化学平衡を考慮しなければならない。
溶解平衡の比較例
0 ℃の水 1 mL に対する溶解度が小さい酸素( 0.0489 mL ),水と相互作用で溶解度の大きいアンモニア( 1299 mL ),二酸化炭素( 1.7 mL )を例に紹介する。
酸素( O2 )の溶解平衡
ガス状の気体分子( gas )と水和した気体分子( aq )の平衡状態での水中の気体の濃度である。
O2 ( gas ) ⇆ O2 ( aq )
アンモニア( NH3 )の溶解平衡
水に溶解ししたのち,水分子と反応し,アンモニウムイオン( NH4+ )と水酸化物イオン( OH- )を生成する反応が生じる。
NH3 ( gas ) ⇆ NH3 ( aq ) + H2O ⇆ NH4+ ( aq ) + OH- ( aq )
二酸化炭素( CO2 )の溶解平衡
水に溶解ししたのち,水分子と反応し,炭酸( H2CO3 )が生成する。炭酸は水溶液中で 2段階の解離(酸解離)を起こし弱酸性を示す。
CO2 ( gas ) ⇆ CO2 ( aq ) + H2O ⇆ H2CO3 ( aq )
H2CO3 ( aq ) + H2O ⇆ HCO3- ( aq ) + H3O+
HCO3- ( aq ) + H2O ⇆ CO32- ( aq ) + H3O+
このように,アンモニアや二酸化炭素では,水に溶解し水和した気体分子( aq )は,水との化学反応速度に従って濃度が低下する。従って,溶解後の化学反応が平衡に至るまで溶解し続けることになる。
この種の気体では,ガス状の気体分子と水和物との平衡に加えて,水和物と水分子のイオン反応を加えた反応系の平衡で溶解度が決定する。化学反応の種別により反応平衡定数が大きく異なるので,結果として下表に示すように化合物種により溶解度が著しく異なることになる。
物質名 | 化学式 | 分子量 | 溶解度(0℃) |
---|---|---|---|
アンモニア | NH3 | 17.03 | 1299 * |
塩化水素 | HCl | 36.46 | 550.4 |
二酸化硫黄 | SO2 | 64.7 | 79.789 |
硫化水素 | H2S | 34.09 | 4.621 |
二酸化炭素 | CO2 | 44.01 | 1.713 |
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