第二部:物質の状態と変化 希釈溶液の性質

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  ここでは,理想溶液に準じる理想希薄溶液の束一的性質として知られる蒸気圧低下現象について,【溶液の蒸気圧(ラウールの法則)】, 【蒸気圧と温度】, 【蒸気圧低下】  に項目を分けて紹介する。

  溶液の蒸気圧(ラウールの法則)

 理想溶液として扱える理想希薄溶液は,理想溶液の定義にあるように,ラウールの法則( Raoult's law )に従う 2種類以上の物質から成る均一の液相(溶液)である。
 ラウールの法則に従うとは,前項の【理想希薄溶液とは】に紹介したように,各成分の蒸気圧( vapour pressure )は,純液体時の蒸気圧と溶液中のモル分率の積で表すことができる。
 すなわち,溶液の各成分の純液体の時の蒸気圧を P*i ,各成分のモル分率をχi とすると,各成分の蒸気圧 Pi は,
      Pi = P*i χi
で表せられる。
 溶液の全蒸気圧 P は,各成分の圧力の和で表せるので,
      P = ΣPi = ΣP*i χi
となる。
 簡単のため,1 種類の液体で構成される溶媒(蒸気圧 P*0 ,n0 モル)と 1 種類の溶質(蒸気圧 P*A ,nA モル)の溶液では,全蒸気圧( P は次のように記述される。
   モル分率χ0 = n0 / ( n0 + nA ) ,χA = nA / ( n0 + nA )
   全蒸気圧 P = P*0 × n0 / ( n0 + nA ) + P*A × nA / ( n0 + nA )
          = P*0 ( n0 + nA × P*A / P*0 ) / ( n0 + nA )


 溶媒と溶質の関係
 上記の全蒸気圧の式から,ある温度での溶液の全蒸気圧( P )とその温度での純溶媒の蒸気圧( P*0との間には,溶質の蒸気圧( P*Aとの関係は,次の 3種に分類できる。
    P*A = P*0 の場合は,P = P*0
 溶質の蒸気圧が溶媒と同じ場合の溶液の全蒸気圧は純溶媒の蒸気圧と同じで変化が無い。
    P*A > P*0 の場合は,P > P*0
 溶質の蒸気圧が溶媒よりも高い場合,溶液の全蒸気圧は純溶媒の蒸気圧より高くなる。
    P*A < P*0 の場合は,P < P*0
 溶質の蒸気圧が溶媒よりも低い場合,溶液の全蒸気圧は純溶媒の蒸気圧より低くなる。

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  蒸気圧と温度

 【気体分子の熱運動】で紹介した気体分子の速度分布同様に,液体分子も与えられた温度で,幅広いエネルギー分布を持つと考えてよい。
 分子のエネルギー分布が広いので,溶媒分子の中には,一定の値を超えるエネルギーを持つ分子がある確率で存在する。
 ここで,一定の値が,液体表面から分子間力を振り切るエネルギーとした場合に,このエネルギーを超える溶媒分子は,大気に気体として蒸発できる。同時に,気体分子が液体の表面に衝突することで,気体から液体に凝縮する。ある条件が整うと,液体表面から脱出する分子数と液体表面に衝突し凝縮する分子数が同じになる。この状態を気・液平衡の状態という。

 蒸気圧とは
 広義には,蒸気(気体)の示す圧力(蒸気張力)をいう。
 一般には,単に蒸気圧と称した場合でも,液体又は固体と平衡状態にある気体(蒸気)の飽和蒸気圧( saturated vapor pressure )を指すことが多い。
 飽和蒸気圧とは,物質の相と温度・圧力などの熱力学的な状態量との関係を表す相図(phase diagram)において,気相と固相の境界(昇華圧曲線; sublimation curve ),又は気相と液相の境界(蒸気圧曲線; vapor pressure curve )と温度との交点の圧力をいう。
 飽和蒸気圧は,温度によって定まる物質固有の値をもち,一般に温度とともに増大する。その定量的関係は,クラペイロン-クラウジウスの式( Clapeyron-Clausius' equation )で与えられる。
 クラペイロン-クラウジウスの式は,圧力 P ,熱力学的温度 T において,気相と液相(又は固相)が熱平衡にある時の相転移に伴うエンタルピー変化 ΔH (転移熱),体積変化 ΔV とした時,
      dP / dT = ΔH / ( TΔV )
で表される。ここで,気相・液相の相平衡の転移熱(モル蒸発熱)を ΔHV , 気体のモル体積 Vg ≫液体のモル体積 Vl とした時,
      ΔH = ΔHV = 一定 ,ΔV = Vg - Vl Vg
と仮定できる。また,理想気体 1mol では,PVg = RT が成立するので,
      dP / dT = ΔH / ( TΔV ) ΔHV・P / ( R・T2 )
とできる。初期条件として,既知の液体の沸点 ( TB ) での蒸気圧 ( P0 ) を与えて解くと,
      in( P / P0 ) = -(ΔHV / R )・( T-1 - TB-1 )
とでき,相図(状態図)における気-液曲線の関係が得られる。

 【参考:蒸気圧表】

主な温度と水蒸気圧 日本機械学会「蒸気表」から抜粋
  温度(℃)    圧力(kPa)    温度(℃)    圧力(kPa)    温度(℃)    圧力(kPa)    温度(℃)    圧力(kPa) 
  0    0.6108    20    2.3366    40    7.375    80    47.36 
  5    0.8718    25    3.166    50    12.335    90    70.109 
  10    1.227    30    4.2415    60    19.92    100    101.325 
  15    1.7039    35    5.6216    70    31.162    110    143.27 

主な溶剤の蒸気圧/温度  旭化成(株)溶剤特性一覧から抜粋
  溶剤    圧力/温度(kPa/℃)    溶剤    圧力/温度(kPa/℃)    溶剤    圧力/温度(kPa/℃) 
  トルエン    2.9/20    アセトン    24.6/20    メタノール    13.3/20 
  m-キシレン    0.82/20    メチルエチルケトン    9.5/20    エタノール    6.4 /20 
  シクロヘキサン    27/42    シクロヘキサノン    0.45/20    イソプロピルアルコール    4.3 /20 
  酢酸エチル    9.7/20    ブチルセロソルブ    0.1/20    イソブチルアルコール    1.3/20 
 同じ温度で水より蒸気圧が大きい溶剤(solvent)を太字で示す。工業分野で用いられる溶媒は,広い意味合いを持たせて溶剤と呼ばれている。
 *:ブチルセロソルブとは,エーテル系溶剤のエチレングリコールモノブチルエーテル( 2-ブトキシエタノール)の通称である。

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  蒸気圧低下

 高等学校教育などでは,溶媒に不揮発性の溶質を溶解すると蒸気圧が降下すると紹介している。しかし,不揮発性に関する明確な定義はない。 ここでは,溶媒の蒸気圧に比較し,溶質の蒸気圧が著しく低い場合を考える。

 同じ熱条件では,溶液中の溶媒分子と溶質分子は,純溶媒の場合と同じエネルギー分布を持つ。ここで,溶液の溶媒分子が気化できる一定の値のエネルギーに至っても,溶質の蒸気圧が著しく低い,すなわち転移熱が大きいので,溶質分子は液体表面から脱出できないことになる。
 すなわち,溶液表面の溶質分子の量が増加することで,溶液表面の単位面積から空間に脱出できる溶媒分子の数が減少することになる。
 空間の体積が同じであれば,気体状態方程式により,気体分子の数の減少は,圧力の減少となる。すなわち,溶液表面に分散する溶質分子がスクリーンの役をし,溶媒分子の蒸発を妨げているとイメージできる。

 蒸気圧低下の程度
 前述(溶液の蒸気圧)で紹介したように,ラウールの法則から,1 種類の液体で構成される溶媒(蒸気圧 P*0 ,n0 モル)と 1 種類の溶質(蒸気圧 P*A ,nA モル)の溶液の全蒸気圧( P は,
       P = P*0 × n0 / ( n0 + nA ) + P*A × nA / ( n0 + nA )
となる。蒸気圧の減少量ΔP は,純溶媒の蒸気圧( P*0 )と溶液の全蒸気圧( P )との差である。すなわち,
       ΔP = P*0 - P = P*0 - P*0 × n0 / ( n0 + nA ) + P*A × nA / ( n0 + nA )
         = ( P*0 + P*A ) × nA / ( n0 + nA )

となる。
 溶媒と溶質の蒸気圧に圧倒的な差( P*0 ≫ P*A )があるので,P*0 + P*A ≒ P*0 とできる。
 また,理想希薄溶液では,溶媒と溶質の物質量が n0 ≫ nA であるため, nA / ( n0 + nA ) ≒ nA / n0 とでき,蒸気圧減少量は,
       ΔP ≒ P*0 × nA / n0
とできる。

 ここで,溶媒の質量を W ( g ) ,溶媒分子のモル質量を M0 ( g / mol ) とすると,n0 = W / M0 である。従って,圧力減少量は,
       ΔP ≒ P*0 nA M0 / W = 1000 P*0 M0 ( nA / 1000 W )
と書け,nA / 1000 W は,溶媒 1 ㎏に含まれる溶質のモル数,即ち溶質の質量モル濃度 m ( mol / kg )である。また,希薄溶液の種類が決まれは,溶媒種は既知で不変なため,溶媒の蒸気圧,モル質量は一定値として扱える。
 すなわち,1000 P*0 M0定数 K として扱えので,希薄溶液のある温度での蒸気圧減少量は,
      ΔP ≒ K × m
とでき,溶質の質量モル濃度に比例することが分かる。

 なお,溶質がのように,イオン解離する物質の場合は,電解質溶液として,ファントホッフの因子を導入した補正が必要になる。

 【参考】
 ラウールの法則( Raoult's law )
 「溶液の各成分の蒸気圧はそれぞれの純液体の蒸気圧と溶液中のモル分率の積で表される」をいう。一般的には,十分に希薄な溶液について成り立つ。
 すなわち,溶液の各成分の純液体の時の蒸気圧を Pi ,各成分のモル分率をχi とすると,各成分の蒸気圧 Pi は,
       Pi = Pi χi
と表せる。
  溶液の全蒸気圧 P は,全成分の圧力の和で表せるので,
       P = ΣPi = ΣPi χi
となる。
 ファントホッフの因子
 一般に,電解質の組成式が ( x + y ) 個のイオンからなるとき,電解質 m ( mol / kg ) の溶液の電離度をαとすると,電離後に生じる粒子の質量モル濃度は,m ×{ 1 + ( x + y - 1 ) α}( mol / kg ) になる。
      { 1 + ( x + y - 1 ) α}をファントホッフの因子という。

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